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旧 月光のサルヴァトーレ  作者: 天宮 悠
5章:死にたがりの狂戦士
18/106

02

「さぁさ、レオンさんも休んじゃってください。疲れて覚醒されちゃったら激ヤバなので」

「え? でもトーリャさんの方が……」

「やーやー、私は大丈夫です。超天才魔法使いトーリャちゃんですから」


 びし、とピースをしていい感じにレオンの気を削ぐと、彼はしぶしぶと片膝を立てて壁にもたれる。どうやら変な気を使っているのかレナから距離をとっているらしい。


「あっれぇ? レナさんの隣じゃなくていいんですか? 彼女、寝ちゃってますよ?」

「めっちゃナイフ握ってるでしょ、僕見たよ。やだよ、刺されるのは」

「まーそうですよねぇ。さされるよりはさすほうが男の人は~」

「そういう話じゃないからね!?」


 それきりレオンは頬を膨らませて拗ねてしまい、縮こまるといつの間にか寝息を立てていた。今までろくに休憩を取らずに森を歩いていたのだ、この年頃の青年でも体力には限界がある。適度に休んでもらわねば、困るのはトーリャの方だしこれで構わない。


「んー、さてさて、じゃあトーリャちゃんの大冒険と行きますか」


 二人の寝息を確認し、トーリャは立ち上がるとその場を後にする。

 暗く闇に飲まれた洞窟。このままでは歩きづらいとトーリャは胸の位置まで右手を掲げるとそこで人差し指を立てる。


「ひっかれーひっかれーぱぁーっとひっかれーっと。んーと、第二五刻印だったかな?」


 首を傾げながら唇に指を当て、記憶にある刻印の効果を思い出す。

 と、トーリャを起点に周囲に光でも降り注いだかのようにどこからともなく光が溢れ、さながら照明のように周囲一帯を明るく照らしだす。


「おお、合ってましたねぇ。さてさて、ちゃちゃっと出口探して終わりにしたいですよ~ほんと」


 それからしばらく歩き続け、ふと靴底から感じた嫌な感触につい視線を下に下げる。

 だれとも知れぬ骸を踏みつけ砕いていたようだ。見ればもう少し先の方でも何人か分の骨が転がっている。


「あーこれがレナさんが言ってた……ふぅん、なるほど」


 しかしトーリャはそれを意に介さず歩き続ける。次第に骨の量が多くなり、奥へ進むにつれてついには地面の色が分からなくなるほどに茶色く汚れた骨の道へと変貌していた。


「きゃあんこわーい! トーリャちゃん困っちゃいますぅ」


 自分の体を抱くようにして腕を回し、一人叫ぶトーリャ。当然のように答えるものはなく、小さく溜息をつくとトーリャは目にかかった前髪を乱雑にかき上げた。


「……って、一人の時まで道化を演じて何をやってるんでしょうか私は」


 冷たく、どこまでも低く聞いた者を震え上がらせるような声。

 先程まで静寂を保っていた洞窟内に、まるでその声に反応したかのように雑音が交じる。それはトーリャを照らす光よりも更に奥、闇の中から姿を現した。


「はぁ、やっぱりいましたか」


 今目の前には、数体、いや数十の骨だけの人間。いや、もはやそれを人と称する事はできないだろう。闇の魔力に当てられ仮初の命を持った傀儡(かいらい)達。今風の言葉で言えばスケルトンか。骸の戦士は生前の目的、使命すらおも忘れてただひたすらに目の前の生者を狩る。そこに理由などなくとも。


「かたかたと耳障りな……ゴミはゴミらしくそこで転がっていればいいんです」


 ある者は生前多くの血を吸ったであろう剣を、ある者はまだ血肉が付いていた頃にその体躯に物言わせ振るっていたであろう巨腕を振りかざして、その全てがトーリャに襲いかかる。

 その数はゆうに三十を超えていた。


「魔法使い相手に量で攻めるのは愚者のすることですよ。まあ、もはやあなた達にそれ以外の策が思いつくとも思えませんが……」


 目を細め、迫り来る骸の戦士たちに一歩足りとも臆せずトーリャは右手を天に掲げ、指を鳴らした。


「道を開けなさい雑兵。あなた達に用はない」


 トーリャの背後に無数の光の球体。それは矢の形を成して先細り、その全てが骸の戦士達を射抜かんと矢尻を正面に向けていた。その数は骸の数を超え、いまだ生まれ続ける光の矢は恐らく百はくだらぬ量だろう。


 まず一歩、最初に射程圏に入った骸の戦士は瞬時にトーリャの意志に関係なく対象を識別し反応した光の矢に頭を撃ち抜かれ、後方にいた五体を巻き込んで床の一部となる。

 トーリャはその光景にため息を付いた。誰も自分に触れられぬと。所詮この程度の相手なのだ。いかに闇の精霊の恩恵を受けようと、もともとの程度が知れればその力は強大な者の前では塵以下でしかないのだ。

 そうしてトーリャがその場から一歩足りとも動かぬ内に、骸の戦士達は再び生命持たぬ亡骸へと還っていった。


「歩きにくくなりました……もっときついので吹き飛ばしたほうが良かったですかね」


 やっと歩き始めたトーリャは転がる頭蓋を踏み砕きながらなおも奥へと進む。しばらく進むと、やけに開けた空間に出る。奥に石積みの建造物らしきものが見えるが、それを阻むように巨大な木製の扉が立ちふさがる。どうみても人工的に作られた空間だ。


「遺跡……。しかしこれは……なるほど、ずいぶん前にヴァイスに挑んで国ごと滅ぼされた小国の騎士団があったとかなんとか。国を追われたその逃亡兵か……」


 閉ざされた門のような場所に、救いを乞うように見を縮こまらせ座る者や門に手を当て開けと叫んでいるような骸骨の数々。一体この遺跡に何があったのか、逃れた先でこの騎士たちは何を望んだのか。もはやそれを知ることはできない。しかし、トーリャが望むものはもしかしたらこの先にあるかもしれないのだ。


「邪魔ですよ」


 扉にもたれる骸骨を乱暴に蹴飛ばして退かすと、トーリャは両手を扉について力のかぎり押してみる。


「ん……無理、か」


 力を強化する魔法で大木くらいならへし折れる力が出ているはずだが、それ以上に強固な扉らしくもっと強力な魔法を使うしかないようだ。

 それ用の魔法もトーリャは持っているが、いかんせんここで使えばレナ達を起こしてしまう可能性がある。


「とりあえずここまで……続きは明日レナさん達と一緒にしましょうか。まあ破城槌程度なら見せても問題はないだろうし」


 それだけ言って、もはや興味はないとでも言いたげにトーリャは踵を返して遺跡を後にした。






 穴から見える外の景色がだいぶ白んできた。先の探索からだいぶ時間も経ったことだし、そろそろ動き出してもいいだろう。


「……気が緩み過ぎでしょう、ふたりとも」


 一睡もせずにレオンとレナを見守っていたトーリャは、そろそろ飽きてきた退屈から逃れようと立ち上がりレオンの元へ。

 寝息を立てるレオンはどこからどう見てもただの好青年。とてもではないが兵士としても半人前がせいぜいといったところで、もし覚醒者になっていなければきっとこの戦争で命を落としていたことだろう。

 されど今の彼は覚醒者。世に記される伝説そのもの。


 それはたとえ世界の理から外れし者でさえも、対処しかねるほどの相手だということだ。少なくとも、人の身であるレナではまだ彼と戦うには未熟すぎる。どれほど強力な加護を受けていようとも、それを扱う側が只の人間でしかないのであれば、より格の高い存在に淘汰されてしまうのが常だ。

 であればこそ、力を高める相手にレオンはふさわしくはない。どこに自分を殺しにくる練習相手がいるだろうか。

 やはりいっその事、ここで――


「ん……トー……リャ?」

「ッ!?」


 レオンの首に伸ばしかけた手を止め、僅かに意識を取り戻したレオンの胸ぐらをトーリャは強引に掴み、そのまま引き倒して地面を転がる。


「敵!? ――は?」


 倒れこんだ音に反応して素早くレナが起き上がると同時に、握ったナイフを構えた。なるほど確かにこの反応速度はレオンが隣に寝ようものなら反射で頭にナイフを突き刺されかねない。危険な少女だ。しかし、きりっとつり上がっていた鋭い目はトーリャ達の姿を見るやいなや呆れのそれに形を変える。


「うぇーん、レナさんレナさんレオンさんが私を押し倒して~」

「えええ!? いやいや違うよ!? トーリャさんが僕を……」


 ちょうど体勢だけ見ればレオンがトーリャを押し倒したようにも見えなくはない。事実はトーリャが寝ていたレオンを自分の方へ引き倒しただけなのだが、それを見ていないレナからすれば信じるのは同性の言葉だろう。


「あんまりからかわないほうがいいと思うけど。レオンさん困ってるし」


 どうやらレナに対するトーリャの信用は同性のそれ以前の問題だったらしい。


「僕、レナさんの方に付いて行きたくなったよ」

「それひどくないですぅ? ほらほら、私ってばメチャかわじゃないですか? 美少女について行った方が何かと――」

「それレナさんにも言えるよね?」

「ひ、ひどい……年寄り扱いなんて」

「そこまでは言ってないでしょうが! もー」


 こうして日課を終えると、その間にレナが携帯食を利用して簡単なスープを作ってくれていたのでそれをご馳走になりつつ作戦会議。行く場所は決まっているので、あとは行動に移すだけだ。


「えええ!? トーリャさん一人で? 僕を起こしてくれたらよかったのに」

「いえいえ、私の正直言って強くはないけど弱くもないような微妙な魔法をお見せするのはちょっと気が引けて~。まあそれはさておき奥に遺跡があるんですよここ! 怪しくないです? 冒険しちゃいます?」

「まあ地上につながってる可能性はあるわね。洞穴暮らしも飽きてきたし、行ってみましょう」


 そうして各自準備を整え、トーリャ達は遺跡へと向かう。

 相打ちを避けるためとはいえイレギュラーな事態ではあるが、この状況も悪くはない。これはこれで別の見解を得ることもできた。

 トーリャは二人の背中を見守りつつ、歩き出す。

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