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06

「――っぅ!?」


 あと一歩。レナが握った細剣、ノブレスオブリージュの切先は確かに金髪の女性の首筋へと伸びていった。

 しかしそれは、突然レナの胴を強い衝撃が襲い、無情にも剣は空を切ってレナとともに地面を転がる。


「アンタどっから――くそ!」


 急に枷でもはめられたかのように体が重くなるのを感じ視線を落とすと、レナの体に組み付くように例の青年がいた。それに一瞬血の気が引くが、あの基地で出会った時のような冷徹で尚且つ近くにいるだけで人を殺せそうな重苦しい殺気が感じられない。


 ならば、とレナの行動は早かった。理由を探るより先に、頭をかち割る勢いで肘打ちを青年の脳天に食らわせ引き剥がし、それに合わせて金髪の女性が鈍器のように振るった巨砲の一撃を地面を転がって回避。立ち直すと同時に腰から拳銃とその弾倉を抜いて再装填しながら構え、即座に発砲。


「エルザさん!」

「なっ!? 君は――」


 巨砲を盾にする女性の前に青年が立ちふさがり、レナが放った銃弾を全て受け止める。

 女性も無防備ではなかった。別に盾にならなくても無事だったであろう状態で奇怪な行動をした青年。なによりも拳銃弾とはいえ大口径の物を数発分背中に食らってなおも立ち上がる青年にレナは驚愕した。


「エルザさん、できるだけ僕から離れて……」

「しかし……」

「大丈夫だから……早く。じゃないと僕は……っぐ」

「……分かった。無事でいてくれ」


 察した女性はそのまま背後の闇に消えていく。それと同時に体をレナの方へと向かせた青年。その目は、片側だけが赤く、血で濡れたように赤く、どこまでも赤く暗い色に染まっていた。


「ごめん、だけど君を放置すれば――だ、から……」


 なぜ謝る。そんな疑問が頭をよぎったが、それよりも目の前で絶対的な脅威になりつつある存在の対処を考えねばならない。

 まだアレではないようだ。だが、直にそうなるのだろう。本能的な何かか、レナの思考よりも更に奥にあるモノがそう訴える。


狂戦士(ベルセルク)……」


 仲間を惨たらしく蹂躙した(かたき)。今なら殺せるかもしれない。そう、アレはレナが殺さなければいけない――

 レナは拳銃の照準を青年の頭部へと向ける。まだ人であるならこれで殺せるはずだ。だが――


「うわああああ!」

「っち」


 レナが引き金を引くより先に繰り出された拳。それを横に飛んで回避すると、それまでレナがいた場所の直ぐ側にあった木が安いプラスチックの棒のように簡単にへし折れた。もう半分は人でなくなっている。まずい。

 レナは距離を取りながら細剣を回収。牽制で拳銃を撃ちながら青年の周りを回るように移動しながら木々を盾に攻め入る隙を窺う。


「――ぐ、ううぅぅぅ」


 青年は自らの左腕を右手で掴むと、血が吹き出すほどに握りしめた。爪が衣服の上から肉に食い込み、腕の皮膚を裂いて彼の血がゆっくりと重力に引かれて滴り落ちる。もう彼の両目は、血のように赤く染まっていた。

 もう何をしようが手遅れだ。最悪なことに逃げるには最低の環境。迎え撃つにしろ、もう通常のやり方では意味を成さないはずだ。

 考えろ――レナは心中で必死に思考を働かせる。何か一つでも活路を見いだせねば死ぬのはレナだ。


「この……化物が!」


 弾倉を交換し、撃つ。この動作を繰り返すが、撃ちこむたびにその効果が激減していく。肌を突き刺していた大口径の拳銃弾は、五発ほどその身に打ち込んだあたりからもう皮膚に少し傷を付ける程度になっている。しかし、向こうは触れただけで木をなぎ倒すという非常識っぷり。恐らく筋力だけでなく身体能力の全ては常人のそれと思って考えてはいけないのだ。


「がああああ!」


 再びレナに向かって振り下ろされる鉄槌の如き青年の拳。そこで――青年の手が爆ぜる。

 ようにも見えたが、どこからか飛んできた飛翔体が皮膚に当たって砕け散っただけのようだ。


「レナ逃げろ! そいつはヤバい!」


 飛んできた飛翔体、それは恐らくエドガーが放ったモデル16ライフルの弾だろう。この暗がりから腕に直撃させる腕はなかなかだと褒めてやりたいが、そうもいっている場合ではない。即座に体勢を取りなおした青年は続く二段目の拳を放つ。

 後ろに飛びながらレナは回避しつつフラガラックを投げつける。白銀の軌跡を描きながら青年に向かうフラガラックは紙一重のところで青年の頬をかすめるだけで終わり、その背後の巨木の幹に突き刺さった。


「よし――」


 だがこれこそレナが望んだ状況。一投目を当てる気は元よりない。レナは腰に下げた細剣を青年に投げつける。当然のように払いのけられ――しかしその一瞬、瞬きするような間でも青年をその場に留めることが出来た。

 フラガラックをレナの直線上に置き、その間に青年を挟む。これならば――


「来い……馬鹿剣」


 レナは呟く。それに呼応し、フラガラックは誰に触れられずともその刀身をゆっくりと幹から引き抜くと、一度空中で静止してからその切っ先をレナに向ける。

 それと同時にレナは地を蹴る。ナイフを抜きつつ青年へ接近。


 フラガラックは投擲してもひとりでに持ち主の元へと還る剣。しかしレナの技量ではその力を御することができず、どうしても持ち主であるレナを殺すような弾丸の如き勢いで帰ってくるので何かしら対策をせねばレナに突き刺さってしまいかねない問題がある。

 だが今回ばかりはそれを利用させてもらった。今まさにレナの体に突き刺さらんと高速で飛翔するフラガラック。そして持ち主であるレナの間には今、あの青年がいる。


 ――やれる。

 レナは勝利とは言わずとも有効打を入れたことだけは確信した。

 青年の背中に迫るフラガラック。そして正面からはレナ。細剣を弾き飛ばし身動きの取れない今回避は不可能。どれほどの効果があるかは分からない。だが確実に、レナは青年に――

 そこで、誰かの声が聞こえた気がした。


『雷神の槌よ――』


 瞬間、レナと青年の周囲の地面が抉られ、ぽっかりと底の見えぬ穴が空く。足場がなくなり宙に放り出されたレナ。やがて重力に引かれ、体は暗く深い穴の底へ。

 レナは、闇の中へと飲み込まれていった。

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