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05

 戦闘が始まってから数分。

 レオン・ラウリートは木の影で腰を下ろし、隣で微笑むアナトリア・リーヴァ――トーリャと共に終始静観を決め込んでいた。


 見れば、遠くで彼女と同じ薄金色の髪をした少女と戦うエルザは優勢なようなので、技術で劣る新兵でしかないレオンが出る幕はない。それに、戦闘に出ればいつただの新兵でなくなるかわかったものではない以上、先に言われたとおりトーリャと共にこうして傍観していることしか出来ないのだ。


「でも……僕らだけ何もしないなんて」

「ごめんなさいー。私のこの魔法、対象が触れられるくらいの距離にいないと効果が出ないので~。ここは一つ我慢してください、的な?」


 緊張感のない声で、両手を合わせて頬にあてがうトーリャ。端正な顔立ちと、この周辺ではあまり見られない北方の地域特有の艶のある宝石のような黒髪が相まって、可愛らしく見える。そんな姿に見惚れてしまうのはレオンもまた年頃の男だということで、だがそうしている余裕があるということは、まだ自分が自分であるという証明でもあることに内心レオンは安堵していた。


「でも、本当にこれ見えてないの? 実感が無いからさ」

「はいはい、大丈夫ですよ。なにせ私の魔法です。保証致しますとも」


 無警戒のままレオン達は隠れているわけではなく、トーリャの説明によれば今レオン達は魔法により姿が見えなくなっているらしい。しかも自分たちが立てる音も消すというすぐれものだ。ただ、その効果範囲が狭く、こうして肩が触れ合う距離でくっついていなければならないのが少々気になるが、それでトーリャ達に迷惑をかけなくてすむならいくらでも、とレオンは承諾して現在に到る。


「…………」

「んん? おやおやぁ? どうされました?」


 トーリャが意味深に含んだ笑みを浮かべながら顔を近づける。

 体が近いせいで彼女の感触やら匂いやらが感じられてできるだけ意識せずにいようといたのに、お構いなしに近づいてくるトーリャにレオンは反射でさっと身を引いてしまう。


「おっとと、いけませんいけません。それ以上離れるとまずいですのでどうか近くに、えっへへ」


 ぱっと腕を掴まれると、トーリャはそのままレオンに腕を絡ませてきた。柔らかなそうな薔薇色の唇が、育ちのいい豊かな胸がレオンの視界を占領した。

 どうもこの様子だと、トーリャはレオンの気を察している。恐らく全て理解した上でこうした行動をとっているのだ。


「と、トーリャさん……」

「いやいやぁ、見えていないからとこうした危機的状況で皆を他所にそういう行為をするのもなかなか昂ぶりますけど、今は抑えてくださいな。機を見てみなさんのフォローもしなければなりませんし。私の魔法ってば詠唱こそしなくてもいいですけれど、起動するための言葉が必要なので~。だからレオンさんので口が塞がっちゃったりしたら困るんです」

「僕のって何!? あ!? い、いやいや解説はいいからね。そうじゃなくてその……ああもう、分かった。じっとしてるからトーリャさんもそのままでいて」


 深く息を吐いてレオンは目を瞑る。トーリャに付き合っているとどこまでも別の方向に神経をすり減らしてしまいそうで、どこかで適当なあしらい方を覚えなければ今後が大変だ。調子が狂う前にせめて戦闘の時は最小限の会話にとどめておいたほうがいいかもしれない。


「ふむ、とりあえず戦況はこちらがやや優勢といったところですが……この程度ならいつ覆ってもおかしくないですねぇ。エルザさんはいいとしても、リーシャちゃん初めてですし」

「初めてって、戦うのが?」


 トーリャの呟きに、つい口を閉ざすと決めたばかりのレオンは反応してしまう。

 彼女は優しく首を左右に振ると、遠方で大柄な巨漢と暗がりからもはっきりと分かるほど煌めく白い髪の女性、その二人と対峙するリーシャを指差した。


「いえいえ、彼女は多分戦闘経験事態は豊富です。あれで魔法使いの素養もあるようですし。ではなく、あの剣ですよ。あの黒鉄の剣……レーヴァテイン。あれはレオンさんに会いに行く際に私が渡した物なのですよ。何分あれは神剣なので、少々通常の武器と勝手が違うというか……あー、そうそう、つまり慣れてないとああいう感じになっちゃうわけです」


 困ったように頬を掻くトーリャ。怪訝な顔をしてレオンもトーリャに習いリーシャの方を向くと、あの光を吸い込みそうなほど黒く闇色に染まっていた刀身が火で熱したかのように橙色に光を放ち、その輝きとともに空気を、空間そのものを震わせていた。


 次の瞬間、レオンの目に写ったのは信じがたい光景。それまで静けさを保っていた森は突如としてその姿を変え、さながら火山へと変貌した。噴火した火山の火口から流れ出る岩漿がんしょうのように、地面に突き立てた剣の切先から止めどなくマグマが溢れ続け、それはあの周囲一帯を覆い尽くして木々を灰に変えている。それはさながら全てを飲み込み灼き尽くすマグマの海。いまだ紅い海はその規模を広げながら周囲を焼き焦がして一帯を飲み込んでいる。それは――使用者であるリーシャも例外ではない。


「え? えぇ!?」

「あー、ほら見ろ言わんこっちゃない、的な感じですねぇ。というわけでリーシャちゃん脱落です」


 淡々と隣でトーリャが告げる。

 マグマの海は呼び出した主であろうリーシャおも飲み込もうとし、彼女は現在地面に突き刺したあのレーヴァテインという赤熱した黒剣の切先によじ登ってそれから逃れようとしている。あれはもう素人のレオンが見ても戦える状態ではないのが容易に理解できた。というか助けを乞う叫び声が聞こえる。


「まずいよ! トーリャさん、リーシャさんを助けないと!」

「んー、向こうさんも殺しに来てるわけじゃないからアレは放っておいてもよさげですけどねぇ。それよりあの金髪さんが殺る気満々でエルザさんが危ないといいますか……って、ありゃ?」


 突然トーリャが素っ頓狂な声を上げたかと思うと、直後数人の足音がレオンの側に近づいてくる。はっとしたようにレオンは口を塞ぐと、木の影から数人の男女が姿を現した。


「ちょっとエドガー! レナを助けないと!」

「わかってるよ! でも……」


 ベレー帽を被った栗毛の少女が金髪の少年に吠える。少年が持っているのはオスティア製の軍用銃だったか。腰につけた装備品や防具を見て、レオンは彼がオスティア軍の兵士だと理解する。つまり彼らもまた、あの薄金色の髪の少女と同じレオンを追ってきた敵だ。自然と腰の拳銃に腕が伸びたが、グリップに手をかけたところでトーリャに手首を掴まれ制される。何事だとレオンが振り向くと、人差し指を唇の前で立てて片目を瞑り悪戯っぽく笑みを浮かべるトーリャの顔がそこにあった。


「トーリャさん?」

「まあまあ、今私達の姿を晒すのはよくありません。それに戦闘になってしまったらレオンさんはアレになってしまうかもしれませんし……ね?」

「あ……うん、そうだね」


 そうだ、いつ何が引き金になってレオンは豹変するかわからない。こと戦闘となればレオンの命の危険がある以上、また暴走してしまう可能性は限りなく高いだろう。そうなれば隣りにいるトーリャもただでは済まないはずだ。あれは、レオンにはどうすることも出来ないのだから。


「エドガー! 撃ってよ!」

「簡単に言うな! 暗くて木も多くてよく見えねーしあいつら髪の色が同じだからぱっと出てきたところ撃っちまえばレナに当てるかもしれねぇんだよ!」


 また栗毛の少女と金髪の少年は言い争いを始める。それを制すようにもう二人の少女が彼らをなだめようとするが、栗毛の子と軍人の少年には効果がないようだ。

 と、そこで。レオンは気づく。


「あれ? この子達って民間人?」

「いえいえ、そんなわけないでしょう。多分魔女でしょうけれど……この数、どうにも今までの追手とは違うようですねこの子達。…………とはいえ、アレを出すには早計な気がしますけどネ」

「トーリャさん?」


 戦闘するエルザの方を見て目を細めるトーリャ。徐々に低くなる声の調子に、ついに最後の方は囁き声になり銃声でかき消されてしまう。

 そうこうしている内に、エルザは金髪の少女に攻め入られ戦況は一変。追い詰められ、今まさに少女の剣がエルザに突き立てられんと切先を彼女の喉元へと向かわせていた。まずい――それを瞬時に理解したレオンは、思考するより先に体がエルザの元へと駆け出していた。制止するトーリャの声も聞かぬ内に。


「させ――るかああああ!」

「あ、ちょっと! レオンさ――」

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