06
噂をすればなんとやら。よく聞くフレーズだが、まさか自分の身近に起こるなど誰が予測できただろうか。
レオンは頭を掠めた銃弾に湧き出た冷や汗を拭い、息を切らせながらも肩を並べる金髪の女性に目配せする。
「はは、再会の場としてはこれほど相応しくない場所と状況はないな」
銃弾飛び交う森の中、しかし女性は薄金の髪をオスティアの海風にはためかせながら余裕の表情を見せた。
次の瞬間には彼女が持つ巨砲の如き狩猟銃が咆哮し、大樹の幹を削りながら銃弾の雨を吐き出す集団へと突き進んでいく。
「ま、まあどうあれまた会えて良かったです、エルザさん」
レオンの声は果たして彼女に聞こえていただろうか、粗悪な機関銃と拳銃とが放つ雑音に、しかしそれを掻き消す重厚な音色を奏でるエルザの銃が火を吹くと、その都度銃声は驚くほど素直にぴたりと止んだ。
「私もだよ。あの後も君達のことは気になっていてね。なんて、積もる話は後にしよう。まずはこの場を切り抜けなくてはな」
「はい!」
突如として銃撃を受けたのはほんの数分前。それはレオンを狙ったものではなく、ある女性を狙った銃弾が狙いを逸れただけのものだった。
これで女性がただの他人なら、レオンはきっと息を潜め無事逃げ切れることを心中で願うだけだっただろう。しかし、森の林を掻き分け手慣れた動きで駆け抜けた薄金色の髪と宝石のような蒼海の瞳、巨大な銃をレオンは知っていた。
それをレオンが見逃すはずもなく、立ち上がってエルザの名を呼ぶと、それを見ていた彼女の追手が仲間だと思い込みレオン達にも銃撃を浴びせ今に至るというわけだ。
エルザの武装は正面から撃ち合うものではない。ゆえに前衛はリーシャとミリアに任せ、レオン達が後方で援護という陣形を組み対処にあたっている。
幸いなのはエルザを追っていたのはただの野盗らしく、練度も無ければ上等な武器を持っているわけでもなさそうなことだった。ただ、ヘルゲンの浜に展開しているオスティア軍に銃声が聞かれているはずなので、レオンの立場上あまりこの場に長居は出来ない。
「膠着してもまずいな。適当に散らして逃げるとしよう。二人を呼び戻してくれ」
「は、はい!」
いくら木を盾にしているとはいえ、周囲の状況把握のために晒した顔、その頬を掠めるかどうかという位置を通って行く銃弾にも顔色一つ変えずに冷静に判断を下せるエルザを傍から見ていると、尊敬の念を抱くと同時にもしもを想像してレオンの首筋からは嫌な汗が止まらない。
だが、結局レオンがリーシャ達を呼び戻している間もエルザは一度も被弾することなく、無駄のない動きで援護してみせた。
背後から聞こえる砲声に安堵しながら、レオン達は事前に打ち合わせていた逃走ルートを使い一旦エルザと別行動を取った後に、前日拠点としていたオスティア軍の実験基地よりさらに後方、三十メートルほどの地点で彼女と再開を果たす。
エルザによって撹乱され、背後から迫るオスティア軍の偵察部隊と鉢合わせた野盗達から銃声が完全に聞こえなくなったところから、彼らの運命は想像するに難くない。
「やれやれ、あれが今の銃か。進歩しすぎだな、私が知ってるのはもっとこう、筒に引き金が付いたようなものであんなに何度も撃ってこれるものではなかったんだが」
嘆息しながら、飛来した銃弾を弾き返していた対の剣を腰のベルトに差し戻すミリアはどこか疲れたような表情をしていた。いくら英雄とて、技術の進化にはなかなか追いつけないと言ったところだろうか。
それは銃と弾薬の技術が発展し、剣を持った騎士が戦場を駆ける時代が終わり、銃を握った兵に切り替わっていった事が証明している。
ただしこれはあくまで一般的な例にすぎない。そこに魔法という力が加われば、きっとその常識は容易に覆る。
リーシャの神剣が生み出す炎。そして脅威の片鱗を見せたミリアの矢。そのどちらの前でも、レオンの握る拳銃では無力だったことは言うまでもない。
「エルザさん……会いたかった!」
「おっとと。はは、そこまで言われるとなんだか照れてしまうな」
怪我も顧みず、リーシャは見事なタックルをエルザに決める。リーシャより頭一つ分以上も背の高いエルザはそれを真正面から受け止めると、我が妹のように優しく体に手を腕を回して抱き寄せた。
日に日に仲間が死んでいく、そんな過酷な環境で生きてきたリーシャだからこそ、一度別れた仲間にさえ最上の信頼を示すのだろう。リーシャにとっては、友が生きているというだけで最大の幸福なのだから。
「ふむ……見たところ教会の者ではないようだな」
しかし、そんなエルザに疑念を抱く者が一人。ミリアだけは初対面なのもあって、いや、それ以上に何かを警戒するように訝しんだ視線でエルザの体を隅々まで見定めていた。
「ああ、そちらの方は初めてか。私はエルザ、エルザ・ローレンスという。まあ、しがない傭兵だよ。それも休業中だがね」
「む、ああすまん。私は月……ミリアだ」
月影騎士団と名乗りかけたところで、ミリアは言葉を飲み込んだ。まだ様子見の段階で身分は明かしたくない、ということなのだろうか。やたらと教会のことをミリアは気にしているようだが、それが彼女の何かと関係あるのかもしれない。
とはいえレオン達でさえ月影騎士団の名は知りもしなかった。数十年の時を経て人々の記憶から薄れ、今はもう伝える者も少ないのだろう。明かしたところで、とそこまでレオンは思ってふと気づく。もはやその名も失われて久しいとはいえ、博識なエルザのことだ、もしかしたら知っていてもおかしくはない。
やはり、エルザだけは。レオンはある目論見を心に抱いて、ふと横目に映った飼い主にすがり甘える猫のようなリーシャに薄く笑みを作ってから、エルザへと向き直った。
この再開を、このままで終わらせる訳にはいかない。これはまたと無い好機だ。
それが彼女を巻き込む結果になってしまったとしても。そして、彼女なら首を縦に振ってくれるという甘さに付け込む己の卑しさに嫌悪しつつも、それでもレオンは――
「なるほど、状況は分かったよ。ああ、ちょうど休業中だし、その話に乗らせてもらおう」
「いいのか傭兵? この小僧ども、金は無いぞ」
「報酬なら前に、十分過ぎるほど貰っているのでね」
対峙するように座り、エルザとミリアが木の幹に背を預けながら薪を囲む。たった二人で始めた旅が、今や四人。危険な旅だと分かっていても、仲間が増えたことは心強いのかレオンも無意識の内に顔を綻ばせていた。
片や八十年前の英雄、片や歴戦の傭兵だ。これほどまでに強力な仲間は、そうそう出会えるものではない。
だがそれ以上に、レオンはエルザとの再開に歓喜していた。
「でもエルザさん、いいの? オスティアは故郷なんじゃ……」
「オスティアを焼くというのなら話は別かも知れないが、君達の目的は大公なのだろう? 正直、私も今のオスティアのやり方には考えさせられるものがある。その真意を確かめるという意味でも、君達と共に行くことには意義があるさ。なに、前回の報酬が働きに釣り合わぬ量だったんだ、その不足分を補うという意味でも、どうか私を同行させてもらえないだろうか。やった仕事に見合わぬ報酬を貰うのは、私の信条に反するのでね」
そこまで言われてはと、リーシャは頷いてから引き下がる。
レオンの予想通り、エルザが誘いを拒むことはなかった。これで彼女まで危険に巻き込むことになってしまったが、これからのレオンにとってエルザは重要な存在になり得る女性だ。ここで逃すわけにはいかなかった。
「ふふん、なるほどな。ただの金狂いの傭兵というわけでもなし、か。ならば改めて、よろしく頼む。月影騎士団のミリアだ」
「ああ、こちらこそ。まさか八十年前の伝説と語らえる日が来るとは思ってもいなかったよ」
やはりというか、エルザは八十年前の大戦、そこで活躍した者達を知っていた。
なんでも彼女は七天教会の神父を親に持ち、幼少の頃は何かとあれば本を読まされた結果、いつの間にかそれが趣味の一つになっていたらしい。彼女の知識は全て本から。それもレオンがたまに読むような漫画ではなく、文字の羅列だけが延々とページを支配している類の物だ。この時代、まともな学ぶ場もない片田舎では今だ文字の読み書きさえできぬ者もいる。レオンでさえそのあたりは怪しいというのに、そう考えるだけで彼女の知識がどれほどのものなのかを理解するには十分だった。
そんな彼女がどうして教会を捨て銃を握ることになったのかまでを知ることはできなかったが、少なくとも今の彼女が教会とは無関係ということだけで、見慣れぬ相手に毛を逆立てる猫のように棘だっていたミリアの警戒心は完全に薄れて消えていた。
「しかし驚いたよ、君達が英雄と共に旅をしているのもそうだが、まさかトーリャ君も英雄の一人だったとはね」
「うむ、それに関しては小僧から話を聞いて私も驚いた。まあ、あの娘はいつも我々の先を見通していた。ヤツなりに思うところがあっての行動だろうが……でもまあなんだ、聞く限り当時に比べれば大分成長してくれてるようで何よりだよ。私達と一緒にいた時は、やれ口を開いてもああとかうんとか、それくらいしか声を聞いたことがないような奴だったからな。あの時はヤツもまだ十四だったし、私たちに遠慮していたのかもしれんが」
「「十四!?」」
瞬間、レオンとリーシャの声が重なった。
「む? どうしたお前達。トーリャの歳がそんなに驚くことか」
「え、だってそんな風には見えなかったっていうか。てっきり僕と同じくらいかと」
「ああ、まあ歳の割にはそこそこ体は育っていたからな。確かに外見だけなら小僧と同じくらいにも見えるか。でもまああれだ、幼すぎてもまずいだろう。我らは精霊の加護により不老。体の成長が当時のまま止まっているからな。あまりにも体が小さすぎても不便しかないだろう」
ふと、そこでリーシャが呆然と胸に両手を当てて、何か呪詛めいた言葉をずっと口から溢し続けていることにレオンは気づいた。
控えめに言ってもあまり豊かとはいい難い胸を隠すように両手で覆い、リーシャは最後に一言。
「トーリャ……コロス」
先の談話でなにか別の感情が芽生え始めたリーシャをミリアに任せ、レオンとエルザは拠点から離れ森を少し歩いた先、海風と波が押し寄せる断崖へとやってきた。
夜風は冷たく、レオンの衣服とエルザの外套を弾き飛ばさんとする勢いで吹き荒れ、飲み込まれれば二度と地上に上がることは出来ないだろうと覗き込むだけで本能がそう警告してくる濃紺の大海が鳴らす波の音は、この場に生じる全ての雑音を打ち消していた。
ここから一望できるヘルゲンの浜からは、松明とランプとが橙色の光を発し、その影に潜む者達の姿を照らし出している。駐留するオスティア軍の数は中規模。数にして約二個中隊、五百名ほど。ミリアとエルザの力をもってしても、あの数を一度に相手にするのは馬鹿げている。
ことオスティア軍は数年前に新大公が即位した際、従来の剣と槍といった武具を捨て、国力と持ち前の技術力とを活かして既存の銃器を改良し、銃弾の殺傷力をなるべく落とさず小口径化し、魔物用から対人用へと大きく仕様を変更した物を大量に生産、それを大陸中にばらまいた。おかげでヴァイスからのはみ出し者達のレッテルは今や過去のもので、オスティアは技術大国としてこの大陸において不動の地位を築き上げた。
その銃器の主たる生産国であるオスティアがそれを用いないわけもなく、今やオスティア軍の大半はライフル兵で構成されている。
銃は剣や槍と違い装備者の練度に関わらず均等にその威力を発揮する。加え、圧倒的な射程から繰り出される必殺の一撃は、どれだけ優秀な剣士や騎兵とて防ぎようがないものだ。
その優位性も、今となっては他国の軍も銃器を導入していることから揺らぎつつあるが、大陸一の銃器生産国とだけあって、その性能、品質に至るまで現代で『対人用の銃』という範疇においてはオスティア製に勝る物は今のところない。
そんな連中と真っ向から勝負を挑むのは正気の沙汰ではない。だからこそ、この場をエルザは選んだというわけだ。
「さて、ここなら銃声も聞こえないだろう。練習にはちょうどいい」
「すいません、こんなお願いまで聞いてもらっちゃって」
「なに、これくらい構わないよ。それに、君はこのままでいたくはないのだろう? 年上として、聞ける願いには応えてやらねばね」
これが大人の余裕というものだろうか、だがエルザはレオンとそう変わらないようにも見える。とすれば、こればかりは重ねた年齢というよりは、過ごしてきた環境のせいなのかもしれない。
今こうして二人きりで暴風吹き荒れる断崖にいるのも、そうしたレオンの切実なる願いにエルザが二つ返事で承諾してくれた結果なのだ。
剣士のリーシャとミリア。どちらも優秀な技術を持つ前衛。それに比べレオンはといえば、多少銃が使えるだけの凡人。実力の差は比べるまでもなく、これでレオンが覚醒者でなければいつ切り捨てられてもおかしくはない。
そこでエルザに頼んだのは、銃の指南だ。今からミリアに剣を習っても、それが実戦で通用するレベルになるのにどれほど時間がかかるか分からない。それが飲み込みの悪いレオンならば尚更だ。
ならば、最低限使える能力を伸ばした方がいいに決まっている。その場合、レオンは銃ということになる。であるならば、その道に技術に長けているであろうエルザに教えを請うことは間違いではないはずだ。
「さて、とはいえ私も狩猟用の銃以外には疎くてね。あまりいい教え方ができるとも限らないが、そこは勘弁してくれ」
言いながら、エルザは十五メートルほど離れた位置にある木の幹をナイフで削り、同心円状の的を描く。アレを撃て、ということらしい。
「さ、とりあえず試しに撃ってみてくれ。それから考えよう」
作業を終えたエルザがレオンの隣まで歩いてくると、風に掻き消されないよう耳元でレオンに囁く。
耳に当たったエルザの吐息に意識が一瞬揺らぎかけるが深呼吸して冷静さを取り戻すと、レオンは銃の遊底を引き弾丸を装填、夜風にあてられ冷え切った鉄の温度を指先に感じながら、レオンは照準を合わせた。
距離は十五メートル。特別な照準器を乗せたライフルでなくとも、長物ならばある程度触り慣れた者なら誰でも当てられる位置。だがレオンが握るのは拳銃。それもレーベン帝国が急場を凌ぐために製造した現在の軍正式拳銃でもいわゆる前期に納入されたモデルで、堅牢さこそ後期型に勝るが急造を強いられたため部品の噛み合わせが悪い個体が続出した物なのだ。
だが幸いにもそれが命中精度に著しい影響を及ぼしたとの報告がないのは幸運だ。銃の生命線であるその部分に欠陥を負ったものであったならば、その不利を技術で埋めることのできないレオンではどうにもできなかったことだろう。
「じゃあ、いきます」
慎重に狙いを定めてから、レオンは引き金を引いた。
狙ったのは当然的の中心。だが、弾丸はレオンの意思を汲み取ってはくれずにやや右に流され、一番広い円すら掠めず何も描かれていない幹に体を埋めた。
「ここは風が強い。この距離とて銃弾は風に流される。それも考慮してもう一度撃ってみたまえ」
「あ、そっか。はい!」
思えばレオンは訓練所で撃った以外は森での戦闘で少し使用したくらいだ。特殊な環境に合わせた訓練を行っていなかったわけではないが、それを無意識の内に行使できるほど訓練を積んだわけではない。
今度は照準をやや左寄りに、銃口がぶれないようにグリップを握り込んで固定し、引き金に指を置く。
と、エルザの視線がレオンの指先に向いているのに気づいて、それを意識してしまい、つい体に余計な力が加わる。その状態で引き金を引いたせいか、今度は斜め左、なんとか円の内側に収めることが出来たがそれもかなり際どいラインだ。
「む……もう一度出来るかな?」
「は、はい!」
何かに気づいたのか、エルザは片目を閉じて微かに唸る。
いくら見られているからと言って、ここで平時の力すら出せないようでは訓練の意味がない。レオンは意識を銃にだけ集中させると、再び引き金に指を置き――
「うわぁ!?」
「おっとと、すまないね」
突然視界が遮断された事に驚いて、思わず銃を取り落としてしまった。どうもエルザが両手でレオンの目を覆ったようだ。
幸いにも落とした銃は瞬時にエルザが宙で受け止めてくれたので、地面に落下することはなかった。このモデルは安全装置を外したまま本体に衝撃が加わると暴発してしまう欠陥があるので、大事に至らなくてよかったと安堵の息を漏らす。
しかし、見ればエルザはいつの間にか自分の背後。いくら風と波が足音を消しているとはいっても、人一人がこんな側まで接近することにも気づけなかった事に驚きを隠せない。
「君は、少し射撃の際に銃に集中しすぎだな。それに、撃つ前から反動を受け止めようと手に力が入り過ぎている。だから引き金を引く時に余計な力が加わって、銃口がブレせっかく合わせた照準が狂うんだ」
「あ……」
言われてみればそうだと、自分でも納得するしかなかった。訓練の時に一度だけ、射撃の反動で銃を手の中から吹き飛ばして以来、反動で銃を落とさぬようにと無意識の内に余計な力が入っていたのかもしれない。
それに、射撃場の中では銃だけに集中していればいいが、戦場となれば常に周りに気を配り戦況を把握しなければならない。自分ではそうしているつもりでも、こうして接近するエルザに全く気が付かないくらいなのだ、これもまた未熟という他ない。
なんにしろ、他人に指摘されなければこの手の問題は自分では気づきにくいものだ。それを早い段階で矯正できるのなら、それに越したことはない。やはり、エルザに教えを請うた判断は間違いではなかった。
「ん、惜しいな。今度は力を抜きすぎだ。まあいいさ、何度も練習して感覚を掴むといい。無論、予備の弾の数を考慮した範囲内でね」
そうして片目を瞑りながら人差し指を唇の前で立ててみせる仕草に胸の鼓動が早まるのを感じて、レオンは雨に濡れた犬のように首を左右に激しく振ると訓練に意識を集中させた。
翌日、早朝から誰にも告げず姿を消していたミリアは昼前になってからやっと皆の前に現れたと思えば、両手に抱えるほどの物資をどこからか調達してきて見せて全員を驚かせた。
食料弾薬どれも表記を見る限りオスティア製。それも軍のものだ。これをどこから調達したのかと聞けば、ミリアは自身の猛禽のような鋭い紫の瞳を指差した。
「はは、伊達に魔眼のとは言われておらんからな。これだこれ、空間遮断の魔眼というらしい。発動すると私の周囲を含め一定の空間をこの世界から切り離し、見ることも触れることも出来んようになるというものらしい。当然、魔法やらの不可思議な力の影響も受けん。まあ、代わりに私の方から干渉することもできんのだがな。だから姿を隠すのには使えるが、攻める際にはそこまで使える代物でもない。とまあそういう類のものだ。私は魔法に疎いからそれ以上のことはわからん。だがこれを使えば、どこぞの家に侵入し物を盗ってくることなど造作もないさ」
初めてミリアと出会った時、突然現れたように見えたのはつまりあの魔眼の力だったということらしい。
おそらく調達した物資は、姿を消したままヘルゲンの浜に展開するオスティア軍の倉庫から堂々と侵入して奪ってきたに違いない。
「しかしそれでいえばお前の目も何か特別なものだろう? 昨日の動きを見ていて分かった。お前、銃弾が見えているな?」
「む、流石だ。まあそうだね、私の目も魔眼という程のものではないが、少しばかり特別なのかな。……母譲り、でね。妹もそうだったが、早ければ早いほどよく視える、そういうものらしい。まあ、見えたところで体がそれに追いつけなくては大して意味もなさないものだ。銃弾を見切って避けるとか、そういう芸当ができればよかったんだがね」
なるほど、とレオンは頷く。やたらと銃弾飛び交う戦闘で顔を出して様子を眺めていたのは、エルザには銃弾が見えていたからなのだ。たとえ敵が隠れていても、飛んでくる銃弾が見えればどの方角から撃ち出されたのかを判断できる。エルザはああ言うが、飛んでくる弾丸が見えるならば着弾まで猶予がある距離から発射されたものに限れば多少なりとも回避行動は取れるはず。十分有用な力だといえるだろう。
「しかしこれで四人。小僧たちを戦力に数えても、城攻めをするにはちと不安が拭いきれんな。私の装備も集団戦を想定したものではないし……はあ、こういう時こそトーリャがいてくれればなあ、神雷の一つでも城に落してもらえばそれで済む――や、アイツは城を壊すのは嫌がるか? むう……この、なんだ、お前達もっとなんかこう仲間とかいないのか、もしかして友達いないやつか」
「さらっと心に刺さること言わないでください。まあ……僕はたくさんいる方じゃないですけど。訓練所でも一人でご飯食べてましたし。隊に配属されてからも連携取る時くらいしか会話したことないですし。今だって気軽に話せるのリーシャさんくらいですし……」
「……私が悪かった、すまん」
どんどん声音が弱々しくなっていくレオンにさすがのミリアも観念したのか、手を振って顔をしかめた。こればかりはレオンの協調性のなさも相まってのことなので、周りの環境が悪いばかりと一概にも言えないのだ。思えばその辺りからレオンはすでに人として少し駄目なんじゃないだろうかと、そこまで考えてからレオンは思考を完全に閉ざして話題を切り替える。
「あ、ああでもほら、あてがないわけではないんです。一応心当たりはあるというか」
「ふむ……もしやレナ君たちのことかな」
何か思い当たる節があるのか、エルザが確信めいた口調で言い放つ。
レオンは言い当てられたことに唖然とし、それを肯定と取ったのかエルザは顎に手を当てながらふむと眉を寄せた。
「正直微妙なところだね。実は彼女達とはここに来る前に一度会っているのだが、向こうは向こうで忙しそうだ。それに、ゴールドコーストに向かうと言っていたから、最低でもあと一週間はオスティアには戻らないのではないかな」
「ゴールドコースト……地の七天、ですか?」
「ああ、地の精霊王に名指しで呼びつけられたそうだよ」
レナ達はレオンが想像する以上に危うい橋を渡っているようだ。思えば、初めて言葉を交わしたあの穴の底でも、彼女からは不思議な力の片鱗をなんとなくだが感じ取ることが出来た。何よりも覚醒したレオンに傷負わせた少女なのだ、何も無いという方がおかしい。一体彼女に何の力があるのか、それはレオンの乏しい想像力で推し量ることは出来ない。
だがそんな彼女だからこそ、今のレオン達にはそれが必要なのだ。
自分の無力を仲間の力で補うなど、恥ずべき行為なのはわかっている。それでも、帝国を、仲間を、友を守るために。
「どうにかしてレナさん達に会えないかな。いや、違う……僕はあの人に会わなくちゃいけないんだ。もう一度。そんな気が……する」
その時レオンの頬を撫でたオスティアの風。それはどこか懐かしく、穴の底で出会った少女の匂いに似ていて。
「レナさん……貴女は、一体」