鬼の村へようこそ
沙紀は恐る恐る手を伸ばした。
すると、先程の栄輝と同じように自分の手も消えた。消えると分かっていても、実際に自分の視界から手が見えなくなると反射的にさっと手を引いてしまう。引いた手はちゃんとあって、本当になくなりはしないようだ。
高貴は、そんな沙紀を見かねたのか、沙紀に手を差し出した。
「一緒に行こう。」
差し出された手に沙紀は少し頬を赤くしてしまう。高貴にとっては意味のない行為でも、あまり男性に触れたことのない沙紀には、これも思い出になってしまいそうだ。
「ありがとうございます。」
沙紀が手を重ねると、その手は軽く高貴の手に包まれた。沙紀はその感覚に浮ついたまま、高貴と一緒に、見えない結界を通り抜けた。
通り抜けると、そこには、結界の外で見ていた風景とは違うものが広がっていた。
自然が多いのは同じだが、視界一杯に大きな門がそびえたっている。それは、木造で歴史的なものに見えた。いわゆる重要文化財とかに認定されそうな門だ。
「わあ。」
沙紀が思わず声をあげると、高貴は不思議そうにこちらを見た。
「どうした?」
「いや、だって、こんなに立派なもの、見たことないので。すごいですね!」
沙紀が興奮してそう言うと、高貴は顔を輝かせた。その一方で、なぜか栄輝は、苦い顔をする。
そんなことはお構いなしに、高貴は語りだした。
「そりゃあ、そうだろう。何せ、この大門は、青葉 吉之助様が作った最高傑作で―」
先程までの彼と違い、高貴は何やら熱く語りだす。栄輝はそれを呆れ顔で見つめ、沙紀に耳打ちする。
「この話になると、長くなるから、テキトーに話変えてくれ。もう帰りたいし。」
かろうじてあった夕日の光もなくなり、LEDの街灯が明かりを灯し始めた。
沙紀は自分が高貴のスイッチをいれてしまったこともあり、どうにか話題を変えようと考えた。
考えるために高貴から視線を落とすと、まだ高貴と手をつないでいたことに気づき、頭が沸騰しかかった。これでは良い考えが思いつかないと、慌ててつないだ手から目線をそらし、門の向こう側の風景をみやった。そこには道が続き、日本家屋が立ち並ぶ様子が街灯に照らし出されている。
それを見て思いついた沙紀は、いまだ続く高貴の話を遮らないタイミングで口を開いた。
「そ、その立派な門があるということは、ここが村の入口なんですか?」
高貴は、沙紀の言葉を受けて、きれいな形の口を閉じた。そして、口角をあげると愛おしそうに門の先を見つめた。
「そうだよ。」
その顔はまるで、自分の大事な宝物を自慢するような嬉しそうな顔。
沙紀が、またその美しい顔に見惚れていると、高貴は門の向こう側に誘うように、沙紀とつないでいない方の手を伸ばした。
「鬼の村へようこそ。」