鬼である私
「俺は山神高貴。見てのとおり、『鬼』だ。そして、こっちが土倉栄輝。」
「よろしくな、沙紀!」
黒髪の栄輝という鬼は、ニッと人懐っこく笑う。よく見ると、幼さがあり、沙紀とはあまり年齢が変わらなそうな感じだ。
「よ、よろしく…。」
戸惑いながら、そう返した。いきなり親しげに自己紹介などしてどうしたのだろうかと不安は募るばかりだ。
「沙紀。落ち着いて聞いて。」
そんな言葉のあとは、きっと落ち着いてはいられない話をされるに決まっいる。
少し間をおいて、高貴は口を開いた。
「君は、『鬼』だ。」
沙紀は、ほらねと心では悪態をつくが、頭は処理しきれず、拒否をしだす。そのためか、何の言葉を発することもできない。『人間って本当に驚くと何も言えない』とはよく言ったものだと沙紀は思ったが、その時、頭は一気に冷静になった。
ああ、自分は『人間』ではないんだった。
それでも沙紀の頭は悪あがきをする。
「わ、私、鬼じゃないです。」
「信じられないのも仕方がない。けれど、君は政府から鬼の認定を受けた。」
高貴は少し憐れみの感情を交えながら、言葉をつづった。
「そんなの…。」
「信じられないか。そうだね。こんな急なことだし。少し話をしよう。」
そういうと、高貴は沙紀の前に胡坐をかいて座った。
「さっき、君のお母さまが暴れていたのは『邪』というバケモノが体内に入っていたからだ。『邪』っていうのは…えーっと、なんていえばいいかな。」
少し困り顔の高貴に、沙紀は口を開いた。
「さ、さっきの黒い影みたいなのですか。」
「そうそう…って、見えてた?」
「はい…。」
「そう。普通の人にはあんまり見えないんだけど。」
「そうなんですか。」
確かに、沙紀も見たのは初めてだった。確かに『悪霊』などと今まで言われていて人には見えなかったものが、政府によって立証されたからといって、急に人間に見えるようになったわけではないのだ。
鬼なのだと認めざるをえない状況に、沙紀はうつむいた。
「俺たち、鬼は、山に村があってそこで暮らすように義務付けられている。君をそこに連れ行かなきゃいけない。」
「…。」
高貴は、沙紀の沈黙を否定的にとらえたのだろう。ため息をついて言葉を続けた。
「今、行かなくても、政府の者が君を無理やり連れていく。それに、鬼は人よりも邪に狙われやすい。君がお母さまの傍にいたら、また君のお母さまは邪に憑りつかれてしまう。」
先ほどの光景が沙紀の頭の中をめぐり、沙紀の顔は青くなった。
「俺たちと一緒に来てくれるね?」
沙紀は、うなだれるように頷いた。
救急車のサイレンの音がする。
沙紀の母を助けに来てくれたのだ。
沙紀の母を、救急隊員が担架で運んでいく。傍にいた沙紀に隊員が救急車に乗るよう言ったが、沙紀は首を振った。
「これを母に渡して下さい。」
救急隊員は不思議そうに、沙紀が差し出す手紙を見ていたが、女子高生のただならぬ雰囲気にけおされたのか、受け取ってくれるとドアを閉めた。沙紀は救急車を見送ると、再び家に入った。
台所を抜け、リビングに行くと、家族写真が飾ってある。どれも楽しそうに笑顔で映る家族。
沙紀はお気に入りの一枚を写真立てから取りだすと、ポケットに入れた。
再び、台所を通ると、沙紀が落とした誕生日ケーキがぐしゃりと崩れているのが見えた。そのケーキが沙紀の誕生日のありさまを表しているようで、悲しくなったが、外へ急いだ。彼らに、母が救急車に乗るのを見届けさせてほしいと頼んだ手前、これ以上待たせられないのだ。
外に出ると、夕日が落ちかけていて、人がとても見づらい。黒い軍服に身を包む彼らも例外ではないが、金茶色の髪の彼がこちらを向くと、その美しい顔だけは黄昏時に映えた。
「さあ、行こうか。」
美しい鬼との悲しい出会いで、沙紀の鬼としての運命が動き出す―――