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金色の瞳  作者: 七篠 月
第二章 鬼導隊編
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鬼と暗闇の心


 田中が暗闇の空に飛び込んだ時、沙紀さきもまた屋上のへりを蹴っていた。

「沙紀っ!!」

 間に合わなかった高貴こうきの制止は、虚しく響いた。

 沙紀は必死に田中に追いつき、彼の手を掴むと、思いっきり屋上の方へ投げ飛ばした。

 沙紀のおかげで田中は屋上の方へ飛んだ。

 しかし、沙紀は田中を投げた反動で、田中とは反対の、何もない空へと飛んでいく。

 田中は屋上に軽くたたきつけられるように着地したが、確かに無事だった。

「田中っ!!」

 政虎まさとらは慌てて駆け寄る。

 それは、たった一瞬の出来事だったが、沙紀の視界では、ゆっくりと再生されていた。

 そのゆったりとした時間には、恐怖よりも安堵感が広がっていた。

 それから沙紀は、ただ落ちていくだけだった。

 次第に屋上は見えなくなり、校舎の窓が流れていく。

 目を閉じることも忘れて、ただ見ていた。


 しかし、次の瞬間、沙紀の体は痛いぐらいにグッと引っ張られた。

 痛みの正体を見ると、沙紀の体の何か所にも、見慣れた植物のツルが巻き付かれていた。

 上を見上げると、美しい顔を少し歪ませた高貴がいた。

「沙紀っ!!」

 必死な高貴の様子に、沙紀は助かったという感情以上に、自分をつなぎとめてくれる存在がいたことに、温かい感情がこみあげていた。

それは、あの(・・)()とは違った。


 沙紀は、屋上まで引き上げてもらうと、高貴に礼を言った。

「ありがとうございます。高貴さん。」

 しかし、高貴は沙紀の礼を聞くより前に、田中の方へ行った。

 そして、彼の胸倉をつかんだ。

「お前ぇ!!」

 高貴は怒りのあまりそれ以上言葉にしなかったが、彼の周りだけ熱が急上昇したかのような雰囲気があった。

「ま、高貴が怒るのも無理ねえよな。せっかく、助けてやったのに。それに、俺たちの仲間が死んだらどうする気だよ。」

 怒っているのは栄輝えいきも同じだった。

 田中は胸倉をつかまれながら、ぼそりとつぶやいた。

「…助けてくれなんて、言ってない。それに、このくらいの高さじゃ、彼女は死なないだろ。」

 田中が不貞腐れながら放った言葉に、更に高貴は怒りを募らせた。

「鬼でも!こんな高さから地面に叩きつけられたら、ただじゃすまない!!」

 そして、高貴は掴んでいた田中の胸倉を更に高く上げる。

 そのせいで、田中は息が苦しそうだ。

「や、やめてください。高貴さん、私、大丈夫なので。」

 沙紀は慌てて高貴を制すと、高貴は沙紀を憐れむような顔をして手を離した。

「ゲホッゲホッ」

 田中はやっと解放されて、せき込みながら倒れた。

 しかし、高貴は怒りがおさまらないようで、田中をキッと睨みつけたままだ。

 沙紀はそっと田中に近づき、田中の背をさすったが、田中は体をビクリと震わせた。

 それは、沙紀を怖がっている、そう思えた。

 沙紀は彼から手を引いた。

「田中さん。あなたには、人には見えないモノが見えて苦しんでいるかもしれない。」

 沙紀が突然、話し始めると、驚いたように田中は沙紀を見た。

 どうやら、邪に憑りつかれていた時の記憶が曖昧で、自分に邪が見えていることを沙紀たちに知られていることに気づいていないらしい。

「他の人には無い力は、特別なようでいて、恐怖や孤独が付きまとうんだと思います。」

 田中は意外にも、沙紀の言葉をただ聞いていた。

「それに耐えきれなくて、さっき田中さんがしたみたいな選択をする人も中にはいるかもしれません。でも、なんかそれじゃ、悲劇で終わりじゃないですか。」

 沙紀は優し気な声ながら、その口調には力強さがあった。

「私は、自分の力が忌み嫌われようと、誰かのために使いたいんです。もし、誰かの悲劇を防げたなら、私の物語は悲劇じゃなくなる。だから、今日やったことも、私の自己満足です。自分のためにやったことです。」

 沙紀は、すっと立ち上がった。

「ただ、私はしつこいので、あなたが何度悲劇を引き起こそうとしても、何度でも阻止しますから。覚悟してください。」

 沙紀は、田中にニッと笑ってみせた。

 田中はただ呆気にとられるだけだった。

「沙紀、お前、心が広すぎだなー。普通は一発や二発殴るところだろ。」

 栄輝はそう言いつつも、仕方がないやつだなと笑っていた。

 一方、高貴は呆れ顔でため息をつくばかりだった。

「現場はここかー?」

 どこからともなく、声がした。

 しかし、今、屋上にいる誰のものでもない。

「鬼がいるから、そうなんだろうな。よいしょっと。」

 再び声がした。

 それはまさしく、空から降る声だった。

 沙紀たちが空を見上げると、空には、かなり大きいフクロウが飛んでいて、そのフクロウから、誰かが飛び降りてきた。

 沙紀たちは、ぶつからないように慌てて避ける。

 漆黒の闇のような、黒いスーツに身を包んだ男が屋上にスッと着地する。

 その見事な着地に、空を飛ぶ巨大フクロウ。

 ただものじゃない。

「戻れ。」

 男がそう言うと、フクロウはパッと消え、紙がひらひらと舞った。

「で、邪はどこだ?」

 男性は、アラサーの疲れ切ったサラリーマンのように、ぐだっとした感じで沙紀たちに問いかけた。

「俺の見た感じ、もういない感じなんだが。まさか、逃がしちゃった?お坊ちゃま。」

 スーツの男は、プププと笑いながら、高貴に向けてそう言った。

 どうやら、高貴や栄輝の嫌な顔からして、知り合いらしい。

 しかし、沙紀はまだ会ったことのない人物だった。

「ちゃんと討伐しましたよ。」

 高貴はそう不機嫌そうに言うと、男は笑うのはやめた。

「は?それなら、早く連絡しろよ。俺は上に報告したら直帰だったのに、プライベート返上で、ここまで来たんだぞ。」

 すると、今度はスーツの男が不機嫌になった。

「へー、アンタにも返上するようなプライベートがあったのかよ。」

 栄輝がそんな嫌味を言うと、スーツの男は更に不機嫌になった。

「はっ、お子ちゃまなお前らには分かんねえよ。そうだ、プライベートの穴埋めにそこの彼女にお付き合い願おうかな?」

 そう言うと、初めてスーツの男は、沙紀に目を向けた。

「噂には聞いてるよ、珍しい新入りさん。」

「珍しい?」

 沙紀は、自分が知らない人の知られている上に、『珍しい』とまで言われて不思議に思ったが、その疑問が解決される前に、高貴が沙紀の前に立った。

「うわー、ガードが堅いな。まるで、姫を守る騎士?それとも、姫を外に出させない牢屋の番人か?」

 意味深な例えに、沙紀は戸惑うばかりだった。

「おっと、そう言えば、自己紹介がまだだったか。俺は、芦辺あしべ 光春みつはる。君たちを管理する政府機関の者だ。君たちの管理がメインで、今日はヘルプで見鬼官としてやってきた。」

 『管理』…、その言葉に改めて、沙紀は自分が人間に管理される鬼にすぎないことを思い知らされる。

 挨拶も早々に、芦辺は話を続ける。

「さて、見鬼官を要請しながら、討伐したとなると、君に見鬼の才が発現したのか?」

 そう芦辺は沙紀に向かって言った。

「違います。それは…。」

 高貴が真実を告げようとしたとき、沙紀の声が遮った。

「えーっと、一か八かでやってみたら、つながりを斬れちゃったみたいなんですよ。ホントにラッキーでした!」

 沙紀は自分でもわざとらしい感じはしたが、とにかくまくしたてた。

「そうか…。見鬼の才を持つ者がいれば、大助かりだったが、そう上手くはいかないか。それじゃ、仕事もないなら、俺は帰らせてもらう。」

 そう、沙紀の言ったことを意外にもあっさりと受け入れると、芦辺は先ほど、田中や沙紀が飛んだ方へと歩いてく。

「お前らも、さっさと帰って報告しろよ、クソガキども。」

 そう言いながら、こちらを見ないで手を振ると、屋上の縁に立った。

 そこでようやく、こちらを振り返った。

「またな、姫。」

 沙紀に向かって、ニッと笑いかけると、振り返ったまま、空中に身を預けた。

 沙紀が驚いたのもつかの間、ぶわっと風が吹き抜け、巨大なフクロウが彼を乗せて闇へと消えていった。

 嵐が去った後の静けさが屋上に広がったあと、田中が口を開いた。

「なんで、本当のこと…言わなかったんだよ。」

「へ?本当のことを言ったつもりですよ。ただ、私は忘れっぽいだけで。」

「うわー、君って、嘘つくの下手。」

 そう、政虎が冷めた視線を向ける。

「分かってるなら、そっとしといてください!」

 からかわれた沙紀がそう言っている間、田中は憑き物でもとれたような安らかな顔をしていた。

 こうして、七不思議の調査は終了した。


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