人を守る鬼
しかし、包丁が振り下ろされることはなく、黒い影が、沙紀と母の間に入った。その後、金属音がして、刀がきらりと光った。母の包丁は刀にはじかれたのだ。
恐る恐る視線を上げると、きれいな金茶色の髪が見えた。そして、黒い軍服に刀。
鬼だ。
「栄輝、逃がすな!!」
「あいよ!」
逃げ出そうとした母を台所から出さないように、もう一人の軍服に身を包んだ鬼が入口をふさいだ。慌てふためく母に、金茶色の髪の鬼がものすごいスピードで近寄る。
「さあ、出ていけ。」
そう、声をかけると、母の額に札を貼り付ける。すると、母の体から、ぶわっと、黒い影のようなモノが噴き出す。そして、母は倒れこんだ。
『オノレ、オニがあああ!!』
母の体から噴き出した影には顔があり、雄たけびをあげながら憎悪の顔で彼らを見ている。
これが『邪』。沙紀は『邪』を見たことが無かったが、直感的にそう思った。
『ワレノ食事を邪魔スルナーーーー!!』
邪は怒りのまま、金茶色の髪の彼に襲い掛かる。
「ふん。」
そう、彼が鼻で笑うと、影は彼の刀で両断された。すると、邪は真っ二つになりながら蒸発するかのように消えていった。
「おいおい。また、お前の手柄かよー。」
「しょうもないこと言ってないで、救急車を呼べ。あと、上にも報告しろ。」
「へいへい。」
先ほどまでの戦慄とは裏腹に、緊張感のない会話が飛び交う。金茶色の髪の美男子に指示された黒髪のやんちゃそうな彼は、渋々、スマホを取り出し、電話をし始めた。一方、金茶色の髪の彼は、へたり込む沙紀の目の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
「…はい。」
心配かけまいとそう返事をして、顔をみると、至近距離に美しい顔があるものだから、一瞬のうちに、沙紀の顔の温度があがった。美しいアップに耐えかねて、顔をそらした。
「そう、よかった。」
そんな沙紀の様子に気づかない彼は安心したように微笑んだ。
顔をそらしたままの沙紀は、倒れたままお母を見つめた。
「あの、お母さんは?」
「ああ、気を失っているだけだから、大丈夫。救急車もくるしね。」
彼の言葉に、沙紀は胸をなでおろす。
「え?俺たち以外には鬼はいませんが。」
電話をしていた黒髪の彼の少し戸惑う声が耳に入った。そして、なぜか沙紀に目線を向ける。金茶色の髪の彼も不思議に思ったのか、電話をしている彼に近寄った。
「確かに、いますけど。でも、とても小学生には…。」
困り顔で電話をし続ける彼の言葉を聞いて、金茶色の髪の彼は自分に代わるよう合図を出した。
「高貴にかわります。」
「はい、高貴です。」
彼は高貴というのかと、沙紀は名前を知ることができてなんとなくうれしく思っていると、高貴は深刻そうな顔で話をしていて、やはり沙紀を見た。
「わかりました。連れていきます。はい。」
そういうと、彼は電話を切った。そして、先程の穏やか雰囲気とは違う雰囲気で近づいてきた。
「君、名前は?」
「や、山田沙紀です。」
有無を言わさない雰囲気で、少し怖くなりつつも沙紀は答えた。一体、何があったのかと不安が渦巻いた。
「沙紀、いい名前だ。」
そんな言葉をこんな美男子に言われたら、鼻血でも出てしまうほど歓喜しそうだが、この雰囲気では冷や汗しか出ない。
沙紀には、嫌な予感が当たりませんようにと願うことしかできなかった。