人である私
黒い影が街を駆ける。
それを追いかけるは、刃を持つ鬼。
白く光る刃は影を斬る。それが彼らのサダメ。
放課後で浮足立つ高校生たちを前に、担任の先生は、いつものように終礼をする。しかし、いつもとは違う言葉が発せられた。
「最近、『邪』による被害が増えているから、夜間の外出は控えるように。」
十年前、私たちが俗に悪霊とか妖怪とか悪魔とか呼んでいたものの一つが、「邪」と呼ばれるものだということが判明した。その「邪」を政府は排除しているが、人を襲う事件はゼロにはならない。山田沙紀が住む町でも、「邪」に人が襲われる事件はあったが、ここ最近になって頻発していた。
「ねえ、沙紀ちゃん。今日、おいしいクレープ屋さん行かない?」
終礼が終わり、みんなが席を立つ中、栗色のボブの女子高生・梓は可愛らしい笑顔を向けた。その笑顔に残念そうに沙紀は答えた。
「ごめん。今日は私の誕生日だから、早く帰ってきてって、お母さんに言われてるんだ。」
「そうなの!?誕生日おめでとう!!それじゃあ、クレープは明日行こう!誕生日プレゼントでおごるよ!」
「いいの!?ありがとう!!」
「けど、教えてくれればちゃんとプレゼントとか準備できたのに…。」
沙紀と梓は、高校に入ってからの友人だった。高校入学から半月しか経たない現状では、お互いの誕生日は話題に上がっていなかったのだ。そんな浅い付き合いではあったが、中学の知り合いがいない高校に入った者同士の二人は、入学初日から意気投合し、昔から友人かのようだった。
二人は、高い建物が存在しない田舎道を歩きながら、たわいもない話をして帰った。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎた。
「じゃあ、私、こっちだから。」
「うん、またねーー。」
元気に手を振る梓に、沙紀も振り返すと、家路についた。
一人になって改めて周りの風景を見渡すと、のどかな町だと沙紀は思う。周りは大きな山々に囲まれ、邪のような恐ろしいものが出るような物騒さはない。
そんなことを考えていると、向こう側から軍服を着た数名が歩いてくるのが見えた。彼らは皆、刀を腰にさしている。彼らが通り過ぎるとき、周りにいた人たちに緊張感が走り、先程までにぎやかに会話をしていた者も口を閉ざし、彼らから目を背ける。沙紀も関わらないように、道の端を歩く。
しかし、怖いモノ見たさでついつい、彼らの姿を見た。
黒い軍服や刀も確かに目をひくものであったが、沙紀の目に入ったのは、茶髪を揺らしながら颯爽と歩く美青年の顔だった。
(かっこいい…。)
心の中でそうつぶやかざるをえなかった。あんな美しい顔は女子でもいない。彼は沙紀の視線には気づきもせず、通り過ぎていった。
その直後、若い女性の黄色い声が聞こえた。
「ねえねえ。あの人、めっちゃかっこよかったよね!」
「あの先頭歩いてた人でしょ。私もそう思う。」
若い女性たちも沙紀と同じことを考えていたらしい。
しかし、黄色い声もつかの間、女性たちのテンションは下がる。
「あーあ、あれが人だったらなー。さすがに鬼はね。」
「だよねー。」
『鬼』。政府が邪の存在と共に発表したのは、それを討伐する鬼という存在だった。
彼らは見た目こそ人なのだが、邪を斬ることができる存在で、人ではない。むしろ邪に近い存在とされている。そして、この町を邪から守っているらしい。でも、彼らは人ではないし、しかも帯刀していることで、人からは恐れられている。いくらあんなに美形でも人は彼らを恋愛対象には見ないのだ。
美しい鬼たちに少しの恐ろしさと憐れみを感じつつも、沙紀は担任の言葉を思い出し、家路を急いだ。