破滅の足音
ズ、ズズ、ズズズ!
「うん?」
星夜がレモラコカトリスの目の色の理由を考えていると、何処からか何かを引きづるような音が聞こえてきた。
星夜は何かと思い視線をさ迷わせると、石像となったヒュドラの足元が音の出所であることに気がついた。
「なんで石像の足元から音が?」
星夜が疑問に思っている間も音はどんどん大きくなっていき、やがてヒュドラの石像に変化が起こった。
なんと、石像となっていたヒュドラが動き出したのだ。
「「!?」」
これには、見ていた星夜達は普通に驚いた。
まあ、石化封印出来ていたと思っていたヒュドラが突然動き出したのだ、これで驚かなかったら逆におかしい。
それはともかく、石像ヒュドラは星夜の方に移動を開始した。
普通なら、ここは迎撃か逃走をするところだが、星夜は石像ヒュドラが目の前に来るまでただ待った。
理由は、石像ヒュドラの蛇頭の上で、レモラコカトリスが胸を張っていたからだ。
状況から考えて、レモラコカトリスのピンク色の目が今の状況を引き起こしているのだろうと、星夜は推察していた。
というか、ヒュドラが石化しても動けると考えるよりかは、そちらの方がまだありえそうだった。
そもそもの話、ヒュドラ自身にそんな能力があれば、街の傍で戦った個体が普通なら使っているはずだ。が、錬成材料にしたヒュドラは、そんな能力を持ち合わせてはいなかったらしく、錬成されても動くことはなかった。
「コケッ!」
星夜がそんなことを考えていると、石像ヒュドラとレモラコカトリスが星夜の目の前まで来て停止した。
やはり、石像ヒュドラはレモラコカトリスの制御下にあるようだ。
いったいどんな能力で石像ヒュドラを操っているのだろうか?
普通のコカトリスの能力には、そんなものはなかったはずだ。そうすると、レモラの方の能力だろうか?
だが、海の魔物であるレモラに、石像を操るような能力の持ち合わせがあるのだろうか?
星夜はいろいろ考えたが、答えは出なかった。
『そこのところはどうなんだ?』
なので、星夜は駄目元で念話を使い、直接レモラコカトリスに聞いてみた。
『ふんふん、へぇー!』
駄目元だった割には、レモラコカトリスは星夜の疑問にしっかりと答えた。
それによると、レモラコカトリスが現在使用している能力は、石化した元生物を魅了して操る能力だそうだ。
石像をどうやって魅了しているのかは知らないが、石像を自分の兵隊に出来る能力はかなり強力だ。
なぜなら、石の防御力に数を揃えられる点も厄介なら、この世界に石化を解除する簡単な方法がないいじょう、この兵隊を止める手段が破壊する以外にないからだ。
また、不眠不休で動き回るスケルトンのような特性まで持ち合わせている。
数と防御力、おまけに持久力。
まともに相手をしたくない分類の敵だろう。
さらには操っているのではなく、魅了しての自立行動。
術者を倒しても止まらない可能性まであった。
少なくとも星夜としては、石像の群れに連日襲撃されるようなのはお断りだった。
「まあ、良いか。それじゃああらためて行こう」
星夜は気を取り直すと、最後に残ったコカトリスの援護に向かった。
「《シャドウ》」
魔法が届く場所まで来た星夜は、早速影を使っての支援を開始した。
ヒュドラの影が浮かび上がり、再びヒュドラの拘束と攻撃手段の抑制が始まった。
基本的には同型のヒュドラ。さっきのヒュドラと同じ展開が繰り返された。
違いがあるとすれば、石像ヒュドラが参戦し、石化スピードが上昇した点だろう。
なんと石像ヒュドラには、噛んだ相手を石化する能力があったのだ。
しかも、石化した相手に魅了効果までインストールする驚きの性能。
もはや、ストーンウ゛ァンパイアと言っても過言ではない感じだ。
いつかパンデミック(爆発的感染)を引き起こしそうで、星夜は今から気がきじゃなかった。
星夜は気がついていないがさらに言うと、このストーンウ゛ァンパ、本物のウ゛ァンパイアより性質が悪かったりする。
通常のウ゛ァンパイアの場合、血を吸うのは食事であり、存在を維持する為には必要な行動である。
たいしてストーンウ゛ァンパイアの場合は、相手を石化させるのは単なる結果であり、別に絶対に必要な行動ではない。
また、ウ゛ァンパイアは灰になった場合、一部の例外を除きそこで終わりだが、ストーンウ゛ァンパイアの場合は、おそらく砂になっても活動する。
もともとゴーレムでもないのに石像が動いているのだ、ストーンウ゛ァンパイアに生死の概念があるのかも怪しかった。
討伐条件不明。生物的行動理由無し。不死身性高。増殖率極。
スライムとコカトリスの錬成はやらなかった星夜だが、それと同じか、それよりもさらにアレな魔物がすでに錬成されているのだった。
「もうこいつも終わりか。他のヒュドラは・・・他の三匹もあと少しで終わりだな」
全体の九割が石化したヒュドラを見た星夜は、他のヒュドラにも意識を向けた。
その結果、ヒュドラが後一歩で全滅することを星夜は確認した。
ポーン!
【依頼達成。報酬贈呈。時間魔法:タイムパラドックスが使用可能になりました】
しばらくすると、星夜は報酬である目的の魔法を受け取った。
「これでここでの目的は達成っと。じゃあ、早速始めるとしようか。《タイムパラドックス》」
星夜は今手に入れた魔法を早速発動させた。
すると、星夜の前後左右上下に時計の文字盤状の魔法陣が複数展開された。
そして、周囲に展開された魔法陣に描かれた針が一斉に回転をはじめた。
くるくるくるくる。針が何度何度も回転を繰り返す。
その針が進む毎に、徐々に魔法陣の中心に立つ星夜の姿がブレていった。
やがて、魔法陣の中心にある星夜の姿は複数に増えた。
その直後、増えた星夜の身体の中に、展開していた魔法陣が全て吸い込まれていった。
「・・・成功か?」
星夜は魔法陣が全て消えたのを確認し、現状の確認をはじめた。
「ふむ。意識は一つ、身体は複数。別に全部分身するわけじゃないのか」
星夜は手の平の開閉を繰り返してみたり、自分が見える景色を比較してみたりした。
結果、身体を動かす意識は一つで、複数の身体をいつものように動かせることがわかった。
視覚などの五感も共有で、どの身体からでも周囲の情報を認識出来た。
「けどこの魔法、どの辺りにパラドックス(矛盾)が発生しているんだ?」
星夜は全ての身体に違和感がなかった為、魔法名の矛盾が何処に生じているのか疑問に思った。
名前通りなら時間ということになるが、別に矛盾といった無理が発生しているようには星夜は感じていなかった。
「・・・まあ、良いか。先に各ダンジョンを襲撃してしまおう」
最近、答えの出ないようなことばかり考えてしまう星夜は、今回は早々に疑問を棚上げした。
そして、それぞれの身体を動かし、別々のダンジョンに星夜は向かった。
毒沼に潜む海蛇の迷宮に残った星夜の一人は、石化させた魔物達を回収し、この迷宮のダンジョンマスターのもとに向かった。
チクタク、チクタク
時計が時を刻む。
星夜の内側、星夜が今は知らず、そして気づかない場所で、時計は時を刻みはじめた。
針が回る。
誰もが知らない場所で密に、けれど確実に針が回っていく。
それは滅亡へのカウントダウン。
星夜の中で眠りし者が目覚めるまでの残り時間。
それを這い寄る混沌は興味深そうに観察する。
眠れる者はそれが目覚める時を夢見る。
扉にして鍵たる者は、未来(現実)をうれう。
善なる者は静かに時を待つ。
数多の擬神は迫る脅威にいまだ気づかず、封じられし真神は裏切りし子らの平穏を願う。
世界は回る、時の針と共に。




