予言と取引
「四季が十巡する時。つまり、季節が十回過ぎた十年後という意味ですね」
星夜達は、アジ・ダカーハの予言を読み解く作業を始めた。
『なら、今がちょうどその十年後だな』
「そうですね。それで次が」
「虚空の彼方より数多の災いの化身が訪れる」
御剣の言葉を氷室が継いだ。
『虚空の彼方は遠き空の果て。災いの化身が訪れるということは、その災いは自然災害の類いではないな。少なくとも、化身と訪れるという言葉を使っていることをみるに、生物的な何かだろう。それが人間か、魔物かはわからんが』
「そうだな。そして次が」
万影の推測に、アルバートが頷いた。
「そしてその日、この地に十二の混沌の坩堝が具現化する」
そして、その次の予言をアリアが口にした。
「これはどういうことでしょう?」
「一つだけ心当たりがあります」
「心当たり?それはなんですか、セイヤさん?」
「十二という部分は当て嵌まりませんけど、具現化した混沌の坩堝というのは、おそらく今さっき問題になったダンジョンのことです」
「「「あっ!」」」
星夜の推測に、アリア達はありえそうだと思った。
「けれどセイヤさん、数が合いませんよ?」
「そこは多分、まだ俺達が把握していないだけですよ。実際、今日までアリアさん達もこの街の近くにダンジョンが出来ていたことを知らなかったでしょう?」
「え、ええ。言われてみればそうですね。じゃあ、残りの予言は」
「その内の一つ。形無きものに我が主は座されている。これはそのまま、アジ・ダカーハの主が居るダンジョンのことでしょうね。そして、主がこの地に降臨せし時、我が戒めは解かれ、我は主の御下に帰還する。つまり、アジ・ダカーハはもう間もなく石化封印を破り、自分の主の下に帰ると言う予言ですね」
星夜がそこまで予言を分析すると、冒険者達は騒然となった。
「アジ・ダカーハが。奴が復活するじゃと!」
「ちっ!なんでおとなしく石化封印なんてされたのかと思えば、あいつが自分の主人が来るのを待つ為だったのか」
ギルドマスターはかつての脅威を思い出し、アルバートはなぜアジ・ダカーハが石化封印に抵抗しなかったのか、その理由をようやく理解した。
「こうしちゃおれん!すぐにアジ・ダカーハの石化封印の状態を確認せねば!」
少しして僅かに冷静になったギルドマスターは、急いでアジ・ダカーハへの対応をはじめた。
たしかに混沌の坩堝がダンジョンのことを示しているのなら、いつアジ・ダカーハが復活してもおかしくはなかった。
それにともない、ギルドマスターと一部の冒険者達が、冒険者ギルドをあとにした。
「いってしまいましたね」
「そうだな。そういえば、先程の予言の中にわからない言葉があったな」
「そんなのありましたか?」
星夜は、アルバートがどれのことを言っているのかわからなかった。
「エキストラ達。あいつは俺達に向かってそう言った。だが、エキストラってのはどういう意味なんだ?」
「それは・・・わからないですね」
星夜はアジ・ダカーハの言葉の意味がわかったが、言葉は濁すことにした。
「「?」」
御剣や氷室は言葉自体は知っていたが、なぜ彼らがそう呼ばれるのかわからず、二人で首を捻った。
そんな彼らを横目で見つつ、星夜はアジ・ダカーハという存在に疑問を抱いた。
(アジ・ダカーハは、いったい何者なんだ?アジ・ダカーハの予言を信じるのなら、奴はダンジョンに主がいると言っている。だが、それだと奴の存在が矛盾する。この辺りに展開しているダンジョンは、おそらく全て神様製だ。ダンジョンマスターまではわからないが、全て一週間前に作られたもののはず。十年前にはダンジョンもアジ・ダカーハが言う主もこの世界には存在していなかったことになる。この矛盾はどういうことだ?・・・まさかとは思うが、アジ・ダカーハの言う主というのは、俺じゃないよな?)
星夜は疑問を思い浮かべた後、その可能性に思い到った。
アジ・ダカーハの主が星夜なら、現状の説明はつく。
現在星夜は対象を過去に送るような魔法は持っていない。しかし、タイムリープという時間遡航魔法は持っている。
今後も神様の依頼を達成していけば、いずれタイムスリップだか、タイムトラベルの魔法が報酬になる可能性は高い。
というか、絶対に用意してそうだ。
それを使って未来の自分が過去の世界にアジ・ダカーハを送り込んだのかもしれない。
予言の中には、形無きダンジョンに主が座しているともあった。
星夜のダンジョンは夢の世界にある。
現実世界には存在していない。
この点も、星夜がアジ・ダカーハの主である可能性を示唆している。
というか、今のところ推測はそれくらいしか出来ない。
ひょっとすると違うかもしれないが、今星夜が把握している情報だと、現状を作れる存在が他にはいなかった。
愛ちゃんは論外だし、今日戦闘を繰り広げていた他の魔物達の中にも、時間に干渉するような奴はいなかった。
いや、あえていえばドラゴンなら出来るかもしれない。
それにギルドマスターは、アジ・ダカーハのことを三つ首の竜だと言っていた。
案外、そちらの方が正解かもしれない。
『さて、我の懸念が正解だったことも確認出来たことだし、そろそろ帰るとしようか』
「あっ!まだ待ってくれ」
一区切りついたので帰ろうとする万影を、アルバートが止めた。
『まだ何かあるのか?』
「いやいや、俺はまだ一つしかお前に話を聞いていないぞ」
『そうだったか?』
「ああ」
『なら、石化解除ポーション以外の何について聞きたいのだ?』
万影は、改めてアルバートを見た。
「お前はさっき、自分達のダンジョンに手を出すのなら、この街を滅ぼすと言ったよな?」
『言ったな。だが、敵を滅ぼすのは当たり前だろう?そして、それが相手から仕掛けて来たのなら尚更にな。そうだろう?』
「まあ、そうだな」
アルバートは万影の意見を否定しなかった。
『それで、それがどうかしたのか?』
「いや、今の言い方だと、お前から街を攻めるつもりはないんだろう?」
『・・・無いな。別にこの街を滅ぼしても、我にメリットは無いからな。だが、我らの敵なら脅威の排除は行わなくてはならないだろうな』
万影は意味ありげな空気を演出した。
「安心しろ。この街のギルドにコカトリスなんかとガチで戦えるような冒険者なんていない。だから、それ以上の脅威であるお前達には手を出すつもりはない」
『それは僥倖だな。お互いにとって』
「そうだな。そんなお前に一つ提案があるんだが、少し聞いてくれないか?」
『提案?』
「ああ」
『・・・聞くだけならばかまわん』
「良し!」
星夜はアルバートの話を聞くことにした。
『それで、提案とはなんだ?』
「お前、この街と取引をするつもりはないか?」
『この街と取引?取引もそうだが、相手もこの街なのか?』
「そうだ」
『・・・取引の内容は?』
「俺達この街がお前に提示出来るのは、領主軍や冒険者達がお前達のダンジョンを攻略しなく出来ることが一つ。街の物資の一部をお前達に優先して流せることが一つ。お前達のダンジョンの魔物やアイテムを買い取り、金銭に変えてやれることが一つ。今俺が提示出来るのは、この三つだ」
『なるほどな。だから冒険者ギルドではなく、この街との取引というわけか』
「そうだ。それで、今俺が提示したものをお前はどう思う?」
『・・・悪くはないな。だが、こちらも聞いておこう。そちらはそのメリットと引き換えに、我に何を望む?』
「一つはこの街に手を出さないでもらうこと」
『まあ、当たり前だな。が、これはとくに苦にならんから問題は無い』
「二つ目は、お前のダンジョンの魔物の素材やアイテムを売ってもらいたい」
『・・・そちらも問題はとくに無いが、そちらのメリットとかぶっているな』
「問題か?」
『いや、とくには。一応確認しておくが、我に売ってもらいアイテムというのは・・・』
「ああ。石化解除のポーションを定期的に売ってもらいたい」
『・・・先程断ったばかりなのだが』
「お前の懸念は先程の話で理解している。だが、それでもポーションはこれから必要になってくるのだ」
『まあ、近くにコカトリスが居るのだから、そうなるだろうな』
「安心しろ。買った後の責任について、お前に問うようなことはしない」




