黙祷
「セイヤさん!」
「ただいま、アリアさん」
アリアに抱き着かれた星夜は、無難にそう返した。
「ただいまじゃありません!なんで残ったんです!」
アリアは涙を流しながら、星夜を問い詰めた。
「いえ、主から命令があったものですから」
「主からの命令?セイヤさんになんでそんな危ない命令をするんですか!そのセイヤさんの主って人わ!」
「まあ、それが主の権利というものですよ。俺にはあの方の意思に従う義理も義務もありますから。それでも、拒否権も保留にする自己判断も容認されてますから、そこまでブラックではないですね」
星夜は自己認識をそのまま語った。
「・・・」
アリアはそんな星夜に、なんと言っていいのかわからず、沈黙を選んだ。
「それで、これはいったいどうなっておるんじゃ?」
星夜とアリアの会話に区切りがついたと判断したギルドマスターは、誰に言うでもなくそう口にした。
『我が送ってやっただけだ』
「誰じゃ!」
ギルドマスターの疑問の声に、音無き思念が答えた。
そして、ギルドマスターがそれが誰か尋ねると、冒険者ギルドの中心で一つの影絵が立ち上がった。
「この声の主は貴様か?」
『そうだ』
「もう一度聞こう。貴様は誰じゃ?」
『我が名は万影のアポスル』
「「「万影の」」」
「「「「アポスル?」」」」
影の名乗りを聞いた者達は、名乗りを口で繰り返した。
そして、その後者の名乗りを聞いたアリアを含めた一部の初心者冒険者達は、星夜の方を見た。
「お察しのとおり、同じ主に仕える同僚です。さすがにドラゴンとか俺じゃあ相手に出来ませんから、あの後他の二人と一緒に援軍として呼びました」
その無言の問い掛けに、星夜はそう答えた。
「他の二人?まだ誰かいるんですか?」
星夜とアリアの会話を聞いていた者達は、揃ってその人物達の姿を捜した。
「・・・いませんね」
が、冒険者ギルド内に万影のようなある意味変わっている人物の姿は見つからなかった。
『火翼と石眼なら、ここにはいないぞ』
そんな彼らに、万影がそう告げた。
「いない?」
『ああ。もうすでに拠点に帰った』
「貴方は一緒に帰られなかったのですか?」
アリアは、なぜ万影だけが残っているのか疑問に思って尋ねた。
『星夜の奴が帰りの魔力が無いとほざいたからな。我は送迎役としてここに来ている。途中でそいつらまで拾うはめになって、些か疲れたがな』
影絵は、先程吐き出したアルバートや初心者冒険者達の方を向きながら、さも疲れたようにそう言った。
「でも、ほおっておくわけにはいかないだろう?」
『もう外にドラゴン達はいないのだ。救援を待ってればよかったと思うがな』
「「「ドラゴン達がいない!?」」」
星夜が影と一人芝居をしていると、それを聞いた最初から冒険者ギルドにいたグループの者達から、声が上がった。
「アルバート、それは本当なのか!?」
ギルドマスターは、外で見ていた為声を上げなかったアルバートに確認した。
「あ、ああ、事実だギルドマスター。コカトリス達は赤い鎧姿の奴に倒されたし、ドラゴンがヒュドラを倒して飛び去っていくのもこの目で見た」
「ふむ」
ギルドマスターはアルバートのことを信頼していたが、さすがにこれはすぐに信じることは出来なかった。
「コカトリス達の方は、僕達も倒されるのを見ました」
「ああ。それに、そのコカトリスを倒した赤い鎧の奴は、火翼のアポスルって名乗ってたぞ」
ギルドマスターがアルバートの話したことを信じるべきかどうか悩んでいると、御剣と氷室が口々にそう言った。
「本当かね?」
「はい。最初にコカトリス達と戦ったのは、僕達だったんです」
「・・・よく無事だったのう」
ギルドマスターは御剣達を上から下まで観察し、とくに大きな怪我が見当たらなかった為、そう言った。
「全然無事じゃないですよ!」
「ああ。俺達はともかく他の連中がな」
御剣がギルドマスターに反論すると、氷室はそう言いながら自分達の後ろに置かれていた四つの石像を見た。
「たしかに見事に石になっておるな。他にも被害者は・・・おるな」
ギルドマスターは石像となった盗野達を見た後、ギルド内を見回した。
その結果、コカトリスの被害者が盗野達だけではないことがわかった。
盗野達を含め、現在冒険者ギルド内には三十近い石像の姿があった。
「三十近く逝ってしまったか。ドラゴンが来ているにしては少ないが、やはり被害者は出るもんじゃな」
ギルドマスターは、沈痛な顔で黙祷した。
また、冒険者ギルドの職員や年かさの冒険者達も、ギルドマスターに倣うように黙祷を捧げた。
そんな大人達の姿を見た初心者冒険者達や、若年層の冒険者達は彼らを助けられないのだと、雰囲気で理解してしまった。
そして、石像となってしまった者達の友人、知人達は、彼らの死に涙した。
「あの、アリアさん」
一方、星夜の方はなぜ周囲の人々が泣いているのかわからなかった。
「・・・どうかしましたか、セイヤさん」
星夜に声をかけられたアリアは、黙祷を一時中断して星夜の方を見た。
「皆さんなんでこんなお通夜のような雰囲気なんですか?」
「不謹慎ですよセイヤさん。多くの人が亡くなられたんですから、当然でしょう。セイヤさんも、亡くなられたみなさんの為に、黙祷を捧げてあげてください」
アリアは星夜をたしなめ、ともに死者の冥福を祈るように頼んだ。
「・・・その、みなさんってただ石化しているだけですよね?」
星夜には、なぜアリア達が石化を解除しようとせず、石化した人々を死んだ人扱いしているのかわからなかった。
「そうですよ。ですが、石化を解除する方法が無いんです。私達に出来ることは、彼らを死者として弔ってあげることだけです」
そのアリアの言葉に、黙祷を捧げていた他の人々が頷いた。
「・・・これってひょっとして?」
星夜は、彼らが石化を解除する方法を知らないということを理解した。
「セイヤさん、どうかしましたか?」
アリアは星夜が微妙な顔をしていることに気がつき、どうしたのか尋ねた。
「・・・いえ」
星夜は言うべきか言わないべきか考え、今は黙っておくことにした。
今までなかった石化解除の方法をぽんと出すと、かなり面倒なことになりそうだったからだ。
が、そんな展開を神様は許すがないらしい。
無数の紙が星夜の目の前に飛んで来た。
「げっ!」
星夜はそれを手に取って内容を確認し、うめき声をもらした。
今回の依頼は次の通り。
【依頼】
石像となっている者達の石化解除を行う為の取引を行え。
【報酬】
【アイテム】夢源の杖
【依頼】
【転生者】光剣のブレイバーと決闘せよ。
【報酬】
【魔法】空間魔法:ムーブ
【依頼】
【転生者】氷爪のバーサーカーと決闘せよ。
【報酬】
【魔法】時間魔法:スピード
【依頼】
冒険者ギルドメンバーと決闘せよ。
【報酬】
【魔法】空間魔法:ディメンジョン
「取引に決闘か」
依頼内容を確認した星夜は、神様がどんな展開を望んでいるのかだいたい把握した。
そして、その展開になるように道筋を思案しだした。




