石眼のアポスル
「近くで見ると、やっぱり迫力があるな」
ゲートをくぐった星夜は、現在コカトリスの姿でヒュドラとドラゴンの戦いを観戦していた。
現在星夜がコカトリスの姿をしているのは、移動前に使用した《魔獣現創》の効果だ。
先に発動した《幻獣現創》が、使用者の方が幻獣を取り込むのにたいし、《魔獣現創》の方は指定した魔物がベースとなる。
どちらのスキルも使用者と対象の能力が合わさる点などがほぼ同じで、違いはスキル発動後の姿くらいのものである。
しかし、別に《幻獣現創》が人型。《魔獣現創》が獣型の姿で固定されているわけではない。
その為、いじろうと思えばいくらでも外見はいじれる。
先程の鎧姿から、半鳥、鳥型になることは十分可能なのだ。
それなのにどうして星夜が今コカトリスの姿をしているかというと、移動を重視した結果だ。
やはり人型よりも鳥型の方が移動速度が早い上、行動もスムーズに出来るのだ。
鎧姿の時は翼はあったが、重量関係で空を飛べなかった。
このコカトリス形態でも飛べないが、ヒュドラやドラゴンの攻撃をかわすことがこれからの戦いで大事なのだ。
今の星夜の防御力では、どちらの攻撃も数発もらえばアウトだ。
なら、回避に身体能力は割り振るべきだろう。
「さて、そろそろ削りに行くか」
ヒュドラとドラゴンの戦いをある程度観戦した星夜は、両者の戦闘に介入しに向かった。
『なぜ我はこいつと戦っているのだ?』
ヒュドラと戦っているドラゴンは、そんな疑問を持った。
ドラゴンは現在、突然出現したヒュドラと戦っていた。
『なぜ我はこいつと戦っているのだ?』
ドラゴンはもう一度自問すると、眼下のヒュドラを見た。
『なぜこいつは我を攻撃してくるのだ?』
平原にいたヒュドラは、自分の上空を飛行するドラゴンを睨みながらその複数の口からそれぞれ水弾を発射した。
ドラゴンはその攻撃を空中で華麗に避けると、ヒュドラに向かって火球を数発放った。
巨大のヒュドラはこれを回避出来ず、火球はヒュドラに直撃し、爆発した。
爆発が晴れた後には、半数近くの首を失ったヒュドラの姿があった。
『またか』
しかしドラゴンは、その後に起こった現象にため息をついた。
ヒュドラの吹き飛んだ首の断面から、新たな首がそれぞれ生えてきたのだ。
その数、爆発前の二倍。
さらに言えば、最初九本だった首はある程度戦闘が経過した今では、二十本近くにまで増殖していた。
そして、その増えた首からまた一斉に水弾がドラゴンに向かって放たれた。
『潰しても潰してもきりがない。このような所で手間取ることになるとはな』
ドラゴンはヒュドラのしぶとさに辟易していた。
ドラゴンは攻撃を受けず、一方的に攻撃しているのに決着が着かないからだ。
ドラゴンがどれだけ攻撃しても、ヒュドラは僅かの間に首を再生させてしまう。
これではいくらやってもきりがない。
ドラゴンは一旦退却しようかとも戦闘中に考えたが、ヒュドラの執念を感じる視線を受け、それは断念した。
下手をすると、ダンジョンまで追いかけて来そうだからだ。
ヒュドラを主の居るダンジョンに案内するわけにはいかない。
なら、ここで仕留める。
それがドラゴンの意思だ。
だが、現実はそう上手くいかなかった。
生まれて数日のドラゴンには、ただ火球をヒュドラに放つことくらいしか出来なかった。
これが経験を経たドラゴンだったならば、スキルに魔法、ブレスに知略。
いくらでもヒュドラを追い詰め倒す方法があっただろう。
しかし現状では、それはたんなる無いものねだりでしかない。
『苦労しているな』
『むっ!』
焦るドラゴンに、そんな囁きが聞こえてきた。
ドラゴンは、声のした方を見た。
だがそこには誰もおらず、また音をだすようなものも見当たらなかった。
『残念だが、俺の姿を見つけるのは不可能だぞ』
『誰だ!』
『ああ、やはり会話出来るだけの知能があったか。さすがはドラゴンだな。お前の方に声をかけて正解だった』
星夜はドラゴンが会話をしたことに、自分の予想が合っていたことを確認した。
『誰だと聞いている!』
その反面、何処からか声をかけられているドラゴンの方は、見えない相手をかなり警戒していた。
『石眼のアポスル』
『石眼のアポスル、だと』
『そうだ』
『・・・我に何の用だ?』
どうやらドラゴンには星夜の話を聞くつもりがあるようだ。
『なに、同郷のしもべに手を貸してやろうかと思ってな』
『同郷のしもべ?お前、いや、貴方は我が主の・・・』
ドラゴンは星夜の言葉を理解すると、すぐに話し方を変えた。
『お前の主人が転生者なら、同郷だな。もっとも、お前の主が自分をなんと評しているかは知らないがな』
『それでは!それでは、貴方は我が主と同じ世界より来たのですね!』
『間違いないな。この世界に異世界より遣わされたのは、俺達が最初だからな』
『おお!面倒事に巻き込まれましたが、これで我が主より請けた命をまっとう出来ます!』
星夜が肯定すると、ドラゴンはかなり興奮した様子でそう叫んだ。
『主からの命?』
星夜は、ドラゴンがいったい何を命令されているのだろうと思った。
『それはまた後ほど。先にあれを片付けます』
ドラゴンは、眼下のヒュドラを睨みつけた。
『そうか。なら、早く教えてもらう為にこちらも手伝おう』
星夜はドラゴンの影からコカトリスの姿で出現した。
『それが貴方の転生体ですか?』
『いや、これはスキルで模った姿だ。本体は人間の姿をしている』
『そうですか。では、参ります!』
『ああ』
ドラゴンがヒュドラに向かって急降下し、星夜はその後を追った。
『我が主の命をまっとうする為だ、すぐに灰になれ!』
ドラゴンは今度は大きく息を吸い込み、そして炎のブレスをヒュドラに向かって吐き出した。
「「「「シャアー!!!」」」」
紅蓮の炎がヒュドラの身体を焼き、再び半数近い首を焼き払った。
『ちっ!また再生か』
が、やはりヒュドラの生命力は底無しだった。
ドラゴンの炎を受けた部分の肉が盛り上がり、再び再生をはじめた。
『残念だったな』
だがその再生は途中で中断された。
『これは!?』
ドラゴンから驚きの声が上がった。
現在ドラゴンの眼下では、先程までの戦闘では起きていなかった現象が起きていた。
ヒュドラの再生の為に盛り上がっていた赤い部分が、次々と灰色に変化していったのだ。
『貴方の仕業ですか?』
『ああ』
ドラゴンが星夜に確認すると、眼を妖しく光らせている星夜がそれを肯定した。
『再生は俺が防ぐ。そうそうに倒せ』
『はっ!』
ドラゴンは、星夜に言われるがままにヒュドラに突撃していった。
それを見たヒュドラは、今度は紫色の液体をドラゴンに向かって吐き出した。
『む!?』
『止まらず進め』
星夜がさらに眼を光らせると、ヒュドラの傷口だけではなく、ヒュドラが放った紫色の液体も次々と石化していった。
それを見たドラゴンは突撃を続け、ヒュドラの身体に組み付き締め上げを行った。
「「「シャアー!!」」」
ドラゴンの爪と牙がヒュドラの鱗を貫き、再生しようとする部分を星夜の魔眼が石に変えていく。
満足に再生を行えなくなったヒュドラは、徐々に劣勢に追い込まれていった。
『とどめだ!』
そして、ドラゴンが最後に残ったヒュドラの中心にあった首に牙を突き立てると、ヒュドラはぐったりして動かなくなった。
『終わりだな』
『まだだ』
ドラゴンは決着がついたと判断したが、星夜は向こうでの神話のことを考え、ヒュドラの完全な石化を行った。
これで例え首が不死であったとしても、すぐには復活することが出来ないはずだ。
ポーン!
【依頼達成。報酬贈呈。時間魔法:リジェネレイションが使用可能になりました】
それを裏付けるように、依頼達成のメッセージが流れた。




