翻弄する影
星夜はどんどんスケルトン達を他の魔物達の進路にばらまいていった。
運が良ければこれで多少は足止め出来るはずだ。
「アルバートさん!」
「アリアの嬢ちゃんか。どうしたんだ、そんな血相を変えて?」
星夜が時間稼ぎをしているなか、最初の場所に戻って来たアリアは、今日の研修担当者であるアルバートのもとに駆け寄った。
アリアのただならぬ様子に、アルバートは何かが起きていることを察した。
「アルバートさん、みんなを連れて急いで逃げてください!」
「「「逃げる?」」」
アリアとアルバートの会話を聞いていた初心者冒険者達は、アリアのその唐突な言葉を不思議に思った。
感知能力の乏しい彼らは、自分達が現在置かれている状況を知らなかった。
「まあ、落ちつけ嬢ちゃん。それで、何から逃げようってんだ?」
「アルバートさん、落ちついている暇なんてありません!あれを見てください!」
アリアはそう言うと、現在スケルトン達と交戦中の魔物達を順番に指差していった。
「あん?・・・げっ!ヒュドラにドラゴン!なんであんな化け物共がこんな街の傍に」
アルバートは、こちらに向かって来る二つの巨大な影を見つけ、アリアが慌てていた理由を理解した。
「理解出来たのなら急いで避難を!こちらに向かっている魔物達は、あの二体だけではありません!」
「あの二体だけじゃないだと!?他にどんな魔物達が来てやがるんだ!」
「コカトリス、アルラウネ、ゴーレム、スケルトンが百二十体程です」
詳しい魔物の数を把握したいアルバートに、星夜は自分のマップで確認出来た情報を伝えた。
「お前は?」
アルバートは、アリアとの話に割り込んで来た星夜を見た。
「初心者冒険者のセイヤさんです。セイヤさんは索敵系の魔法を持っていて、あの魔物達を最初に見つけたのもセイヤさんです」
アリアは、アルバートに星夜を紹介し、星夜が言っていることが事実であるとアルバートに説明した。
「そうか。アリアの嬢ちゃんが言うのなら間違いはないな。それで坊主、今言った魔物の種類と数に間違いはないのか?」
「はい。俺の索敵範囲内にいる魔物達は、今言った分で全部です。証拠としては、あちらをどうぞ」
星夜はそう言って、アルバートがまだ認識していない魔物達の位置を示した。
「・・・たしかに坊主が言った魔物達がいやがるな。ヒュドラやドラゴン程ではないとはいえ、厄介なのがちらほらと」
魔物の姿を確認したアルバートは、そのラインナップに状況の悪さを感じずにはいられなかった。
「アルバートさん、急いで避難を!」
「それは無理だアリアの嬢ちゃん」
再度避難を頼んだアリアに、アルバートは避難が出来ないと答えた。
「なぜです!」
「考えてもみてくれ、魔物達はもう俺達の目と鼻の先にいるんだ。今ここで俺達が街に逃げ込むと、魔物達を街に誘導することになっちまう。そんなことはさせられねぇ」
アルバートは、避難出来ない理由をアリアにそう説明した。
「それは、・・・そうですね。あの魔物達を街に連れ帰るわけにはいきません。ですが、それならこれからどうするんです?」
「俺としても新人達をむざむざ死なせるつもりはない。だが、今出来ることには限りがある。いったいどうしたものか」
そう言うとアルバートは、これからの行動を思案しだした。
「アリア姉」
「大丈夫、大丈夫よ。あなた達は私が守ってみせるわ」
思案にふけるアルバートを見ていたアリアの服の裾を、シン達子供達が引っ張った。
アリアはシン達を抱きしめ、そう慰めと決意を口にした。
他の場所でも、引率者にすがる子供達の姿がちらほらあった。
また、引率者のいない子供達は不安そうに引率者がいない者同士で集まり、互いを慰めあっている。
「アリアさん」
「ごめんなさいセイヤさん。セイヤさんも不安でしょうに、子供達にばかり構って」
「いえ、俺の方は大丈夫ですよ」
星夜がそう言うと、アリアは星夜が強がっているのだと思った。
現状はかなり絶望的だ。複数の魔物達が迫って来ているのに、避難することもままならないのだから。
「・・・本当に大丈夫そうですね」
しかし、星夜の顔を正面から見たアリアは、その考えが間違いであることを知った。
アリアが見た星夜の顔には、怯えも恐怖の色もなかったからだ。
逆にアリアは、なぜ星夜がそんなに落ちついているのか疑問に思った。
「セイヤさん、なんでそんな落ちついていられるんです?」
「まあ、今のところはなんとか対処出来てるからですかね」
「対処が出来てる?それはいったい?」
アリアは星夜が何を言っているのか理解出来なかった。
「ああ、アリアさんは気づいていないんですね」
「気づいていない?私が?何にですか?」
「魔物達がすぐそこまで来ているはずなのに、こうして悠長に話て居られる理由にですよ」
「「「「!」」」」
アリアと、星夜とアリアの会話をもれ聞いていた全員が、星夜が言ったことにはっと、なった。
そして、全員が揃って今まで見ないようにしていた魔物達の姿を見た。
「魔物達が同士討ちをしている?」
「それだけじゃないぞ、魔物じゃない何かが魔物達の傍でうごめいてる!」
「本当だ!なんだあの触手みたいなうねうねしているの!?」
初心者冒険者から次々とそんな声が上がった。
現在全員の視線の先では、各魔物達とスケルトン達の戦いが繰り広げられていた。
そして、各戦場では色とりどりの謎の触手がうごめき、スケルトン達を支援して魔物達を攻撃していた。
「なんです、あれ?」
「俺の影の魔法ですよ」
「影の魔法?たしかにセイヤさんは先程影の魔法を使ってましたけど、あんな遠くの影を操るのは無理でしょう?」
アリアは、自分の知っているシャドウの効果範囲を理由に、星夜の言葉を否定した。
「たしかに普通なら無理です。ですが、距離の問題をクリア出来ればなんとかなるものなんですよ」
「どういうことです?」
「アリアさんはゲートという魔法をご存知ですか?」
「ゲートですか?」
「はい」
「たしか、任意の空間と空間を繋ぐ魔法だったはずですけど」
アリアは、自分が知っているゲートという魔法について口にした。
「それです。現在、魔物達の傍の空間にゲートを開いて、そこを起点に影を操っているんです」
「そんな、そんなことは不可能なはずです!ゲートに使用する魔力量を思えば、他の魔法との併用なんて自殺行為です!」
アリアが知っているゲートという魔法は、高位の魔法使いでも日に三回程度しか使えないような魔法だ。
とてもではないが、そんな魔力消費の激しい魔法を別の魔法と併用出来るとは、アリアには信じられなかった。
「アリアさんはそう言いますけど、現にいま出来ていますよ?」
「それは、・・・そうみたいですけど」
アリアは、魔物達の傍で踊る影を見て、星夜が言っていることが事実であると理解した。
どんなにアリアの常識と合わなくても、起こっていることは現在進行形の現実である。
「・・・セイヤさんは、私達が逃げている時からずっと時間を稼いでくれていたんですか?」
「ええ。最初に見つけたスケルトン達を、ゲートを使って他の魔物達の進路にバラまいたりしてました。幸いあの魔物達は仲間ではなかったらしく、それぞれが戦闘を開始してくれました。けれど、やはりスケルトン達では弱かったので、俺の方でちょいちょい支援しています。あともう少しくらいは無理なく時間を稼げると思いますよ」
星夜はアリアにそう説明した。
その場にいたこの話を聞いた全員が思った。
彼は何者だ?っと。




