呼び方
「本日お前達の担当になったアルバートだ。今日は一日よろしく頼む」
初心者冒険者達が全員受付に集まると、中年の男性がそう自己紹介をした。
「今日は午前中は初心者冒険者に必要な知識を教える。午後からは街の外で実戦だ」
アルバートはそう言った後、初心者冒険者達を連れて冒険者ギルドの一室に移動した。
それから午前中の間は、その部屋で講習が行われた。
内容としては、星夜が初日に受けた説明プラス、初心者がどういった依頼を請ければ良いのかや、どれくらいをめどに普通の冒険者になるのか等、初心者冒険者達をあまり死なせないようにする為のあれこれが主だった。
どうやらこの世界の冒険者ギルドは、互助組織としてはまともなようだった。
そのことに星夜は内心安堵していた。
小説などの話の中だと、やたら腐敗率の高い冒険者ギルドなどが登場することがあり、下手するとそこらの悪人よりも悪党なことがある。
異世界転生なんて非現実的なことが現実になっている今日この頃、そんな冒険者ギルドが存在していてもおかしくはないと星夜は思っていた。
また、どうしてもこの世界のことについて考える時、参考にするのが小説の設定的なものになってしまう為、どうしても極端な想像をしてしまいがちである。
「さあ、次はいよいよ外で実戦だ」
午前中の講習が終わった後、それぞれ昼食と休憩をとり、いよいよ午後の実戦の時間となった。
もっとも、星夜は手札をよく知らない人達の前で晒すつもりがない為、ただ見ていることになるだろうと内心思っていたりした。
そんな星夜のことはさておいて、アルバートを先頭に初心者冒険者達は街の外に移動を開始した。
街から離れること一時間。
アルバート率いる初心者冒険者達+その保護者達は、現在平原のど真ん中に来ていた。
「それではこれより実戦を開始する。引率者がいない者は俺の所に。引率者がいる者は、その引率者の指示に従って魔物を倒すように。それではこれから一時解散する。魔物を三匹倒すか、日が沈む頃になったらここに戻って来るように。では解散」
アルバートがそう言うと、初心者冒険者達はそれぞれ別れて行動を開始しだした。
「セイヤさん、良ければご一緒しませんか?」
星夜もアルバートの所に向かおうとした直後、アリアに呼び止められてそう提案された。
「良いんですか?」
「はい。私はどのみちこの子達を見ますから」
アリアは、自分の傍にいた三人の少年少女達を示した。
アリアに示された三人は、星夜にお辞儀をした。
どうやら、彼らとしては星夜が混じっても問題無いようだ。
「そうですか。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
四人の様子を見た星夜は、アリア達の好意に甘えることにした。
それから星夜達五人は、他の冒険者達に少し遅れて移動を開始した。
「この辺りにしましょうか」
「そうですね」
星夜達は平原の端。星夜がスライムや薬草を採取していた森の辺りまで来た。
「指示は魔物を三匹倒すでしたよね?スライムでも倒します?」
「そうですね、それが一番簡単です」
星夜が倒す獲物について確認すると、アリアはそれが一番簡単だと答えた。
「ええー!スライムだと簡単過ぎるよアリア姉」
星夜とアリアが話ていると、子供達の一人の少年がそう言ってきた。
「そうだよアリア姉さん、スライムなんて僕達が蹴っただけで倒せるんだよ!」
もう一人の少年の方も、獲物はスライムじゃ嫌なようだ。
「アリアお姉ちゃん、私達もっと魔物らしいのと戦ってみたい。せっかくアリアお姉ちゃんも一緒にいるんだし、お願いお姉ちゃん」
残りの少女も、二人の少年達と同意見のようだ。
「こら、そんな我が儘言わないの。セイヤさんごめんなさい、うちの子達が我が儘を言って」
アリアは子供達を窘めると、星夜に謝った。
「いえ、気にしてませんから。けど、多数決で言えば子供達の方が優勢ですね。せっかくですから、スライム以外の魔物とも戦ってみますか?」
謝られた星夜は問題無いと返した後、アリアにそう提案した。
「良いんですか?」
「俺の方は構いませんよ。もっとも、俺にはあまり攻撃手段がないので、その子達の戦いを見学することになりますけどね」
攻撃手段がない、これは嘘である。が、星夜は人と行動する時はこれでいくつもりのようだ。
「そういえばセイヤさん、武器や防具はお持ちではないんですね?」
「ええ。アリアさんは知ってると思いますけど、俺がやりたいのは錬金術師なんです。だから、別に魔物と戦う必要はなんですよ」
「そうでした。たしかに錬金術師の能力に戦闘系のものはありませんから、戦闘は無理ですよね」
アリアは星夜の言葉をそう解釈した。
実際には、星夜は好き好んで魔物と戦うつもりが無いと言っただけで、アリアが言うような戦闘が無理なわけではない。
「セイヤ兄は戦えないのか?」
星夜とアリアがそんなやり取りをしていると、少年達の一人。赤い髪に碧色の瞳をした方の少年がそう星夜に聞いてきた。
「いや、別にそういうわけじゃないよ。戦おうと思えば戦えるさ。けど、あまり荒事をするつもりがないだけさ」
「ふーん、そうなんだ」
赤髪の少年は納得したようにそう言った。
「一つ聞いても良いかい?」
「なんだよセイヤ兄?」
「なんで俺の名前を呼ぶ時に兄なんてつけるんだ?」
星夜は少年がなんで自分をそんな風に呼ぶのか不思議に思った。
「だってセイヤ兄はセイヤ兄だろう?」
少年は、星夜がなんでそんなことを聞くんだろうという顔をして、そう答えた。
星夜は黙って視線をアリアに向けた。
「すみません。うちの孤児院では、下の子達は全員年上の子達のことを名前の後に兄さん、姉さんと付けて呼ぶんです。だから、シンは孤児院の呼び方でセイヤさんのことを呼んでいるんだと思います」
アリアは困った顔をしながら、星夜にそう説明した。
「そんな呼び方をする理由を聞いても?」
「構いませんよ。うちの孤児院にはそれなりの数の子供達がいます。そして、同じ孤児院にいる子達は大事な家族です。ですので、呼び方も自然と兄や姉と呼ぶようになりました。ですが、人数がたくさん居ますので兄や姉と呼ぶだけでは個人を特定しにくいんです。ですから、うちの孤児院では年長者を呼ぶ時は、名前と兄や姉をワンセットにして呼んでいるんです」
「なるほど、そういうことですか」
星夜はアリアの説明に納得がいき、一つ頷いた。
「なあ、セイヤ兄って呼んじゃ駄目なのか?」
二人の様子を見たシンは、不安そうに二人にそう尋ねた。
「いや、別に構わないよ。ただ、なんでそう呼ぶのか理由が知りたかっただけだから」
「そっか。じゃあセイヤ兄、俺のことはシンて呼んでくれよ」
「じゃあ僕はソルって呼んでよセイヤ兄さん!」
赤髪の少年。シンの後に続くように、残った白い髪と蒼い瞳の少年がそう言ってきた。
「じゃあ、私はファウナって呼んでセイヤお兄ちゃん」
最後に金髪に菫色の少女がそう言った。
星夜、アリア、シン、ソル、ファウナ。
これでこの場にいる全員がお互いの名前を知った。
「わかった。シン、ソル、ファウナ、今日はよろしくな」
「「「はーい!!」」」
星夜がそう言うと、三人は元気よく返事をした。
三人は、新しいお兄ちゃんが出来てとても嬉しそうだ。
星夜の方も満更でもないらしく、どこか楽しげにしている。
そんな四人を見ているアリアも、とても微笑ましいものを見たように笑っていた。




