記憶処理
『深剣達は順調だな』
星夜がヒントを与えてから一時間。
深剣達はそれなりにスキルを制御出来るようになっていた。
まずは深剣。現在は彼の手から漏れていた閃光が大分収束し、棒状の光を持っている状態だ。
ここからさらに光を収束して剣の形を形成出来れば、スキルを制御出来たと判断して良いだろう。
次に盗野。彼の方もスキルを大分制御出来てきていて、肥大化していた腕を、元の1.5倍程度のサイズにまで縮めることに成功していた。
こちらももう少し頑張れば、スキルを制御出来たと言えるだろう。
次に氷室。彼は少々手間取っていて、ついさっきようやく片手を地面から離せたところだ。しかし、まだまだ制御が不安定で、すぐに氷が広がってしまい四苦八苦している。
彼はスキルを制御するのにまだまだかかりそうだ。
『が、こっちは駄目そうだな』
その次に迷地。彼についてはまったくスキルの制御が出来ていない。
相変わらずスキルの影響を受けて、身体をフラフラさせている。
年齢を考えると、いつ倒れるか不安になってくる感じだ。
一応スキルの効果範囲は小さくなってきてはいるのだ。しかし、迷地自身がその効果範囲の外に出ることは出来ないでいた。
現状では、迷地がスキルを制御出来るようになるのかは不明である。
幸い迷地のスキルは空間指定型なので、最悪の場合は影で迷地をスキルの有効範囲から引っ張り出せば良いと星夜は考えている。
『こっちは完全に駄目か』
最後に外套の人物こと空転のキャスター。
空転のキャスターは相変わらず空中で回転していた。
もう完全に意識がないらしく、ぐったりしている。また、所有者が気を失っているのにスキルが停止する気配がない。
この【空転】のスキル、どうやったら停まるのだろう?
星夜は内心そう思っていた。
だがまあ、こちらも星夜なら現状に介入して空転のキャスターを救出することは可能だ。
もともと依頼で空転のキャスターは生け捕りにする予定だったので、こちらもまだ放置しておくことに星夜は決めた。
『さてさて、後どれくらいかかるかな?』
星夜はまたしばらく彼らを見守った。
そして、最終的にはさらに一時間経過した辺りでようやく深剣達三人がスキルを完全に制御した。
逆に残りの二人は、結局スキルに振り回されたままだった。
『この辺が潮時だな』
星夜は残る二人に見切りをつけ、もう救出することにした。
『《シャドウ》、《結界》』
星夜は影で迷地を捕まえ、結界で重力を遮断した後に外套の人物も捕まえた。
そして捕まえた二人を、スキルが作用している空間から引っ張って助け出した。
『救出完了』
「すまんな」
助け出された迷地は一言星夜に礼を言い、そのままぐったりした様子で横になった。
『老人にはこたえたか』
そんな迷地の様子を見て、もう少し早めに助けた方がよかったかと星夜は考えた。
ポーン!
【依頼達成。報酬贈呈。空間魔法:エクスパンションが使用可能になりました】
『依頼も完了か』
迷地を見ていると、依頼の達成メッセージが流れた。
これで星夜のここでの目的は全て果たされたと言える。
一つは盗賊達に捕われていたカーバンクル達の救出。
檻の中にいたカーバンクル達は、全てダンジョンの方に保護している。
二つ目はカーバンクル達の敵である盗賊達の壊滅。
盗野を除いた盗賊達は、星夜の介入と冒険者達との戦闘。もう一つおまけに星夜配下の魔物達との戦闘で壊滅している。
一応まだ死人はいないが、トドメは盗賊退治に来た冒険者達に任せれば良い。
三つ目は神様からの依頼の達成。
迷走のノーマッドの救出。
光剣のブレイバー、剛腕のバンデット、氷爪のバーサーカーの支援。
光剣のブレイバー、剛腕のバンデット、空転のキャスターとの戦闘。
空転のキャスターの生け捕り。
ここに来てから請けた依頼は全て完遂した。
『後は後片付けでもしておくか』
「後片付け?何を片付けるんですか?」
星夜は帰る前に後片付けをしておくことにした。
その星夜の独り言を聞いた深剣達は、それぞれのスキルを解除して星夜の近くに集まって来た。
『いや、この現状を整えておこうと思ってな。あと、こいつらの記憶の処理を少々』
「「「記憶の処理?」」」
深剣達三人は、記憶の処理とは何をするのかと疑問に思った。
が、星夜は彼らには説明せず、後片付けをはじめた。
『《ドリームラビリンス》』
星夜は影を伸ばして冒険者達の頭に触れた。そして、夢魔法で彼らを夢の迷路に落とした。
現在冒険者達の頭の中では、この洞窟入ってからの記憶が修正されながら繰り返されている。
修正点としては、星夜の魔法の痕跡及び影絵の存在。星夜配下の魔物との戦闘についてなど、星夜にとって都合の悪い箇所を、全て盗賊達との戦闘にすり替えていった。
これで彼らが目覚めても、自分達が盗賊達に来ていた記憶しかすぐには思い出せないはずだ。
『記憶はこんなところか』
「いったい何をしたんだ?」
星夜が記憶の改竄を終え、一息ついていると氷室がすかさず質問きた。
『なに、俺のことを忘れさせて偽物の記憶を植え付けただけだ』
「偽物の記憶?」
『ああ』
氷室達が疑問を深くしたようなので、星夜はさっき使った魔法について説明をした。
記憶の改竄という誤解を招きそうな魔法のことは、ちゃんと説明しておいた方が良いと判断したからだ。
『と、いうわけだ。だから、使用した直前から最大一日前までの記憶しか改竄は出来ない。それより前になると、パターンが増え過ぎてこっちも整合性がとれなくなる。違和感を覚えさせても良いのなら問題無いがな』
「へぇー、この世界ってそんな魔法もあるんですね」
『まあ、メインの効果はあくまでも夢を見せることだけどな』
感心する深剣達に、そこは誤解しないように星夜は言った。
『さて、頭はこれで良いとして他のところも細工しておくか』
「今度は何をするんです?」
『盗賊達のここ一週間程の記憶を消しとこうかと思って』
「またさっきの魔法ですか?」
『いや、さっきも言ったけど、あの魔法に一週間分の記憶を消すような効果は無い』
星夜は深剣の予想を否定した。
「そういえばそう言ってましたね。じゃあどうするんです?それに、どうして盗賊達の記憶を消すんです?」
『どうするかについては別の魔法を使う。盗賊達の記憶を消す理由は、盗野の痕跡を消す為だ』
「俺?」
盗野は、突然の星夜の名指しに驚いた。
『ああ。もう盗賊から足を洗うだろう?ならこいつらの記憶はお前の邪魔になる。冒険者達が始末してくれる気もするが、罪が軽い奴がいて奴隷落ちにでもされたら後々面倒なことになる。だから、今のうちに憂いを断っておこうと思ってな』
星夜は、盗野の今後のことを記憶を消す理由として説明した。
「俺、足を洗えるのか?」
『もともと成り行きだったんだろう?なら、この機会に足を洗えば良い。罪悪感があるのなら、こいつらと一緒に記憶を消してやっても良いが、どうする?』
「うーん?」
星夜はそう盗野に提案した。そして、悩みだしたので先に盗賊達の記憶処理をはじめた。
『《タイムリープ》』
星夜は盗賊達の頭に影を差し込み、時間遡航の魔法を発動させた。
すると星夜の足元と、盗賊達が横たわっている地面に時計の図柄の魔法陣が出現した。
『さあ、全てを忘却の彼方へ』
そして星夜がそう告げると、魔法陣の時計の針が反時計回りに回転を開始した。
クルクルクルクル。針は何十、何百と回転を繰り返していった。




