空転のキャスター
『ふむ、死々累々だな』
星夜が洞窟に出現した第一声がそれだった。
洞窟の中ではすでに立っているのが先程送った四人だけで、他は全員地面に横たわっていた。
あちらこちらに血が飛び散り、ひどい血の臭いが洞窟内に充満していた。
どうやら、星夜が後を任せた魔物達が、盗賊や冒険者達に圧勝した後のようだ。
その証拠に、地面に転がっているのは人間だけだった。
まあ、スライム達が倒された仲間の身体を吸収した可能性もあるかもしれないが、それは今はおいておこう。
「「「「・・・」」」」
『あいつらは何処に行ったんだ?』
現状に固まっている四人を視界におさめつつ、星夜はこれを為した魔物達の姿を捜した。
一応倒れた人間達の傍に少しはいたのだが、その数は呼び出した魔物達の全体の一割にも満たない数だった。
なので、星夜は視線を洞窟のあちこちに向け、その残りの魔物達の姿を捜した。
『おや?あれか?』
星夜が視線をさ迷わせていると、洞窟の奥の方が何か騒がしかった。
星夜がそちらの方向をマップで確認してみると、複数の赤いカーソルが一つの青いカーソルを追いかけ回していた。
『ふむ。・・・《ゲート》』
星夜はマップを見ながら少し考え、その後地面を対象に門の魔法を発動させた。
星夜が魔法を発動させた直後、マップに映っていたカーソルの反応が消失した。それから待つこと少し、星夜が門にした地面から、外套で全身を隠した人物が吐き出されて来た。
ちなみに、一緒に反応が消失した魔物達の方は、星夜が途中でダンジョンの方に回収していた。
突然地面の感覚が消え、その後浮遊感に襲われた外套の人物は、何が起こったのかわからずに周囲をキョロキョロと確認した。
そして、見知った盗野の顔を見つけ、駆け寄ろうとして突然立ち止まった。
その理由は、盗野の後ろで影をうごめかせている影絵(星夜)が立たずんでいたからだ。
「・・・お前は!?」
そのうごめく影を見て、外套の人物は昨日の襲撃者のことを想起していた。
『見つけたぞ転生者、空転のキャスター』
「なっ!?」
星夜が転生者と呼びかけると、外套の人物は顕著に反応した。
これにより、盗野の証言と併せて外套の人物が転生者であることが確定した。
ちなみに、別に星夜は盗野の証言を疑っていたわけではない。しかし、格好が格好だけに、別人である可能性を否定出来なかったのだ。
正体を隠す装いとしては、外套を着ることはそこまで珍しいことではないと星夜は考えている。
なら、間違って攻撃しないように確認することは大事なことだ。
まあ、それでも今の確認方法だと、昨日と同一人物であるかはわからない。
なんせ、相手の姿はあの有様で外的特徴は不明。無口だから声で特定することも出来ないのだから。
とりあえずは転生者と確定しただけ良いとしよう。
「・・・貴様、昨日の奴か?」
今までの中で一番はっきりした声で、外套の人物が星夜に向かって尋ねた。
これで、この人物が昨日の奴と同じだと確定した。
『しかり。昨日の影は我の差し金だ』
そんな外套の人物に、星夜は台詞を作ってそう答えた。
星夜のこの口調の変化には、他の四人も驚いた顔をした。
『これから戦うんだ。あまりお前達に親しく声をかけるわけにはいかないだろう。今からは、悪役風の言葉遣いでいくから合わせてくれ』
星夜はそんな四人にだけ念話でそう伝えた。
『『『『わかった』』』』
四人は、心の中で星夜にそう返した。
「・・・なぜここに」
『むろん、昨日仕留め損ねた貴様を葬る為だ』
実際はカーバンクル達の救出の為だ。
「・・・どうやって、ここを?」
『ふん、あの森で網を張っていたのだ。そしたら案の定、お前の仲間の盗賊達が来てな、そいつらを尾行したのだ』
これも嘘。盗賊達を見つけたのはただの偶然だ。
「・・・彼らは」
外套の人物は、自分の足元を見た。
『我が配下の功績よ。我がここに来た時には貴様がいなかったからな。先にこの者達を片付けたのだ』
配下の功績は事実だが、片付けたというのも嘘だ。地面に倒れている人間達には、ポーションスライム達が張り付いているので、今だ死者はいない。
『さあ、今日は逃がさんぞ。それに、お前以外の転生者達もな』
「・・・転生者、達?」
外套の人物は、自分が知っている転生者。盗野の方を向いた。が、星夜の転生者達という言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。
盗野の傍にいる三人を見て、その格好、見た目の年齢から共通点を探し、何にかに思い到ったようだ。
かなり驚いた雰囲気を醸し出している。
『気がついたか?そうだ、ここにいる四人も貴様と同じ転生者だ!』
星夜は、一応間違いのないようにそう外套の人物に告げた。
「!」
星夜が断言した言葉に、外套の人物は震え、フラフラと盗野達に近づいて行った。
よほど衝撃が大きかったらしく、進行方向に星夜がいるのも気になってはいないようだ。
『隙あり!』
当然そんな隙を見逃す理由は星夜にはない。
星夜は、無数の影を外套の人物に向かって突き出した。
「!?」
「危ない!」
外套の人物が気がついた時には、もう目の前まで影が迫っていた。
星夜は回避が間に合わないかと思ったが、深剣が外套の人物を助けに入りことなきをえた。
『外したか。よくも邪魔をしてくれたな、光剣のブレイバー』
星夜は影を一旦戻し、深剣にそう言った。
『助かった。そいつが回避出来なかったら途中で止めるつもりだったが、不自然になるからな』
そう言いつつも、星夜は念話では深剣に礼を言っていた。
ただ外套の人物を追い詰めたいだけなので、実際のところ邪魔してくれた方がちょうどよかったりする。
というか、始めから深剣にも戦闘に混じってもらう予定だったので、このタイミングはある意味ベストな介入だった。
『そろそろお前達の方にも攻撃を仕掛ける。回避の準備をしろ』
なので、もう一人の参加者である盗野や氷室と迷地の二人にも星夜は念話で戦いの開始を伝えた。
『向こうはかわしたか。なら、こちらはどうかな?』
星夜は、今度は目の前にいる三人に向かって影を突き出した。
その三人についてはあらかじめ言っておいた為、三人とも無事に影を回避した。
そして、回避の過程で深剣達に合流した。
『ふむ。空転のキャスターはともかく、全員が我が影を避けたか。なら、小手調べはここまでにしよう』
星夜はそう言うと、周囲でうごめかせていた影を下げた。
星夜のその行動に、現在深剣の腕の中にいる外套の人物は警戒した。
『ここからは依頼達成の為、本気でお前達を追い詰める為に攻撃を仕掛ける。氷室と迷地は巻き込まれたくなければ下がっていろ』
外套の人物に緊張を強いるなか、星夜は再び念話で深剣達四人にそう伝えた。
『わかった。儂は下がっておく』
『いや、俺は戦いに参加する』
星夜の忠告に迷地は素直に乗ったが、氷室は戦いの参加を表明した。
『なんでだ?別にお前に戦う理由は無いだろう?』
星夜は氷室の返答に困惑し、他の三人も不思議そうに氷室の様子を窺った。
『お前の力に興味がある。転生特典の力というものも間近で見てみたい』
どうやら氷室は、戦闘狂系のバーサーカーらしい。
『そうか。なら好きにしろ』
星夜は少し呆れたが、もともと多対一。今更一人増えても構わないと思った。
そうして洞窟内の空気がだんだんと張り詰めていき、迷地が深剣達四人から下がったのを合図に、星夜達は戦闘を開始した。




