面倒事の種
「どうやら二つ目のクラスは、今すぐに獲得可能なようです」
アリアは星夜の話のすり替えには気がつかず、星夜に聞かれたことを調べた。
「そうですか。なら、今すぐクラスを獲得したいんですが」
「わかりました。それでは、獲得出来るクラスを今からそちらの水晶玉に表示していきます。その中から獲得したいクラスを一つお選び下さい。それと、クラスは一度選択すると変更が出来ません。ですから、ちゃんと使うクラスをお選び下さい」
「わかりました」
星夜がアリアの注意に頷くと、早速アリアはクラスを水晶玉に移し出した。
【獲得可能クラス】
剣士
狩人
槍術士
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火魔法使い
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闇魔法使い
時間魔法使い
空間魔法使い
夢魔法使い
影魔法使い
時空魔法使い
幻術師
錬金術師
夢想家
催眠術師
投影魔術師
夢現術師
付与術師
刻印術師
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「おっ!錬金術師あった。アリアさん、錬金術師でお願いします」
「他にもいろいろ珍しいのがありますが、そんな使い勝手の悪いクラスでよろしいのですか?」
「使い勝手悪いんですか?」
「ええ。錬金術を行う為には、必ず複数材料が必要ですし、使用時の魔力消費も激しいです。材料が無ければ何も出来ないのに、その材料を集める方法が基本は冒険者への依頼です。そうすると、依頼料を払うことになりますから、何かを作って売るのだとしても採算が合わなくなります。よほど有力なスポンサーでも見つけない限り、錬金術師として生計を立てるのは難しいですよ」
「錬金術師が自分で材料を集めるとかは無いんですか?それなら材料代はタダでしょう?」
「理論的にはそうですが、普通は無理です。錬金術師は生産系魔法職。戦闘関係の能力を得やすくなるようなクラスではありませんから」
「ああ、なるほど」
星夜は、アリアの説明に納得がいった。
そして、文庫本や漫画の設定でも錬金術師が不遇職扱いされる定番の理由だと思った。
「それでもこのクラスをお選びになりますか?」
「はい!俺は二つ目のクラスですから、アリアさんの言った程にはひどいことにはならないはずですし、知人からそのクラスを薦められましたから」
「たしかに二つ目のクラスですが、あなたの一つ目のクラスは詳細不明ですよ。せめて、戦闘職かどうかくらいは確認してからの方がよろしいのでわ?」
「いえ、最初から錬金術師をとるつもりでしたから、錬金術師でお願いします」
「はあっ、わかりました。それでは手続きをいたしますから少しお待ち下さい」
「お願いします」
アリアは一つため息をつくと、水晶玉をいじり始めた。
「手続きが完了しました。これで錬金術師があなたの二つ目のクラスになりました」
「ありがとうございます」
「三つ目のクラスの時期は調べておきますか?」
「うーん?一応お願いします」
「わかりました。・・・次の時期はレベル20を越えた時ですね」
「そうですか。わかりました、今日はありがとうございました」
「いえ、それでは戻りましょう」
「はい」
そしてそのまま星夜は神殿を後にした。
「どうかしましたか、アリア?」
「フォルン神官様」
星夜が神殿を後にした後も、アリアはしばらく星夜の背中を見送っていた。
そんなアリアが気になり声をかけたのは、この神殿の神官である初老の男性フォルンだった。
「いえ、先程クラス獲得を担当した男性のことが気になりまして」
「おや珍しい!あなたが男性を気になるなどと言うとは、あなたにもついに春が!」
フォルンは、アリアの男性が気になるという言葉から、アリアが恋をしたのだと判断した。
好々爺といった笑みを浮かべ、孫のように思っているアリアの恋を喜んだ。
「違います!たしかに少し良いかなぁ?とは思いましたけど、気になっている理由はそれではありません」
「ほう、少しは良いと思っていると。それで、どんな男性でしたか?」
フォルンは耳が遠いのか、あるいは意図的にかは知らないが、どうしてもアリアの恋愛方面で話を進めたいようだ。
「えっ!どんな男性だったかですか?」
「そうです。私としては、あなたが少し良いかなぁっと、思った部分について知りたいのです。それと、人物像を知っていないとそれとは別にあなたが気になったことの評価も出来ませんからね」
どうやらフォルンはアリアの話をちゃんと聞いていたようだ。この時点で話を恋愛方面に意図的に向けたことが確定した。
「もうフォルン神官様ったら!・・・わかりました、セイヤさんについてお話いたします」
「その男性の名前はセイヤというのですか」
「はい」
「名前だけですと平民ですね。そうなると、あなたの家との釣り合い的には難しいですか」
どうやらアリアの家は貴族のようだ。
「フォルン神官様、私はすでに家を出て神殿に入った身。すでに家とは関係ありません」
「たしかにあなたはそう思っているでしょうね、アリア。しかし、向こうもそう思っているとは限らないのですよ?」
「私には兄も姉もいますから、家が途絶えることはありません。ですから問題はありません」
「今はそういうことにしておきましょう。名前の次は容姿を教えてもらえますか」
「わかりました。髪と眼の色は夜色でした」
「漆黒ということですか?」
フォルンは、夜色と聞いて何故か漆黒と確認した。よく見ると拳を握っており、隙間から汗が滲み出ていた。
「いえ、黒ではなかったです。少し紫がかっていていましたから」
「そうですか」
アリアがそう言うと、フォルンは握っていた拳を解き、一つ息を吐いた。
「あのフォルン神官様、どうかなさったのですか?」
「いえアリア、そのセイヤという男性の髪と眼の色が漆黒でないのなら良いのです」
心配そうに尋ねるアリアに、フォルンはなんでもないと手を横に振った。
「それでアリア、年齢とかはどうでしたか?」
フォルンは、アリアに続きを促した。
「年齢ですか?歳は多分私と同じくらいだと思います」
「アリアと同じということは、十五、六ですか。年齢的には問題が無さそうですね。あとは背丈や身体つき、身のこなしはどうでしたか?」
「背丈は私よりも頭一つ分くらい高かったです。身体つきは・・・あれ?」
アリアは星夜のことを思い出そうとしていると、何か違和感を覚えた。
「どうかしましたか?身体つきに何かありましたか?」
「いえ、身体つきは細身であまり筋肉はついているようには見えませんでした。ただあらためて思い出してみると、少し違和感が?なんでしょう?・・・あっ!わかりました手です!」
アリアは僅かな記憶を頼りに違和感の元を探した。そして、星夜が水晶玉に手を当てた場面を思い出して、違和感の正体に気がついた。
「手?そのセイヤという少年の手がどうかしたのですか?」
フォルンは、アリアが何故手に違和感を持ったのか不思議に思った。
「綺麗過ぎたんです!セイヤさんの手は細くて、あまりごつごつしていませんでした」
「それがどうしたんです?手が細いのも、ごつごつしていないのも個人差でしょう?」
フォルンには、アリアが何を言いたいのか見当もつかなかった。
「セイヤさんの手には赤切れも、赤切れの跡もなかったんです!」
「それは、・・・たしかにおかしいですね」
この世界の平民の生活では、川から水を汲む作業や洗濯は女子供の仕事だ。その為、この世界の女子供の手はだいたい荒れている。また、水仕事を抜いたとしても、この世界では手が荒れる要因となるものはそこらかしこにある。
ゆえに、赤切れや跡がないことは普通ではありえない。
「つまり、その少年の正体は身分を隠した貴族ということでしょうか?」
フォルンはそう当たりをつけた。しかしそれはハズレだ。星夜は平民で、手が荒れていなかったのは向こうの世界から転生きたばかりだったからだ。これが転生後一週間後とかなら、手は普通に荒れていたはずだ。
「それはどうなんでしょう?口調は丁寧でしたけど、身のこなしは貴族っぽくありませんでしたけど」
「ふむ、どうにもちぐはぐですね。ですが私も個人的に気になってきました。少し調べてみましょう」
フォルン神官は、そう言うとその手のツテを使う為にアリアと別れた。
「フォルン神官様!」
一方アリアは、セイヤ詳細不明のクラスについて報告出来なかったことをフォルン神官様と別れた後に思い出し、慌ててフォルン神官様を捜した。
しかし、その日はフォルン神官様を見つけることが出来ず、報告は後日することにした。
こうして一つ目の面倒事の種は蒔かれた。