這い寄る影手
『あそこか』
『ソウ』
カーバンクルの案内で移動した星夜は、現在ある森の中にいた。
『そして、アレが問題のヒューマン達か』
『ソウ。仲間傷ツケタ、悪イヤツラ!』
そして、その森の中では現在武装した人間達。こちらの世界でヒューマンと呼ばれる人種が、カーバンクル達を追いかけ回していた。
カーバンクル達は木の枝から枝を移動して、そのヒューマン達から逃げ回っている。
それにたいしてヒューマン達は、弓矢や投網を使ってカーバンクル達を捕まえていっている。
明らかに攻撃手段のなさそうなカーバンクル達が劣勢だ。
『急がないとまずそうだな』
『助ケテ!』
カーバンクルが星夜の肩でそう願った。
『わかってる。あのヒューマン達は全員始末する。神様の望むとおりに。いや、俺もあいつらを許さない』
星夜はカーバンクルの頭を撫でながら、決然とそう言った。
星夜はここに来るまでの間に現状を聞いていた。そして、依頼から彼らの名前を知った星夜は、本でカーバンクル達のことを調べていた。だから、何故ヒューマン達がカーバンクル達を襲っているのか、その理由をもう理解していた。
【カーバンクル】
燃える石炭のごとく輝く鏡を頭に乗せた小動物型の幻獣。
その鏡は別名、火ルビーや緋ガーネットとも呼ばれる宝石である。
また、カーバンクルの額の宝石を手に入れると、手に入れた者に富がもたらされるという俗説がある。
その為、人間種。とくにヒューマンの間で、宝石目当てにカーバンクルを捕まえようとする者達は後を絶たない。
ちなみにこの俗説の真偽はというと、半々といったところである。
カーバンクルの宝石には魔力が宿っており、通常のルビーやガーネットに比べて価値はある。しかし、宝石自体に所有者に富をもたらすような効果は無い。
むしろ、所有者に富をもたらすのは生きているカーバンクルの方だ。
カーバンクルには、額の宝石を媒介に様々なことを出来る能力がある。
直接の戦闘に使える能力が一つしかない半面、所有者に富をもたらすような能力は豊富に持っている。
ゆえに、カーバンクルは狩るものではなく、共にあるものである。
長い年月が過ぎ去っても、人間種がこれを理解することはなかった。
と、本には書かれていた。
つまり、森にいるヒューマン達の目的はカーバンクル達の宝石なのだ。
その為に彼らは、カーバンクル達を傷つけながらカーバンクル達を捕まえていっているのだ。
はっきり言って動物虐待の上、カーバンクル達を全滅させかねない乱獲行為だ。
向こうの世界なら、民衆に叩き回されること間違いなしだ。
が、こちらの世界では常識が違うのだろう。あるいは、彼らが常識が無いだけかもしれない。
しかし、星夜にとってはそれはどうでも良いことだ。
彼らの排除は、神様の望みであり、カーバンクル達の願いであり、星夜の意思に従って行われる。
ナイアルラトフォテップは、この世界の命は軽いとかつて星夜に言った。
星夜は、目の前の光景を見てそのことを理解した。
星夜は彼らの命がカーバンクル達よりも軽く見えた。
この世界に来てから倒した魔物達と同等。いや、それよりも軽いとしか思えなかった。
『じゃあ、始めよう。今から彼らの排除を。おいで、ラスト』
星夜は前方にいるヒューマン達を見据えながら、ダンジョンからラストを呼び出した。
『ラスト、今回の獲物は彼らだ。存分に味わえ』
『ハイ!』
『良い返事だ。《ディスタンスチェンジ》、さあ、行ってこい!』
そして、自分の正面の空間と、彼らの傍の空間の距離を零にすると、ラストを送り出した。
「はっは、大量だな!」
「おうよ!これだけのカーバンクルどもを一度に捕まえられるとはな!それもこれもお前のおかげだぜ」
「・・・」
キュッ、キュッ
星夜が見ていたヒューマン達は、カーバンクル達を捕まえながらそんな話をしていた。
もっとも、会話をしているのは見た目が盗賊の連中だけで、その盗賊連中が話かけた相手は一切言葉をはっしなかった。
その人物は全身を外套で覆い隠していて、性別に容姿、服装から装備にいたるまで外的特徴は全て不明だった。
しかし、盗賊連中の話を聞く限り、現在カーバンクル達が捕らえられていることに、この人物は深く関わっているようだ。
「相変わらず無口な奴だな」
「ほおっておけよ。それよりも、さっさと全部捕まえちまおうぜ」
「おう、そうだな。あん?」
盗賊は成立しない会話をやめ、カーバンクル達を捕まえるのを再開しようとした。
だが、カーバンクルに伸ばした盗賊の腕を横から掴むものがあった。
それは、虚空から伸びる液状の腕だった。
「なんだこりゃあ?」
盗賊がその不可思議な光景を見ていると、盗賊を掴んでいる腕に変化があった。
「何が、ぐわっ!!」
盗賊が疑問の声を上げた次の瞬間、液状の腕が虚空で回転し、盗賊の腕を捩切った。
盗賊は腕を捩切られた痛みに絶叫し、捩切られた腕の断面を抑えながらのたうち回った。
盗賊の腕があった場所からは、夥しい量の血液が噴き出していた。
「・・・はっ!おい、しっかりしろ!」
傍にいたもう一人の盗賊は、仲間の叫び声で我に帰り、慌てて仲間に駆け寄った。
そして、仲間を落ち着けようと仲間に声をかけた。
しかし、仲間の盗賊は痛みでそれどころではない。
今も血液は止まることなく噴き出し、痛みも今だ止むことはない。
その盗賊は完全に周りを気にする余裕を失っていた。
「《シャドウ》」
盗賊達が仲間の状況で混乱していると、虚空から盗賊達の知らない声がした。
盗賊達はそれに反応する余裕がなかったが、一人だけ盗賊達と無関係な装いで落ち着いている外套の人物が声のした虚空の方を向いた。
次の瞬間、虚空から無数の影の腕が沸き出して来た。
影は盗賊、カーバンクル、外套の人物達に向かって等しく伸びて言った。
そして、影は盗賊達の全身を戒め、カーバンクル達を虚空に連れ去っていった。
ただ一人、外套の人物だけが影の魔の手から逃れていた。
だが、液状の腕も影の手もその人物も逃すまいと追いかけた。
外套の人物はそれをことごとく回避したが、いつの間にか周囲の状況が先程とは変わってしまっていた。
盗賊達に囚われていたもの、いないもの、この近辺にいた全てのカーバンクル達の姿が消えていた。
また、影の手に戒められていた盗賊達の姿も無くなっていた。ただ、カーバンクル達とは違い、盗賊達が居た場所には大きな赤い水溜まりが出来ていた。
「・・・」
周囲の状況を確認した外套の人物は、今度は先程見ていなかった、あちらこちらに顔を向けた。
「!?」
外套の人物が視線を向けた先々には、ついさっきまでいなかったはずの無数のスライム達がいた。
その数、目算でおよそ数百体。
スライムは雑魚とはいえ、その数に外套の人物は圧倒された。
「終わりだ」
再び虚空から声がすると、スライム達が一斉に飛び掛かっていった。
「!?彼方へ!」
スライム達に飛びつかれる瞬間、外套の人物は懐から何かを取り出し、そう叫んだ。
その直後、外套の人物の姿はその場から忽然と消えた。
あとには、飛び掛かったスライム達の山だけが残された。
「逃がしたか」
外套の人物が消えた後、星夜はスライム達を回収しにやってきた。
「あのヒューマン達の話を聞いた感じ、あいつが原因ぽかったんだけどな。まあ、今度見つけたら始末すれば良いか」
星夜は踵を返すと、今回の騒動の後始末をはじめた。




