侵入者
「うん?侵入者?」
星夜が沈黙する愛ちゃんを慰めていると、マップの方に何かの反応があった。
「・・・人間か。このダンジョンの攻略にでも来たのか?」
マップの反応を見てそう思った星夜は、迷宮にいるコボルトドッグ達の傍に小さな夢の世界の出入口を開いた。
これでコボルトドッグ達が聞いた声や音を、星夜も聞くことが出来る。
そうして星夜が耳を澄ませると、向こう側から複数の声が聞こえてきた。
「なあ、あの魔物達たしかにここに入っていったよな?」
一つは若い男の声。
「ええ、それは間違いないわ」
一つは若い女の声。
「てっきりこの洞窟を巣穴にでもしてるのかと思ったんだが・・・」
「ここはどう見てもダンジョンだな」
そして最後の一つはそれなりに年をとった男の声だった。
マップの反応は三つ。これで侵入者全ての声を把握したことになる。
「だよな。どうする、奥に行ってみるか?」
「そうね、帰ったらギルドに報告しないといけないし、少し調べてみましょうよ」
「そうだな。ここに入って行った魔物達は見たことのないやつらだったし、情報が欲しいところだしな」
三人が互いの意見を交換しあうと、三人は入口からダンジョンに入って来た。
「タイムリーというか、噂をすれば影か。どうするかな?」
三人の会話を聞いた星夜は、会話から彼らを冒険者かそれに近い者達だと判断し、どう対処するか考え始めた。
まず前提として、彼らをただで帰すわけにはいかない。
このダンジョンのことを知られたいじょう、情報を持って帰られたら追加の冒険者達か軍がやって来て、ここを攻略されることになる。
そうなると、愛ちゃんに先程言った現実が未来ではなく今から起こることになる。
絶対にダンジョンに気付かれないようにするなんて始めから無理だろうが、それでも今はまだマズイ。
愛ちゃんの方のダンジョンであるさ迷える鎧の迷宮はまだ初期も初期。規模も小さいし、愛ちゃん個人の配下もリビングアーマーのりっくん一体しかいない。
明らかに戦力不足だ。
この状況で人間の戦力相手に持久戦なんてやったら、一日もあればこのダンジョンが落とされてしまう。
しかも、それが確実な点がなお悪い。
愛ちゃんに説明した時にダンジョンは資源の供給源になると言ったが、現在のこのダンジョンにその役は無理だ。
宝物なんて用意出来ないし、魔物の素材なんてりっくん一体ではすぐに底が尽く。
人間達にこのダンジョンを残しておくメリットなんて全く無い。
そうなると、人間達がすることは決まっている。
りっくんと愛ちゃんを倒してダンジョンコアを持ち出す。
この行動に尽きるだろう。
それは絶対に阻止しなければならない。
ただ、これはさ迷える鎧の迷宮だけを相手にした場合の話だ。
現在このダンジョンは俺のダンジョンと結合している。
愛ちゃんは、俺の配下の魔物達も使うことが出来る。
相手がダンジョン二つを相手にしていると知らないのは、こちらの優位な点だ。
俺の方のダンジョン。混沌を連ねる夢現の迷宮というらしいには、通常の方法では入れない。
俺が出入口を開くか、おそらく相手が眠るか気を失わないと入れないだろう。
つまり、俺の方のダンジョンは冒険者を気にする必要は無い。だから、戦力の魔物達を全て愛ちゃんのダンジョンに配置しても問題は無い。
それにもし万が一俺のダンジョンに侵入者が来ても、夢の世界ならいくらでも魔物を形作ることが出来る。
少なくとも、俺さえダンジョンに居ればどうとでも対処出来る。
これは結合したダンジョンでも使える手だ。だけどこれは俺がダンジョンに居ればの話。
俺が外に出ている時は、戦力の追加は行えない。
・・・思考が逸れた。今は侵入者をどうするかだった。しかし、今の問題は近々解決しないといけない。
気を取り直して侵入者をどうするかだが、選択肢は二つ。まとめて始末するか、逃走者のようにドリームラビリンスの餌食にするかだ。
今なら侵入者をまとめて始末するのは簡単だ。
俺がいるいじょう、物量押しでいける。問題は、愛ちゃんに精神的ダメージが入ることだろう。
また、今なら侵入者達を生け捕りにするのも難しくはない。こちらも俺がいるのだから、それ用の魔物や武器を実体化させれば済みことだ。
あとは、生け捕りにした侵入者達にドリームラビリンスを使用して、見られたコボルトドッグやダンジョンの記憶を改変すれば良い。
そしてそのあとは逃走者同様、ダンジョンの外にほうり出せば良い。
生きて街に帰るも、死んで魔物の餌になるも彼らの運しだい。
そこまで面倒を見る必要は無い。
なら侵入者達への対応は決まりだ。
愛ちゃんの恨みを買わない為に、彼らを生け捕りにする。
「コボルトドッグ達、やつらを生け捕りにしろ!」
そう決めた星夜は、早速迷宮とボス部屋にいたコボルトドッグ達に侵入者の生け捕りを命じた。
ボス部屋にいたコボルトドッグ達は、凄い勢いで迷宮に向かって駆け出した。
「・・・星夜くん、どうかしたの?」
「うん?ああ、ちょっとな」
星夜の声に反応して、今まで沈黙していた愛ちゃんが星夜に声をかけた。
星夜は何があったのかは伝えなかった。
わざわざ彼女に現状を伝え、心配させる必要はないと思ったからだ。
星夜は意識をコボルトドッグ達の方に向けた。
コボルトドッグ達は、現在侵入者達にたいしてヒット&ウェイを行っていた。
さ迷える鎧の迷宮の前半部分のダンジョン構造は、完全な迷路になっている。
侵入者達は現在その迷路を進んでいる為、かなり死角を増やしていた。
コボルトドッグ達は、侵入者達のその死角を利用して戦っているのだ。
先程迷宮側にいたコボルトドッグ達は迷路の構造を知っていた為、この迷宮のどこに行き止まりや待ち伏せに適した場所があるのかを把握していた。
それを適宜利用して侵入者達の退路を断ち、逃げられないように迷宮の中間の辺りに侵入者達を追い詰めていった。
「なんなんだよここの魔物は!これじゃあ、俺達が狩られているみたいじゃないか!」
若い男は、コボルトドッグ達に向かって剣を振るいながらそう喚いた。
「みたいじゃなくてそうよ!このダンジョンの魔物達、頭が良いわ。自分達は無理をせずに、確実に私達を追い詰めにかかってる」
若い女は、若い男の言葉をそう訂正しながら、火をコボルトドッグ達目掛けて放った。
コボルトドッグ達はその火を軽くかわし、別の通路に身を潜めて侵入者達の様子を伺った。
「たしかにな。しかしこいつら何かおかしいぞ?」
年をとった男は若い女に同意しつつ、何か違和感を持ったようだ。
その目は、コボルトドッグ達が身を潜めた場所から離されてはいない。
「何がおかしいんだよ?」
若い男も視線を通路の方に向けながら、男の言葉に耳を傾けた。
「こいつら、チャンスはあったはずなのに追撃をかけてこない時があっただろう?」
「ああ、たしかにあったな」
若い男は、何度かコボルトドッグ達の攻撃を捌くのに失敗した時のことを思い返した。
あの時に追撃を仕掛けられていたら、自分や仲間達は致命傷を受けていただろうと理解していた。
「最初はチャンスを理解していないのかと思ったが、こいつらはそうじゃない。明らかに手加減してやがる」
「たしかに今までのことを思い返すと、そうとも思えるわね。けど、なんで魔物が私達相手に手加減なんてするのよ?」
「それはわからん。しかしこのダンジョン、何かがあるぞ」
男は確信を込めてそう言った。
「まずいな。生け捕りを命じたせいで、違和感を持たれてしまったか。・・・早々に対処しよう」
星夜は、コボルトドッグ達の傍にさらに夢の世界の出入口を開いた。
そして、それを使って間接的に侵入者の姿を視界に捉えた。
「初めて使う魔法だけど、成功してくれよ。《結界》、《スリーブ》」
星夜は、侵入者達を中心に結界を展開した。
「なんだ!?」
「何!?」
「何が!?」
星夜が魔法を発動させた直後、侵入者達を中心に空間が揺らいだ。
そして、光を遮る漆黒のドームが出来上がった。
「「「いったい何が!・・・zzz」」」
その突然の状況の変化に侵入者達が声を上げたが、すぐに星夜が使ったもう一つの魔法。スリーブの効果で全員寝てしまった。
今ではいびきまでかいているしまつだ。
それを確認した星夜は、彼らの処理に迷宮に向かった。




