派生魔法
「さあってと、昨日から今日までの記憶、ぐちゃぐちゃにさせてもらおうか」
現在星夜は、スリーブで眠らせている逃走者の頭に触れながら、ドリームの魔法を行使していた。
「愛ちゃんの情報が外に伝わるのはまだマズイ。だが、愛ちゃんの話からしてこのダンジョンを知っているのはまだお前だけのはず。本来なら始末した方が簡単だが、愛ちゃんとは別のイベントに関する人間である可能性が高いいじょう、それは躊躇われる。なら、このダンジョンについての記憶をどうにかするしか俺には手がない。記憶操作系の能力なんて俺は持ってないが、夢を自在に操れる能力なら持っている。数多の夢を連ね、夢と現実の区別を無くさせる。ダミー情報を含んだ夢を、たっぷりと満喫してくれ」
そういうと星夜は、逃走者の頭の中に微妙な差異を含んだ夢を展開していった。
「ううーん」
星夜が魔法を発動して少しすると、寝ている逃走者の口からうめき声が漏れはじめた。
今逃走者の中では、星夜が生み出した無数の夢が踊り、逃走者を記憶の迷宮に誘っていた。
星夜が現在逃走者にたいして行っているのは、事実を薄める作業であり、事実と虚構を等しくする為の作業だ。
今逃走者の中で形作れている夢の内容は、逃走者が昨日から今日星夜に眠らされるまでに体験したことをベースにしたものだ。
ただし、完全に同じものではない。具体的に言うと、逃走者が見つけたさ迷える鎧の迷宮の位置が別の場所になっている。そして、その位置からさらに入口の位置をずらした夢を次々に展開していっている。
現状ですでに二十回近くの夢が逃走者の中で新たな記憶となっていた。
「夢の展開は上手くいっているな。だが、まだ安心は出来ない。古い記憶が本当の記憶だと気付かれたら意味がない。ループや夢オチもしておこう」
星夜は、逃走者の頭の中で展開している夢に、実は夢でしたという夢オチを加えたり、本来の記憶と夢を複数回ダブらせるように展開し始めた。ついでにデジャヴュまで実装し、もはや現実と虚構がアレな感じで混じり合っている。
さすがにここまでやれば、逃走者が真実を思い出すことはないだろう。いや、ここから真実を思い出せたのなら、逆にまともではないということになる。
その時は、逃走者が完全に星夜の排除対象になる時だ。
「完成だな。あとはこいつを適当なところに放置するだけだ。そうすれば、こいつのイベントが勝手に進行するだろう」
ポーン!
「うん?」
星夜が移動を再開しようと立ち上がると、どこかで聞いたような音がした。
【夢魔法より、派生魔法が形成されました】
そして、そんな内容の文章が星夜の頭の中を通り過ぎた。
「派生魔法?ドリームラビリンス?。なんだこれ?」
星夜は、派生魔法という知らない言葉を疑問に思うと、すぐにポケットから本を取り出して確認を始めた。
「・・・あった!これだな」
その結果星夜は、ナイアルラトフォテップから最初にもらった本の魔法の部分で、派生魔法という項目を見つけた。
この世界での【魔法】の定義は、魔力を消費して過程を無視した事象を起こす能力である。
通常この世界の者達が使う魔法は、既に定義された理に従って発動される【定義魔法】である。
星夜の魔法でいえば、最初期からある夢魔法の《ドリーム》や、闇魔法の《ダーク》がこれにあたる。
つまるところ、その属性の魔法を得ると自動的についてくる魔法であり、効果が世界によって確定している魔法のことを【定義魔法】というのだ。
星夜の本に載っている魔法は、全て【定義魔法】である。
さて、次に【派生魔法】についてだ。【派生魔法】というのは、【定義魔法】から術者が派生させた魔法のことである。
ここでいう派生は、【定義魔法】の魔法効果を基点に、術者の適性や趣味嗜好で一定の方向性を与え、元となる【定義魔法】の効果を残しつつ、新たな効果が追加されたもののことを言う。
星夜の場合を例にすると、《ドリーム》が【定義魔法】で、そこから派生したのが【派生魔法】の《ドリームラビリンス》である。
ここで先程の説明を参照して派生魔法が生まれるまでのプロセスを確認してみよう。
まずは、《ドリーム》の発動。派生魔法を生み出す為には、当然基点となる魔法を発動させる必要がある。
次に、《ドリーム》の効果である好きな夢を見せることに方向性を与える。
今回の場合は、逃走者の記憶を改変・曖昧にする方向性で魔法が行使されている。
その方向性で魔法を行使し続けた結果派生した魔法が《ドリームラビリンス》だ。
この魔法の効果は、相手の精神領域に夢と記憶、認識の迷宮を構築すること。
この構築された迷宮は、術者の意図に従って対象の記憶を変形させて生み出される。それゆえ、必ず真実を含むことになる。出口があるからこその迷宮だからだ。ただし、星夜の意図が真実の隠蔽だった為、当然この魔法は対象が真実に簡単にたどり着くようには出来ていない。いや、どちらかと言うと偽物の出口(事実)に誘導されるように迷宮を形作るようになっている。
「ふむ。基点となる魔法さえあれば、ある程度は個人で好きな魔法を作れるのか、この世界。今度からは魔法でもいろいろ試してみるか」
「ラスト、こいつを適当なところにほうり出しといてくれ」
星夜がそう頼むと、ラストは逃走者を掴んでいた部分を本体から切り離した。
切り離された部分は新たなスライムとなり、逃走者を上に乗せて移動を開始した。
「あとはあいつがこないだの魔物混成群か、その辺で活動している冒険者にでも保護されれば良いな」
星夜はラストの分体と逃走者を見送ると、ダンジョンに戻っていった。
ラストの分体は進む。星夜と逃走者が最初に遭遇した場所に向かって、ただひたすらに進んで行く。
道中、スライムである分体や、その上の逃走者を狙って何度か魔物達が襲い掛かってきた。
しかし、スライムズポットの一部だった分体の敵ではなかった。
襲い掛かってきた魔物の全ては、分体に返り討ちにされ、最後は分体の一部となっていった。
進めば進む程、倒せば倒した数だけ分体の身体は肥大化していった。
目的地に着く頃には、数十体のスライムに分裂可能な程に大きくなっていた。
目的地に着いた分体は、すぐに逃走者を渡す対象を捜した。逃走者を追いかけていた魔物の混成群か、冒険者。いや、ただの人間でも構わなかったが、とりあえず逃走者を押し付ける相手を分体は捜した。
!
そして、ちょうど良いタイミングで対象を見つけた。
それは平原を移動している馬車と、複数の武装した人間達だった。
この分体は知らないことだったが、それはある商人の一家を乗せた馬車と、その護衛を行う冒険者達だった。
分体は彼らに向かって移動を開始した。
逃走者を彼らに押し付ける為に。
それから分体は彼らと一騒動起こし、核の部分だけを逃がして討伐されたように見せ掛けることに成功した。
その後、商人の一家は分体に捕まっていた?逃走者を保護し、街へ向かって行った。
そのことを草葉の陰から見届けた分体は、星夜のいるダンジョンに向かって移動して行った。
このまま行けば全てが上手くいっただろう。
しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
逃走者を保護した商人の一団は街にたどり着くことはなかった。
街にたどり着く直前、逃走者を捜していた魔物混成群と遭遇。
善戦虚しく商人の一団は壊滅し、逃走者は魔物混成群の手で連れ去られていった。
星夜は、このことを知ることはなかった。




