秘密
「愛ちゃん、もういい加減離してくれないか?」
「えっ?あ、うん、ごめんね」
ポーションをある程度錬成した後星夜は、夢の世界から本体に意識を戻し、今だに抱きついていた愛ちゃんにそう頼んだ。
愛ちゃんも最初の頃よりは大分落ち着いたようで、あっさりと星夜をその腕の中から解放した。
「落ち着いたか?」
「うん、おかげさまで。そのごめんね、しないで欲しいって言われてたのに、私おもいっきり抱きしめちゃって」
「うん、まあ、そのことは良いよ。愛ちゃんの頼み事を聞いた時点で、そうなる可能性は想像出来てたから」
「本当にごめんね、星夜くん。そういえば星夜くん」
「何、愛ちゃん?」
「星夜くんも転生したの?」
「ああ、死因は覚えてないけど、神様の仲介でこっちの世界に転生したよ」
「そうなんだぁ、星夜くんも神様に転生させられたんだ。けど、星夜くんは見た目変わってないね?」
「そうだな、少なくとも見た目に変化は無いと思うぞ」
星夜はそう言ったが、こちらの世界に来てからは鏡などで容姿を確認していない為、自分の容姿がどうなっているか知らなかった。
「そうだね、見た目は向こうと変わってないように私には見えるよ」
「ああ」
「けど、ならなんで私はこんな姿になってるのかなぁ?」
「ああ、それはだな」
星夜は、ナイアルラトフォテップから聞いた話を若干省略しつつ、彼女に聞かせた。
「と、いうことなんだ」
「そんなぁ!それじゃあ私、やられる役柄なの!?」
「役柄が魔王かダンジョンマスターなら、おそらく」
星夜は、ごまかすことなく彼女の意見を肯定した。
もう魔物の姿になっているいじょう、下手に期待を持たせるのは可哀相だったからだ。
「ちなみにそこのところはどうなんだ?」
「そこのところ?」
「そう。実際のところ、愛ちゃんの役柄は魔王とダンジョンマスターどっちなんだ?それとも、まったく別の役柄なのか?」
「ごめん星夜くん。私には、自分の役柄なんてわからないよ」
「そうか。なんとか調べる方法があれば良いんだけどな。今度会った時に神様に聞いてみるか」
「星夜くん、そう言うけどそんな簡単に神様にに会えるものなの?」
「ああ、俺は神託っていう魔法を持ってるからな、その辺は問題無い」
「そうなんだぁ」
愛は、かなり微妙そうな感じの声でそう言った。
「・・・ねぇ、星夜くん?」
「なんだよ愛ちゃん?」
「星夜くんはいつこっちに転生したの?それと、転生してからは何をしていたの?」
星夜の発言を聞いて完全に落ち着いた愛は、星夜の近況について尋ねた。
「俺がいつこっちに来たのか?だいたい三日くらい前だな。それから、来た後は冒険者をやっていたな」
星夜は錬成魔物のことは省きながら、こっちの世界に来てから今日まで自分のしたことを愛に話して聞かせた。
「星夜くん、何か私に隠してない?」
「な、何でそう思うんだよ愛ちゃん?」
愛は、星夜の話を聞き終えると、最初にそう口にした。
それを聞いた星夜は、一瞬返答につまった。
「だって星夜くん、私に何か隠している雰囲気があったよ?星夜くんと私は幼なじみなんだから、何か隠そうとしてもすぐにわかるんだから」
「・・・そうか。たしかに愛ちゃんの言うとおり、話の中で省いた分はあるよ」
「やっぱり!だけど、星夜くん何を隠そうとしたの?」
「それは秘密だ。愛ちゃんが知っちゃ駄目なことだよ」
星夜は、錬成した魔物達のことは愛に伝えるつもりがなかった。まして、神様の望みを叶える為に人や魔物、ダンジョンに襲撃をかけたりすることもあるなんて、優しい彼女には言えなかったし、言うつもりもなかった。
「秘密?どうして?」
「愛ちゃんが知るとまずいことがあるんだ、主に神様関係で」
「そうなんだぁ。・・・わかった、今は聞かない」
「ありがとう」
「だけど、私が知っても良くなったらすぐに隠してたこと、教えてね」
「約束は出来ないけど、愛ちゃんがこっちに馴染んだら話せるかもな」
星夜はそう言いつつ、幼なじみの少女が変わらないことを願った。
人の命を軽く見るようになったら、完全に魔物か悪人の類だ。
「そういえば愛ちゃん」
「なあに、星夜くん?」
「その人って誰?」
「その人?」
星夜は、話が一段落ついたと思い、今まで忘れていた人物のことを思い出した。そして、りっくんと呼ばれた魔物の傍に置かれている、逃走者を指差してそれがいかなる人物なのかを愛ちゃんに尋ねた。
今まで完全に放置されていたが、そもそも星夜が今居るダンジョンに来たきっかけは、その人物なのだ。
今さらではあるが、何故愛ちゃんがその人物をここに連れて来るように指示を出したのか、星夜は疑問に思った。
「ああ、昨日逃げた人です!」
「逃げた?」
「うん!昨日私のダンジョンにやって来て、途中で帰っちゃった人だよ」
「逃げたねぇ?それはまあ、今はおいておこう。愛ちゃんは、なんでわざわざ追っ手を出したんだ?」
星夜は、逃走者の逃げたというか、引き返した理由は放置して、愛ちゃんがりっくんを追っ手に出した理由の方を聞いた。
「それはね、初めてこっちの世界で見た人間だったから」
「ああ、そういうことか。なんだ、そんな理由か」
星夜は、愛ちゃんのその他愛のない理由に安堵した。
ダンジョンに来る前に星夜が考えていたイベントのようなことではなく、ただたんに愛ちゃんが人恋しかっただけのようだ。
「だったらこいつは外にほうり出すか」
「えっ!どうして?」
「いや、こいつは愛ちゃんのダンジョンのことを知ってるんだろう?だったら、早々にどうにかするべきだ。愛ちゃんが人恋しくても、今は俺がいるし、外の情報も教えてやれる。こいつをダンジョンに置いておく必要はないだろう?」
「・・・たしかにそうだね」
「ならさっさと外にほうり出して来るよ。俺が帰って来たら、今後のことについてゆっくりと話そう」
「わかった」
「ラスト」
星夜は愛ちゃんと話をつけると、ラストに逃走者を掴ませてからダンジョンの外に向かって歩き出した。
「さて、一応もう少しダンジョンから離れておくか」
ダンジョンから出た星夜は、これから逃走者に行うことを考え、もう少し離れてから行うことにした。
「愛ちゃんのあの様子だと、あの魔物達とは無関係だろうな。愛ちゃんや鎧の魔物は、おそらくはリビングアーマー。依頼の中にあったさ迷える鎧の迷宮というダンジョン名からも、そのことはうかがえた。そうなると、あの混成魔物群を操っていた可能性は無くなる」
星夜は移動している間、りっくんの前に遭遇した魔物達のことについて考えを巡らせた。
最初はてっきりあの魔物達はりっくんの仲間かと思っていた。しかし、今までの様子を見るにそれはまずなかった。
リビングアーマーに魔物を操るような能力は無いし、愛ちゃんに複数種類の魔物を生み出せるようには見えなかった。
だいいち、複数種類の魔物を出現させられるのは人間種のダンジョンマスターだ。魔物タイプの愛ちゃんに、ゴブリンやスライムを出現させることは出来ない。
となると、この逃走者は愛ちゃんのダンジョンから去った後に何かに巻き込まれた。あるいは、愛ちゃんのダンジョンに来る前から何かの騒動の渦中にあった。
どちらにしろ、何かがこの逃走者にはあるのだろう。
「なら俺のやることは簡単だ。こいつの夢と現実を弄れば良い。《ドリーム》」
ダンジョンから離れた星夜は、ダンジョンの入口から死角になる位置で夢の魔法を発動させた。




