鎧の主
「ここがそうなのか?」
「ソウ」
ダンジョンに向かった星夜と、逃走者を背負った鎧の魔物は、現在ある洞窟の前に居た。
洞窟のある場所は、星夜が拠点としている街から見て西側。星夜がここ最近スライムを捕獲していた森の向こう側だ。いかにもダンジョンがあるといった風情の洞窟で、神様からの依頼がなければ星夜もこんな場所にダンジョンを作っていたかもしれない。
「じゃあ早速行こう」
「ワカッタ」
星夜と鎧の魔物は、ダンジョンに入って行った。
「へぇー、普通のダンジョンはこうなっているのか」
星夜は、ダンジョン内を歩きながらそう口にした。
星夜が今居る洞窟型のダンジョンは、ゲームに出て来るような石壁で通路を構築してあるものだった。
しかも迷路仕様。
鎧の魔物という案内役と、マップというダンジョン構造を把握出来る魔法を持つ星夜には関係ないが、一般的な冒険者は苦労しそうな迷路が設置されている。
「それにしても不思議だな」
「ナニガダ?」
「いや、洞窟の中がこうもはっきりダンジョンなのに、魔物がまったくいないと思ってな」
ダンジョンを進んで行く途中、星夜はそんな疑問を呟いた。
そう、このダンジョンには魔物がいなかった。
星夜達が通路を移動している今も魔物と遭遇することはなかったし、星夜のマップにも魔物の赤い表示は隣にいる鎧の魔物の分しかなかった。
魔物を住民扱いするのなら、このダンジョンはほぼ無人である。
ほぼの部分は、鎧の魔物とその主の分だ。
「マリョクブソクダ」
「魔力不足?ああ、なるほどそういうことか」
星夜の疑問は、鎧の魔物の答えで氷解した。
魔力不足。それがこのダンジョンに魔物がいなかった理由だった。
だが考えてみればそれも当然のことだ。
星夜のダンジョン自体、魔物を出現させる時やダンジョン構造を弄る時にダンジョンポイントが必要になる。
そして、ダンジョンポイントの大元は魔力だ。
魔力不足はそのままダンジョンポイントの不足ということだ。
ダンジョンポイントが無ければ魔物を追加出来ないし、ダンジョンを広げることも出来ない。
現状から考えると、このダンジョンの主は鎧の魔物とダンジョンの迷宮化にダンジョンポイントを費やしたのだろう。
鎧の魔物はそれなりの強さを持っているように星夜は感じているので、出現させるのに必要なポイントも大量に必要だったのだろう。また、星夜のダンジョンを参照すると、このダンジョンも最初はただの洞窟だったはずだ。星夜の夢の世界がダンジョン化してもダンジョンぽくならなかったことからそう推察出来る。
そうなると、今ある石壁の迷宮は後付けということになる。
その二つをやった為、このダンジョンの主は新しい魔物を呼び出せなかったのだ。
さらに言うと、転生者ならこのダンジョンを作ってまだ数日ということになる。おそらくだが、まだ安定したダンジョンポイントの入手方法が確立出来ていないのだろう。
そのことも想像に加わると、現状は当然だと星夜は思った。
星夜がこのダンジョンに来るタイミングがもう少し後だったなら、他にも魔物がいたことだろう。
まあ、増えても数体だろうが。
初期の魔物の必要ダンジョンポイントが多いということは、数を展開出来ないということとイコールなのだから。
そんなことを考えつつも星夜は道なりにダンジョンを進んで行き、ようやくゴールにたどり着いた。
「コノオク、アルジイル」
「どんな転生者がいるんだろうな」
星夜は、今から会う転生者に興味津々だ。
星夜は、鎧の魔物についてダンジョン奥に進んだ。
星夜達が進んだ先には、一つの部屋があった。そして、その部屋の一番奥には一つの椅子が置かれていて、鎧の魔物よりも二回りは大きな鎧が腰掛けていた。
おそらくあれがこのダンジョンの主だろう。
「アルジ、モドッタ」
「お帰りなさいりっくん」
鎧の魔物はその鎧の前に進み出ると、片膝をついて臣下の礼をとった。そして帰還の報告をすると、大きな鎧からそんな言葉が聞こえてきた。
「うん?」
大きな鎧から聞こえて来た声は、可愛い感じの女の子のものだった。
星夜は、大きな鎧から女の子の声が聞こえてきたことに驚くと同時に、その声と喋り方に既知感を覚えた。
「りっくん、そちらの人は・・・星夜くん!?」
大きな鎧改め彼女は、一通り鎧の魔物と会話をした後、りっくんと呼んだ鎧の魔物の後ろにいた星夜に気がついた。
彼女は、りっくんにそれが誰か聞こうとした直後、その人物が誰かに気がついて声を上げた。
「ひょっとして愛ちゃん?」
「うん!そう私だよ星夜くん!」
星夜は、今の声で彼女が誰か理解した。一応確認すると、彼女は星夜の質問をはっきりと肯定した。
鎧の魔物の主。大きな鎧のダンジョンマスター。転生者。しかしてその正体は、夢現星夜の向こうの世界での幼なじみである少女、遊鎧 (ゆがい)愛であった。
「星夜く~ん!」
彼女は、星夜に飛びついた。
しかし、身の危険を感じた星夜は、彼女の抱き着きを慌てて回避した。
ドオーン!
星夜に回避された愛は、そのままダンジョンの壁に激突した。
「もう星夜くん、なんで避けるのお~!」
壁に激突した愛は、すぐに復活すると星夜に抗議の声を上げた。
かなりの速度で壁に激突したのに、愛はノーダメージのようだ。
「いや、今の愛ちゃんに抱き着かれたダメージが酷そうだしさ」
「そんなこと言わずに私を受け止めてよ!」
「無茶言わないでくれよ。それに今の愛ちゃん、なんかテンションおかしくないか?」
星夜の知っている遊鎧愛という少女は、大人しい文学少女だった。断じていきなり自分に突撃して来るような、アクティブな少女ではなかった。
「おかしくなんてなってないよ!転生して、魔物になっちゃって、数日間話し相手もいない状況で星夜くんに会って浮かれてるけど、おかしくはなってないよ!」
愛は、端的に自分の現状を口にした。
「テンションが異様に高い理由はそれか」
星夜は、愛の言葉に愛のテンションが高い理由を理解した。
理由は星夜も知らないが死んで、神様に突然転生させられたあげく、転生先が見た目じゃ女の子とわからない鎧姿の魔物。さらにはダンジョンが拠点で、混乱必死の現状を話して不安を分かち合ってくれる相手もいなかった。そこに突然幼なじみの星夜が現れた。
彼女がテンションを暴走させても無理はないだろう。
「あー、テンションが高い理由はわかったよ。けど、抱き着くのはやめてくれ。代わりに、身の危険の無いお願いなら聞いてやるから、な?」
「本当、星夜くん?」
「本当本当」
「なら星夜くんが私を抱きしめて」
「おっ、おう、わかった」
星夜は嫌な予感がしたが、自分から言った手前拒否はしなかった。
「ほら、よしよし」
星夜はそう言って愛を抱きしめると、彼女の鎧の頭を撫でた。
「星夜くーん!」
感極まった愛は、星夜を抱き返した。
「ちょっ、愛ちゃん、待っ!ぐえっ!」
その結果星夜は、最初の予想通り全身を締め付けられてうめき声を漏らした。
だが、感極まっている彼女はそのことに気がついていない。その結果、彼女の感情に従って、段々と彼女の星夜を抱きしめる力が強くなっていった。
途中から星夜の意識は身体から無くなり、星夜の精神はしばらくの間夢の世界にある自分のダンジョンに逃げ込むこととなった。




