逃走者
「戦っているようだな。しかも魔物同士で」
星夜が向かった先では、すでに戦闘が始まっていた。だが、ハングリードッグの相手は人間ではなかった。
ハングリードッグ達が戦っていたのは、緑色の人型の集団。星夜の知識では、ゴブリンと呼ばれる魔物達だった。
ゴブリンの区分は妖精に亜人、魔物まで幅広くあるが、マップ表示を参照するなら、今戦っているゴブリン達は魔物として表示されている。
「これはどうするべきかな?どちらかに味方する?どちらにも攻撃を仕掛ける?それとも静観するべきかな?」
ハングリードッグ達がスライムを襲っている可能性は考えていたが、まさかゴブリンと戦っているとは予想外だった。
星夜はこの世界でのゴブリンの強さがわからず、どうするべきか判断に悩むことになった。
その間もハングリードッグ達とゴブリン達との戦闘は続いていた。
今のところは一進一退のようだ。
現状ではハングリードッグ達の方が数が多く、ゴブリン一体につき同数以上のハングリードッグ達が襲い掛かっている。
ハングリードッグ達が数と獣の俊敏性で攻撃する中、ゴブリン達は手に持っている木製のこん棒で反撃していた。
数の不利を道具で補っているのだ。
「ほんとどうした方が良いかな?・・・ハングリードッグ達の方はさっきと同じ手で多分全滅させられるんだよな。なら、ここは武器を持っているゴブリン達を先に片付けるか」
そう言うと星夜は、再び出入口を開いてダンジョンコアを操作しだした。
「また不意打ちしよう。最初に先制して、何体か気絶してくれれば格段に戦いやすくなるからな。もっとも、今回はさっきみたいに全部ラストに食べさせるつもりはないけど」
星夜は、そう言いながらハングリードッグやゴブリン達の夢とダンジョンを繋げる準備を進めた。
「まずは一撃。チョップ!」
星夜はそう言うと、ゴブリン達が攻撃の射程に入るように腕を垂直に振り下ろした。
ラストは、星夜の動作をなぞるように出入口から出していた身体を腕の形に変え、ゴブリン達目掛けて思いっきり身体を下に叩きつけた。
ラストの巨大な腕は、狙い違わずゴブリン達に命中。
真下にいたゴブリン達はぺちゃんこになった。さらに、地面に腕を叩きつけた時の衝撃で、腕の側面にいたゴブリン達もまとめて吹き飛ばすことに成功した。
「予想外に高威力だったな。・・・この際、どんどん試してみるか。払い!」
星夜は、ぺちゃんこになったゴブリン達を見て、少しやり過ぎたかもしれないと思ったが、開き直ることにした。
星夜は、今度は腕を胸元に構えた後、思いっきり外側に向かって払った。
ラストはさっきと同じように星夜の真似をして、腕を横に振るった。
その結果、今回はチョップから逃れていたゴブリン達が、まとめて横に弾き飛ばされた。
「お次は拍手」
パンパンパン!
星夜が拍手をすると、ラストも拍手した。
その結果は見るも無惨。ゴブリン達は蚊のように潰はれて、ラストに消化吸収されていった。
また、最初を回避しても今回の動作は拍手。最終的には、繰り返しやってくるラストの手から逃げ延びたゴブリンは一体もいなかった。
星夜が拍手をやめた頃には、ゴブリン達は全滅。あとには、状況のわかっていないハングリードッグ達が間抜けな顔をして取り残されていた。
「ゴブリン達も良いとこ無しで終わったか。なら、あとは彼らを回収してダンジョンに帰るか。ぎゅっとな」
星夜は、間抜けずらを晒しているハングリードッグ達に狙いを定め、今度は両手で包み込む動作をとった。
キャウン!キャウン!
星夜とラストが動きだすと、今まで間抜けずらを晒していたハングリードッグ達も、慌てて回避の為に動きだした。
しかし、その行動はすでに遅かった。
ハングリードッグ達の周囲は、すでにラストの掌で囲まれている。
それでもハングリードッグ達はなんとか逃げようと足掻いたが、ラストの掌を突き破ることは出来ず、それどころか触れた部分から消化されていった。
「駄目だぞラスト。こいつらは次の錬成の材料にするんだ、あまり食べるなよ」
こくり
星夜がラストに注意すると、ラストは素直に頷いた。そして、ハングリードッグ達を消化せずに拘束しだした。
四方八方から無数の触手風の身体を伸ばし、ハングリードッグ達を次々と宙づりにしていった。
「いい子だなラスト。これならシェイクする必要は無いな」
ここでハングリードッグ達がまだ抵抗するようなら、星夜は手を上下左右に振り回し、ハングリードッグ達をまとめて気絶させることも視野に入れていた。が、ラストの活躍でその必要は無くなった。
なので、星夜は出入口を拡張してさっさとハングリードッグ達をダンジョンに運び込んだ。
「さて、早速向こうでハングリードッグ達で錬成を試すとしよう」
運び込んだ後、星夜は自分もダンジョンに向かおうと出入口を開いた。
「うん?新手?いや、これって」
星夜が出入口をくぐろうとしたちょうどその時、マップに新しい動きが表示された。
星夜の今いる場所に向かって来る複数の魔物の反応が表示されたのだ。
最初星夜は今倒したゴブリンかハングリードッグの仲間でも来たのかと思った。しかし、その魔物達の反応の前に別の反応があることに気がつき、別件だろうと当たりをつけた。
「逃走者か。ほおっておいた方が良いな」
そう結論を出すと、星夜は出入口を再びくぐろうとした。
「助けてぇぇぇ!!」
が、一歩遅かった。
魔物から逃げている人物に、星夜の存在を認識されてしまった。
「うわっ、気づかれた」
「助けてください」
星夜を視界に捉えた逃走者は、魔物を引き連れた状態で星夜に急接近して来た。
「無理です!《速孝》《アクセル》」
星夜は、逃走者の声にすぐ無理だと返事をし、思考加速と肉体時間加速の魔法を発動させて逃げだした。
「待ってくださいぃぃぃ!!」
逃走者は慌てて速度を上げ、星夜を追いかけた。
「嫌です」
「そんなことを言わずに助けてくださいよおぉぉ!」
「本当に無理です!俺には攻撃手段がありません」
追い縋って来る逃走者の声を、星夜はばっさりと切って捨てた。
「そんなあぁぁ」
星夜の返事を聞いた逃走者の口からは、ひどく情けない声がもれた。
しかし、実際に星夜自身には攻撃手段がなかった。星夜が使える魔法は、今使っている時間を加速させる魔法以外だと、マップやポケットのような冒険に便利な魔法と、闇を出すダークに敵を眠らせるスリーブ。他の魔法は戦闘には使えないドリームとかしかなかった。
武器や防具も装備していないので、接近戦も無理だ。
ラストを呼び出せば先程のハングリードッグやゴブリンの時のような戦いは出来るが、初対面の第三者の前でその手を使うわけにはいかなかった。
さすがにあんなアレな戦い方を見られたら説明が面倒だし、それどころか助けた直後に敵対されるかもしれない。
なので、星夜はただ逃げることしか出来なかった。が、逃走者も必死のようで、加速した星夜を追いかけ続けた。




