スライム活躍
【む?どうやらあちらで動きがあったようだな】
「あちら?」
星夜が考え事をしていると、ナイアルラトフォテップが突然そんなことを言い出した。
【向こうの世界。汝の身体の方で動きがあったのだ】
「俺の身体の方で?そういえば俺が最後いた場所って」
【魔物の徘徊している平原だな】
「それってマズイでしょう!?」
星夜は、現在自分がどういう状況に置かれているのか知り、慌てた。
意識がこっちに来ているいじょう、身体は完全に無防備な状態だ。そんな状態で魔物が闊歩する平原になんていたら、あっという間に魔物の餌になってしまう。
【いや、今のところ問題は無い】
「なんでです!向こうは魔物がうろうろしているんですよ!?」
【落ち着きたまえ。汝の心配は当然のものだろう。だが、汝の心配の種の魔物は汝の身体に近づけん】
「どういうことですか?」
星夜は、ナイアルラトフォテップの言っていることが理解出来なかった。
自分の身体が魔物の傍にあるのが危険だと言ったら、ナイアルラトフォテップは自分の身体に魔物が近づけないと言ってきた。
いったいどういうことだろう?
「それはどういうことです?魔物が俺の身体に近づけないというのは?」
【汝の身体に近づいた魔物は、全て喰われてしまうからだ】
「喰われる?誰にです?」
星夜は、自分の傍で魔物を喰らう存在に心当たりがなかった。というか、魔物を喰うような存在の傍に身体があるのは、いつこちらに矛先が向いて、自分の身体を食いに来るのか気がきではない。
【汝が先程錬成したスライムポットがだ。もっとも、もはやアレはスライムポットなどとは到底呼べないだろうがな】
「どういうことです?」
星夜には、ナイアルラトフォテップの言っていることが良くわからなかった。
スライムポットが魔物を喰らっている光景なんて想像出来ないし、スライムポットがスライムポットと到底呼べないと言われてもピンと来なかった。
【直接見た方が早い。汝の目で自分が何を錬成したのか見ると良い】
パチンッ!
ナイアルラトフォテップがそう言って指を鳴らすと、闇の中に星夜の身体を含めた映像が浮かび上がった。
星夜はその映像を見て、ナイアルラトフォテップの言った言葉の意味を理解することになった。
時は遡って現実世界の平原。
星夜が魔力消費した結果眠ってしまった後。
『ソレ』はただ存在しているだけだった。
『ソレ』はかつてスライムと呼ばれた存在だった。あるいはスライムポットとも呼ばれたこともあった。
『ソレ』は理解していた。
自分がかつてそれらであり、今はそのどちらでもないということを。
『ソレ』は考えていた。星夜が眠ってしまった後、自分が何をするべきなのか。
『ソレ』には今まで行動目的などなかったからだ。
スライムだった時の自分は、ただ捕食、消化、吸収、分裂を繰り返すだけだったし。スライムポットだった時の自分の方も、スライムを生み出して吐き出すだけだった。
それはかつての自分の生態であって、それらの行動に目的などは何もなかった。
『ソレ』は星夜の身体に寄り添いながら、その答えを考え続けた。
ガサッ!
『ソレ』が考え事を続けていると、何かが近づいて来た。
『ソレ』が対象を確認すると、それは犬の姿をした魔物達だった。
この世界でハングリードッグと呼ばれている魔物だ。
ハングリードッグは群れで行動し、無防備な相手を見つけると集団で襲い掛かる魔物であった。
寝ている星夜を無防備だと判断し、獲物として狙いをつけたのだ。
『ソレ』はどうするか悩んだ。
スライムであった時、ハングリードッグは自分の仲間を蹂躙する天敵だった。
この周辺にいるスライムは全て最低辺の力しかなく、ハングリードッグ達にとってはただの餌でしかなかったからだ。多くの仲間が奴らの餌として、あるいは戯れに命を奪われていった。
スライムポットであった自分にとっては、ハングリードッグは自分を脅かし、スライムを奪っていく存在だった。
ハングリードッグにはそこそこの知能があった。
ハングリードッグは、それゆえスライムポットが自分達の餌を生み出す存在だと、なんとなくだが理解していた。
だからハングリードッグは、餌が足りなくなるとスライムポットをゆすった。
なので、スライムにしろスライムポットにしろ、ハングリードッグとは係わり合いになりたくないというのが本音だ。ただし、それはスライムとスライムポットだった自分の思いでしかない。
現在の『ソレ』には、その思いは過去のものでしかない。
現在の『ソレ』がハングリードッグに抱いている思いは、ハングリードッグが主の、星夜の敵かどうかというものだけだった。
この思いの出所は、ポーションを材料に錬成された一匹のスライムだった。
そのスライムに流れている星夜の血が囁くのだ。
主を、星夜を護れと。
ハングリードッグ達は、星夜に近づいて来た。
『ソレ』は血の囁くままに、ハングリードッグ達を敵と判断し、ハングリードッグ達の排除を決めた。
ゆえに、『ソレ』は行動を開始した。
今の『ソレ』に出来ることは、かつての自分に出来ること。過去に戦闘能力が皆無だった『ソレ』は、かつてスライムポットだった時のようにスライムを生み出し始めた。
そして、生み出されたスライムはスライムらしく分裂による増殖を始めた。
ハングリードッグがじりじりと近づいて来るなか、『ソレ』の身体の中ではスライムが倍々に増えていっていた。
普通はそんなことは不可能だ。
スライムポットがスライムを生み出す為には、自前の魔力か周囲の魔力を使用しなければならないし、スライムが分裂する為にも魔力が必要だからだ。
なのに、現在の『ソレ』はそのことを無視するようにスライムをどんどん生み出していっている。また、生み出し続けられてもいる。
なぜそんなことが可能なのか?その理由は、星夜が錬成した新種のスライムにあった。
HPポーションとMPポーションを材料に錬成されたこのスライムは、身体の組成がまんま二つのポーションと同じだったのだ。
それゆえ、新種のスライムの体液にはHPとMPを回復させる効果があった。
『ソレ』が通常のスライムを十体生み出すと、新種のスライムが一体生まれる。その新種のスライムが分裂で増え、ある程度増えると『ソレ』に吸収されて、『ソレ』の魔力を回復させる。
このサイクルを繰り返すことによって、『ソレ』は無尽蔵にスライムを生み出すことが可能となったのだ。
ハングリードッグ達は、無造作に『ソレ』と星夜に近づいて行く。二人を自分達の脅威と見ていないがゆえに。が、それは大きな間違いだ。
ハングリードッグの一体が、『ソレ』の身体の目と鼻の先までやって来た。
ブゥン!
そして、一瞬でその場から居なくなった。
それを見た他のハングリードッグ達は、周囲を警戒し始めた。しかし、ハングリードッグ達の近くには寝ている星夜と、『ソレ』がいるだけだった。
ハングリードッグ達は、しばらく警戒を続けた。そして、その警戒している間に何も起こらなかったので、ハングリードッグ達は星夜達に近づくのを再開した。
ブゥン!
今度は『ソレ』にもっとも近かった三匹のハングリードッグが一瞬のうちにその場から消えて居なくなった。
これにはさすがにハングリードッグ達も恐怖をつのらされたようで、先程よりも忙しなく周囲を警戒しだした。
だが、周囲にはやはり何も居ない。
ハングリードッグ達は、この不気味な状況に焦れ始めた。
焦燥を覚えたハングリードッグ達は、この場での目的を果たして急いで去ることを決めたようだ。
ハングリードッグ達全員が一斉に星夜達に向かって駆け出した。
ブゥン!
次の瞬間、その場にいたハングリードッグは一体残らず消失した。
それから星夜が目覚めるまでの間、同じ現象が起き続けた。




