スライムポット
「さて、マップを広げるか。《マップ》」
星夜は街の外に出ると、早速マップで探しものの位置を確認した。
「ふむ。先に依頼分は集めておくか」
今回は探しものが増えたので、前回よりも黄色いカーソルの矢印が増えていた。
星夜は、最初に前回行った川の付近で二つの依頼分の薬草とスライムを集めに向かった。
「さて、それでは新しいことにチャレンジだ。ラビットにハーブラビット、スライムポット。どんなことが起きるかな」
星夜は川付近で薬草とスライムを集め終えると、昨日はマップに表示されていなかった矢印の下に向かった。
「うん?赤と青、それに緑が一カ所に集まっている?」
星夜が目的地に向かう途中、マップを見ていると、魔物と人間、動物が一カ所に集まっているところがあった。
疑問に思った星夜は、そちらの方向を見た。
すると、そこでは軽装の多分冒険者の三人と、昨日は見なかった魔物が戦っていた。
あと、彼らの足元には動物の死体らしきものが転がっていた。
どうやら冒険者達が動物を狩り、その時流れた血の臭いに魔物が集まってしまったようだ。
「下手に血を流すとこうなるのか。攻撃手段が出来たらこうならないように気をつけよう」
戦闘で起こる危険を実際に見た星夜は、自分の戦闘の時には気をつけておこうと決めた。
「三色が一カ所にいる理由はわかったし、探索に戻るか」
疑問の答えがわかった星夜は、ラビット達の捜索に戻ることにした。
冒険者達はとくに危険ではない様子だったし、横からの介入はマナー違反だと思ったからだ。
冒険者達と魔物から距離を開けたまま、移動を再開した。
「あれかな?」
冒険者達と魔物から離れ、少し歩くと、スライム達の時とは違い、単品で存在していた赤い矢印のところまでやって来た。そこには、古めかしいイメージ上の味噌壷のようなものがあった。少し観察すると、その中からスライム達が吐き出されて外に出てきた。スライム達は壷から這い上がって来たという感じではなかったので、おそらくあれがスライムポットで間違いないだろう。
マップの方でも、あの味噌壷に赤い矢印が出ていることだし。が、中にスライムが入っている可能性は否定しきれない。近くに行って確認しておいた方が良いだろう。
幸い、スライムは星夜の脅威ではないし、スライムポットには攻撃能力が無いのだから。
星夜は、ある意味無造作にスライムポットに近づいて行った。
「スライムポット捕獲っと」
星夜は味噌壷を抱き抱え、持ち上げた。そして、味噌壷の中を覗き込んだ。
味噌壷の中には何も入ってなかった。にも関わらず赤い矢印が味噌壷を指していた。この時点でこの味噌壷がスライムポットであることが確定した。
星夜はスライムポットを持って移動を開始した。
次はラビットかハーブラビットを探しに行くのだ。
「今度はあっちかな」
星夜はゆっくりと平原を歩いて行く。道中、先程見たような冒険者と魔物の戦いもあちこちで起こっており、これが魔物と冒険者がいる世界なんだと感慨深げに思いながら。
あと、歩く以外には定期的に味噌壷から吐き出されるスライムをスリーブの餌食にしている。眠らせたスライムはポケットの亜空間にほうり込んでいく。
こうして星夜は、歩くだけでスライム討伐の依頼を果たしていった。
ただ、星夜は途中で違和感を覚えた。
道中ポケットにほうり込むスライムの数が、加速度的に増えているのだ。
最初スライムポットを抱き抱えた直後は、十分に一体スライムが吐き出されていた。が、本当にゆっくりとだが、スライムの吐き出されてくるペースが速くなっていったみたいなのだ。今ではもう、一分に一体のペースでスライムポットはスライムを吐き出している。
なんというか、もうスライムの入れ食い状態という感じだ。
「これってひょっとして、スライムポットが俺から逃げようと足掻いているのか?」
星夜は、このスライムポットの状態をそう推察した。
壷型ボディーかつ戦闘能力皆無のスライムポットだ。星夜から逃げる手段がなくてスライムを吐き出しまくっている可能性はそれなりに高そうだった。
「そろそろ対処しないとマズイな」
星夜は、どう対処すれば良いのか迷った。
出来るならスライムポットは持ち帰りたい。が、これ以上スライムを吐き出し続けられるのならそれは無理だ。宿屋の自分の部屋がスライムまみれになってしまうし、下手をすると街の中に撒き散らすことになってしまう。さすがにスライムが子供でも倒せるとはいえ、それは駄目過ぎる。
スライムポットのサイズが小さいのなら、スライム達同様時間を停止させているポケットの亜空間内に入れておけば良い。時間が停止しているから、スライムを吐き出すことは出来なくなるはずだ。
が、いかんせんスライムポットの本体は味噌壷サイズ。ズボンのポケットや銅貨等を入れている革袋には入口が狭くて入り切らない。
ここは諦めてスライムポットを倒すべきかもしれない。
「壊すしかないのか。・・・もったいないがしかたがないか。・・・うん?」
星夜が、スライムポットを倒す方向に意識が行っていると口にすると、スライムポットからスライムが吐き出されるのが止まった。
「ひょっとして、俺の言葉を理解している。・・・みたいだな」
星夜がスライムポットをじっと見つめながら声をかけると、スライムポットが一度震えた。
どうやらスライムポットは星夜の言葉を理解しているようだ。
「それなら話は簡単だ。スライムポット、俺と取引しないか?」
星夜がそう提案すると、スライムポットが再び震えた。スライムポットの知能がどれくらいかはわからないが、おそらく星夜の提案に困惑しているのだろう。
「困惑しているのか?なに、簡単な取引だ。俺が用があるのはお前じゃなくて、お前が生み出すスライムの方なんだ。だから、お前が俺の指定した時にスライムを吐き出してくれないかということだ。その代わり、俺はお前を傷つけないし、むしろスライムを出してもらう為に守ってやる。俺はスライムを、お前は安全を得るってわけだ。どうだ、この取引を呑まないか?イエスなら一回さっきみたいに震えろ。ノーならそのままじっとしていろ」
スライムポットは、星夜の言葉に震えた。
「そうか、なら取引成立だ。今日からよろしくな」
スライムポットはまた震えて星夜に答えた。
星夜は気がついていないが、今の取引は完全な脅迫だ。たしかに取引の内容は両者に利益があった。が、スライムポットが取引に応じなければ、星夜はスライムポットを砕いていたはずだ。移動能力も戦闘能力も持っていない上、星夜に抱き抱えられているスライムポットには、拒否権なんて最初からなかったのだ。
スライムポットは、生き残る為にはただ頷くしかなかった。
まあ、それはあくまで客観的に見たらな話だが。スライムポットがどこまで理解して取引に応じたのかは、スライムポットしかわからないことだ。
「これでスライムの供給源は確保出来た。ポーションの材料を集める手間が一つ減ったな。そうだ!せっかくだから実験とサービスを先払いでしておこう!」
スライムポットとの取引が成立して機嫌のすこぶるよい星夜は、スライムポットに何かをするのを決めたようだ。
その星夜の言葉に、スライムポットはたった一度震えるだけだった。




