強襲×迎撃①
周りの騒がしい音にアレスが眼を覚まし、寝ぼけた調子で眼をこする。
「ん。なんだ?」
トダトダと走り回る音や、何か巨大な物が崩れる音や人々の悲鳴が絶え間なく響いてくる。
さすがに異常を感じたアレスは飛び起き支度をすると部屋を出て、レナードの部屋へと向かうと丁度レナードが部屋から出てくる所だった。
「何が起きてるんですかね!?」
「どうやら幼竜の親が攻めて来たらしい!狙いは恐らく私達だろう。外に出て応戦するぞ!」
「了解!」
そう言うと二人は宿屋を飛び出し城門へと通じる一本道へ出る。
すると至る所で火が上がり石造りの建物が倒壊していた。
「深夜帯の時間を狙われたのは痛手だったな。見張り櫓のバリスタや大砲がやられている。間違い無く親は数十年前の生き残りだろう。狙いが的確過ぎる」
まだ視界の端に黒い点程しかない煉獄龍が城壁の外周を飛びながら見張り櫓を火球で破壊している。見るとその個体よりも数段小さい点が地面に降り立ち建物を破壊しているようだった。
「やはり幼竜も複数いるようだ。仕方あるまい二手に分かれよう。アレス、君は幼竜を頼む。私は冒険者を集め成竜を狙う。幼竜を倒せるか撃退後合流してくれ」
「分かりました!レナードさんも気をつけて」
言うや否や二手に分かれるアレス達。外周を飛び回っている煉獄龍とは別に建物を破壊している幼竜へと一本道をアレスは疾走する。
向かっている最中、逃げまどう人々の波とすれ違う。どうやらイシュガル唯一の出入り口である城門付近で幼竜が暴れているため、真反対の貴族たちの住む裕福層へと向かっているらしかった。
そんな中、城門へと急ぐアレスが幼竜の方へ眼を向けると冒険者や滅龍騎士団達が応戦しているようだった。
だが、一応に幼竜の堅い甲殻に覆われた皮膚にダメージを与えられていないようで、逆に複数の幼竜達による連携攻撃に押されていた。
「不味いな・・・」
毒づくアレスがようやく辿り着いた時には、半数以上の人間が負傷していた。
「おい!大丈夫か!」
「ああ、大半がやられたが動けない程ではない!」
「そっか、分かったじゃあ・・・」
アレスは怪我の浅い冒険者達に重傷者の搬送と城への応援を頼む旨を伝えると幼竜へと向かう。
「さあて、数日振りだな竜野郎・・・」
ペルクナスを抜き放ち両手で構え相手との距離を確認する。
「エネミーサーチ」
先日の戦闘にて貯まったスキルポイントを使用して覚えた敵の情報を把握するスキル『エネミーサーチ』をアレスは唱える。するとAR表示で煉獄龍に重なるように表示されている煉獄龍・幼竜の下にHPとレベルが表示される。
「レベル・・・27か。まだ戦えないレベルじゃないな問題は・・・」
アレスの頭の中で初日に引きちぎられた足の痛みや恐怖がフィードバックされる。思わず体が竦み、手に力が入らなくなる。
「ち、やっぱ克服されてねえ。クソッ!」
(戦い方やスキルは十分だ。後は心構えだけだってのに)
「なんだ嬢ちゃん!ビビってんならお家へ帰りな!」
冒険者ギルドで見た重厚な鎧を身に付けた男がアレスを後方へと突き飛ばし幼竜へと向かって行く。
「おうらあ!」
男が大剣を振りかぶりガツンとはじかれるも幼竜の甲殻へ少しであるが傷が入る。
「ち、ならコイツはどうだ!」
大剣を砲丸投げのように勢いをつけながら下段から上段へと切りつける。甲殻に覆われていない鱗で覆われた皮膚を切り裂き血が噴き出る。
「おっしゃ!野郎どもたたみ掛けろ!」
「「「おう!」」」
幼竜が怯んだ隙に他の冒険者たちが殺到し傷口を広げるように攻撃を続ける。
男の指示で流れるようにヒットアンドウェイを繰り返しやがて一体の幼竜のHPが0になり、力尽きる。
「おし!次だ!」
「「「おお!」」」
冒険者たちは幼竜が死んだ事を念入りに確認すると離れて連携している二匹の幼竜に向かって行った。
尻もちをついた状態で状況を見つめていたアレスは、戦場の中に居るという立場を忘れて傍観していた。
(皆どうして恐れずに戦える?相手は竜だぞ?痛みだって洒落にならないし、どうして・・・)
次々と幼竜に殺到する冒険者達。たまたますぐ近くを通った冒険者に声をかける。見るとその冒険者は青年でアレスと歳格好も似ており、眼には怯えが見て取れた。
「なあ、君!。どうして君は戦えるんだ?怖くはないのか?」
すると青年は立ち止り、震える右手を左手で抑えつけながら辛そうに呟いた。
「怖いさ。怖くないわけなじゃないか!俺の祖父さん祖母さんは数十年前に煉獄龍の襲撃で殺されたんだ。両親からあいつらの恐怖については嫌ってほど聞かされてる。でもな!俺達がやらなきゃ誰があいつらと戦うっていうんだ。それに人を助けるのに理由なんて必要ないだろう?」
そう言うと青年は他の冒険者と同じく幼竜へと向かって行った。
「人を助ける・・・か。この世界に住んでる人たちにとっては大切な家族なんだもんな。俺も心のどこかで所詮NPCじゃないか。・・・なんて考えていた部分がまだあったのかもしれないな・・・これじゃ何のためにスカウトされたんだか分からないな」
苦笑しその場から立ち上がるアレス。その眼には先程までとは違い強い光が宿っていた。
「生死を度外視する決心が固まれば、目前の勢いをとらえることができる。難局に必要なことは決心だけ・・・か。まあ、死ぬつもりは毛頭ないけどな。ん?」
そうつぶやくとアレスはAR表示されているメニューに新着マークがある事に気付いた。
「なんだ・・・?新しいスキル?いや、これは・・・」
「あの野郎・・・」とアレスの口元が緩み思わず笑みがこぼれる。しかし早く幼竜を片づけなければいけないと思いなおし、早速スキルにポイントを割り振りアンロックする。するとアレスは体に雷を纏い姿を消した。
「クソッ!連携とられるだけでこんなに厄介な相手とはな」
憎々しげに二匹の幼竜を見つめるこの男。先程アレスを突き飛ばし、幼竜に一撃を入れた男で名をノートンという。
ノートンは様々な鉱石を使用し作られた武骨でいて丈夫な作りの大剣「ゴーレムブレイド」を巧みに操り幼竜にダメージを与えようとするも片方の幼竜を攻撃すればもう片方の幼竜がそれを阻む。といった攻防が絶え間なく続いていた。
他の冒険者達に指示し、二匹を分断しようにも巧みに動かれ上手くバラけさせれずにいた。
「なんとか引き離せれば!」
そう言うと苦悶の表情を浮かべるノートンに先程アレスが話しかけた青年が追いつき「加勢します!」とノートンの隣に並び片手剣を構える。
「お前、エミルじゃねえか。分かった。だが、無茶はするんじゃねえぞ。」
「はい!」
エミルが片手剣と丸みを帯びた盾「スモールシールド」を叩き金属音を響かせ、「こっちだ!」と幼竜を挑発する。
挑発に乗った幼竜の一匹がエミルに向かって突進してくる。それをギリギリのタイミングで横にダイブし回避する。そのタイミングに合わせノートンが幼竜の横っ腹に大剣を構え突撃する。十分な距離と速度をつけた突進は幼竜の甲殻が無い皮の部分に命中し大剣が深く突き刺さり血が噴き出す。
「よし!ぶっ殺せ!」
大剣を突き刺しままノートンはエミル達冒険者へ指示を飛ばし己も大剣を引き抜き離脱を試みる。
「なんだ!抜けねえ!コイツ、筋肉を収縮させて抜けないようにしてやがるのか!」
一撃を受けた幼竜もただでやられているわけではなかった。自らの筋肉に力を入れ、大剣が抜けないようにしノートンをその場に引きとめる。
そうして生まれた僅かな隙の合間に片割れの幼竜が接近しノートンを弾き飛ばす。
幼竜と言っても全長10M近い体を持つ幼竜の突進を受け、ノートンは鎧越しにかなりのダメージを受ける。骨が軋み、全身にダンプに衝突されたような衝撃が走る。
「がはっ!」
「ノートンさん!!」
転がり身動きの取れないノートンをエミルを含めた冒険者達が助けようと試みるも攻撃を受けていない方の幼竜が咆哮を上げながらエミル達をけん制し中々助けに入れない。
そうこうしているうちに傷を負った幼竜がノートンに怒りの眼を向け火炎弾を放とうとするが、横に突き刺さったままの大剣の痛みで上手く火炎弾を放てずにいた。
火炎弾を吐くのを諦めた幼竜は傷ついた体を奮い立たせ、ノートンに向かって突進する。
「く、そがあ!」
なんとか仰向けになったノートンが突進してくる幼竜を見据えるも回避は不可能であり、そのまま突進され体が粉々に粉砕されるのを眼を閉じて待った。
「・・・ん?」
いつまで経っても訪れない衝撃に恐る恐る眼を開けると、目の前に先程ノートンが突き飛ばした少女が刀を構えて立っていた。
「なんとか間に合いましたかね?」
そう言った少女・・・もといアレスは雷を纏う身体強化スキル【瞬雷】を使用しペルクナスで幼竜の突進を受け止めようとした。そこに幼竜が危険を察知し突進をキャンセルし翼を羽ばたかせ後ろへ下がったという状況だった。
「ハアッ!」
アレスが残像を残し幼竜へと駆ける。下段から上段へと切り上げを行い、幼竜の右前足を切り取る。
体から離れた右足が宙を舞い、切断面からおびただしい量の血が噴き出、幼竜がバランスを崩し倒れる。
「次!」
切り上げた状態の刃先を変更し幼竜の首へと狙いを定める。スキル【斬首】によって補正されたペルクナスが吸い込まれるように幼竜の首へと近づき、その首を体から離れさせる。
ドサッという音と共に幼竜の首が落ち、残ったもう片方の幼竜が雄たけびを上げながらアレスに向かう。
アレスはその動きを良く観察し寸での所で回避し尻尾を切りつける。まるでバターでも切っているかのように尻尾は難なく切断され、幼竜が悲鳴を上げる。
「これで終わりだ!」
バックステップし距離を取ったアレスがペルクナスを一旦鞘にしまうと同時に眼にも止まらぬ速さで抜刀する。
すると鞘から放たれたペルクナスの刃から雷の斬撃が発生し、宙を舞うと幼竜に命中し放電を繰り返しながら幼竜が絶命した。
「ふう」と息を吐きながらペルクナスを鞘に収め、残心を残しながら姿勢を正す。
後ろを振り返ると先程の冒険者達がノートンへと駆け寄り回復効果のある薬を飲ませていた。
ノートンへエネミーサーチのスキルを使いHPが瀕死の重傷を抜けた事を確認したアレスは未だに激しい攻防が続いている成竜の方角を睨む。
「さて、早くレナードさんと合流しないと」
幼竜の亡骸に背を向け成竜と戦っているレナードに合流しようと走り出しそうとする。すると後ろから声が掛った。
「おい、嬢ちゃん!ゴホッガハッ!」
「ノートンさん!まだ無茶はしちゃいけませんよ!」
剣を杖代わりによろよろと立ちあがろうとするノートンをエミルら冒険者たちが横から支える。
「さっきは助かった。ビビってるなんて言って悪かったな」
「いえ、ビビってたのは本当ですし、そこの青年が大事なことを思い出させてくれなければ動けませんでしたよ」
アレスがエミルへ眼を向けると「僕ですか?」と首を傾げている。
「人を助けるのに理由なんていらないんだろ?」
そう言うと顔を赤くするエミルとニヤッと笑みを浮かべるノートン。それを見届けると「ではっ」と纏っていた雷をさらに放電させながらアレスは轟音と共に姿を消した。
煉獄龍・成竜と対峙しているレナード含め歴戦の冒険者達に合流しようと疾走するアレス。
先程から使用している身体能力強化スキル【瞬雷】により普段の数倍に強化されたステータスを活かし移動する。が、発動時に莫大なMPが消費されている。
さらに先程使用したスキル、一定確率で相手を即死させる効果を持つ【斬首】。雷の刃を飛ばし、スタン効果や雷の継続ダメージを与える【飛翔雷閃】を使用した事によってアレスのMPはガス欠寸前だった。
何故ならそれらのスキルは、現在のアレスのレベルでは不釣り合いな程消費MPが大きかったからだ。それもそのはずで先ほどから使用しているスキルは本来AWOのものでは無かった。大学生時代、鏑木とパーティを組んで冒険していた輝かしい日々。サイバーテクノロジーが開発し今は無きAWOの基盤ともなったVRMMOゲーム【摩天楼】、そこで使用されていた久世のアバターが使用していたスキルであった。鏑木が久世を迎えるにあたって密かに手を加えた久世専用の拡張機能の一つである。
さらに、サバイバルサイドで使用していたアイテムにはロックが未だかかったままであり、こちらに来てから手に入れたのは倒したモンスターからのドロップアイテム位のもので、回復アイテム等は所持していなかったのも要因の一つである。
「MPの回復が見込めない限りスキルや魔法は使えないな。召喚だってスキルポイントが足らなくて強化出来てないし」
召喚スキルは本来サバイバルサイド限定の離れ業である。過去、未来、現在からNPCを召喚出来る強力スキルである為、成長させるのに非常に多くのスキルポイントを使用する。召喚を行える条件は、召喚対象のNPCカードを所持している。NCPを呼び出すのに必要なMPを有している。NPCが召喚承認をする等がある。
アレスがジャンヌを最初に召喚出来なかったのはライフサイド側にログインした際に全てのスキルがリセットされ、初期スキルである【イグニート・ソード】しか使用出来なかったためである。
そして幼竜戦では、開かれた本から召喚に関する基本情報を読み取ったと同時に自動アンロックされた召喚スキルを使用しジャンヌが召喚された。という訳である。
現在のアレスは魔法剣士として剣のスキルにより多くのスキルポイントを振り分けているため召喚スキルにはさほど振り分けをしていなかった。
振り分けをしていない現状では人一人それも数十秒しか召喚は持たなかったのである。
当然召喚スキルにも種類があり、召喚時間を延ばすもの。召喚する人数を増やすもの。召喚したNPCのステータスを上げるもの等様々なスキルが存在する。
今現在は全てスキルレベル1の状態であり、うかつにスキルを使用して他人に召喚を見られなくないアレスはスキルレベルを上げていなかった。
「こんなことならスキルレベル上げておけば良かったな・・・」
毒づきながらも残り少ないMPを使いつつ疾走する。現在アレスがいるイシュガルの入り口付近とレナードがいる成竜の場所は離れており駆けつけるのにスキルを使用しても時間が掛っていた。
「間に合ってくれよ!!」
AR表記されている自身のステータスを横目で見つつ、疾走するアレスが向かう戦場には成竜が轟かせる大音量の咆哮が響いていた。