初陣
イシュガルを出たアレスとレナードはフォレストガーデンへと続く街道を歩いていた。
アレスの戦闘能力の確認と、街道のモンスターを倒しレベルを上げ、来る煉獄龍との戦いに備える為である。
「街道に出てくる魔物は基本的に獣の形を取った者が多いが中には盗賊等の人も現れる。最近ではフォレストガーデンに生息していた木に似ている魔物なんかも出没するからな、注意するように」
移動中、レナードがアレスに街道に出てくるモンスターについての説明を行っていた。
「中でも、木の魔物、トレントの攻撃には麻痺毒が使われている。その為、攻撃を受けないように注意する必要が・・・・・・おっと、早速現れたようだな」
レナードが街道から少し離れた林の中を睨む。すると間をおかず、一匹のモンスターが飛び出してきた。
狼のような頭を持ち体には革製の鎧、手にはサーベルを持った二足歩行のモンスター。コボルトの上位種であるウォーウルフだった。
ウォーウルフは狼特有の雄たけびを上げながら、サーベルを上段に構えアレスに突撃してくる。
アレスは腰のペルクナスを抜き放ち応戦する。刃同士がぶつかり合い、火花が飛び散る。
つばぜり合いの状態から抜け出そうとアレスが足に力を入れ、刀を押し出す。
すると、ペルクナスはサーベルの刃を切断しそのままウォーウルフの顔に一撃入れようと迫る。
「なんという切れ味だ!」
レナードがペルクナスの切れ味に驚く間にも、ウォーウルフは顔を逸らし紙一重でその一撃を回避し大きく飛びずさる。
飛びずさったウォーウルフは雄たけびを上げながら両手の爪を展開させ、アレスに再度迫る。
それを見たアレスはペルクナスを鞘にしまうと身をかがめ、左手を鞘に添え、腰を捻る。居合・・・立合の構えを取る。
その間にも距離を詰めたウォーウルフがその強靭な足で跳躍し左手を振りかぶる。
その様子を見たアレスは動揺する事無く、落ち着いた様子でウォーウルフが自身の攻撃範囲に入るのを待つ。
そしてウォーウルフがその攻撃範囲に入った瞬間。
「シィッ!」
高速で抜き放たれたペルクナスの刃がウォーウルフに迫る。鞘走りにより加速されたペルクナスをウォーウルフは回避することが出来ず、その腕と首が吹き飛ぶ。
こと切れたウォーウルフをアレスは見つめ、ふうと息を吐き出した後ペルクナスを鞘に納める。
アレスが使用したのは刀スキルの一つである【居合】という。決められた動きをキーとして発動させるスキルで有効範囲内に接近してきた敵を自動迎撃するスキルである。
「見事!その流れるような動作。いったいどこで学んだのだ?」
レナードがアレスを賞賛しながら近づいてくる。アレスはレナードに向き直ると手を上げる。
「ええと・・・(まさかAWOの前作で学びましたなんて言えない・・・)」
アレスが言い及んでいると、レナードが「ああ」とふと思い出したように。
「む、口止めされているのなら言わなくともいいぞ。流派が知れるとその人物がどうであれ狙われる流派もあると聞く」
「えっ、ああ、そういう流派では・・・まあいっかそんな感じです。ハイ」
勝手に勘違いしたレナードに悪いと思いつつも、その設定を流用させてもらうことにしたアレスにレナードはやさしい声で話しかけてきた。
「どうだ体の方は?」
「えっ、あれ、震えが・・・」
レナードに言われてアレスが自分の状態を確認すると体が震え立てなくなっていた。
戦闘時は落ち着いていたが、コボルトや煉獄龍の時とは違う、一対一での生命のやり取りをしたアレスは知らないうちに戦闘による緊張が爆発寸前まで貯まっており、戦闘が終わった今それが爆発し全身の発汗作用が促進させ汗が噴き出、全身を震えさせていた。
(落ち着け、落ち着け!俺。戦いは終わったんだ。もう大丈夫だ。やれたじゃないか)
空気を深く吸い込んで吐き出す。何度も繰り返していくうちに少しずつ震えが治まる。
だが、脳裏に浮かぶ不安と焦燥を打ち消すことは出来ない。これじゃダメだ。そう思った時だった。
背後より男の声が聞こえた。
「初めての・・・・・・初陣だったのであろう?無理もない。いや、初陣でそこまで戦えた己を誇りに思え、もう大丈夫だ」
そう言いレナードはアレスを抱きしめる。
すると、アレスの震えは次第に収まってきた。
「すみません。もう大丈夫です」
(・・・ってか野郎に抱きしめられて安心する俺って・・・)
急に安心したアレスはふいにそんな事を思いレナードを振りほどく。
「む、そうか・・・ではもう大丈夫だな。では、次の獲物を見つけに行くとするか」
その後、数十体のモンスターを倒しレベルが20になった所で本日の狩りは終了となった。
モンスターとの戦闘にも慣れ、レベルアップによる補正の付いたアレスは先ほどとは比べ物にもならないほど成長していた。
本来、サバイバルサイドでのアレスは遠距離から味方の補助の徹する付与術師そしてロングソードや刀等の長剣を用いた近距離戦闘を行う剣士を職業として使用していた。
そして職業のレベルが一定数に達すると上位職がアンロックされる。アレスが現在なっている魔法剣士は付与術師と剣士の複合職だった。
AWOでは武器を変更しただけで容易に職業を変える事が出来る為、多種多様な職業が存在する。
しかしその代償として職業を変えるとレベルは1からとなる。当然、また同じ職業に就けばレベルは元に戻ることは可能だ。レベルを上げた際に獲得するスキルポイントを使用しスキルを覚え、レベル10毎に手に入るボーナスポイントを振り分けることで、STR《筋力》等のパラメーターをレベルアップ時以外にも鍛えることでキャラを成長させる。
また、特定のモンスターを倒すとそのモンスターの稀少性やレベルに応じて特別なスキルポイントが手に入ったりする。このスキルポイントはスキルだけでなく、ステータスに反映できるのである。スキルは使用すればするほどレベルが上がり使用回数や威力等が上がる。
よって一概に職業レベルの高い者=強者という理屈は通用せず、スキルの種類とスキルレベルの高い者が職業レベルが高い者に劣るというわけではない。
さらに、生産系の職業も当然存在するが、それとは別にアイテムクリエイションと呼ばれる別種の生産方法がある。
これは生産系の職業で作成出来る物は、予め運営側によって用意されたレシピを用い、素材を集めアイテムを作成するというものである。
しかしアイテムクリエイションではゲーム中に手に入る生産結晶と呼ばれるアイテムを入手し、それを触媒にオリジナルの武具やアイテムを生み出すことが出来るのである。
生み出すにはそれを造るのに必要な素材を自身で考え、その出来あがる物に対するイメージを3Dマップで作成する必要があるため、かなりの技術が要求される為、中々手を出す者はいなかった。
アレスのレベルが低いのは元々NPC達に戦闘を任せドロップしたアイテムでアイテクリエイションをしたりNPC達と会話する事が主目的だった事が挙げられる。
話を戻すが、アレスのステータスはそうした生産系で培ったボーナスポイントを戦闘職に振り分けたり他のVRゲームで習得した技術があったため、レベルが低いうちからそこそこ戦えるようになっていた。
そこに先程の実戦を潜りぬけた精神が合わさり立派な戦士に成長したのだ。
戦闘を終え、イシュガルの宿屋に戻ったアレス達は荷物を置き、夕食を取る。
が、レナードの姿はそこには無かった。
夕食をそこそこに切り上げアレスがレナードを探すが見当たらない。うろうろと探し回っていると宿屋の2階にあるバルコニーにてレナードの姿を見つけた。
「こんな所にいたんですか。探しましたよ」
アレスの言葉にレナードが振り返る。
「ああ、済まないな。心配をかけたようだな・・・」
いつもの元気が感じられずアレスは心配そうな目でレナードを見つめる。
「どうしたんですか?戻ってきてから元気が無いような・・・」
「いやな、アレスの戦闘を見ていて昔を思い出してな・・・」
「昔・・・ですか?」
「ああ、数年前まで私も戦闘等したこともない軟弱な人間だったんだがな。だが、ある国で襲撃が起きてな、私も実はそこそこ有名な王族だったのだぞ?」
「王族・・・ですか・・・」
「まあ信じられないだろうがな・・・。この鎧も宝物庫に厳重に保管されていたのを私が運び出したのだ」
そう言い、レナードは自身の鎧を軽くたたく。
「まだ16、7だった私は攻めて来た軍勢に恐れをなし、父によって城の隠し扉の中にある宝物庫内に押し入れられてな。君以上に震えていたこともあった」
その時の事を思い出したのか、レナードの拳がギュッと握りしめられていた。
「闇夜に紛れて進行してきた軍勢に私達はなすすべもなく蹂躙されていった。あの時ほど私に力が無い事を悔やんだには無かった。私は同じく隠し扉に守られていた宝物庫からこの鎧を運び出し装備した。両親から散々呪いについて忠告を受けていたのにもかかわらず・・・な」
「呪い・・・ですか」
「ああ、鎧を身に付けた私は殺された父や変わり果てた街の様子を見て、憎しみに支配され我を失った。気がついたときには全身血まみれとなり、襲ってきた賊の大半は肉塊となっていた。狂乱した私がしたことだと生き残っていた賊を見て悟ったよ。そして自分のしたことに恐れ、嫌悪し鎧を脱ぎ去ろうとしたが駄目だった」
深くため息を吐きレナードは会話を続ける。
「一度この鎧を身に纏った者は憎しみに支配され、死ぬまで戦い続けるという。私が我に返ったことは全くの偶然だったようだ。他にもこの鎧を装備した代償は大きかった。
まず、食欲や性欲が無くなり排泄をする必要も無くなった。睡眠を取るとこは出来るが悪夢にうなされることが大半だな。正直、鎧が取れた後の己の姿なぞ想像したくない・・・」
「まあ副次的な効果として筋力の増加や経験値の入りが良くなったな・・・おかげ様で数年でこのようなレベルにまで高まっている」
「・・・・・・」
アレスは静かにレナードの言葉を聞きいっていた。
「そんな自分に嫌気がさし憔悴しきっていた私を救ってくれたのがガゼル殿だ」
「ギルドマスターの?」
「ああ、そうだ。『何、下向いてやがんだ!お前の人生はこっからだろ!呪いだがなんだか知らねえがそんなちっぽけなモンに負けてんじゃねえ!俺がテメェに人生の歩み方ってモンを教えてやる』といってな」
レナードがふふっと笑いながら語る。
「まあそれからギルドに所属しガゼル殿と各地を転々とする生活が続き、2年ほど前に独り立ちしてな。色々あったが現在に至る・・・というわけさ」
「そう・・・だったんですか・・・」
レナードの過去を聞きアレスはなんと声を掛けてあげた方が良いかわからなかった。平和な時代に生まれ、今まで過ごしてきたアレスにとってその体験は想像しがたいものでしかなかった。
だが、知り合って間もない自分にそんな重要な事を話してくれたレナードに何か声をかけてあげたい・・・そう思い必死に言葉を紡ぎだす。
「どう・・して、どうしてその話を俺に・・・?」
「さて・・・な、君になら話してもよいと思ったのだ。数日しか共にしていないというのにな・・・不思議なものだ。くだらない話に付き合わせてしまってすまなかったな。もう夜も遅い。寝るとしようか」
そう言うと、レナードは自分の部屋へと戻って行こうとする。そんなレナードにアレスは考えがまとまらないながらも必死に言葉を紡ぎだす。
「レナードさん!」
「俺には難しい事はよく分からないし、正直レナードさんの味わった苦しみだって理解出来てない。過去にあった忘れたい忌まわしい話だったかもしれない。でもレナードさんは話してくれた。人って、不幸や嫌な出来ごとの話をする時って、本当に嫌な出来事だけだと話したりしないと思うんですよ。必ずいい事が少なからずあったと思うんです。だって、本当に惨めさなんかしか無かったら本人は話したりしないだろうから」
「・・・・・・・・」
「だってそのおかげでガゼルさんにも出会って、人生・・・開けたんでしょう?俺だってそんなことが無ければレナードさんに出会えなかったかもしれない。必ずしも不幸だけがあったなんて思わないでほしいんです。もし何もかも失ったと感じても未来はあるんだって。なんか・・・、上手く言えなくて済みません」
「いや、こちらこそ済まない。気を・・・使わせてしまったようだな。有難う。そしてこの剣に誓おう。もう大丈夫だ。私には身近にこんな頼もしい味方が2人もいるのだからな」
レナードは先ほどとは違い、ヘルムの下に隠れて表情は読み取れないが、おそらく笑顔なのだろう、暖かい笑い声だった。
翌日、何も無かったかのように朝食を済ませ、ギルドへと経過を確認しに行くことになったアレス達はギルドの前へとたどり着いていた。
中に入ると、前回来た時とは違い、ピリピリとした空気が張り巡らされており、全体的に殺気だった雰囲気となっていた。
「皆ピリピリしてますね・・・」
「ああ、私達がここを出た後、煉獄龍の知らせをガゼル殿が大々的に通達したらしいな。昨日まではいなかった屈強そうな連中が増えている」
言われてアレスが周囲を見渡すと、歴戦の戦いを繰り広げてきたような顔に大きな傷のある男や、身の丈程の大剣を背負った男等、恐らく猛者であろう者達が談笑していた。
しばらく周囲を観察していると奥のカーテンからガゼルが姿を現した。
「おう!皆集まってくれたようだな!感謝するぜ。今回の煉獄龍討伐を依頼したギルドマスターのガゼルだ」
ガゼルの姿を見た一同が静まり返りガゼルに熱い視線を送っている。
「ねえ、ガゼルさんってもしかして有名人?」
小声でアレスがレナードに話しかける。
「ああ、昔今は亡き国家の騎士団長を務めていたことがあるんだ。それに数十年前にあった煉獄龍討伐にも参戦していたらしいからな」
「マジっすか!」
アレスがレナードの言葉に素の声をあげてしまい、周囲から白い目で見られている間にもガゼルの話は終わりを迎えようとしていた。
「____以上で話を終るが、各自、明日は決戦となるだろう。ゆっくりと体を休めてくれ」
「「「おおう!!!」」」
ガゼルの話が終わり、ぞろぞろとギルドを後にする冒険者達の流れに逆らってアレス達はガゼルに話をするため近づく。
アレス達に気付いていたガゼルがギルドの受付嬢に目配せし、奥へと引っ込んでいった。
すると受付嬢が「奥でガゼル様がお待ちです」とアレス達を案内した。
「一日しか経ってねえのに随分といい顔になったじゃねえか?」
4階のギルドマスター室兼応接室に到着しソファーに座ったアレス達に開口一番、ガゼルがアレスに向かって話しかけてきた。
「そうですか?まあ、ちょーと、情けない姿をレナードさんに見せてしまいましたけどね」
頭をぼりぼりと掻きながらアレスは昨日の事を思い出す。
「情けねえ姿ねえ・・・。んで昔のしみったれた自分でも思い出してたんかレナード?」
ガゼルが腕を組んだ状態から身を乗り出しニヤニヤとレナードを見つめる。
「ふう、ガゼル殿に隠し事はできませんね。昨夜アレス殿と話してもう落ち着いてますよ」
「そのようだな。頼むぜ?お前さん達には期待してるんだからな。それにアレはお前さんに責任はないんだからよ?」
「分かってます。もう大丈夫です」
ガゼルとレナードの話の意味ありげな会話をアレスは黙って聞いていた。
そして明日の決戦に対する打ち合わせを終え二人はギルドを後にしようとするとアレスがガゼルに呼び止められる。
「おう、その、まあ、なんだ。アイツから昔の話しを聞いたんだよな?」
いつもと違い言い淀んだ調子のガゼルにアレスは何事もなかったかのように話す。
「ええ、それが何か?」
「いや、な。昔ほどじゃねえが今日あったアイツの瞳に力を感じられてよう。昔から俺はアイツの親代わりだと思っててな。その、感謝してるぜ。久しぶりにいいモン見せてもらった」
「いえいえ、俺は何もしてませんよ」
「いや、それでも・・・だ。それと、絶対アイツを悲しませるような真似はするなよ。折角出来た友人をまた失わせる訳にはいかねえからな」
「分かってます。俺にとってもレナードさんはいい友人ですからね」
その後、暫くガゼルと雑談したアレスはギルドを出て、レナードと合流する。
「明日は大規模作戦が開始される。今夜は早めに休むとしよう」
宿屋へと向かう道中、レナードがアレスに話しかけてきた。
「そうですね。後、レナードさん」
「む、なんだ?」
足を止め二人は向かい合い、アレスはレナードを見つめ。
「明日は頑張りましょう!」
「ああ!背中は任せる!」
お互いに腕を交わし合い、生き残ることを約束するのであった。
うっそうとトレント等の植物モンスターがひしめく森林の中に広がる草原。
そこに一匹の黒く堅い甲殻に身を包んだ巨大な龍が佇んでいた。龍の目線の先には先日、別サーバーから召喚された少女に首を落とされた幼竜の骸があった。
「______________オォォォォオォォォォォオオオオンンン!!」
周囲に響き渡る大音量の咆哮に、周囲に潜んでいた小物のモンスターが一斉にその場から逃げ出す。
再度、辺りに静寂が訪れた時、龍の眼には轟々と怒りの炎が灯っていた。
龍はその恐るべき嗅覚で周辺の臭いを嗅ぎとると、その巨躯に似合う大きな翼を展開し空を舞う。そして遥か先、北を進路にゆっくりとだが確実にその翼を羽ばたかせ移動を開始した。
その巨躯より小さな影を数匹引き連れて。