ヘクセンナハト⑨
お、お待たせしてorz
「ふぅ・・・・・・」
暗い通路に一人佇み小さく息を吐く少女の姿があった。
この世界に来てから色んな出来事があった。そうアストリット___久世は思い返していた。
現実世界では決して味わうことの出来ない他愛もない学生生活。時には刺激に満ちたアクシデントも多々あったがそれも良い思い出だ。
荒廃した現実世界を捨て仮想世界にいつまでも入り浸っていたい。そう思うようになったのはいつ頃からだろうか。
惑星名:エグランデリア。
この惑星に来た当初は慣れない女性としての対応を求められ、現実では接する機会の少なかったうら若き乙女たちと四六時中一緒にいるという状況に様々な思いに駆られ四苦八苦したものだったが、それも今日までだ。
本日はヘクセンナハト開催2日目。
対戦するのはアストリット・フォン・ハーデンベルグこと、久世命。
そしてこの惑星に来た理由であり、エグランテリアを、ひいてはエターナルプラネット全体をも脅威に曝しているウイルスを宿す少年がいるチームである一年生代表だ。
二年生代表と戦うまでもなく、この世界に来た目的を果たすことになる。
無事に彼の中にあるウイルスを駆除し終えたら即この惑星を退去するのだろうか?
そうなれば二年生代表であるヴェロニカやシャルロットはは怒るのだろうか。過ごした時間は短かったが彼女たちとは実に濃い時間を過ごしたように思える。
他にも同じ寮生であり、友人の秋月紫苑や可愛い後輩、同級生たちにも同様の思いをさせてしまうかもしれない。
せっかく知り合えたのだ。せめてこのヘクセンナハトが終わるまでは同じ時を過ごしていたい。
そんな風に久世が感傷に浸っていると通路の先から割れるような歓声が響いてきた。
「そろそろか」
恐らく一年生たちが会場へと足を踏み入れたのだろう。
残すは自分の名前が呼ばれた後に会場へと姿を現わせば試合が、ヘクセンナハトが開始される。
「行くか」
そう呟いて久世は___アストリットは静かに通路を歩きだした。
会場全体が震えていた。
観客席にいる人々だけではない。見えないが周囲に漂っている精霊までもが声なき声を上げ、大地に干渉しているのだ。
何故そのような現象が起こっているのか?答えは簡単だ。
人を、精霊をも魅了する絶対的カリスマを持った人物が姿を露わしたからだ。
アストリット・フォン・ハーデンベルグ。
天津乙女女学院に中途編入してきた天津乙女女学院史上類を見ない程の美貌と魔法の才を持った少女。
腰の辺りまで伸びた艶やかな黒髪を纏め、横に流しているサイドポニーテールが演舞場に設けられたバトルスペースの中心部へと歩を進める度に揺れている。
見ていると吸い込まれそうな黒曜石のような色をした瞳から視線を顔全体へと向ければその美貌に思わずため息を吐いてしまう。
凛とした表情はこの試合に対する気合の表れなのだろう。その表情には一点の曇りもなく、見据える先には彼女より年下の女生徒と審判役の天津乙女女学生の教師であるカトレアが立っている。
カトレアと一緒にいる女生徒たちこそ一年生代表チームである。
緊張した面持ちではあるが、どこか敵意を感じる視線をアストリットへと向けている淡いピンク色の長髪をサイドポニーテールにしているカルメン・シルヴァ。いつもと変わらず目元辺りまで前髪を下げている為にいまいち表情を読み取ることの出来ないマリー・デルマール。
そしてアストリットを見て恍惚の表情を浮かべている茶髪のふんわりとしたウェーブがかかったショートヘアの二階堂ユウの3人だ。
三者三様の様子でアストリットの入場を見ていたが、演舞場のバトルスペースまでアストリットが来た事によって表情を引き締め始めた。
アストリットが中央へと来た事を確認したカトレアは静かに頷くとルールの再説明を行う。ヘクセンナハトに出場する者たちにとってルールは完全に把握しているものである為、あくまでもただの確認である。
カトレアの説明に同意する一年生たちであったが、アストリットは小さく息を吐いてから口を開いた。
「ルールに異存はありません。ただ提案が一つあります」
「えっ?」
「具体的には肉体ダメージを精神ダメージに変換する結界を解除して、肉体ダメージを有りに変更したいのだけれど?」
「アストリットさん。それは・・・」
思わずカトレアが目を見開き言葉を詰まらせた。
アストリットの提案。それは演舞場に張り巡らされている本来戦闘によって肉体に受けるはずのダメージを0にし、精神ダメージへと変換する結界を解くというものだ。
肉体にダメージが通るようになるということは、身体に少なからず怪我を負うことになる。うら若き淑女たちが集う由緒ある学院でそのような事が許されるはずもない。
アストリットの真意を把握できないカトレアは質問を投げかけた。
「そんな事をすればお互いにどうなるのか理解しているわよね?いったいどうしてそんなこと・・・?」
静かに、照れたように頬を赤くしカリカリと頬を掻きながらアストリットは呟いた。
「・・・一年生の糧となれば良いと思ったんですよ」
「糧?」
想像と違った答えを返されたカトレアは思わず聞き返していた。
「ええ、ヘクセンナハトが終わり、来年を迎えれば3年に一度開かれる学院対抗試合【ワルプルギス】がありますよね?」
「え、ええ」
天津乙女女学院を含む4校で三年に一度開催される、学院対抗試合。
通称、ワルプルギス。
魔法使い達の頂点に立つ存在であるエルダーウィッチ。
その中でも歴史上最強と謳われるソニア・ワルプルギスの名を取って命名されたこの催しは、各学院で行われる学年別対抗試合___ヘクセンナハトに出場した経験のあるメンバーで編成されたチームで戦うチーム戦と、ヘクセンナハトで優勝した者同士で戦う個人戦で行われるのだが、対戦する際、ヘクセンナハトで使用されている結界は用いられないのであった。
理由としては結界はあくまで学生が魔法で怪我をしないように生まれた経緯があり、ワルプルギスではこれから社会に出ていく上で、より実践的な戦闘を体感してもらい将来に備えてもらいたいという思いもあり結界処置を失くしている。
勿論、大怪我を負ったりして身体に傷が残ったり、本人の今後に影響するような精神的ダメージが残ったりしないように最大限の配慮がなされた上で行われているわけではあるが・・・。
そのような理由も把握した上でアストリットは話を続ける。
「そこではヘクセンナハトとは違い、結界による精神ダメージ変換は失われるのはご存じかと思います。まだ見ぬ他校の強敵と相対した時、痛みで、身体の怪我で動けないような事にならないよう、今の内から経験を積ませたいのです」
「それは・・・、でも・・・」
「それだけではありません。私はヘクセンハナトが終了すればこの学院を去ることになります」
「えっ!?」
今度は一年生代表チーム(特にユウ)から驚きの声が上がった。
カトレアにしても演舞場で話を聞いている生徒、職員にしても初耳の話であったらしく、会場がざわつき始めるが、そんな事とはつゆ知らずアストリットは伏せ目がちに続けた。
「ですから、今の内に託せる物は後輩たちに託していきたいのです」
どこか遠い目をしだしたアストリットに若干首を傾げつつも言い分を理解したカトレアは頬に手を当てながら逡巡した後、一年生へと視線を向けた。
「というアストリットさんのお言葉ですが、皆さんはどうしますか?ルール上では対戦者同士の同意があれば結界を失くし戦うことは出来ます。けれど、貴女たちはまだ一年生。アストリットさんとは実力がかけ離れているのはご存じのことだと思います。その上で聞きます。アストリットさんの提案を呑みますか?」
いくら教師である自分が反対したところで最終的に戦うのは生徒たちである。アストリットの言い分に頷ける部分もあり、最悪怪我を負ったとしても光魔法に精通する自分がいるのである。回復はお手の物だ。
それに自分の知らない回復魔法を使うアストリット本人が対戦を行うのであれば以前の模擬戦で紫苑を治した時のようにすぐ様対処出来るだろう。
(まあ、実力差があり過ぎるしアストリットさんも手加減はするでしょう・・・)
そう結論付けたカトレアは最終ジャッチを生徒達に一任した。
対して一年生代表チームはといえば、
「はい!アストリットお姉さまの御心のままにっ!!」
即決即断だった。
「えっ?ちょ、ユウ・・・」
独断専行でイエスマンと化したユウが一人賛成した。
最近のユウは、アストリットの言葉は神の言葉と同義と捉えている節がある為、どこかおかしいと感じているカルメン。
このタイミングでやはりといった様子で飛び出したユウの言動に呆れながら隣のマリーへと視線を向け、
「マリーちゃ___さんはどう思う?」
一瞬ちゃん付けで呼ぼうとしたカルメンだったが、長い前髪で隠された目線から圧力を感じ「さん」付けに一瞬で訂正しマリーへと問いかける。
問いかけられたマリーはというと、俯き加減で会場に表情を悟られないようにしているが、カルメンの位置からははっきりとその表情が窺えた。
(うぅー、笑っているよ・・・)
狂喜に彩られた表情(鼻から下しか見えてない)をしたマリーに、またよからぬ事を企んでいると察したカルメン。
本来であればここで反対意見を出し、穏便に試合を進めるべきだと思う反面、カルメンにも結界無しの戦いをする目的があった。
(本気で戦わなきゃ、伝わらないことだってあるのよね・・・)
俯き答えないマリーに代わり、カルメンも賛同の意を表明すべく「私も構いません」とカトレアに告げると、待ってましたといわんばかりにバッと顔を上げ、
「お、お二人がそう仰るならわ、私も賛成でしゅ!」
と二人に続きアストリットの提案を呑んだマリー。
そんなマリーに気付かれないように後ろで何とも言えない表情で見つめるカルメンは、具体的には何か分からないが、これから確実に起こるであろう出来事に大きく溜め息を吐くのであった。




