ヘクセンナハト⑧
二年生代表チームと一年生代表チームの試合が終わり、カトレアが保健室へと訪れていた。保健室にはヴェロニカの攻撃を受けて気絶した一年生3名がベットで寝ており、その隣ではシャルロットが検査を受けていた。ヴェロニカもシャルロットの付き添いとして同席しており、一回戦に参加したメンバー一同が保健室に集まっている状況だ。
「一回戦お疲れさま。試合時間は短かったけれど濃密な時間だったようね」
戦闘時間は十分にも満たない。けれど使われた魔法や技を見れば短い時間の中でも濃密な戦いが起こっていた事が理解出来る。参加していたメンバーがどれほどの研鑚を積みこの舞台に挑んだのかが分かる戦いであった。
「はい、まさか一年生が魔法衣を使ってくるなんて思ってもみなかったですもん」
「本当ですわよ。誰の差し金なのやら・・・」
カトレアの労いにシャルロットとヴェロニカがそれぞれ感想を漏らした。
シャルロットとヴェロニカの感想は当然だろう。デバイスの武器化、魔法衣化は一年生三学期に行われる高度戦闘教育にて初めてデバイスの封印を解除し行われるのが常である。
二学期にも満たないこの時期に解除を行うなど安全の観点から鑑みても本来あり得ないことだった。
「そう、ね。一回戦も終わったことだしもう教えても平気かしらね」
「カトレア先生もしかして・・・?」
カトレアの意味ありげな言い回しにシャルロットが反応した。
「デバイスの解除については学院長の提案によって職員会議にかけられ、そして可決された事案になります」
「学院長がですか?確かに一介の先生たちに出来ることではないと思っていましたが・・・」
通常、魔法士が使用している市販のデバイスには武器化や魔法衣化の封印などは行われていない。魔法を使うことが未熟な生徒たちが徐々に魔法に慣れられるよう、学院側が施している処置なのだ。
処置を行っているのは学院で最も魔法に長けた存在であり、デバイスに精通した人間が行うのが当然の理。
つまり、学院長であるシェリー・メイディランドが一手に担っているわけだ。
「でも職員会議で可決された事案なら事前に私たちに周知していただいても良かったのでは?」
事前に周知されていればもっと違った対応方法も検討出来たのにとヴェロニカが疑問を口にすると、カトレアは苦笑いを浮かべながら歯切れの悪い様子で言った。
「まぁそこはほら、学院長ですから・・・」
「あー・・・」
学院長であるシェリーは教職員の間では茶目っけがある事で有名だ。生徒の方にもそういった噂話が伝わっていても不思議ではない。
というより、普段の言動でもそういった素ぶりを見せている節がある。それに最近____アストリットが入学してからそれが顕著に表れているのだが、それに気付かぬは本人ばかりといった様子である。
そんな訳でシェリーの嗜好性については学院にいる全員の共通認識だった為、生徒である二人もカトレアの言葉に納得し何とも言えない表情を浮かべた。
「建前としては生徒たちの戦力の差を狭める為って話だったわね。ほら去年の二年生と一年生代表の対戦覚えてる?」
それは去年、一年生であったシャルロットとヴェロニカにとって苦い記憶。二人は事情があり出場を辞退していた為に序列三位から五位の生徒が出場となった試合の出来ごと。
開始一分も経たず去年の二年生代表チームに敗北を着したあの忌まわしき事件。当時、二年生代表として雷姫こと秋月紫苑、そして鋼鉄乙女ことアニエス・シリジェルの二名が出場していた。
紫苑の容赦のない雷を主体とした大規模魔法とアニエスの得意魔法である焔縛鞭により当時の一年生たちは瞬殺されたのだ。
「あれは酷かったですよねー。慈悲の欠片もなかった」
「まあ全力でお願いしますなんて言った当時の四位の子が悪いんですのよ。あの言葉さえなければ一分以上は生き残れたはずですわ」
当時の状況を思い出しうんうんと頷きあう二人に苦笑いを浮かべながらカトレアは続けた。
「まあそんな事もあったから今年からは一年生組にもデバイスを解除したらどうかしら?ってね」
「なるほど。それなら理解できない話しではないですわね・・・」
デバイスの解除さえあればカードの武器化や衣服の魔法衣化が可能となる。そうすれば例え練度で劣っていたとしても能力の底上げは最低限出来るはずだ。であるならば去年までの一方的な戦いにはならないだろう。
カトレアは二人の言葉に頷き、そして何とも言えない表情を浮かべた。
「といっても今年はそれでも一年生組の苦戦は免れないでしょうね・・・」
「といいますと・・・やっぱり?」
カトレアの表情から言いたい事を何となく察したシャルロットがそう言うとヴェロニカが続けた。
「アストリットお姉さま。ですわね?」
二人が導き出した答え。それは三年生代表アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルグという人物のことだった。
天津乙女女学院には珍しい中途編入の生徒。学院創設史上類を見ない程の美しい容姿を持ち、中途編入用の筆記試験も満点という頭の良さをも持つ成績優秀容姿端麗な美少女だ。
女性にしか使えない魔法の実力もかなりのものらしく、学院最強と謳われた雷姫こと秋月紫苑をクラス対抗戦にて赤子を捻るように倒したという噂話まで広がってきている程だ。
本戦にて一年生代表が苦戦どころか蹂躙される姿は想像に難くない。
「その通り。本人に自覚はないようだけれど、かなりの実力も持っているのは皆も噂で聞いたことあるわよね?特にアーノットさんは決闘をした仲だしシャルは同じ寮ですものね」
カトレアの言葉に二人は頷きヴェロニカが答えた。
「そうですわね。決闘の内容は途中から覚えていないのですけれど今の私の力を以ってしても一撃入れられるかどうか・・・」
アストリットによって女性の身体になったと認識しているヴェロニカ。その際、自身の力が急激に上がっていることにも当然気付いている。先の戦いでは怒りに身を任せたとはいえ、上位精霊であるイフリートを召喚し同化出来るまでに至っているのだ。
だが上昇した今の自分の実力でも本気のアストリットに勝てるとは思えなかった。
「ヴェロニカで勝てないなら誰なら勝てるって言うのさ・・・。それに能力限定もあるし勝てる見込みは十分あるんじゃないかな?」
「能力限定でどの程度制限が付くのかにもよりますわね。やはり制限上限の50%なのかしら」
能力限定は装着者のステータスを制限する魔具である。装着者のステータスを5~50%の割合で制限させる事が出来、エグランテリアにおいては魔法が使える者が犯罪を犯し刑務所に収監されている際などに用いられるものだ。
通常は無骨な鎖型をしているものだが女子学生が使う事もあっておしゃれなイアリング型のものが用意されていたりする。
今年の一年生代表と二年生代表との戦いではデバイスの制限解除があった為、使われることはなかったが、流石に圧倒的実力を持つと万人が理解しているアストリットに能力限定を使用しないという手は無いだろう。
「そうだね。というか50%制限でも不安だよ・・・」
そう言ってがっくりと肩を落とすシャルロット。
先ほどは能力限定の効果を信じて、それとヴェロニカを励まそうと気楽な気持ちで言いはしたが、改めて考えてみると底の知れない実力を持つアストリットに対しステータスを5割減した所でどれほどの効果があるのだろうと思うようになってしまった。
言い知れぬ不安はどこまでも代表生徒たちの心に闇を灯すのだった。




