ヴェロニカ・アーノット
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ヴェロニカ・アーノットはアーノット家の三男として生を受けた。貴族制度が廃止される前は侯爵という公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5階級ある貴族階級の中で上から二番目の位に属していたアーノット家は貴族制度が無くなり数百年経った現在も家柄やプライドを重視した家だった。
長男であるフェルムント・アーノットは外資系の企業に勤め、次男であるカルロス・アーノットは現在、天津乙女女学院の男子版のような学院である安曇野学院の三年生として優秀な成績を収めていた。
そんな家柄を気にするアーノット家に思いもよらない子が誕生することとなった。
ヴェロニカは物心付いた頃から女の子が好むような洋服や趣味を好むようになり、平べったい胸や下半身を含め、自分の身体自身とは反対にある身体の性別。
つまり、男性の身体に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のあらゆる状況においてその性別で扱われることに精神的な苦痛を受けることがあった。
そう、ヴェロニカは性同一性障害を患っていたのだ。
性同一性障害はれっきとした医学的な疾患であることが現代医学では証明されている。
しかし、エグランテリアの時代設定は中世ヨーロッパを過ぎた辺り。貴族制度が廃止になったばかりの年代の医学では、ヴェロニカを病気だったと証明する手立てはなく、ヴェロニカは頭のおかしな子のレッテルを張られてしまった。それも実の両親に、である。
幸いにしてヴェロニカはアーノット家の三男坊であり、アーノット家の次期当主には長男であるフェルムントがなるだろうし、フェルムントに何かあった先は二男のカルロスがアーノット家を継ぐだろう。
その為、三男坊であるヴェロニカは世間から隠されるように育てられた。
来る日も来る日も狭く暗い部屋に押し込められ、両親も碌に顔を合わせる事も無く、顔を合わせるのはお世話係のオリディアという40半ばの女性のみだった。
オリディアに世間の常識・・・というより貴族のしての常識や勉強を教わっていたヴェロニカの性格が少々高飛車な性格になってしまったのは閉ざされた世界でしか生活してこなかったのと、貴族に対する憧れが強かったからだろう。
そんな生活を送っていたヴェロニカに転機が訪れる。
天津乙女女学院というエグランテリア有数のお嬢様学校の学院長を務めているシェリー・メイディランドがアーノット家を訪ねて来たのだ。
世間にひた隠しにしてきた三男坊の存在を何処からか嗅ぎつけ面会を申し込んできたのだ。どこからヴェロニカの情報が漏れたのかはアーノット家の当主には関係ない話だ。問題は問題児であるヴェロニカに世界的に有名な名門校の学院長がどんな用事があって訪れたのかということだ。
足蹴にするわけにもいかず、当主がシェリーを家に迎え入れ、言われた事は驚愕の一言だった。
「ヴェロニカさんは精霊の悪戯によって身体と心がちぐはぐなのです。私にこの子を三年間預けてみませんか?」
精霊学の世界的権威であったシェリーに言われれば、ヴェロニカの身体と性格の不一致も精霊の悪戯という言葉に納得するしかない当主。
もしシェリーに預けて性格が改善されれば御の字だし、何も無くても厄介払いが出来る。
そう考えた当主はシェリーにヴェロニカを預けることにした。それがまさか天津乙女女学院に入学させることになるとは思いもしなかったが。
こうして性別を偽り、天津乙女女学院に入学を果たしたヴェロニカは入学式初日に秋月紫苑という閉ざされた世界にいた自分にとって初めての心が惹かれる存在に出会い、陶酔していくこととなる。
話変わって現在。切り裂かれたパッドが地面へと落ち、顔を真っ赤にして胸元と腰周りを隠すヴェロニカは潤んだ眼でキッとアストリットを見つめている。
(うわぁ。だから本当は使いたくなかったんだよなぁ・・・)
人から負の感情を向けられることを苦手とし、人を陥れることを良しとしない性格のアストリットはヴェロニカから向けられる怒りと憎しみの視線に気圧されていた。
本来ならばここで間髪いれずにスキル【超越浄化】を放てば良かったのだが、直にヴェロニカの反応を見てしまったアストリットはスキルを放つのを躊躇ってしまったのだ。
「・・・・・・・・・ですの?」
「えっ?」
呟くようなヴェロニカの言葉に聞き返すアストリット。
「いつから気が付いていましたの?」
鬼の仇を見るような眼でアストリットを見てくるヴェロニカに対し、アストリットは落ち着いた様子で実に淡々と答える。
「最初から・・・かな。お、私には人の情報を読み取る魔法があるから」
「そう、ですの。では何故私のことを言いふらさなかったのです?」
ヴェロニカの質問はもっともである。女性しか通う事の出来ない。しかも数百年の歴史を持つ、天津乙女女学院に男が在学していたなど異例中の異例である。
もしそれが世間一般や他の生徒に露見すれば、入学を許可した学院長の立場だけでなく、学院自体の存続にもかかわる様な重要な案件である。
それでなくても、一生徒として同じ学院に、同じ寮内に女性の格好をした男性が潜り込み生活をしていたのだから通常の生徒であれば、即報告ものだろう。
「もちろん最初は驚いたけれど。学院長に聞いてみれば正当な理由があるようだし。そういうものかって納得したのよ」
一方でアストリットがヴェロニカが男性だということはこの世界に来る前から知っていた。ウイルス感染しているNPCが二名おり、その内の一人が天津乙女女学院に通学しているのを鏑木から聞いていたからだ。
最初は実は共学だったり相手が用務員などで学院内にいるのかと思っていたのだが、外見も声すらも完璧な女性だったヴェロニカに初めてあった時は驚愕したものだ。
その後、学院長のシェリーに性同一性障害の疑いがある旨を聞かされていたので成程なと納得したのだ。
「納得?男が女学院に通っていることをですか?」
「ええ、そうよ。性同一性障害なら仕方ないんじゃないかしら?」
「せい、どういつせいしょうがい?」
聞き慣れない単語が飛び出してきたヴェロニカは頭の中で意味を考えながらアストリットに聞き返す。
「そう、身体と心の性別が異なっていて、自分の身体に違和感や嫌悪感を感じる病気のことよ」
「そんな病気が・・・。でも学院長は精霊の悪戯だっていってましたわ!」
初めて聞く病名。だがその症状は自身に当てはまる事柄ばかりだ。でもヴェロニカを天津乙女女学院へと誘った学院長であるシェリーはそんなことを言っていなかった。
当然である。シェリーとしてもヴェロニカの症状は性同一障害だとは思ったが、その知識はサバイバルサイドへ召喚された時に得た知識だった。
サバイバルサイドに召喚されたNPCが記憶した記憶はライフサイドへと帰った際に封印される。
しかし全ての記憶が封印されるわけではない。現実世界に関する事や自分たちの世界が仮想世界である事や、出会ったプレイヤーの事などの記憶が欠落する。
NPCが記憶していても問題ないと判断された記憶でも、入手経路である書物や人物についての記憶だけが封印されることもあり、それは記憶に虫食いの穴が存在するような物で、今まで知らなかった知識をいつの間にか有してるが、それがいつ誰からもたらされたものなのか分からないのだ。思い出そうとしても靄がかかったみたいに思い出せない。NPC達からすればそんな形になるようだ。
「現代医学では証明出来ないことだろうからね。精霊の悪戯といった方が辻褄が合うと思ったんじゃないのかしら・・・」
知識の入手経路が封印されていたシェリーもその辺りの事をおぼろげにしか答える事が出来なかった為、精霊の所為にしたのだろとアストリットは推察する。
「病気・・・だったなんて、信じられませんわっ!!」
尚も否定を口にするヴェロニカに対し、アストリットは小さく「そうね」とだけ呟くと刀を持つ手に力を込め、
「信じてくれなくてもいいわ。でも貴方が男だという事実は変わらない」
「ッ!」
「もし、この話を紫苑が知ったらどう思うかしらね」
邪悪な笑みを浮かべつつヴェロニカの体を見るアストリット。
「貴女何を!?」
「大丈夫よ。貴方がいなくなっても、紫苑の傍には私がいてあげる」
アストリットの言葉に唇をかみ締め、顔を青くしながらアストリットを睨めつけていたヴェロニカは突如下を向き物々と何事か呟く。
「・・・ですわっ」
「私は、私は!あの方を見守る騎士となるのです!私以外あの人には触れさせない!会話させない!その障害となるモノは何人たりとも容赦しませんわっ!!」
「ヴェロニカ・・・?」
隙を有効に使えなかったアストリットはヴェロニカの崇拝する紫苑をダシにちょっと脅しをかけてまた隙を作ろうと思っていたのだが、顔をこちらに向け大声で言い放ったヴェロニカは血走った眼に赤いオーラを纏わせ始めていた。
それを見たアストリットが不振に思っているとヴェロニカの体が眼に見えて変化した。
「精霊魔法ってこんな事も出来るワケ?」
徐々に変化していくヴェロニカの姿に呆れにも似た表情を浮かべるアストリット。
今現在の彼女の身体は全身が炎に包まれて・・・いや、ヴェロニカそのものが炎と化しているのだ。燃えるように赤かった縦巻きロールの長髪も、身に纏っていた鎧も全て炎に変換されていく。
「追い詰めてしまった俺の自業自得ってことかね・・・」
カリカリと頭を掻きむしりながらデバイスでは無く、本物の桜花を手に持ち、乱れ桜を着たアストリットは今にも襲いかかろうとしている炎の化身と化したヴェロニカに向かって言い放つ。
「今、救済してやるよ!」
一陣の風となりヴェロニカへと駆けだしたアストリットは刀身に冷気を纏わせる。属性強化魔法の一つである【アイシクル・ソード】を使用したのだ。
今や刀身は薄い氷の膜に覆われており、白い靄を発生させている。ヴェロニカも人間では出せないような咆哮を上げると接近するアストリットを迎え撃つ。
「ハアッ!」
アストリットの放つ横なぎの一閃をヴェロニカは今までの動作とは比べ物にならない速度で下方向に回避するとそのまま右アッパーを繰り出す。
「チィ」
ヴェロニカの想像以上の反応速度に舌打ちしながら風魔法を前方向へと放ち、僅かに後ろに下がると今までアストリットの顔があった位置に寸分違わずヴェロニカの剛腕が通り過ぎる。
熱風の余波でチリチリと髪が焼けているのが視界に入り、少し涙目になりながらバク天の要領で後ろに着地すると左手に愛刀の一つである秋水を装備し二刀流で再度接近する。
ヴェロニカは接近を許すまじと背後に複数の魔法陣を宙に出現させると魔法陣から様々な大きさの火球が凄まじい速度でアストリットへと放たれる。
一瞬、大きく眼を見開いたアストリットは二振りの刀で自身に当たりそうな火球を全て払いのける。火球は刀で両断され、霧散したり地面に残り轟々と燃えている。火球の残り火で出来た道を通りヴェロニカへと肉迫する。
そしてスキル【超越浄化】を乗せた桜花でヴェロニカを切り裂いた。
ように見えた。
「んあっ!?」
霧散したヴェロニカの身体に手応えを感じなかったアストリットは遠く離れた位置に出現したヴェロニカに変な声を上げてしまった。
能力制限されている状態とはいえ、アストリットの反応速度を超えて動いたヴェロニカ。
(動いた?いや、アレは瞬間移動的なアレだったな・・・)
それをアストリットは超高速移動による回避では無く、瞬間移動、時間跳躍の類であると推察した。
この考えは間違っておらず、炎と化したヴェロニカには実体がない。厳密にいえばあるのだが、属性魔法等が付加された武器ではければダメージを受けない物理攻撃無効耐性が今のヴェロニカにはある。
ヴェロニカは自身が生み出した火球と場所を入れ変わるという離れ業をこなしてみせたのだ。
「厄介だね。全く!」
手当たり次第に火球を地面へとばら撒き移動出来る場所を増やしつつアストリットに攻撃を加えるヴェロニカ。
恐らく今の彼女に自我は存在していないだろう。ウイルスによって増大した力を制御出来ずに暴れまわっているようにみえる。
そんな状態であれば今からする事を見られても覚えている事は無いだろう。そう判断したアストリットは視界に表示させたままにしておいた自身で作成したメモ画面の中から候補者をリストアップし、
「来い!アルドラ、青龍、ウンディーネ!」
光の粒子がヴェロニカを囲むように3点に集まり形成され、NPCたちが召喚される。
氷のように青い長髪に豊かな胸や腰の括れが際出すようにデザインされた青色の鎧を身に包んだ煉獄龍戦でも活躍したアルドラ、深みのある藍色の布に金色の細かな刺繍が施された漢服を着ている銀髪のショートウルフヘアの青年姿の青龍、青く透き通った華奢な水の体をもつ裸体の少女の姿をしたウンディーネ。胸と腰周りには水を纏っており肝心な部分は隠しており、紫がかった肩まで届くウェーブのかかった髪をなびかせ、爛々と輝くアメジスト色の瞳はアストリットを見つめている。
召喚されたNPCたちが三者三様にアストリットへと言葉を口にしかけたがその言葉はアストリットの放つ命令によってかき消された。
「青龍!飛び散ってる火の粉を鎮火!二人は目の前のアレを凍結して動きを封鎖!」
「まったく。久々に呼ばれたと思ったら人使いの荒いことよ」
ボヤキながら青龍は手に扇子を出現させひと振りさせると屋内実習場に散らばっていた火の粉を全て鎮火させる。これでヴェロニカは新たに火を生み出さなければ瞬間移動出来なくなった。
「あれは・・・イフリート様?いつの間に女性型に?」
イフリートと同じくエグランテリアの住人であるウンディーネはヴェロニカから放たれる魔力にイフリートの力が封じ込まれているのが分かった。
大精霊・・・上位精霊の中でもひと際強大な力を持つ精霊をそう呼ぶ。に仕えているウンディーネは精霊界にいる時でも男性の姿を模っているイフリートが女性の姿をしている事に疑問を感じたのだ。
通常、大精霊が人間に力の全てを貸す事は無い。大抵は技であり肉体の一部のみだ。それは精霊と人間の共通の認識であり、今回のようにイフリートが完全な形で現れたり、ヴェロニカに憑依する形で力を授けるといった行為をすることなどあり得ないことだった為、ウンディーネはイフリート自身が女性型の姿を模っていると思ったのだ。
そんな疑問を感じながらも召喚されたウンディーネはアストリットの命令を忠実にこなす。
胸に纏っていた水分を分離させヴェロニカの周囲を覆い尽くす。
「姉さまお願いします!」
「お願いされました」
ウンディーネから任されたアルドラはおっとりした口調でそう返すとカッと眼を見開くとヴェロニカの周囲を覆っていた水が瞬間凍結し、それはヴェロニカまでをも氷漬けにした。
それを見たウンディーネは飛び跳ねながら「さっすがお姉さま~」とアルドラに抱きついている。
「下位精霊の私にはとてもマネ出来ないです~」
「さすが、アルドラ殿。氷結魔法では勝てませんな」
ウンディーネと青龍からの言葉にアルドラは微笑んだまま表情を崩さない。
しかし漂ってくる気配は未だ戦闘態勢を解いていなかった。
「主よ。恐らく数秒しか持ちません。決着はお早めに」
アルドラの言葉にウンディーネと青龍の二人は驚愕の表情で凍結されたヴェロニカを見る。
アストリットの手持ちの中でもトップクラスの実力を持つアルドラから放たれた氷結魔法を受けて数秒しか動きの封じる事しか出来ない相手など見た事が無かった。それ程の相手だったのかと二人は感じたのだ。
だが数秒もあればアストリットには十分だった。しかも凍結という物理攻撃無効の相手にも物理攻撃判定を与える事の出来る状態異常にしてくれた3人に、
「グッジョブ!」
と言いながらスキル超越浄化をヴェロニカに今度こそ当てる。
刀身はヴェロニカへと吸い込まれるようにヒットし凍結した身体はバラバラに分解され飛び散った。
そう、一片も残さずに。
「あれ?えっ、ええっ!?」
スキルによって生じた氷が消えうせた後もヴェロニカの姿は無く、同じくスキルによって浄化されウイルスの反応も消え去っていた。
それを認識した宙に浮いていた監視者から機械的な声で、
「ヴェロニカ・アーノットの死亡を確認。勝者アストリット」
無慈悲な通達が静寂に包まれた屋内地下実習場に響き渡った。
自分の事は棚に上げる主人公(汗
この先の展開はきっと皆さんの思っている通りです。ハイ。




