寮生活:久世の場合
更新のペースが遅くて申し訳ありません。
久世がアストリットと称し天津乙女女学院に潜入しはや三日。
彼は既に限界を迎えていた。
一年生から三年生まで幅広い生徒たちに熱い眼差しで見られ、ニコニコと手を振りながら歩く登下校。
体育の授業では自身ですら持て余すオーバースペックな仮想体”黒耀姫”の性能をついつい発揮してしまいさらに注目を集めてしまう。
昼食時、雷姫こと紫苑と二人っきりの昼食を食堂で取ることになるが、周囲の眼は自分たち二人に向いており、食べた気がしないほどだった。
放課後、寮へ帰ると周囲の眼が無くなる代わりに寮生からの様々な目線がアストリットに突き刺さる。
一つは最上級生たちの過保護な対応である。本来、下級生は上級生のお世話をする代わりに上級生が下級生の指導、監督を行うというのが正常なスタンスである・・・はずなのだが、
「はい!アリー。あ~ん」
「え、いや、その」
「あ~ん!」
上級生のにこやかな笑顔。されど強い感情のこもった笑みに根負けし、口を開けるアストリット。
「はい!良く出来ました!ああもう可愛いっ~~~~!!!」
「ちょっと次は私が上げるの~~~~!」
「いや、もう。勘弁してつかぁ~さい・・・」
といった出来事が朝食、夕食時に繰り広げられていた。
二つ目は一年生のことだった。
紫苑親衛隊を名乗るヴェロニカ・アーノットという燃えるように赤い色の縦巻きロールのお嬢様気質な少女が、初日に紫苑とアストリットが仲良く寮へと帰って来たのをヴェロニカが出迎えたのが発端だった。
「ここがブルーヘブン寮よ」
「へえ、数人しかいない寮にしては大きいのね」
紫苑に案内されやってきた寮は趣のある洋館だった。紫苑の話によると現在ブルーヘブン寮に住んでいるのは一年生から三年生を合わせても数名ということだった。
他の寮が数百名単位で住んでいる事を考えるとこれは異常なことではあったが、アストリットは事前に学院長のシェリーからブルーヘブン寮には様々な事情を抱えた者しか入寮させていないといった事を聞いていた為、紫苑の話にもそこまで驚く事は無かった。
そんな話をしながらドアの取っ手に紫苑が手を掛けた際、話し声が中に聞こえていたのか、内側から取っ手が回され勢いよく開かれると満面の笑みの少女が立っていた。
「お帰りなさいませ紫苑お姉さま!本日は遅いお帰りで・・・隣の女性は何方ですの?」
紫苑に浮かべていた笑みとは間逆の親の仇でも見る様な眼でアストリットを見ながらヴェロニカは質問を投げかける。
「こちらは私と同じ二年生のアストリットよ。今日からブルーヘブン寮に入る事になったの」
「初めまして。アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルグよ。急な中途編入で今日から天津乙女女学院に通う事になったの。宜しくね?」
「そう・・・ですの。私は紫苑お姉さまの親衛隊を務めさせていただいております、ヴェロニカ・アーノットと申します。以後、お見知りおきを」
自分の名前より紫苑お姉さま親衛隊を強調するヴェロニカから嫌な予感しかしないアストリットだったが、その予感は的中する事となる。
翌日から周囲から寄せられる目線の種類が少し変わったように思えるアストリット。
試しにエネミーサーチを唱えてみると、今までは緑色のマーカーで表示されていた点がいくつかオレンジ色に変っていた。
緑は友好的。オレンジは警戒。赤は敵。といった表記だ。
つまりアストリットの事を少なくとも警戒に値する感情で見ている人物が増えたことになる。
(参ったなぁ。てか、反応が寮の中にあるんですけど?)
自分にしか見えないマップをARにて確認してみると寮の中を動いていた。
試しにマーカーをタップしてみると名前が表示された。
ヴェロニカ・アーノット。
ヴェロニカを含む紫苑の熱烈なファンは紫苑を孤高の存在として崇めてきた。
本人の突き放すような物言いと鋭い眼差しに誰もが一歩距離を置いていたからだ。
もちろんそれは紫苑の無自覚な言い方に原因があるのだが、それを知る者は少ない。
そんな訳で転校初日から紫苑と仲良くなっているアストリットに嫉妬などの負の感情が向くのは仕方がないことではあった。
本人の気持ちを考えなければ。だが。
一部のファンたちは紫苑をも上回る絶世の美女であるアストリットと紫苑の二人が並ぶ姿を見て、騎士と姫君がおとぎ話の中から出てきたような錯覚に囚われ、二人の関係を認めている者も多い。
この場合の騎士はどちらで、姫君がどちらを指しているのかは、アストリット・・・久世の名誉のために伏せておく事にする。
と、そんな訳で一部の紫苑ファンの間から嫉妬の目線を向けられていたアストリットは常に監視されているような錯覚に陥り精神を消耗していたのだ。
このままではいずれ俺は駄目になる!
耐えきれなくなったアストリットは平穏を求めて購買へと向かう。
そこには数日前から潜入しているアンタレスの格好のドッペルゲンガーがいた。
昼間は購買で店番をし、夜は闇夜に紛れて情報収集を行っているのだ。
ドッペルゲンガーは接近してくる主の気配にいち早く気付くと、アストリットの姿が見えた途端に平伏のポーズを取ろうとした。
「ちょーーーーーと!!」
それを遠目から見たアストリットの眼が大きく見開かれると、次の瞬間には購買内のドッペルゲンガーの肩を掴み睨んでいた。
「な~にをしているのかなぁ・・・?」
こめかみに血管を浮かび上がらせながら詰めよるアストリットからかかる圧力にドッペルゲンガーは冷や汗が止まらない。
なんとか震える口を動かし弁解するが、アストリットは聞く耳を持たなかった。
「あれほど俺の事は気にすんなって言ってあったでしょうが!罰として一日交換なっ!」
「は、はい・・・って、ええっ!?」
そんなこんなでアストリットとドッペルゲンガーは一日入れ替わる事になった。
入れ替わるのは実に容易なことで、久世は単に”黒耀姫”から”アンタレス”に仮想体を変えるだけ。
ドッペルゲンガーは”アンタレス”から”黒耀姫”に化けなおすだけである。
と、いっても黒耀姫は鏑木が今は亡きゲームである摩天楼のデータから持ってきた特別な存在である。その為、コピー出来るのは外観だけで能力・・・主にスキル関係はコピー不可能だった。
それでも一日入れ替わることは造作もない。ドッペルゲンガーは久世の記憶をコピーしているので在校生との関係性も理解しているし、久世は久世でただ店番をすればいいだけだからだ。
まあ、入れ替わった後の事をどうするか。この時久世はそこまで深く考えてはいなかった。
それが後々大きな影響を与えることになるとは誰も想像だにしていなかった。
「平和だ・・・そしてヒマだ・・・」
久世は現在アンタレス・・・アレスとして購買の店番を行っていた。
天津乙女女学院の購買は長方形の建物で隅にカウンターがありいくつもの棚に商品が陳列している構造となっている。ちょうど一般的なコンビニのようなものだ。
扱っているのは普段生徒たちが使用するであろう文房具や軽い軽食類から洗剤や化粧品など割と多様な物が販売されていた。
しかし生徒たちの利用頻度はそれほど多くは無い。
というのも、洗剤や化粧品などはお嬢様学校に通うお嬢様に相応しく全て一級品を実家から持ってきているし、軽食類は確かに食堂に比べれば値段は安い。
だが味は食堂で腕を振るう一流のシェフたちには敵わない。
そんな理由から立ち寄るのはロゼのような一般家系出身の者や、たまたま文房具が切れて買いに来る生徒くらいであった。
日常のストレスから解放されたとはいえ、誰も来ない購買はアストリットには退屈だったようである。
「アキラも新しいスキルの開発で忙しいだろうしな・・・」
鏑木は現在、現実世界でスキル【超越浄化】を強化すべく行動している為、アストリットとは完全に別行動である。
その上、エグランテリアはウイルス除去に時間がかかると判断され内部時間が加速化されているため、アストリットと鏑木が連絡を取り合う際は時間を同期する必要があった。
内部時間を加速させることにより内部でのウイルスの活動が活発になるのではないか?と懸念されたのだが、現実世界と同じ時間軸でウイルス除去を行うと途方もない時間がかかる恐れがあった。
それはサイバーテクノロジー社の上層部にとって都合が悪いことであった。
その為、多少の危険は承知で内部時間の加速化が決断されたのだ。
「そういえば暫くアレ食べてないな・・・」
時刻はもうすぐお昼。お腹が空いてきたアレスは空腹を満たすべく周囲を見渡す。
あるのは購買で販売されている軽食が多数。だがそれは売り物であり、自身が食べたいものではない。
「食堂に行くか。でもこの顔で行きたくないな・・・」
天津乙女女学院初の男職員として認知されているアレスはアストリットほどで無いにしろ、好奇の眼で見られる可能背が高い。
であれば購買で済ますのが安全策だ。
しかし購買で済ませるとアレが食べられない。
「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない!」
現実世界で有名な一節を呟くとアレスは早速アイテムストレージをAR表示し、中から食材の項目に視線を巡らせる。
AWOでは職業:料理人を習得しているアレスは料理もそこそこできる。
最初期、この世界にやってきた時に使用不可になっていたアイテムも一部使用制限が解除されている。
その上、アレスは覚えたスキルが自動的にスキルレベルマックスになるという運営様様チートが発動されている為、今までに覚えたスキルも当然限界まで上がっている。
そんな人物が料理を行えばどうなるか。
空腹を満たす事しか頭になかったアレスは欲望のままストレージから食材を取り出し、あくまで自分用の料理を作り始めた。
数十分後、オーブンからミトンをはめた手で型に入ったケーキを取り出す。
すると香ばしく焼けたチーズの芳しい匂いが周囲に漂う。
「う~ん。ウマそうだ。我ながらいい出来だな」
料理の出来具合に満足そうに頷きながらアレスは円型のケーキを六等分に切り分け皿に盛る。
皿をテーブルに持っていくとそこには同じように違う種類のケーキの乗った皿がいくつもあった。
「調子に乗って作り過ぎたかな」
空腹に加え、スイーツ男子であったアレスは久々の好物を作るにあたって他にも様々な種類のデザートを作っていたのだ。
ロールケーキ、いちごのショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、ミルフィーユ、アップルパイ、シュークリーム、プリン、アイスクリーム。
購買の従業員用の裏手にある狭いテーブルに置ききれなくなるくらいの量のケーキを作ってしまったアレスは、購買にある普段は軽食を置いてある中身の状態を保てるよう魔法なかけられたショーケースにケーキを入れながら、さすがに作り過ぎたかと考えるが、アイテムストレージに収納してしまえば、劣化したり冷めたりすることなく入れたままの状態で保存出来るため問題ないだろうと思い、さっそく食べようとケーキを一切れショーケースから取り出すと、皿に乗せケーキにフォークを突き刺し、口に含もうとした。
その時だった。
「あ、あの!そのケーキは売り物ですの?」
「えっ?」
アレスが前を向くとカウンター越しに顔を真っ赤にした少女が佇んでいた。
肉親以外の男性に免疫が無いのであろう。少女はアレスと眼が合う度に下を向きしどろもどろにしている。
「どうしたの?」
小さな子に話しかけるようにやさしく話しかけるアレスに少女はアレスの目の前に並んだ大量のケーキを指差すと、
「こ、このケーキ売っていただけませんか?」
これはケーキであって売り物でなはい。
そんな事を思ったアレスだったが、一人分ならいいかと思い「どれがいいの?」と返すとチーズケーキを指差す少女。
「おっ!趣味が合うね。自信作なんだ~」
好物を指差す少女に上機嫌になるアレス。久々に人と話すという事もありその後もついつい話し込んでしまった。
売るつもりで作った物ではないし、値段設定も何も考えていなかった為、タダでいいよと上機嫌で少女を送り出すアレス。
帰り際にペコリと挨拶をしている少女に手を振るとケーキを食べようかと再び口に運びかけると視線を感じるアレス。
それも一人や二人では無い。ダンジョンに潜り暗闇の中、周囲の敵から獲物を見る様な目線で見られている。そんな感じの目線が突き刺さっているのだ。しかもそれは自分にではなく、ケーキに。
恐る恐る前を向くと、購買への唯一の入り口である。人の気配を察知して自動的に開閉する魔法のかけられたガラス製の扉前に大勢の生徒たちがいた。
静かな開閉音と共に左右に扉が開かれ押し寄せる生徒たちに引き気味のアレス。
何がどうしてこうなった!
押し寄せる生徒たちにアレスは天を仰ぐのであった。
遡ること数十分前。丁度アレスがケーキ作りに夢中になっている時刻。
一人の女性徒が地下実習場へと続く階段へと向かっていた。
体調を崩していた女性徒は保健室で休んでいたのだが、保険担当の教師の回復魔法により体調がある程度回復した為に地下実習場で行われている授業へと向かっていたのだ。
保健室は一階にあり、廊下を北の方角へと進むと地下実習場へと向かう渡り廊下に出る。
その渡り廊下からT時に伸びる廊下を歩いて行くと食堂があり、食堂の隣に併設されているのが購買である。
丁度渡り廊下に差しかかった際に、ふと今まで嗅いだ事のない芳しい香りが購買の方から漂ってくるのを感じ取った女生徒。
しかし今は授業中。授業が終わってから確かめればいいかと思い地下実習場へと向かう。
そして授業が終わり昼休み。先程の一件を同じクラスの友人に話していた女生徒は友人数名を連れて匂いの下をたどった。
すると購買の換気扇から匂いが漂ってきているのが判明した。
購買は販売スペースは全てガラス張りとなっている為、内部状態の把握は簡単だ。
見ると奥の従業員スペースから店員がいそいそとショーケースに何かを運んでいるらしかった。
「あの店員さんってたしか・・・天女(天津乙女女学院の略称)初の男性職員の方ですわよね?」
「ええ、そうですわね。でも殿方には見えませんわね・・・」
「そうですわね。あのような方でしたら私たちも接しやすいと学院長が雇い入れたそうですわよ」
「そうなのですか?それにしても何をなさっているのでしょう?あれは・・・ケーキ?」
女生徒たちは視線の先でアレスが忙しなく運んでいた物の正体をケーキだと看破する。
漂ってくる匂いも今まで嗅いだ事のないくらいいい匂いが立ち込めていた。
それに遠目からではあるがケーキが光り輝いているように見えたのだ。
「ねえ、あれは売りものなのでしょうか?」
「でも今までケーキを購買で取り扱っていたことなんてありまして?」
「無かったとは思いますけれど、新商品ではないかしら?」
「そうだとしても・・・ちょっと入って行くのには躊躇われますわね」
いくら女性のような顔つきでもアレスは男性である。普段から男性と接することの機会が余りない女生徒たちはしり込みしてしまう。
そんな中、初めに購買の異変に気付いた病弱な生徒が意を決して一歩前へと進み出る。
「わ、私が行きますわ!!」
「カルメンさん!?」
「元はと言えば私が皆さんに付いて来てもらってのですから。私が行きます」
そう言いながら購買の自動ドアに近付くカルメン。
人の気配を感知した自動ドアが左右に開かれ、購買内から先程までと比べ物にならないほどの芳醇な香りが漂ってくる。
お昼時という事もあり、カルメンのお腹から可愛らしい音が漏れる。
カルメンはそれを数歩先にいるアレスに聞かれてしまったのではないかと赤面するが、アレスはケーキを装っているため気付いていない様子だった。
カルメンは目の前でケーキを頬張りかけているアレスに向かって精いっぱいの勇気を振り絞って声を掛けた。
「あ、あの!そのケーキは売り物ですの?」
カルメンが恥ずかしそうに早足で購買を後にすると離れてその様子の一部始終を見ていた同じクラスの女生徒たちがカルメンを囲む。
その眼には期待感が強く出ていた。
「どうでしたの!?」
矢継ぎ早に質問されることにカルメンは気圧されるも、アレスが作ってくれた箱を開き、中のケーキ・・・後にアレスケーキと呼ばれることとなるケーキを皆の前で披露する。
「売り物用に作った訳じゃないからタダで良いって店員さんが・・・」
「そうなのですの!?では買えるわけではないのですね・・・」
がっくりと肩を落とす女生徒たちにカルメンは「でも」と言葉を足す。
「いっぱい作り過ぎて余っているからどうしようとも言っていたの。だから今行けば____」
「貰える可能性があるってことですわねっ!?」
カルメンの言葉を最後まで聞かず大声で質問する女生徒にカルメンがコクンと頷くと一斉に購買へと早足で向かう女生徒たち。
静かに開かれる自動ドアの先では顔を青くしたアレスが乾いた笑みを浮かべながら佇んでいたのだった。
その日を境に購買の店員が作る手作りケーキの噂は瞬く間に学院中に広がり、生徒だけでなく、教員からの熱い要望に応えて購買で一日数十個限定でその店員が作るケーキが販売されることとなった。
そのケーキの味はまさに至高の一品といわれるほどの味で、一口食べた食堂にて働く三つ星シェフが店員に弟子入りしようと一週間土下座した騒ぎになるほどであった。
その騒ぎを聞きつけたエグランテリア中の料理人たちが天津乙女女学院に訪れようとなった騒ぎにも発展したが、学院長の一喝により事件は収束した。
しかし生徒や教員たちは知る由もない。
現在、購買で売っているケーキを作っているのがブルーヘブン寮に住む二年生の生徒であることを。
誰よりも朝早く起き、寮の食堂でケーキを作り、購買へと運びこまれているという事実を。
店員では彼の作ったケーキを完全にコピー出来なかった為に、泣く泣くケーキを毎朝黙々と作らなければならなくなった一人の男性の存在を知る由もない。
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6月21日。
キャラ名間違いを訂正。




