寮生活初日
「うわ~大きいな」
ユウが案内図を見ながら辿り着いた寮。その姿に思わず声があがった。
こじんまりとはしているが往時をしのばせるのには十分な洋風な外観。青い屋根に白い外壁の洋館。年月を経た佇まいにユウは思わずたじろぐ。
(本当にこんな由緒ありそうな建物で自分が住んでもいいのだろうか)
そんな事を思っていると罪悪感が募り胸が痛くなる。
とりあえず深呼吸だ。と息を大きく吸い、吐く。そして自分に言い聞かせる。
僕は女の子だ!心の中で暗示をかけ、いざ緊張した面持ちで寮の呼び鈴に手を伸ばす。
しかし、
本当に女の子になりきる事が出来るのか?
こんな付け焼刃で大丈夫なのか?
もっとメイクやら女の子としての動作を勉強してきてからのが良かったんじゃないか?
そんな不安が過るが指は呼び鈴にどんどん近付き、もうすぐ届く。といったところで後ろから声が掛った。
「あの、新しい寮生の方ですか?」
「うひゃああああああああああ!!」
突然の背後からの声にびっくりして素の声をあげてしまうユウ。
対する声をかけてきた人物もユウのあまりの奇行にビックリしている。
話しかけて来た女の子はユウよりも小柄で、頭にピンク色のリボンを付けた金髪のショートヘアの子だった。
「す、すみましぇん。驚かせてしまったみたいで」
と慌てて謝ってくる少女にユウも「こっちこそ変な声あげてゴメンね」と返す。
そんな騒ぎを玄関前でやっていた所為か玄関が開かれ、中から人が出てくる。
「何の騒ぎなの?」
出て来たのは白色のロングスリーブに長いロングスカートの制服姿の女性徒だった。
「あっ!」
その生徒を見た途端、ユウの顔が真っ赤に染まる。その生徒はなんと今朝方お世話になったあのポニーテールの上級生だったからだ。
隣を見れば先程のショートヘアの女の子も「はわわ」と顔を真っ赤にしている。
「あら、あなたは今朝の・・・」
「そ、その節はありがとうございました!」
「私は何もしていないわよ。そう、同じ寮なのね。これからよろしくね。え~と・・・」
「あ!ぼ、私は二階堂ユウと申します!」
「ユウちゃんね。私はアストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルグよ。アスでもアリーでも好きな風に呼んでもらって構わないわ」
「あ、あの私はマリー・デルマールと申しましゅ!」
緊張の所為か、先程から噛みまくっている少女、マリーはアストリットと名乗った少女に勢いよく頭を振りかぶり挨拶する。
「下級生には名前の後にお姉さまを付けさせる。常識ですのよアストリットお姉さま」
廊下から出て来た燃えるように赤い髪の縦髪ロールのお嬢様風な少女がアストリットに親しげに話しかけてくる。
「ごめんなさい。ヴェロニカ。まだ完全に覚えきっていなくて・・・」
アストリットからの謝罪の言葉に小さく頬を染めると首をぶんぶんと振るヴェロニカと呼ばれた少女。
「そ、そんな!謝られるなんてとんでもない!まだアストリットお姉さまが転入されてから一カ月と少しですもの。覚えていないのは当然のことですわっ!」
そうまくし立てる少女は「こほん」と軽く咳払いをするとユウとマリーへと向き直り、挨拶をする。
「私はアストリットお姉さまの親衛隊隊長を努めさせておりますヴェロニカ・アーノットと申します。貴女達の一つ上で二年生ですわ」
長い縦巻きロールを掬い上げるようになびかせ言い放つ少女に気圧されるユウとマリー。
とそこに後ろから声が掛る。
「貴女達。いつまでも新入生を玄関に立たせて置くのはどうかと思うのだけれど?」
その声に後ろを振り返ると黒に近い濃い紫色の長髪をなびかせた少女が立っていた。意志の強そうな眼に整った顔立ちの少女は二人の新入生をささっと寮内へと移動させると寮の談話室へと誘う。
談話室には生徒が寛げるように大きめなソファが四つ円系のテーブルを囲うように置かれていて、一番奥には大きな暖炉が鎮座している。
両隣りには読書用の本棚や裁縫が出来るような設備が整っており、さすが乙女の園といった感じだ。
紫色の髪の少女は二人をソファへと座らせると自身も対面に腰掛ける。少女の向かって左側のソファにはアストリットとヴェロニカが座った。
「ようこそ。ブルー・ヘブン寮へ。私は一応、ここの寮監を務めている秋月紫苑よ。アストリットと同じ三年生ね。貴方達は?」
寮監とは寮監督生の略で、寮母同様に寮内の生活における監督責任を担う最上級生のことを指し、年度が変わる度に投票制で決められている。
「わ、私はマリー・デルマールと言います!」
頭の後ろに付けた大きなリボンを揺らしながら大きな声で挨拶をするマリー。今度は噛まなかったようだ。
「私は二階堂ユウです。宜しくお願いします」
礼儀正しくお辞儀するユウだったが、内心はドキドキだった。
(ヤヴァイ。こんなに女の子に囲まれてたらばれちゃうよ!)
そんなユウの心を置いてけぼりにしながら改めてアストリットとヴェロニカの自己紹介が終わる。
「紫苑は一応なんて言ってるけど、生徒会長もやっているのよ。入学式の在校生代表挨拶もしていたみたいだから知っているかしらね」
とアストリットが紫苑の方を見て言うと頬を赤く染める紫苑。
「大したものではないわ。それに、もしアリーが私と一緒に入学して過ごしていれば生徒会長には貴女が選ばれていたはずよ」
お世辞ではなく、本当にそう思っている紫苑だったが、アストリットから返ってきた言葉はいつものように「そんなことはないわよ」という返答だった。
「じゃあ自己紹介が終わった所で寮の説明に入るわね。入学のしおりにも書いてあるとは思うけれどおさらいと思って聞いてちょうだい」
そう前置きをして寮の説明をする紫苑。
天津乙女女学院には寮が複数存在する。入学した際にランダムに決められた寮に生徒たちは入寮することになる。
特殊な事情がある生徒は寮に入らず自宅通勤となるが、特殊は特殊でもユウは寮生活を強いられるようだ。
寮は全部で四つあり、レッド・フェアリー。グリーン・ダイアモンド。イエロー・ミネット。そしてユウ達の住むようになるブルー・ヘブンである。
各寮は学院が設立された当初から存在しており、築百年は経過している。しかし丁寧に修繕が繰り返しされている為、古さが残るものの趣のある建物として生徒たちには親しまれている。
建物の外観は全て一緒で違いは屋根の色くらいだろう。寮の名前にちなんでレッド・フェアリーなら赤色、グリーン・ダイアモンドなら緑色といった感じだ。
夕食や朝食は寮母さんが作ってくれる。お昼についても前日の夜までにリビングにあるボードに名前を記入すれば作ってくれる親切設計だ。
まあ学院内にも食堂や購買がある為、寮でお弁当を頼む生徒も多くは無いだろう。
寮は数百人規模で生徒を迎えることが出来るが、ブルー・ヘブン寮だけは事情があり、寮が他の寮よりも小さく収容できる人数も少ない。その為今は三年生の紫苑とアストリット、二年生はヴェロニカともう一人。そして新入生の一年生がユウとマリーという計六人となる。
「今いないもう一人の子については来たら説明するわね」
一通りの説明を終え、後は追々覚えていけば良いという事になり、各部屋へと移動という事になった。
アストリットがマリーを、紫苑がユウを案内する事になり早速移動する。
談話室を出て階段へと向かう二人。階段を一歩一歩上がる度に階段が軋むが、先程話の合った築百年は経過しているということだししょうがないなと思いながら歩くユウ。
ユウの部屋は二階の一番端っこだった。案内された部屋に入ってみると、
(な、なんなんだ、この部屋は!?)
「どうかしたのかしら?」
「はっ?いえ、なんでもありません」
(何でもなくなんかないよっ!?)
部屋の入口で立ち尽くすユウに後ろから話しかけてくる紫苑。それに何事もないように返事をするユウだったが内心はパニックに陥っていた。
ユウが絶句したのも無理はないだろう。その部屋は一面ピンク一色だったのだ。
部屋の壁紙はライトピンクの薔薇をあしらった柄をしていて、カーテンも椅子もピンク。化粧台や机は白いものの、ベットはヨーロピアンテイストの天蓋付きベットだったのだ。しかもピンク。
「ふふっ、ユウは見た目も可愛いけど趣味も可愛いものが好きなのね」
部屋の中を見た紫苑はそんな感想をユウに述べてくる。対してユウは「ええ!?どういう意味ですか。僕が可愛い?ってゆうか僕の趣味ってことにされてない??」と困惑するが口には出さない。
「ははは・・・。どうでしょうかね。子供っぽいですかね?」
「いいんじゃないからしら?可愛いらしいわよ。私も周りの眼が気にならなかったらこんな部屋にしてみたいわね」
と紫苑は少し羨ましそうに言う。
えっ?紫苑さんマジすか。そうなのか。女の子の感性だと正解なのか?と戸惑うユウだったが、
「私はもう少し、こう。普通な部屋の方が良かったんじゃないかと・・・」
「そう?まあ好みの問題だからとやかく言う気は無いのだけれど。部屋の案内も終わったことだし私は下に降りるわね。夕食は19時からだから忘れずに降りてらっしゃい」
「分かりました」
「じゃあ、また後でね」
バタンと扉がしまり暫く立ち尽くした後、ユウはがっくりと膝から崩れ落ちる。
「はぁああああああああぁあぁあああ~~~~っっつ!!」
つ、疲れる。冷や汗が止まらない!というかこんなの一週間も持たないよ!
「ずっとニコニコしていた所為か顔の筋肉が痙攣してる・・・」
部屋にある鏡を見て頬をぴくぴくさせるユウ。
「取り敢えず、バレてはいないみたいだけど、駄目だ。自分の演技に嫌気がさしてきたよ」
顔を見てメイクの確認をするユウだったが、入学前の嫌な思い出がよみがえる。
「いいですか!ユウ君!お化粧は技術やセンスだけではないの。心の中を鍛え、磨きぬくことで真のお化粧と呼べるのよ!!」
「いや、あの~。僕に女の子としての心構えを教えられても・・・。カレンにそういう事は教えなよ。どうせバレなきゃいいだけなんだしさ」
「何をいっているのユウ君!やるなら徹底的に!相手を殲滅する時でも、スーパーの格安セールでも、お化粧をする時でも何事も徹底的が基本よ!」
そう力説しスキンケア、ヘアメイク、コーディネイト、果ては幻惑の魔法まで教えだす母。
息子の顔に女性メイクを施しながら嬉しそうにしている母と、それを遠目で引き気味に見ている妹の顔はトラウマものである。
そんな地獄の特訓の成果かユウの女装を見分けられるものはいなかったようだ。構内での魔法の使用も制限されている為、幻惑魔法は使用していないが。
夕刻になり、夕食を食べる為、一同がリビングへと集まった。
木製のテーブルの上にはテーブルクロスが敷かれており、豪華な料理が所狭しと並べられている。
「凄いですね・・・」
目の前に出された食事に眼を丸くして驚くマリーにユウも頻りに頷く。
「まあ今日は新入生の歓迎会も含めてってことみたいよ」
そう言いながら席に着くアストリット。続いてその隣に紫苑が座り、対面にヴェロニカが座る。
「あらっ、シャルロットさんはまだ帰ってきてないのかしら?」
「シャルなら今日は実家に泊まるそうよ」
ヴェロニカが疑問を口にすると紫苑が先程電話が掛ってきたと皆へ向けて話す。
シャルロットとはヴェロニカと同じ二年生の生徒で、特殊な事情があり自宅と寮を行ったり来たりしている生徒なのだそうな。
今日はたまたま実家にいる日で寮には来ないとの事。
そんな訳で、シャルロット嬢を除いた五人で夕食となり、交わされる新入生二人をターゲットとした質問コーナーも無事乗り越え、部屋へと帰ってきたユウ。
扉を閉め、鍵をかけると勢いよくベットへとダイブする。ベットは羽毛のお陰でふかふかで思わずそのまま寝入ってしまいそうになる。
「疲れた~~~~」
今日一日ずっと緊張のまま過ごしていたユウは知らず知らずのうちに神経をすり減らしていたようだ。
ベットの上をゴロゴロと何度も往復をする。
そんな事をしていると唐突にドアをノックする音が聞こえてきた。
「ユウ。ちょっといいかしら?」
「あ、はい。今開けます」
ベットからもそもそと起き上がり、鍵を開けると紫苑が立っていた。
「伝え忘れたことがあって。お風呂なんだけど、順番が決まっているの。特にこれといって希望がなければ先に入ってきたらどうかしら?」
「あ、そういう事でしたら私は一番最後でいいですよ」
自分が入っているときに誰かが時間を間違えて入ってきた時に男だとバレるとマズイと思い一番最後を希望するユウ。
「そう?ああでも、アリーも一番最後が良いらしいのよね」
「そうなんですか?なら私は最後から二番目でいいですよ」
「そう?悪いわね。じゃあ時間帯は大体この辺りになるわね」
注意すべき相手が五人からアストリットだけになるのであればいいかと最後を譲るユウ。くれぐれも遭遇に注意する為に紫苑から言われた時間帯を頭に叩きこむユウなのであった。
お風呂では残念ながらイベントは起きませんでした。
次話は授業の話になる予定です。




