再臨そして降臨
「警報を鳴らせ!今すぐにだ!!」
怒号のようなガゼルの声が周囲に響き渡り、あまりの光景に呆然としていた周囲が慌ただしく動き出す。
幸い煉獄龍の出現ポイントは首都イシュガルから離れてはいる。しかしあの巨大な翼にもの言わせ進軍されでもしたらすぐにでもこちらへ到達されるだろう。
今はまだ空中で静止している状態だが、いつ活動を開始するか分からない。出来るだけのことをしておかねばとガゼルは焦る。
たった一体の成竜と複数の幼竜に手いっぱいの実力しか持ち合わせていない我々で果たしてあれだけの軍勢を相手取ることが出来るのか。答えは否だ。
しかしあの軍勢には見覚えがあった。夜明けと共にやってきた恐るべき厄災。ガゼルは数十年前の出来事を思い出していた。
(あの方角、あの隊列、あの圧倒的なまでの数。間違いねえ。あん時の煉獄龍とまるっきし一緒じゃねえか!どうなっていやがる!?)
まだ若かりし頃、派遣という事で祖国であるアナトリア皇国から首都イシュガルに出向していた時の出来事。この光景はまさにあの時の煉獄龍襲来と酷似しているのだ。
当時血気盛んな時期だったガゼルは襲来した煉獄龍の軍勢に立ち向かい死んでいった英雄、グウェンダルをその眼で目撃している。
腹の厚い大剣を扱い次々に煉獄龍の首を刎ねていった英雄。その圧倒的な技量は冒険者だけでなく煉獄龍どもを恐れさせ山脈まで後退させたのだ。それでも煉獄龍を後退させただけで殲滅には至っていない。その後、応援要請に駆けつけた各地の冒険者と滅龍騎士団で組織された連合軍が巣へと乗り込んでいったがやはり殲滅する事は敵わず、山脈から追い払う事しか出来ていないのだ。
(だが、そんな英雄は今はいねえ。この勢力だけでなんとかするしかねえんだ)
苦渋に満ちた顔で煉獄龍から視線を外すと各方面に指示を飛ばす。特に戦えない住人達は街から逃がすことを進言する。
だが、伝令に行った滅龍騎士団が、持ち帰った返答は芳しくなかった。
イシュガルを統括する王。その下に集う元老院からもたらされた言。それは冒険者と滅龍騎士団で共闘し迫りくる脅威を殲滅せよとのことだった。
曰く、数十年前と同じ規模の煉獄龍の群れならば現状の勢力で対処可能だろうとのことだった。
「クソッタレが!現状も何も理解出来てねえもうろくジジイ共が!」
吐き捨てるようにガゼルが言うと滅龍騎士団の団長であるトーマス=ハワードがガゼルに申し訳なさそうに話しかけてくる。
「すまんガゼル殿。奴らは自身の保身の事しか頭にないのだ。前の戦いのときも城に籠ってただけの連中だからな。ヤツラの本当の恐怖を知らんのだ。我らだけでなんとかするしかない」
「だが、街の防衛機能も壊滅状態だ。ヤツラが攻めてくるまでに住人を逃がすしかないだろう」
すでにあの軍勢に対抗する手段は無く、住人をどうやって安全に逃がすかどうかの算段に移っているガゼル達。
慌ただしく動いている周囲をよそにアレスは静かに先程の出来ごとについて考えていた。
(モンスターのポップ方法がおかしい。そもそもあんな現れ方あるか?アキラに通信出来ないし何か起きているのは間違いない)
思考が深みにハマっていく中、煉獄龍の出現以降聞こえなくなっていたノイズが急にクリアになって聞こえ始めた。
『・・・ぜ・・くん・・か!?』
「ん?」
『久世君聞こえるか!』
「おう!アキラか!?」
数日ぶりに聞こえて来た声に安堵するアレス。ただ、周りには一人で会話する怪しい人物が誕生すると考え、人気のない場所へと移動するアレス。
「で、何がどうなってるんだ?」
『すまない。こちらでも把握しきれていないんだ。一つ分かるのは久世君を転移させる前に何者かによってエターナルプラネットの管理サーバーにウイルスを流されたって事だけなんだ』
「ウイルスだって?」
『そう。ウイルスの影響が何なのか特定出来てなかったんだ。だけど先程解析結果が一部であるけど出たんだ』
鏑木の話す内容を纏まると以下の通りだった。
まず、管理サーバーからエターナルプラネット内に対する干渉が制限されたこと。
具体的には、人やモンスター、乗り物や建物の新規設置や修正。地形の変更が出来なくなったこと。
次にエターナルプラネット内、正確にはサバイバルサイドを除く各惑星へのログインやログアウトが不可能になったこと。
しかしこれはライフサイドに限定されており、サバイバルサイドには適応されていないようだった。
他にもウイルスが変質しNPC達と同化することでNPC達の間で変化が起こっているとのこと。
一部バグにより過去に起きた事変が現在に上書きされて起きる等、現状で判明した範囲ではこのくらだった。
「じゃあカオスの最終進化カードの絵柄や眼の前に居る煉獄龍の出現もバグだっていうのか?」
『そういう事だね。カオスに限らずまだ未来が決定してない者の最終進化は出来ないようになっているはずだったんだ。それに煉獄龍についてもウイルスの影響によって出現したバグで間違いないと思うよ』
「そうか。じゃあバグなら消せないのか?このままだと不味いことになる。」
『ごめん。それは今は無理なんだ。さっき説明したと思うけど人やモンスターへの干渉は出来なくなっているんだ。バグだろうがなんだろうが・・・ね』
「くそっ!じゃあどうすりゃいいんだ!」
思わず大声を荒げるアレスに、鏑木は少し間を置いてから話しだす。
『方法がないわけじゃないんだ・・・』
「何?」
『外からは干渉出来ない。でも中からなら干渉出来る』
「どう、いうことだ?」
『つまり僕達には干渉出来なくても久世君。君には干渉出来るってことだよ。君はNPC扱いにはなってはいるがプレイヤーだ。だから君に対しては運営側である僕たちはサバイバルサイドのプレイヤー達に干渉出来るように、ライフサイドにいるプレイヤーである君に干渉出来る。つまり僕たちが君に干渉し、君が世界に干渉する訳さ』
「干渉たって何をすれば?」
『何を行うのか。それは君が決めることだよ。君は昔からそうやって難題を解決して来たじゃないか。僕は君に必要な舞台を整えるだけだよ』
「そう、か・・・」
しばらく考えた後、アレスは決意に満ちた目で鏑木に話し出す。
『分かった。それくらいなら許容範囲内だ』
ほっと息を吐く鏑木の声が聞こえてくる。実はウイルスを放たれた後、緊急経営会議が行われたのだが、その結果ウイルスがばらまかれた事は秘匿することが決定したのだ。
今や世界人口4人に1人が利用しているエターナルプラネット。それがウイルスによって汚染されたという事実が各世界に与える影響は大きい。
何もゲームするだけがワールドシュミレーター:エターナルプラネットの目的ではない。
そもそもゲームとして使用しているのはアナザー・ワールド・オンラインとして使用している一部の惑星だけである。
他の惑星では様々な実験が行われていたりする。ここでは詳細は省くが、そんな現実世界と密接にかかわっているエターナルプラネットを停止させることは会社上層部は認めなかったのである。
幸い、個人情報の流出等が目的のウイルスでは無く、その効果は限定的だ。それに気を良くした上層部がこれ幸いに秘匿を決定したのも要因である。
よってアレスに与えられる権限もそこまで大きなものを渡すわけにはいなかかった。
なにしろ周囲には通常運行状態に見せかけなければならないのだ。
下手に目立たれても困る。まあ、目立った場合の苦肉の策も考えてはいるんのだが・・・。
「ありがとう」
『だけど約束してほしい。この件が終わったらすぐに別惑星に向かってほしい。他でも似たような出来ごとが起こっているし、なによりNPCの間にプレイヤーの存在を明るみには出来ない』
「・・・分かった約束するよ」
アレスは拳を握りしめるとさっそく行動に出た。
「カオス!」
いつの間にかいなくなっていたアレスがカオスに話しかける。
「アレス!どこにいっていたの?心配したのよ」
「すまない。ちょっと野暮用でね・・・」
頭を掻きながら言葉を濁すアレスにカオスは不信感を得る。
「何か、隠し事してない?」
鋭いカオスの洞察力にアレスは両手を上げて降参のポーズをとる。
「参ったな。君には隠し事出来なそうだ」
真剣な眼つきで語り出すアレスにカオスは黙って耳を傾ける。
「今から俺はアイツらを倒しに行く。もう誰も傷つけさせやしない」
「倒しにって・・・一人で?無茶よっ!」
「無茶じゃない。手段はある」
「信用できないわ。私も行く」
「無茶だ!あの軍勢を相手に君に出来ることは無い!」
「出来るかどうかじゃない!一緒にいたいの!」
カオスの必死の剣幕でいう言葉に思わずたじろぐアレス。
すると耳に鏑木の声が聞こえて来た。
『くくく。いいんじゃないかな、別に。君が守ってあげればいいわけだし。それにまぁ、この短期間に随分仲良くなったみたいで・・・誑しっぷりは健在みたいだね』
(やかましい!!)
内心で鏑木につっこみを入れながらやれやれと頭を掻きむしるアレス。
「しゃーなし、かな。分かった。でも無茶はしないでくれよ?」
「あらっ、守ってくれるんじゃないの?」
ウインクしながらそう言い放つカオスにやれやれといった様子でアレスは答える。
次に寄ったのはガゼルの所だ。相変わらず四方八方に指示を飛ばしていた。
アレスは今から煉獄龍の所に向かう事と手出しは要らない事を告げる。
「おいおい。いくらお前さんでもあの大群を相手取るなんて無理だろ。大人しくカオス様と逃げろ」
「いえ、あれは俺が戦わなくちゃいけない相手なんです。それに手段はあります」
「手段だ?なんだそれは?」
「詳しくは言えません。ですが、必ず勝って戻ってきます」
「しかしだな・・・」
渋るガゼルに「行かせてあげて」と強い意志を持った瞳で見つめるカオス。
「ああ~もう!仕方ねえ!勝手にしろ!だが、生きて戻ってこいよ!危ないと思ったら即!首根っこ捕まえて連れ戻すぞ!!」
「すみません。ありがとうございます」
深々と礼をしその場を立ち去るアレス。
「じゃ!私も付き添うから!」
と、当然のようについて行くカオス。
あまりの自然な動作に「あれっ?なんでカオス様まで?」と疑問を持ち、「しまったああああ!!!」とガゼルの絶叫がその場に響き渡ることになったのは二人が煉獄龍のすぐ近くへと向かってしまってからだった。
首都イシュガルと隣国、砂上国家シャールマハルとを結ぶアルゴス山脈。その山脈のほぼ中央に建てられた城塞都市イシュガル。切り立った断崖絶壁の上に建てられた国。
今まさにその国の正門が重々しく開け放たれ二人の冒険者が出ていく。
一人は黒いロングコートを身に纏い、肩近くまで伸びた青みがかった黒髪に水晶のような青色の瞳、一見しただけだと女性と見間違うほどのきれいな肌に整った顔つきの全身黒ずくめの男、アレス。
もう一人は薄紫色の長髪をなびかせ、燃えるような赤い瞳に強い意志を宿し、Yシャツに赤と白のギンガムチェックスカートを身に纏った美女、カオス。
二人は堂々と歩を進める。向かう先には数百のドラゴン達が空中で静止している。
まるで二人の準備が整うのを待つかの如く。
近付くにつれ、ドラゴン達の眼が次々に見開かれていく。活動を開始し始めたのだ。
その光景に思わず体が硬直するカオスだったが、隣に並ぶアレスがそっと手を握りしめられ、緊張がほぐれる。
「さて、勿体ぶっても仕方ない」
そう言うとアレスの手にはいつの間にか緑色の分厚い本が出現していた。
「出てこい!俺のパーティーメンバー!」
高らかにそう言い放つアレス。そしてその眼の前には光の柱が3本現れる。
神々しい光が辺りを包み込み、遠くに居るはずのガゼル達までの視界を奪う。
光が収まった後には3人の女性がアレスの前に佇んでいた。
「お久しぶりです。マスター。その後、お加減は宜しいようで安心しました」
アレスに向かって優雅にお辞儀をしながら微笑みかける金髪を後ろで三つ編みにしている女性。
一見して奇抜な修道服にも見える濃紺の服装に白銀の鎧を身に纏い、腰から伸びたロングスカートにはスリットが入っており、絹のような色白の素足がチラリと見え隠れし、頭には白銀の髪飾りをつけている。
「えっ?何?アンタだけ呼ばれたっての?そりゃ無いですよマスター。コイツ呼ぶ時は私も呼んでって言ってるじゃない~」
先ほどの女性とうり二つの顔をした女性が白銀の鎧の女性にもたれ掛りながらそう言う。瓜二つなのは顔だけで、髪の色は灰色で眼は赤く、格好はあまりにも違いすぎた。黒色の修道服を改造したような出で立ちの服装だが、その露出度は高く、胸が隠れる程度しか無く、ヘソ出し状態。下半身もかなりのミニスカートで腕と膝までは漆黒の装飾の美しい装甲を付けている。
「まあまあお二人とも。主にもご都合というものが御有りなのですよ」
二人を宥める穏和な印象の透き通るような氷のように青い長髪が特徴の女性。豊かな胸や腰の括れが際出すようにデザインされた青色の鎧を身に纏い、頭には何本ものひし形の水晶が特徴のティアラをつけている。
3者3様にアレスに対し言葉を口にすると片膝をついて命令を待つ3人。
「ジャンヌ。アーク。アルドラ。来てくれてありがとう。さっそくなんだけど、爬虫類退治に協力してほしい」
「爬虫類ですか?それってアレのことですか?」
アークと呼ばれた灰色の髪の女性が後ろを振り返り煉獄龍の軍勢を指差す。少し顔を引きつらせている。
「さすがに数が多いのでは?」
頬に手を置き首を傾げて思った事を口にするアルドラと言われた蒼い髪の女性。
「そうですよ。私達だけならまだしも。マスターこの前アレより小さいドラゴンにやられてたじゃないですか。いくらマスターの頼みとはいえ容認出来ませんね」
腰に手を当ててフンと唸る金髪の女性、ジャンヌ。
全否定の言葉を受け、がっくりとうなだれるアレス。カオスはアレスと親しげに話す突然現れた3人の女性に困惑している。
「でも、まあ、主の頼みですから・・・ねっ?」
アルドラがジャンヌとアークの二人に向かってウィンクするとやれやれといった様子で煉獄龍を見据える二人。
「それに・・・」
「?」
アルドラがカオスを見据え微笑みかける。カオスは突如向けられた笑みに困惑するが、次に放たれた言葉にハッとする。
「私の親友が無事変わらぬ姿で生きているのを拝見させていただけたことですし」
「っ!まさか・・・アーちゃんなの?」
慈愛に満ちた笑みで小さく肯くとアルドラは煉獄龍の方へと向き返る。
隣に並ぶは戦闘準備を整えた双子のような美女が二人。
「私が飛んでいるのを落としますからアークは地上へと落ちた個体をお願いします。ジャンヌはカオスと主の護衛を」
「「分かりました」」
「では、始めましょうか」
首都イシュガルの正門より数百メートル先のちょっとした平地に佇む五人。その遥か先に君臨するは厄災の名を冠するドラゴン。煉獄龍の数百体の軍勢。
既に煉獄龍達もその大きな翼を広げ、唸り声を上げ五人を敵として認識している。
エターナルプラネット内の惑星の一つ。ファンタジアにて今まさにかつてない戦端が開かれようとしていた。




