◇第二話
あのあと二人はきまずい雰囲気のなか、自己紹介をし、ルーシュの、森に来た目的であるヒイの草を採った。そのあとは特にやることは無かったのだが、ルーシュが、
「翼を見せてほしい」
と言ったので、龍太は一切この事を口外しないのを条件に翼を見せた。一瞬、背中が痒くなるが、バサッという音は心地よい。初めて間近で見る本物の白い翼に感嘆の声をだしたルーシュは龍太の翼を弄り始めた。
(なんか恥ずかしいなぁ)
まるで身体をじーっと見られるような――既に翼は龍太の身体の一部なのだが――感覚になり、ポリポリと頬をかく。
ルーシュは翼を間近で見たことがなかったので、興味津々に観察していた。
翼を観察し終わったルーシュは、今度は、なぜ翼を持っているのかという事聞いてきた。
「その……何で翼を持っているんですか?」
「えぇと、それは……」
龍太は自分が翼を持つ事になった理由を話した。
前の世界で死んだこと。起きたら神様と会ったこと。そして、その神様に翼をもらったこと。
初対面とは思えないほど詳しく、包み隠さず話した。そんなブッ飛んだ話をルーシュは疑うこともなく、真剣に聞いていた。
そんな話をしていたら、いつの間にか太陽は西の方角に傾き、空の色を赤色に変えながら地平線の向こう側に沈もうとしていた。鳥の集団は、翼を羽ばたかせながら見事な隊列を組み、時折鳴き声をあげながら空を横切っていく。
きまずかった雰囲気は既に無くなり、二人は横に並んで砂利道を歩いていた。最初、どこに行けばいいか分からない龍太だったが、記憶を探ると、どうやら教会で世話になることになっているらしい。そのことをルーシュに話すと、
「私も教会で過ごしてるんですよ」
と言った。転生してすぐにこんなに運がいいと、あまりにも運が良すぎるのではないかと思いたくなるが、今はその幸運をありがたく頂いておくことにした。
どうやらこの辺りに教会は一つしか無いらしい。とはいえ、もう教会の意味を成しておらず、単にボロボロの空き家で、そこをミリアという人が買い取り、養護施設をつくったということらしい。
太陽がほとんど地平線の向こう側に隠れ、月が太陽に替わって現れたころ、龍太たちは目的の教会に着いた。
(へぇ、結構でかいな)
既に空は薄暗かったので、はっきりと見ることはできなかったが、かなり大きい建物だということは分かった。
「どうぞ、入ってください」
「あぁ、お邪魔します」
開かれた扉をルーシュに続いてくぐる。するとそこにはリビングのように広い空間が広がっていた。すこし古くなった木の床に質素で大きな絨毯が敷かれていて、他には何の飾りも無く、子供たちが遊んでいるだけだった。
「みんなただいまー」
ルーシュが声をかけると、何人かがこちらに顔を向けた。
「あっ、ルーシュお姉ちゃん、お帰り!」
そこが合図だったかのように子供たちがこちらに寄ってきた。
「帰りが遅くなってごめんね」
「ねぇねぇ、どこ行ってたの?」
「ん?森の中の湖のところだよ」
「何してたの?」
「ヒイの草を採ってたの」
その後もテンポ良く子供たちからの質問攻めが来る。そこに一人の女性がやって来た。
「あら、ルーシュお帰り。遅かったじゃない」
「ただいまミリアさん」
歳は三十代くらいだろうか。ルーシュにミリアと呼ばれたその女性がおそらくこの教会を買い取った人物だろう。
体格はほっそりとしていて、顔も整っていて、いかにも美人という感じだった。
「ところでその子は?」
ミリアはルーシュの後ろに立っていた龍太を見た。
「えぇと、龍太と言います。」
「あぁ、リョータ君ね。話はお母さんから聞いてるわ」
「母さん?」
「えぇ。」
(なんで母さんが?母さんもこっちに来てるのか?)
龍太は疑問に思い、頭をひねった。
「その人って俺より身長低かったですか?」
「いいえ。見た感じ、あなたより高いと思うわ」
(……あれ?)
龍太の母親は龍太より身長が低い。なので、母親と名乗ったその女性は龍太の母親ではないという事になる。
(じゃあ誰が………まさか)
一瞬、龍太の頭の中をあの神様がよぎる。しかし、一瞬で消えた。
(あれじゃ母さんより低いじゃないか)
結局、よく分からなかったので、この疑問は放棄することにした。
「ここがあなたの部屋よ」
「すいません、わざわざ部屋まで用意してもらって」
「いいのよ。もう少ししたら晩ごはん出来るから、それまでゆっくりしてて」
「ありがとうございます」
あのあと、龍太はミリアに連れられて、二階へと上がり、ひとつの部屋に連れて行かれた。この建物は外見からも分かるように、広さだけでなく、高さもある。階段は四階まで続いていて、広いスペースが無駄なく使われていた。三階は女子用の階で、特別な用事のとき以外来ちゃダメよ、とミリア言われた。二階は男子用の階で、そこは自由に通っていいらしい。まぁ、男子がそこを通ってはいけない理由があるはずがないが。
ちなみに、四階は今は何にも使っていないらしい。
「ふぅー」
龍太はベッドに寝転がり、仰向けになった。天井から吊らされている電球を見る。こちらの世界の電球は光が弱くて、長時間見つめてもあまり目が痛くならなかった。
「……暇だ」
もし、ここが家だったらゲームをしたり、友人とメールをしたりして暇を潰すのだろうが、今は機械すら無い。暇潰しになるようなものは何も無かった。
時計の秒針の、カチ、カチ、という音すらなく時間が過ぎていく。
「てか、今何時だ?」
龍太は上半身を起こして辺りを見渡す。しかし、時計らしきものは無かった。
一階にならあるかもしれない、と思い、部屋を出た。すると、
「おっ、いい匂い」
美味しそうな匂いがしたので、それにつられながら一階に降りた。
「あ、リョータさん、もう少ししたら出来ますから待ってて下さいね」
「あぁ、うん。ところで、時計ってどこにある?」
「それなら、そこの壁にかかってますよ」
「ありがと」
ルーシュが指差した方に向かって歩くと、そこには龍太が見た事があるような時計がかかっていた。
「七時半か」
龍太がこの地にやって来た頃は、太陽がかなり高い位置にあったので、遅くても二時頃。教会へ来てからあまり時間はたっていないので、ここへ来たのは七時頃。歩いた時間を一時間くらいだとしても四時間くらいはずっと話していたことになる。
(ちょっと迷惑かけちゃったかな)
あまりにも長い話をしていた事を反省していたところにルーシュの声が響いた。
「ご飯出来ましたよー」
すると、
「ごはんできたー」
「おなかへったー」
と子供たちがはしゃぎながら椅子に座っていった。
「リョータさんもどうぞ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
丁寧に受け答えしたつもりだったが、そこでルーシュに笑われてしまった。
「リョータさんもこれからここで過ごすんですから、わざわざそんな事言わなくていいんですよ」
「あ、そっか」
龍太自身もおかしいことに気づいて、思わず笑ってしまった。そして、いい匂いに誘われながら、龍太も椅子に座るのだった。
誤字脱字あったら教えてください。