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BBW旧一章幕間・ある日の教職員会議の一幕。

 王立リリエント魔法学院の会議室は大きい。半円形のその部屋の収容人数およそ百人強。扉から一番はなれた最奥部の床を低く作って、その周囲に、階段と机を並べているその光景は、まるで講堂のようだ。

 窓は最奥部に設置された黒板の遥か上。通常のフロアであれば二階分の高さの地点に設置されており、黒板の字が照り付けで見えなくならないよう設計されている。

 会議室がこのような大仰なものになっているのには簡単な理由がある。一学年で数百人、それが数学年にわたって存在するために膨大な数となる生徒たちをきちんと指導するべく、教員たちの数も多くならざるを得なかったのである。

 教員が多くなれば当然、会議をするのにも相応の広さの部屋が必要だった、という話なのだった。

 そして、世間をにぎわす魔法学院入学試験祭中のこの期間のとある日、会議室は暗闇に包まれていた。

 窓のカーテンを締め切り、ドアの一切を閉じ、加えて遮光の魔法まで用いている。

 全ては、黒板に移る映像を、見逃さないようにするためであった――そう、今黒板には映像が流れている。

 思食(おもく)い虫と呼ばれる小さな魔法の生物がいる。それは、人の記憶を自身に転写して消化することで活動する変わった虫で、これに専用の特殊な魔法をかけることで、虫が食べた記憶を周囲に映し出すことができるのだ。

 黒板に映し出された映像も、そうしたものだ。


「――以上の理由から、今年度受験者アステリア=エルソード、マリネ=イアンシェル。学院入学時点での魔法使いの技量平均を大きく上回るこの二名を、試験合格相当と見做そうとする意見。この是非はいかがか」


 黒板の一歩手前に設置された壇上から、厳つい声が響く。

 整髪料でぴっちりと撫で付けた白髪の頭に鷲鼻、四角い黒縁眼鏡をかけた中年男性。ローブの下の肉体は随分と鍛えこまれていて、純正魔法使いというよりも、モンクや魔法戦士という方が近い空気を持つ。もう随分と長い間この学院で教師を務めている人物であり、自他に厳しく、そして公正であることで知られる。きっちりしすぎてて大多数の生徒からは苦手がられているが、少なくとも授業のわかりやすさは誰もが認めるところであり、彼に共感できるような生真面目タイプの人物からは、生徒教師を問わずかなり信頼されている、リリエント魔法学院の名物教師の一人だ。

 彼の投げかけた問いに、部屋の机を埋める教師たちからの返事はない。沈黙――すなわちこの場合、賛成。

 数々の制限アリで学生も含むとはいえ、まがりなりにも魔法の研究や、その魔法を用いての戦闘における指導も行う教師たちが苦戦したゴーレムとの戦いで、前線で立ち続けた少女アステリア。

 そして、その問題のゴーレムを作った小人マリネ。

 全員が全員、むしろ在学している学院生徒の平均から見ても、軽く上位に食い込めるほどの実力だ。どちらも少々ばかり性根(特に後者は、マッドエンジニアの気配すら感じられる)を叩いて鍛えておいたほうがよさそうではあるが――むしろ、これが自身の魔法や行動を誰かに矯正されることなく、市井に溶け込んで生活するというほうがよほど危険だ。特に後者。特に。

 自身を制御できぬ魔法使い。偶然魔法の才覚を発露できてしまったという程度なら、各家庭でもある程度どうにかなる。だがマリネたちのように、市井にありながら既にある程度の技術を独力で身に着けてしまったパターンは別だ。

 このタイプのモグリ魔法使いは、しばしば自分の力量を見誤って、街中で魔法や自作装置を暴走させたり、無謀な行動に出ては、周囲に被害を――時には多数の死者すらも、もたらしてしまう。そういった事件の発生は、大陸のどこの国でも抱えている問題である。

 故に、誰もが首肯する。才能のある若者、様々な意味でこれを逃す手などない。

 ――と、そこでひとつの疑問が入った。


「その二名に関してはいいですが……もう一人の旅人の受験生。彼はどうなさるので? 今の決議に彼の名が出ていませんでしたが」


 会議室に数ある机の一つから発せられた疑問に、他の教員たちも追従する。

 そう、少なくとも先ほどの理由であれば、ゴーレム騒動に首を突っ込んだ最後の一人――受験者イグニース、彼の名前が質問の是非に並べられないのはおかしい。

 この大陸の常識的な観点から彼に関して、教員たちの印象をはっきりと言えば、『異常』の一言に尽きる。

 ありえないのだ。何もかも。

 数日間の間に、有名どころの魔法使いに、学院教師たちは何とか時間を作っては総当りした。彼に心当たりはないかと。

 しかし答えは全て『否』――誰も彼のことを知らない。

 有名どころでないならばと、教員たち各々が己の知る、心当たりとして浮上しそうな魔法使い全てを、連絡の取れる限りあたったが、やはりどこの魔法使いも彼を知らない(一部、知っていると言ったやからもいたが、全部嘘とハッタリだった)。

 ありえないことだ。あのイグニースという旅人が、魔法使いたちの間で無名というのは、絶対ありえないことだ。それほどまでに、彼の見せた技術は高度なものなのだ。


 ぶっちゃけていえば、彼の存在に何かしらの裏があるのでは、と勘ぐってしまうほどに、である。


 当然のように、場がざわめく。思いのほか重い議題に対する教師たちの話し声に、止めるものはいない。

 厳つい教師も、騒動当時ではともかく、今となっては開いた口がふさがらない思いだ。彼の見立てでは、イグニースという旅人、魔法使いの資質――魔力の量で言えばやや多め、下級だけであったが使う魔法そのものの技量も、高名な魔法使いの下である程度の指導をされた門下生程度、として納得できる。学生魔法使いの範囲内だろう。

 ただ、あの『詠唱術』だけは違う。魔法を行使する際に必ず必要とされる動作である『詠唱』に、何らかの特殊な要素を加えて強大な効果を付与するこの技術。その中でも特に習得難易度の高いことで知られる『圧縮詠唱(プレスキャスト)』に『多重詠唱(デュアルキャスト)』を、モグリ魔法使いが同時に使いこなすというのは、まず確実にありえないことだ。

 学院卒業生か、それに類する技量を持つと認められた、或いは高名な魔法使いからのお墨付きを得なければなれないリリエント学院の教師ですら、『圧縮詠唱(プレスキャスト)』を使えるのは半数かそこらで、『多重詠唱(デュアルキャスト)』ならばほんの一握り。両方同時に完璧に使いこなすとなれば、さらに減る。

 でなければゴーレム戦で、防御魔法担当の前衛と攻撃魔法担当の後衛にわかれる、などという戦術は取らない。

 さらに言うなら、もう一つ。

 彼が、登場と最後の場面で見せた三つ目の詠唱術。あの旅人は『倍増詠唱(チャージキャスト)』といっていたか。


 あれは、歴史に名を残した英雄や、賢者といわれたものが使ったとされる――それも、文献をあさったところで簡単その言葉に行き着くものではない、幻の詠唱術だ。


 おそらく、教員たちでも、知らないものがいくらかいるだろう。長い人生の中で多くの知識を得、様々な繋がりを持つ厳つい教師の知る限りでも、今現在この国でそれを使えるのは、たったの二名しかいない。

 それに、うち片方は、繋がりのあるもう片方から『彼も使うことができる』と、半ばいたずらのようにそう言われたというだけの、曖昧な情報だ――


「受験者イグニース。彼に関しては……」


 そうして、厳つい教師は、よく通る声でざわめきをさえぎりつつ、その質問に対し、視線を横にずらして答える。

 彼のいる壇上の真横、黒板からだいぶ右にずれたところに、孤立した席があった。


「――まず、学院長の意見をお伺いしたいと」


 彼に釣られ、教員たちの視線がいっせいにそこを向く。視線を受けて、孤立した席に座っていた一人の男が、どこか気だるげに首を動かした。


「んん……ワシかい? そりゃ、なんだ。心当たりでも、訊きたいんかのう」


 男から放たれた言葉は老人の口調であったが、その声は年老いていない。若者というほどでもないが、渋みの類もあまりない。

 それもそのはず。学院長と呼ばれたその人物は、三十台の前半にしか見えない男だったからだ。

 オールバックにした金の長髪に碧眼。いたずらっ子のような気配を漂わせる美貌の横から、ぴんと三角形にのびた長い耳が自己主張している。

 妖精人(アールヴ)――大陸に住まう人種の一つで、魔の扱いに長ける長命の一族である。この種族で見た目三十台というと、最低でもその五倍は生きていることになる。童顔であれば、十倍ということも。

 厳つい教師の知る限り、彼が『賢者』として歴史に名を残したのは百年以上前である。済ました顔で、優に年齢三桁が確定しているご老人だ。


「ええ、その通りです。あの倍増詠唱(チャージキャスト)という詠唱術、私の知る限り、教えられるのは学院長くらいのものですから。もしそうであるなら、一番面倒がありません」


 ――何せ彼の知る限りではこの学院長こそが、確定情報としてその技術倍増詠唱(チャージキャスト)を使いこなせる、唯一の人物なのだから。

 しかもこの人物、自分が責任ある立場だとわかっているのかいないのか、年甲斐なくいたずらが趣味という困った御仁だった。部下である教員たちがこの旅人を見て右往左往しているのを、一人事情を知っていながらニヤニヤ眺めていた可能性など、十分すぎるほどにある。

 正直、この会議で議題として取り上げられたこのイグニースが実は、学院長が密かに育てていた弟子であった、と言われても、この人物であればありうるくらいだ。

 そんな上司がいるひどい職場なのに何故これほどの教員たちがいるかといえばまあ、学院教師なら自分の研究室と研究費がもらえるのと、一応この人物も、やるときはやるし、そのときはカリスマとでも呼べるものを発揮できる人物だからか。普段はアレだが、それでも一応賢者と呼ばれてたり、魔法の権威だったりするのである。

 ただ今回ばかりは、そのオチがつくのが一番胃にやさしい。ここで彼が首肯すれば、そしてその内容が面倒のないものであれば、彼の扱いに対する悩みも、一気に減るだろう。


「んー……まあ、そうさのう。これ以上引き伸ばしても面白かァないし、実りもなさそうだから言っちまうかの。この小僧の発言、心当たりは大有りも大有りじゃよ。ワシの教え子ってわけじゃァないが、まず確実に関係者じゃなあ。でもって、ぶっちゃけたことを言えば、あれこれ考えるのは無意味じゃよ。ま、安全ってことでよかろうな」

「……その言葉、信用、できますか?」

「ま、今回はなァ。さすがに、これ以上イタズラで話を引っ掻き回すにゃちとこの話は重かろ(・・・)


 学院長と呼ばれた男は、言葉の最後の部分で、少しつまらなさ気な空気をかもし出した。半眼で、ふんと小さくため息。

 彼が、別段他人をからかっているわけではないというときの物言いだ。

 厳つい教師もそれを感じ取って、わかりました、と小さく答えて頷いた。そしてそれは、他の教師も同様だ。特に長いこと学院で教鞭を振るっているものたちは、この見た目三十路の老人のそのあたりのクセはある程度把握しているので、軽く一息ついている。様子を把握できていない年若い教師たちも、近くの別の教師に軽く説明されて、納得した。仮にも賢者の言うことだ。まあ、間違いはないだろう――そんな判断だった。


「では、改めて――受験生イグニースを試験合格相当としようと意見するが――是非はいかがか」


 学院長と厳つい教師の会話を聞いて、いまだざわめきが完全に消沈したわけでもない教師であったが――否定意見は、なかった。

 その瞬間、入学試験祭をきっかけとして教員たちに騒乱をもたらした三人の、合格相当が決定した。


「では、続いて、受験生イグニースの、これらの技術に関する話ですが、方々の混乱等を防ぐため――」


 そうして、一つの山場を越えて、議題は進む。

 学院長は、つまらなさ気な表情のまま、進む。


「――久しぶりに、あのお方に会えると思ったんじゃがのー。たまった仕事片付いたら、イグニースとやらに訊きに行くかの。我が師匠のこと(・・・・・・・)


 賢者のつぶやきを、聞いたものはいない。

 学院から、件の三人に呼び出しがかかる、前日のことであった。

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