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BBW旧六話・大空の旅人と、巨人の檻のお姫様。

「『ゲーム』流魔法……」


 魔法にも流派があり、有名な流派は強い、あるいは有能な魔法使いを輩出する。というより、強く有能だから有名になると言うべきか。

 だが彼の名乗ったそれは、その場の誰もがこれまで一度も聞いたことのない流派だった。これがこの戦いでなければ、誰もが一笑に付す名乗りである。

 まあ、そもそも流派名はイグニースが勝手に考えたものなのだから、そんなものは当然なのだが。

 だから誰もが困惑する。誰も知らないこの流派が、一体何なのか。

 ただ、それでも確かなことは一つ。


「凄い」


 目の前で、再び閃光の矢がゴーレムのパーツを吹き飛ばす。それを見て、つぶやいたのは誰だったか。

 彼が使った魔法は、この国の全ての魔法使いが、初歩として最初に習う基本魔法である盾の魔法(シールドマジック)矢の魔法(アローマジック)。および、その初級攻撃魔法を改良しただけの下級魔法。下から一番目が、下から二番目と三番目になった程度のもので、鋼鉄のゴーレムを相手にするには、正直どれも毛が生えた程度の違いしかない。

 なのに、違う。彼の放つ下級魔法は、もっと規模の大きい、桁違いの破壊力を持って放たれる。

 試験前までとは打って変わり、らんらんと目を輝かせて、左手の盾で味方を守り、右手の矢で次々と敵を討つ。その場の、他の魔法使いたちもそれを見て士気をあげる。

 まるで、物語の魔法使いのように。

 子供のころに憧れた古い絵本に出てきた、危機に陥った人々を助けてくれる、偉大な魔法使いのように、圧倒的に――


「あ、それで意気込んでカッコつけた直後で悪いんだけどさ」

「ど、どうしたのっ?」

「そろそろ魔力が半分切りそうだし、あんま防御が持ちそうにないから変わってほしいなーって」

「……ええー……」


 へらっと笑う彼に、絵本の魔法使いの幻想は雲散霧消した。

 やっぱり、どうにも頼りない。



「……もう一分、二分もたせて。それだけあれば、こっちもある程度動けるようになると思う。……いけるわよね?」

「ああ、それだけあれば、なんとかね」


 アステリアは、二重の意味で痛む頭を抑えながら告げ、同時に後ろの青年に尋ねる。治癒するのは自分ではなく青年だ。彼の同意も得て、彼女はまた二人の男のどちらも移らない方を見た。

 あんなの相手に、柄でもないことを考えてしまって、少し恥ずかしかったのだ。

 ――絵本の魔法使いって。ヒーローって。

 頭をゆるゆると振る。恥ずかしさの所為か、頬が少し熱かった。最後の問いも、青年に確認を取るのが半分で、恥ずかしさをごまかす為であるのがもう半分だ。


「そういえば、とりあえずこの戦いが、あの珍ゴーレムを倒してマリネを助けるのが勝利条件ってのはわかるんだけどさ……ゴッちんどうしたの? マリネと一緒じゃないのか?」

「マリーいわく、ゴッちんのゴは、ゴーレムのゴってことだそうよ」

「……まじで?」

「まじで」


 アステリアが言わんとしている意味を察せたのだろう。イグニースの攻撃の手が止んだ。

 あいた右手で眉間のあたりを揉み解し始める。ブツブツと何事かをつぶやいているあたり、彼もアステリア同様、奇妙にショックを受けるものがあったのだろうか。

 それでも左での防御だけは忘れていないが。というか、そちらまで忘れられては命が危ない。

 ちなみに、青年も何か色々あるのは察したか、口は挟まなかったとか――


「俺、昨日の夜とか割と本気でゴッちんを心配してたりしたんだけど。一緒に馬小屋来ないかって誘おうかと考えたくらい」

「……気持ちはわかるわ。その誘いはどうかと思うけど」


 頷きながら、額から流れた血を鎧の合間から見える服の袖でぬぐう。青年の治癒魔法を受けて、既に出血自体は止まりかけている。

 体は未だ節々が痛むが、戦えないほどではない。酷い頭痛と出血さえどうにかなれば、あとはどうとでもできる。根性だ。


「……ま、いっか。こういうのは深く考えたら負けだ!」

「いいの、それでっ?」

「問題ない! 俺はいつだってそうして生きてきたんだし!」

「貴方どれだけ人生適当に生きてるのよ!?」


 なんとも斜め上な前向き思考である。


「えーと、それより、そろそろ傷もふさがってきたと思うけど、どうかな」

「あ、そうだった……。ありがとう、これなら行けそうよ。イグニース、防御、代わる?」

「ああ、頼んだっ」


 戦場とは思えない二人のやり取りをぶった切った青年の言葉を皮切りに、まずアステリアが立ち上がった。

 若干足元がふらついているが、立てないほどではない。再び盾を手に取り、魔法を解除して後ろに下がったイグニースとすれ違いざま、力をこめて魔法の言葉をつぶやく。


「〝我が体は山の如く、我が力は巨岩の如く。地の重みと力の魔法――〟」


 盾と体に文様が走る。

 体に力がみなぎり、大地に足元がめり込んだ。

 そして、同様に重くなった盾を――行く手を阻むものがなくなって、襲い掛かってきた鉄塊たちに、たたきつけた。


「うわあ、派手」

「……さすが怪獣」


 後ろの男二人の声が聞こえる。

 馬鹿みたいな重量の盾のフルスイングをくらって鋼鉄のゴーレムのパーツが、あらぬ方向に吹っ飛んでいく。見た目ほどに威力があるわけではないのか、大破させられたパーツはなかったが、元よりそれは後衛の役目だ。


「それで、この後は後ろの先生を癒しながら、私が前衛、貴方が後衛ってとこ?」


 後ろで未だのびている(時折厳ついうめき声を上げているので、死んではいない)男性教諭を指差す。青年も、彼女が立ち上がった後はすぐにそちらに寄って治癒魔法をかけ始めている。


「いや、アステリアはここで後ろの二人を守ってて。俺は直接マリネを助けに行く。で、助けたら教職員陣全員で上位魔法を叩き込むってことで」


 イグニースが前を見た。彼女の盾と、そこから発せられた光の壁ごしに、ゴーレムのほうを見ているのだ。いや、正確に言えば、ゴッちんに今も捕まっているマリネを。


「はあっ? 何行ってるのよ、貴方、できるわけないじゃない! それって、あの飛び交うゴッちんのパーツの嵐に突っ込むってことよ!? しかも、まだ何か変な機能があるかもしれないのよ!?」

「いくら君が凄くても、無茶だ! あのゴーレム、敵の識別機能がおかしいだけであとは正常なんだ。主人狙いなんてしたら、間違いなく攻撃が君に集中するぞ! いくら君が多重詠唱(デュアルキャスト)を使えるって言っても、こちらの攻撃まで持たないだろう!」

「んー、でもそれが一番手っ取り早いからなあ。確かに、確かに時間をかければ、すぐに増援も来るだろうし……仮にこなかったとしても、魔法学院の先生なんてやってる人たちが相手なんだ、そのうち鎮圧できるだろうさ。今も、周りの班は危うげなく攻撃を処理してるし」


 でもなあ、と続け、


「それだとほら、マリネが結構キツそうじゃない。今も必死にしがみついて。あの子さ、俺が駆けつけてきた時、ほとんど悲鳴みたいな声でアステリアのこと呼んでたぜ。こりゃもう……パパッと、やれるならやるにこしたことはないよな?」

「……それは」

「そうかもしれない、が、それとこれとは別問題だ。だからって危ないことはさせられない」


 そもそも、君だって本来こちらで守らなければならないんだ、と言い切った青年に、イグニースは再び笑みを深めた。


「いやだね。実はさ、これ見たときからずっと、ここで思い切りカッコつけてやるって決めてるんだよ、俺。上位魔法禁止縛り、攻撃の嵐、お姫様を奪還したら追っ手がやってくる、こんなシチュエーション……燃えるね! それに、この手の戦いは(・・・・・・・)――得意分野(・・・・)だ!」


 叫んだ。

 そして、彼の足元に、大きな緋色の魔法陣。姿勢はクラウチングスタートで、帽子を片手で少し、上側に傾ける。


「君、待――……!」

「〝跳躍(ハイジャンプ)の魔法!〟 そんじゃ他の組のみんなも、援護と、でっかいのの準備よろしく!」


 青年が待ちなさいという間も、彼女が何か言う間もなく、イグニースの体が、空高く、アステリアの盾を飛び越えて、前方に向かって吹っ飛んだ。


「あ、ああああのバカっ!? 何、もしかしなくとも実は混乱してるのっ?」


 一拍遅れて、アステリアが叫ぶ。即席コンビであったが、相方の突飛な行動に対するリアクションはほぼ同じであった。

 案外、行動原理こそ違えど、似たもの同士なのかもしれない。



「マリネ、今助けにいくからなっ!」

「イグニースくんっ?」


 高く飛び跳ねる跳躍の魔法を使って空中に躍り出たイグニースを迎えたのは、当然のように彼のことも敵対者として識別したゴッちんのパーツとマリネの驚く声、そして他の学院関係者たちの視線である。

 空を飛ぶ魔法は――いや、空中を移動する魔法はこの国にも、他の国にもない。それを可能とする技術がないのである。空飛ぶ敵の群れの前に投げ出されるというのは――即ち、逃げ場がないということだ。

 主人たるマリネを守るためだろう、バックパックの周囲に待機していた十数個のパーツ、そして攻撃に回っていたパーツからもその数割が、イグニース一人に全周囲から殺到する。

 後ろから、アステリアの叫び声が聞こえてきた。ばか、だの、にげろ、だの、半ば罵声と化している。


「イグニースくぅん、そんな、危険ですよぉっ!」


 彼に殺到する鉄塊を見て、マリネが血相を変えた。後ろから光の玉が幾つも飛び交い、鉄塊のいくらかを打ち払うが、それでも勢いは止まらない。

 イグニースの体に、鉄塊の影が降りた。激突まで秒読み。しかし、それでも彼の余裕の笑みは崩れない。

 ――大丈夫。

 彼の口元が、そう動いた様に、彼女には見えた。


「――――――――――――」

「えっ――?」


 そうしてふと見た彼の口が、何とも形容のし難く、何といっているのかもわからない奇妙な発音を繰り出す。

 わずか半秒のその発音にあわせて、唐突に彼の足元に魔法陣が描かれた。


「秘技――〝二段跳躍(ジャンプ)の魔法!〟」


 イグニースが、空中で空高く……数メートルほど、跳んだ。

 あまりにもありえない移動方法に、ゴッちんのパーツもついていけずに突進を空振りする。

 ついでに、後ろから継続的に飛んできていた魔法の援護や、アステリアの声も止まった。


「な、なんですか、その魔法……!」


 空中を思い通りに移動する魔法は、この大陸には存在しない。

 何故なら、それを可能とする技術が、ないからだ。

 ゴーレムのパーツのように、確かに宙に浮いて動かせるものもあるが、それは空を飛んでいるのではなく、見えない紐でくくりつけて、吹っ飛ばして操っている、という感覚に近く、物を飛ばすには術者が発射台にならなければならないために、自分が飛ぶことはそもそもできない。

 その他にも、空中移動をする魔法と銘打ったものができても、様々な理由からとても実用化にいたらないものばかり。それがこの大陸で、この国だった。

 それが、今までの常識であったのに。


「既存の跳躍魔法を、空中で使えるようにアレンジしたんだ。……まあ、詠唱に時間がかかるから、詠唱言語の圧縮による短時間詠唱――圧縮詠唱(プレスキャスト)なしには空中で使えないんだけど。多分、今までこの魔法がなかったのもそのあたりが原因なんだろうな」


 マリネには、いや、マリネたちには言っていることが滅茶苦茶に感じられた。

 イグニースはこともなげに言ったが、圧縮詠唱(プレスキャスト)多重詠唱(デュアルキャスト)ほどではないが、市井にいては習得など不可能と言える程度のレベルではある、非常に高度かつ特殊な魔法詠唱法なのだ。

 それを前提に、今まで誰も考えようとも――或いは、考えても実用化できなかった魔法を行使する、異質にして前代未聞の魔法使い。


 何なんだ、この旅人。


 誰かがつぶやいたのが、風に乗って聞こえた。

 ありえない――ありえない!


「右、〝二段跳躍(ジャンプ)の魔法〟左も、〝二段跳躍(ジャンプ)の魔法〟」


 両の手に魔法陣を宿し、飛ぶ。

 誰かのつぶやき声も、皆の心の声も、全てを無視して、旅人が空を翔る。

 彼我の距離、およそ一五メートルと言ったところか。

 鉄塊が何とか追いすがろうとするが、多重詠唱(デュアルキャスト)圧縮詠唱(プレスキャスト)による素早い連続跳躍に追いつけず、回り込んでも、その複雑な機動についてこられない。

 さっきまでまっすぐ前に飛んでいたのが、一瞬後には真上へ飛び、それを見つけて飛び掛ればもう次の瞬間に横っ飛びしている。

 いよいよ、空中を跳ねながらこちらに近づいてくるそれを、最大の脅威と判断したのだろう。

 周囲に散っていたパーツが次々と集結し、イグニースに飛び掛る。


「下級魔法はいいよ。圧縮と多重化があれば、こうしてかなり自由に動き回れる。圧縮してもある程度時間のかかる上位魔法じゃ、こんなのは無理だ」


 なのに、無駄に時折カッコつけながら空を飛ぶ旅人に、どうしても追いつくことができない。

 気づけば旅人は、鉄塊など完全に振り切っていた。

 もう距離もほとんど詰まっていて、今は天高くに舞い上がり、マリネの小さな体を見下ろしている。

 邪魔をする鉄塊は全て眼下。

 周囲に広がる世界の全てが、今目の前に移っている。

 味方に、敵。鳥のように俯瞰するその光景から、彼には全部が見えている。


「さあ――仕上げに今からお姫様奪還だ! 全員、上位魔法の準備を!」


 しかしイグニースの声に、しかしすっかり呆けてしまっている教職員たちは、誰も答えようとしなかった。

 常識が完全にぶち壊されている所為だ。

 全員、夢でも見ている気分になっている。学生など、自分の頬をつねっているものすらいた。アステリアとマリネすら、例外ではない。


「……あれっ? お、おーい、皆ー!」


 全てを見ておきながら、いまさらにしてイグニースも味方の現状に気づいた。

 味方が全員、彼を見て固まっている。

 彼の頭の中では、このあたりで全員がイグニースの声に呼応して魔法を唱え始めるはずであった。が、誰も彼も、その声にこたえない。

 何故か、と問うよりも、『まずい』という思考で頭が埋め尽くされた。

 ここで周りが動いてくれなければ、今まさにこちらに飛びかかろうとしている鉄塊たちに、袋叩きにされるのは目に見えている。

 そうなったら、多分、いや、確実に、とてつもなくカッコ悪い。というかそれ以前に、凄く痛い。……そんな風に考えてか、彼は頭を抱えた。


「お、おーい、みなさーん――」

「――総員、さっさと魔法構えろ、呆けている場合かッ! 後衛、上位魔法の使用を解禁する! 各自の最高威力の魔法、可能な限り早く準備しろッ!! 生徒ですらない市井の旅人が死力を尽くしているんだぞッ!」


 そこでイグニースの切実な声をさえぎって、一人の教員の厳つい怒鳴り声が全員の耳朶をうった。

 比喩でなく大気をビリビリと振るわせる怒号が、全員をはっとさせる。

 そう、気づけば、呆けることができるほどに……完全に、ゴッちんの攻撃が旅人一人に向いている。

 今ならば、大きな魔法を詠唱する隙がある。

 そして、もしもあの非常識な彼が、本当に少女を奪還できれば――


「後衛は上位魔法の詠唱! 前衛は盾の魔法をやめて、矢の魔法で旅人の援護だ! どうせ、こっちから多少攻撃しても、主人を奪還すれば最重要ターゲットはすぐ向こうになる、全魔力を攻撃につぎ込め!」

『――了解ッ!』


 ようやく動き出した教職員たちを見て、その教員はため息をついた。


「で、いいんだったな。全く、なんて受験生だ。今年は荒れる予感がしてならん」

「いやあ全く。あと、大声ありがとうございます、先生」

「入学試験祭が終わったら、今回の事件に関わったやつら、全員説教な」

「……お手柔らかに……」


 結局イグニースの作戦を教師たちに伝えた人のよさ気な青年と、真っ先にそれに合わせて動いた厳つい声の男性教師は、短いやり取りの後、魔法の詠唱に入った。

 ついでに、失敗しやがったら承知しねえ、という呪詛も魔法に込めつつ。



 ようやく動き出した学院関係者陣を見て、イグニースは心底ほっとした。これで失敗なんてしたら、目も当てられない。


「〝炎を宿す、我は猛き魔弾の射手――〟」


 そして最後に必要な魔法を、旅人は構える。圧縮せずとも簡単に唱え終わるその詠唱は、最下級攻撃魔法である矢の魔法を、威力偏重に特化させて、ついでに炎をまとわせただけの簡単なものだ。魔弾など、大言壮語もいい所。


「〝炎を宿す、我は猛き魔弾の射手――〟」


 しかし彼が放てばそれは、鋼鉄の拳すらぶちぬく、本物の猛き魔弾となる。


「〝――炎を宿す、我は猛き魔弾の射手〟」


 多重に詠唱された魔法の陣が、天に描かれる。その全てが、高く掲げた右手の中に収まっている。魔法陣の中心に浮かぶ炎の固まりが、一つの詠唱ごとに倍に、倍にと大きくなっていく。

 ……その詠唱は、もはや多重詠唱(デュアルキャスト)ですらなかった。

 一つの魔法を幾重にも重ねて効力を倍増し、より強力な魔法へと拡張・昇華するそれは、その場のほぼ全員が知らない詠唱法。

 更なる魔法の境地の一つ。


「師匠いわく――名づけるなら、『倍増詠唱(チャージキャスト)』。そして倍増したこれを、〝剛撃矢の魔法ストロングアロー・マジック・魔炎弾オブファイアエレメント〟……〝三倍拡張詠唱トリプルチャージキャスト貫通撃(ペネトレイト)〟」


 大空より俯瞰するこの光景には、地上からこちらに向かう全てが見える。

 呪文を唱える魔法使いたち。

 飛び交う魔法の矢。

 迎え撃つ鋼鉄の軍勢。

 大地に浮く巨人の背中に、落とされぬようしがみつく姫。

 巨人を構成する部品たちが、一つの大きな渦と化した。

 ゴッちんドリル、作り手がそう命名したその機能を、パーツの全てで行おうというのだろう。

 学院の門前で見た人々のうねりよりも、よほど恐ろしい鋼鉄の軍勢のドリルが、天を貫かんばかりに旅人へ殺到した。

 それを横撃する矢の魔法は、少しでもその渦が旅人の下へたどり着くのを遅れさせようと、先端部分を狙って撃つ。鋼鉄は次々と爆ぜ、はじかれ、明後日のほうへと消えて、それでもなお渦巻いて天へと向かう。

 まるで、物語の中の戦場のような光景だった。

 鳥の視点から全てを見た旅人は、高く掲げた右手を、大地に突き出した。

 無数の矢の魔法に守られ、狙う場所はただ一点。


「ぶち抜け」


 見定めた、助け出すべき少女の隣に――巨人の足元にその手が向かう。

 もはや一条の閃光(レーザー)と化した緋色の矢が、巨人との間に繰り広げられる戦場を――巨人のドリルを貫いた。

 それどころか、主人を守る鋼鉄の守りすらも。全てがあって無きが如く、衝き抜かれる。


「〝二段跳躍(ジャンプ)の魔法!〟」


 その閃光によって戦場に空いたわずかな穴に、イグニースは躊躇うことなく飛び込む。

 元々それは、人間の体を数メートルほどの高度まで一気に跳躍させるという魔法だ。効果は一瞬。しかし、その一瞬で放たれるエネルギーは非常に強力。

 それが真下に。重力に一切逆らわないその魔法は、本来一瞬であるはずの魔法に持続性をもたらす。

 止まらない。

 止められない。

 周囲の戦場の何もかもが、旅人に追いつくことができない。

 鉄塊の傍を次々通り抜けて、彼は鋼鉄の巨人の足元に到達した。

 天空のかなたから、瞬きする間に目の前にたどり着いたその姿を見て、マリネは目をぱちくりさせる。


「イ、イグニースくん――」

「で、〝跳躍(ハイジャンプ)の魔法〟っと……。さ、助けにきたよ、お姫様」


 矢の魔法の射出から、わずか数秒。旅人はいともたやすく、鋼鉄の守りを抜いて、小さな少女の手をとった。


「あとは、逃げ!」


 何せ、まだ周囲にはゴッちんパーツの取り巻きが幾らかあるのである。ここから逃げ出し、そして学院魔法使いたちの情け容赦無用の上位魔法で、完全にゴッちんを吹っ飛ばす。それまでが戦いだ。


「ふぇっ!?」


 イグニースは、その場で素早くマリネをお姫様抱っこすると、再び空に飛び立った。

 彼女が何か言う暇もなく、ぎゅうっと、その華奢な体が力強く抱きしめられる。

 腰に差してあるスパナやハンマーなど、この腕でどうやって振るうのか、さっぱりわからない、小さな体だ。もう少し力を入れれば、折れてしまいそうな――

 ただ、それだけに下手に落としたり、攻撃を受けたりもできず、より力強く、密着して抱きかかえようとしてしまい、彼女はより強く深く、イグニースにくっつくことに。

 そしてこういうのには慣れていないのか、マリネの顔が真っ赤に染まった。


「え、あ、い、い、いぐ、にす、さんっ?」

「ん? ……ああ、空中は少し怖いかもしれないけど、逃避行の為にやむなしってことで、我慢してくれよ?」

「あの、そ、そうじゃなくて、なくて、あの、あの……ふにゅぅうう~」


 マリネが、頭から蒸気が立ち上りそうなくらい顔が真っ赤になっている理由を、ついにイグニースは察することができず――彼女はついに、下の魔法使いたちが無事に大爆発や風刃の嵐など数々の大魔法を唱え終わり、ゴッちんを物言わぬスクラップへと変えるまで、ずっとそのままなのだった。


 無事にこの戦闘が収束した後、助け出された彼女は、完全にろれつが回っていなかったという。


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