BBW旧四話・騎士と鋼鉄、回転の浪漫。
「グラウンド、広……さっすが魔法学院」
「というか、思った以上に近いのね。道理で中の悲鳴が外まで聞こえるはずだわ」
事件の数分前――学内に入ったイグニースたちは、案内にしたがって灰色のレンガで作られた校舎の中を進み、試験会場のグラウンド手前に来ていた。
とは言うが、アステリアの言葉通り、一分かかったかかからないかという近距離である。未だ、後ろからは外の大賑わいが聞こえてくるし、逆も然りであろう。
思い思いに話などをしながら連れられてやってきたそこには、幾つかのの水晶球が乗った机が二つと、それに並ぶ二つの列があった。
先の様子を見てみると、彼らの前に来ていた受験生たちが水晶球と同じ人数だけ前に出て、一人ずつぺたぺたとそれに触っている。片方の列は、触るたびに水晶が何らかの色の光を放っている。もう片方が、大半が沈黙。光るのは僅かだ。
「何やってるんだろ、あれ」
「魔力の有無を判別するための魔法装置ではないでしょうか~? 触れたものの魔力に反応して光を放つとか、たぶんそういう感じのだと思いますよ~」
「へえ、わかるの?」
「たぶん、ですけどね~。私、魔法装置とか好きでしてぇ」
「というか、この分だともしかして、割と最後まで一緒だったりする?」
その光景を特に興味深げに見ていたのはイグニースと、ゴッちんの腕にしがみついて視界を確保していたマリエである。アステリアのほうは水晶球にあまり興味は内容で、視線は別の場所にいっている。
やがて、案内係から声がかかった。マリネの言ったとおりに水晶球は魔法の資質を調べるためのものであり、ここで魔法経験者とそうでないものに列をわけると――片方の机の水晶球が光りっぱなしなのは、つまりそちらは全員魔法を使えるから、ということなのだろう。
列に並んで、今度はアステリアの見ていた方……奥のグラウンドのほうを見れば、魔法経験者組の列が的に向かって魔法を放っているのが見える。経験者はおそらく魔力調査の後、魔法の披露を行うことになっているのだろう。そちらも、複数人が同時に試験を行っている。
さらに一方で未経験者組のほうを目で追うと、こちらは別の部屋に案内されるようだった。未経験者達は廊下の窓から、グラウンドで放たれている魔法を見ながら別の場所へと歩いていっていた。あちらもあちらで、専用の試験か何かがあるのだろう。
自分達は全員魔法経験者組に属するので、何があるのかはわからないが――途中まで魔法使いとそうでないものが一緒くたなのは、そのほうが未経験者もやる気が出るからだろうか。
「俺の人生の春が終わったぁぁぁぁあああああああああ!! 魔法なんて消えちまえチクショーッ!」
……まあ、ここで完全に魔力ナシと判断されたものにとっては、目の毒以外の何物でもないのだろうが。
泣きながら錯乱してどこかへ走り去っていった受験者を尻目に、ようやく彼らも水晶球の前に並ぶ。ちなみにマリネとゴッちんのコンビは、試験官にどういう説明をしたのか、本当に二人で一組扱いだ。ギリギリでイグニースよりも一つ前の組に組み込まれて、一足先に悠々と水晶球を光らせて、ゴッちんといっしょにグラウンドへ向かって行った。
そこから先は、イグニースもアステリアも、目の前のことに集中していたので、何が起こったのかはよくわからない。
水晶球にさわり、試験官を勤めているおそらく教員であろう人物と二言三言、試験の一環なのであろう言葉を軽く交わして、
直後、爆音が響き渡った。
「きゃうっ?」
という、マリネの気の抜けた悲鳴を伴って。
突如、校舎の上や、グラウンドの中ほどなど、あちこちが同時に爆発を引き起こす。悲鳴も聞こえる――何人かが爆発に巻き込まれているのか、それとも至近距離で爆発が起きたことによるものか。
校舎でも爆発が起きているのだろう、ビリビリと激しい振動が床や壁から伝わってくる。周囲の受験者や、バイトの生徒であろう学院関係者が浮き足立った。
イグニースも校庭から吹き付ける爆風で帽子が飛ばないように押さえつけつつ、上ずった悲鳴を上げる。
「な……なんだぁ!? 爆発!? テロ!?」
「それよりも今、マリーの声が聞こえたわよ!」
アステリアは昨日今日で友人になった少女たちのことを思い出し、彼は唐突な爆発に目が行って、同時に校庭を見る。
もうもうと土煙が立ち込めていて、そこは殆ど視界がきかない。ただでさえ突然のことな上にそれもあって、一体何が起きたのかがさっぱりわからない。だがその半面で、これが尋常でない事態なのだけは理解できた。何せ爆発だ。明らかな攻撃だ。
そして、警戒すべき状況であると二人が――その場の全員が悟った瞬間、シュルシュルと奇妙な音が周囲に響く。
グラウンドの土煙を突き破って、丸い玉のようなものが、その奇妙な音を放つ火を伴って、幾つも飛来してきたのだ。
「えっ――」
瞬間、彼の視界が真っ白に塗りつぶされた。
「――伏せなさいッ!」
直前にアステリアの鋭い声が響く。後ろから彼女がイグニースの頭を帽子ごと引っつかんで地面にへばりつけ、そのすぐ前に大盾を構える。白かった視界全部を占拠する黒く四角い影に、薄黄色い魔力の光で文様が描かれる。
「うあっ!?」
「くぅ……っ」
間髪いれず、爆発の衝撃が今度は彼らの目の前で起こった。
彼女の苦悶の声。先ほどの揺れなんかとは比べ物にならない衝撃と閃光、爆音をそばにいただけのイグニースも全身に感じて短い悲鳴を上げる。それに比べて、盾越しに直撃を受けたアステリアが声を漏らす程度で済んでいるあたりは、二人の防御能力の差なのだろう。
彼らを襲った爆発から間髪いれずに、周囲でも多重に爆発が起きる。
もともと飛んできたモノはたくさんあったのだ。彼らの元に飛んだのはほんの一部。残りのそれらはでたらめな軌道を描いて、壁や床にぶつかっては今も周囲で爆発を引き起こしている。
まともに立って歩くことすらできない振動と炸裂音の嵐の中で、飛んできているものに思い当たったのか、イグニースがうめいた。
「こ、これ誘導式魔力爆弾か? 設置者の設定に従って目標を自動追尾する小型爆弾……! 下級攻撃魔法程度の威力だけど、数が多い!」
土煙と、一瞬気が動転していたせいで、あたる直前まで気づけなかった――アステリアがとっさに音を感知して反応できたのは、彼よりも幾分か警戒のレベルが高かったためだろう。
よりにもよってこちらを狙ってきた第二陣は、アステリアが組み立てた防御魔法にいくつか、そして残りはもろに周囲の試験会場にぶちあたって、そこを破壊している。既に、校庭に面した壁は完全に崩れて丸裸だ。
「全員、大丈夫か! くそ、どうなってる!」
「誘導式魔力爆弾を撃ち込まれたみたいだ! 校庭が吹っ飛んでる! 誰か警鐘鳴らせ!」
「こ、こっちは受験者を保護してます、先生! 受験者の皆さんは、はやく避難を! こっちならまだ安全ですから!」
少し遅れて後ろのほうから、その場にいた学院関係者の慌しい怒鳴り声が響いてきた。
振り返ってみてみると、試験官たちが手に杖や剣などを持ち、薄い光でできた壁を展開している。大半の受験者はその後ろ側だ。
だが、イグニースたちがそうであるように、うまい具合に近くの学院関係者の防御範囲に入れなかったものも見受けられる。ゆれる床にしがみつきながら、なんとか魔法の盾の後ろ側へ行こうとしているが、かなり危なっかしい。
この不意打ちにさらされた受験者の避難で学院側の人員の身動きが鈍い――この瞬間を見計らってか、はたまた考えなしにたまたまか、正面からの爆撃が終息し、建物の揺れが止まった隙に、アステリアが外へ駆け出す。
「おい、どこ行くんだよッ」
「決まってるじゃない! マリーは校庭にいるのよ!」
「学院の人に任せるトコだろ、これ! それに、あっちはゴッちんだってついてる!」
「ゴッちんがいるからって安心しきれるわけでもないでしょう。私一人ならさっきの攻撃くらいなら防げる。こんな状況なら、私が行くのが一番速いわ。貴方も後ろに下がって避難しなさい!」
言うや否や、彼女は光る盾を引っつかんで土煙の中に消えていった。
あせりのようなものが顔に浮いていた。どう見ても明らかに、平常心を失っている。素早く爆撃に対応できたあたりでも、精神的にかなり落ち着いているようだとイグニースは踏んでいたが――
「あ、あのバカ……!」
何が起こっているのかもわからないのに、かなり高確率で危険であろう場所に飛び込むやつがあるだろうか。しかも、周囲にはある程度経験をつんだ魔法使いたちがいるというのに。
毒づいて、彼女を追ってついていこうと立ち上がったイグニースだが、その動きが途中で止まる。彼の腕を、試験官の手伝いをしていた学生がつかんだのだ。
後ろを見れば、わずかな間に教員たちが集まって、受験者の避難を始めている。状況の建て直しが早い――ほかの全員にとってはいいことに。そして、アステリア同様、彼らに隙がある今のうちに校庭に出ようとした彼にとっては、とても悪いことに。
「離してくれッ。校庭にマリネとゴッちん、それにアステリアが!」
「友人が校庭にいるのか!? わかった、それなら僕らが探す! だから君は避難を。非常時なんだ、従ってくれッ」
振りほどこうと思ったが、自分を押さえつける、見るからに人のよさそうな青年の青ざめた顔に、一瞬その気が殺がれる。既に教職員たちが立ちなおしているこの状況だ。ここで暴れたところでほかの試験官に押さえ込まれるだけだろうし、他の受験者たちの避難行動にも迷惑がかかってしまう。
「…………」
昨日あったばかりの、ダイナミックな幼女とそれに付き従う襤褸布巨人、最後に大胆な少女騎士の姿を脳裏に思い描く。
出会って一日。しかし、知り合って一日目とは思えないであろうというくらいに面白く話せる少女たちだ。
未だゴッちんとはうまくコンタクトが取れていないものの、自分を押さえつけている青年の言うように、彼も含め友人――と、そう呼んで差し支えないだろう。いや、もし彼らと一緒に入試に合格できて、付き合いが今後も続くようなら、親友とすら呼べる日がくるかもしれない。それくらい、面白い三人なのだ。
「……わかった。三人をお願いします」
だが、三人のためだからと後ろの人々に迷惑をかけるわけにもいかない――
ついに警報の鳴り出す中、校庭に背を向け、避難誘導をしている学院関係者のもとにイグニースは駆け寄っていった。
「マリー、ゴッちん、いる!? マリー、ゴッちん! いたら返事をして!」
冷静さを欠いたまま走っていったアステリアは、校庭の土煙の中で、鳴り響く警報に負けないよう友人の名を叫んでさまよっていた。
土煙の範囲が想像以上に広い。
この中に一体何が潜んでいるかもわからないのに――その焦りからか、足ははやり、喉も枯れるの上等とばかりに、大声を出す。その大声が、探し人ではなくこの爆撃の犯人を引き寄せるのではないか、ということにも思い至らない。
「ゴッちん! マリー、マリーッ!」
頭の中で、さっきの爆撃にマリネたちがもし巻き込まれていたら、その可能性がひたすらに渦巻く。彼女に怪我はないだろうか、彼女は無事なのだろうか、マリネたちは生きているのだろうか。
脳裏に浮かぶいやな予感が両肩にのしかかる。
彼女がいなくなりはしないだろうか。
父が貴族の地位を剥奪されたときのように――親しくしてくれた使用人も、貴族の幼馴染も、何もかも一夜のうちに消えてしまったときのように……否、それ以上に。貴族と落魄した平民の出会う確率以上に、正者と死人は出会えないのだ。
あのダイナミックな凸凹コンビに万が一にも危険がないかと、叫び続ける。
出会ってたった一日の友人を探して、走り回る。
「――ぇ……!」
「マリー、ゴッちん! 近くにいるの!?」
焦りの生んだ幻聴か、そうでないかはわからない。一瞬、探している少女の声が聞こえた気がして、彼女はその声がした気がする一方を振り向いた。
「さい……」
かすかな声とともに――視線の向こう、砂塵の中から、重く、足音が聞こえてきた。
鎧のような、鉄のこすれる音を伴う響きだ。打ちつけるような、大きな音だ。
「マリーッ」
かすれて消えそうなマリネの声を頼りに、土煙の中で目を凝らして駆け寄る。
やがて、大きな影が土煙の中に浮かび上がった。鎧のような靴のシルエットが見える。見覚えのある形状である。
それは、各パーツが太さ半メートル弱という人間にしてはやけにずんぐりむっくりの、全身鎧に似た形をしていた。がっちりと全身を固めていて、男か女か、何の人種なのかもわからない。ただ、人間にしてはありえない巨大な体躯と、両の肩には本来鎧には無い大きな四角い盛り上がりがあるのが特徴で、それにも見覚えがあった。
「……ゴッちん、よね? だ、大丈夫だった? マリーはどうしてるの?」
語尾を疑問形にしつつも、呼びかけてみる。疑問系でこそあるが、紛れもなくその影は、マリネの相方のそれのはずだ。さっきまでは全身を布に包まれていてどういう中身なのかはわからなかったが、間違いは無い。
それがゆったりとしたペースで、一定のリズムで、煙の中、機械的にこちらに歩み寄ってくる。相も変わらず非感情的に。
この非常事態の中で、不気味なくらい、昨日と同じように。
「ね、ねえ、ゴッちん、聞いて――」
「た、たす……たすけてぇ……くださぃい……!」
その、ゴッちんの背中から――マリネの弱弱しく助けを呼ぶ声が聞こえた。
砂煙の中で、ゴッちんが突然アステリアに向かって拳を突き出したのは、同時だった。
「ッ――つぅあッ!?」
咄嗟に掲げた盾と、視界を削る砂塵の中から出てきた鈍色の鉄拳が激突する。咄嗟のことで防御魔法も使えず、重量も素のままの彼女の体が、一メートルほど吹き飛ぶ。
「ご、ゴッちん、マリー! ちょっと待って、どうしたの!? 一体何が起きてるのッ」
一度地面にたたきつけられるものの、飛ばされた勢いのままに転がって即座に立ち上がる――そこに、今度はその巨体が飛び上がって土煙を突き破った。鈍色の全身鎧の姿があらわになり、そのまま彼は止まらずに体当たりを慣行する。
一体なんでゴッちんが突然襲い掛かってくるのかはわからないが――冗談じゃない!
高さ数メートルの鋼鉄巨人の体当たりなど、当たればただではすまない。横に飛びのいてよけるが、そこで、ゴッちんの股関節が小気味いい音を鳴らし、股間より上が足から離れて宙に浮いた。足など飾りといわんばかりの光景だ――
「……はい?」
人間として……というか、おおよそ彼女の知る限り生物としてまずありえないその動作に、思わずアステリアの動きが止まった。
ついで、地面の上に残された足首から上がまた分離し、そして宙に浮いて飛び膝蹴り――というか、飛行膝蹴りを放つ。
「ちょッ、な、何ッ、何これ、ホラーッ?」
あわてて、飛来した膝を今度は防御魔法込みの盾でなんとか受け止めながら、もはやこちらも悲鳴といってもいい声をあげる。幽霊憑きの鎧だって、こんな膝だけ飛行するなんて器用な真似やらないだろうに。
「そ、その声、ステラちゃぁん? ステラちゃん、いるんですかぁ! 今、今ピンチなんですぅ! へるぷみーですぅ、助けを呼んでくださぁい……!」
「いやそれよりもゴッちんが! ゴッちんの足が飛んでる! 何なのこれ!」
指をさして叫ぶ彼女の前で、今度は宙に浮きっぱなしの上半身が旋回をはじめた。そのとき初めて、ゴッちんのバックパックにかろうじてしがみついているマリネの姿があらわになるが、そちらに駆け寄るよりも前に今度は鎧の両腕が飛んだ。
ひい、と上ずった悲鳴を上げて、宙を大きく旋回する両腕を回避。さらに飛んできた両膝は、魔法で無理やり受け止める。もう無茶苦茶だ。
「そ、それがですねえ……昨日今日でゴッちんに改造を施したとき、エラーがでちゃったみたいでしてぇ、自動戦闘モード時のゴッちんの敵識別機能が狂っちゃってるんですぅ! 誰か、止められる人をよんでくださぁい!」
「は、はあ? ……っと、エ、エラー? 敵識別機能? まるで、装置か何かみたいな――って、まさか」
いや、まさかもなにも、膝と腕を飛ばすような生物はありえない。そして、空を自由に飛ぶかはともかく、腕を飛ばすような真似をするものには、彼女にも心当たりがあった。
「ねえマリー、つかぬことを聞くんだけど……『ゴッちん』の『ゴ』って、『ゴーレム』の『ゴ』?」
「その通りですぅ~……! ご、ゴッちん回らないでぇ目がまわりゅぅ……!」
「嘘って言ってよ!?」
あのゴッちんが、命令で動くだけの魔法人形。彼女も、そしておそらくイグニースも、てっきり彼らの知らない人種なのだと思っていたが……。
だがまあよくよく考えてみれば、確かに一回もしゃべっていないし、行動をしたときは必ずマリネの命令がついていたし、入試に際しても、ゴッちんがゴーレム……即ち『マリネの魔法』扱いであるなら、納得はいく。
いくのだが、しかし、奇妙にショックである。
一方でマリネの言葉を命令と判断したか、ゴッちんの旋回が止まった。ついでに、浮遊した腕と膝が本体にガッシンとくっついて、何故か最後の射撃でもしそうなポージング。意味がわからない。製作者の趣味なのだろうか。
「とにかく、今ゴッちんは、私以外のみんなを自動で敵と認識しちゃっているんですぅ! このままだと、学院やステラちゃんに誘導式魔力爆弾幕なんて目じゃない……『浪漫兵器!』の数々が……!」
「ちょ、何それ怖い! っていうか、浪漫兵器のとこだけ生き生きと言わないで!」
不吉すぎる言葉に悲鳴を上げながらも、また四肢が飛んできても魔法で防御できるように、少し距離をとって身構える。盾の表面を走る文様の光量が強まり、その護りの力が強まる。
「気をつけてください、たとえば腕や足を飛ばしても防御されるような頑丈な敵だと――」
ぐっとゴッちんが身をかがめ、大きく踏み込んだ。
右腕を腰だめに構え、指を伸ばして抜き手の形にする。
「〝我が体は山の如く、我が力は巨岩の如く! 地の重みと力の魔法――〟」
明らかな攻撃の気配を感じ、詠唱を始める。全身から吹き荒れる燐光が、文様の形状として収束し、彼女と盾の隅々までを走る。
土に足がめり込み、ぐっと盾を構えた。鋼鉄どころか、こうなれば大砲でもなければ突破は難しい。
その防御力を前に、突き出されたゴッちんの右腕が――猛スピードで回転をはじめる。
回転する右腕と彼女の盾がぶつかり合う。今までアステリアが聴いたこともないような、甲高い音が周囲に響き渡るが、伝わった衝撃は、強化をする前の時点で防げた膝の一撃とそう変わりはないものだ。
これなら大丈夫と、そう判断したのは一瞬だった。
ガラスを割り、鉄板を無理やり捻るいやな音が伝わった。
今までの攻撃とそう変わらないはずのゴッちんの一撃が、盾の表面を覆う光のバリアをあっけなく突き破り、さらには盾そのものも小さく凹ませたのだ。
「え、ええぇぇえッ。何よそれ!?」
「ゴッちん三大浪漫兵器、その名もゴッちんドリル! 防御力が高い難敵攻略のための、装甲を貫通して無力化する近接兵器ですぅ!」
「だからなんでマリー生き生きしてるの!?」
何故か、バックパックから顔をのぞかせるマリネが片腕でガッツポーズまでして、したり顔をしていることにツッコむアステリア。
「す、すみませぇん、職人の性なんですぅ、悪気はないんですぅ!」
すぐさまはっとして、マリネの顔が申し訳なさげに歪んだ。一瞬片腕がバックパックから離れていたが、落ちずにすんでいるようだ。
できればゴッちんによじ登ってチョップまで入れたいところだが、巨人は既に右腕を再び腰だめに構え、甲高い音とともに浪漫兵器ドリルとやらを準備している。
さっきと打って変わり、アステリアの額を冷や汗が伝った。防御特化の彼女に、装甲破りの武器はあまりに相性が悪い。もう一発、二発もまともに受けたら、盾に穴が開きかねない。
「マリー、これ貴女のゴーレムなんでしょう、とめられないの!?」
「む、無理なんですよう! 何度もやったんですけど、命令を受け付けてくれないんですう!」
叫ぶアステリアをゴッちんの巨影が覆う。踏み込んでからの、回転する右手の一撃が、反射的に一歩引いた彼女の手前を貫いた。
ドリルが巻き上げた土や石が彼女の顔を急襲する。思わず盾を構えながら、大きく後方に跳躍。今彼女の体は恐ろしい自重を持っているが、この重量で動くために、それ以上に全身の筋力も強化されている。
加えて、詠唱。着地して地面を砕くとともに、盾の真ん中からこぶし大の燐光の弾が飛んでいった。
「〝矢の魔法〟」
その名の通り魔力で形成された矢を放つ、初歩の攻撃魔法だ。まっすぐに飛んでいった矢は胸元にぶち当たり、しかし簡単にはじかれる。
遠距離といえる間合い。
しかし、おそらく遠距離武装も装備しているであろうゴッちんは、そういったものを使いはせず、飽く迄も右手を回転させたまま距離をつめる。
どうやらアステリアは、真正面からドリルで抉り倒すべき相手とゴッちんに判断されているらしい。厄介この上ない話だ。
近距離では装甲を突破されるため不利で、遠距離だと今の通り攻撃ははじかれる。どうにか不意打ちをしたいところだが、一対一のこの状況で、彼女にそれを可能とするアイデアなどはない。
加えて言うなら、バックパックにしがみついているマリネも問題だ。もし仮に強力な遠距離攻撃や急襲をできたところで、彼女を巻き込まない保証もないのだ。
もしかしなくとも、かなりやばい。その事実が改めてアステリアの脳裏を占拠し――
「〝矢の魔法・魔雷弾〟!」
横合いから、紫電を纏った魔法の矢が、目の前の鎧の回転する右腕を直撃する。
威力不足なのだろう、一瞬勢いに負けて腕がぐらついたが、すぐに雷の矢ははじかれてしまう。
「君、大丈夫か!」
「見つけたぞ犯人、あれが元凶かッ――おい、こっちだ!」
何事かと魔法の飛んできたほうを見れば、そちらから二、三人の試験官たちがやってきている。
おそらく、ドリルの発する甲高い音あたりで気づけたのだろうが――自分で飛び出しておいてなんだが、アステリアとしては割と助かった気分だった。何せ、手詰まりに近い状況だ。
駆け寄ってきた教職員と学院生徒が彼女の前に立つ。続いて、ぞろぞろと立ち込める砂塵の中、周囲から同じようなマントの学院関係者たちがやってきて並び立つ。
ゴッちんが包囲されるまで、わずか数秒。
「あ、ダメ……ダメです、うかつに包囲したら……!」
そしてゴッちんの、今度はバックパックを除く全身が分離してその場からバラバラに飛び去り――
「第二の浪漫兵器、ゴッちんトルネードが! ああっ、もう手遅れでしたぁ!?」
急速旋回をはじめたほぼ全パーツが、竜巻もかくやという勢いで教職員たちをなぎ払った。
この間も、わずか数秒。
「……で、何でマリー、トルネード言うときガッツポーズだったのかしら」
「はうあっ、ごめんなさいぃ!? ついクセでぇ……!」
ほんの一瞬だけ、うめき声響く戦場とは思えない空気が風のように駆け抜けていったという――