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BBW旧二話 旧・巨人と幼女のお祭り理論。

 アステリア=エルソードは没落貴族の子である。

 曽祖父の代から始まり、それなりに国で栄えていた新興の貴族だった――が、父の代で、周囲のねたみでも買ったか、周囲の貴族の謀略によって失脚。屋敷も使用人も土地も、何もかもを失って今は一家でひっそりと目立たぬよう住んでいる。

 家族は父母と、こんなすっかり落ちてしまった貴族に未だついてきてくれている老執事が一人。もう長くはないのだから、後先考えずに好きな主人に仕えていたい、ということだそうだ。

 どこの物語だ、といいたくなるような状況だ。

 魔法学院への入学を決意したのも、ここで名声を得て良い仕事に就けば、家の復興とまでは行けるかわからないが、少なくとも三人に楽をさせてやれるだろうという思いから――

 そしてもうひとつ。

 どうしても探さなければならない人物がいる。

 そのために、国中から様々な人間の集うこの学院への入学をきっかけとして人脈を構築し、極端には目立ちすぎず、しかしそれなりに周囲に好印象を与えて、信用できる人物として振る舞う必要があった。

 果たして、このイグニースという人物が入学できるのか、つながりを持つに足る人物か、それはわからない。

 しかし、しかしである。試験結果の合否は関係ない。大事なのは、弱気を助けられる人物として、周囲に自分をアピールすることだ。とにかく、片時も隙を作らず、そういう自分を演じ続けることだ。

 人生、どこで何が起こるかなどわかったものではない。父が嵌められたことで、彼女はそう心に刻んでいた。

 アステリアにとって、学院生活は戦いである。そして、もう既にこの時点で、それは始まっているのだ――

 ……まあ、それを完璧にできているかは別として。



「どうしてこうなった」


 旅人風の男――イグニースはつぶやいた。

 今、彼の右手は少女騎士アステリアにがっちりホールドされていて、二人の足は再びあの城門前へと向かっている。

 別にそこに行く分にはやぶさかではないのだが、何故今、二人でなのか。

 何で彼女と一緒に入試に特攻することになっているのか、イグニースには未だにさっぱり流れがつかめていない。


「あ、ところで貴方、受験票はもう持ってるの?」

「い、いや、まだだけど……」

「そう、じゃあまずはそこからね」


 短い会話の後、再びあの雑踏が間近に迫ってくる。

 最初に来たときよりも多少時が過ぎているが、学院の門前は相も変わらず爆発と間違えそうになる絶叫や熱気に包まれた、異様な空間のままである。

 雑踏の渦も、もちろん健在。そのまま行けばまた押し出されるのは目に見えていた。

 もしかして、この人ごみをやり過ごして受験票を手に入れるのも入試の一環なのではないか、と思える光景だ。


「そこからって、どうするんだよ。まさかこのまま突っ込む気じゃないだろうな」

「そうしないと受験票が取れないでしょう」

「いや、んな無茶な!」


 既に渦巻く雑踏は目前だ。後ろからも、新たなる受験者たちがやってきていて、うかつにとまることもできない。

 彼とて別に、この雑踏に挑戦する気がないわけではない。ないが、わざわざ真正面から突っ込む気も起きない。

 そうして腰が引けているイグニースという枷を引きずったまま、アステリアは宣言どおりに雑踏へと特攻した。


「無茶じゃないわよ、この群集の流れを受け止めて、まっすぐ行けば列まではすぐよ」

「いやいや無理無理無理! 岩じゃあるまいに!」


 果たして、この人の流れを真正面から受けたら、その力は何百キロ、いや何トンになるものか。少なくとも人間に受け止められるものではないのだけは確かだ。 

 だが、彼女は悠々と進む。左手で背負っていた大盾を持ち、それを大地に突き立てて構え――


「なら、私が岩になれば問題ないわ。後ろにくっついてなさい。〝我が体は山の如く、我が力は巨岩の如く! 地の重みと力の魔法!〟」


 彼女が文言を唱えると、その体が茶色い燐光を放つ。腕や足、体に盾、その四肢と装備に光がまとわりつき、複雑に枝分かれした直線と曲線で構成された文様を描いた。

 数センチほど、イグニースの見ている前で身長が縮む。

 一瞬、気のせいかと思って目をこすって見直す。そして気づいた。縮んだのではない。

 足元が沈んでいる。

 彼女の体と装備品の重量ががまるで数十倍にでもなったかのように、大地に数センチほど沈み込んでいるのだ。


「せ、え、の――ッ!」


 そのまま一歩、前に進んだ。

 雑踏の流れと盾がぶつかり合う。

 ぐわん、と人々の熱狂にも負けない、低く重い大音響が響き渡る。


「……うわ、マジか」


 再びイグニースは目をこすった。

 目の前に、盾を構えるアステリアがいる。その盾の向こうに、苦しそうにもがいている人がいる。

 両脇を見れば、自分たちと群衆の間に、少しばかりのスペースが空いている。

 本来であれば人の一人くらい軽々押しつぶせるそれが、少女に受け止められ……分岐した川のように、見事に二つに分断されていた。

 雑踏を無理やり盾で受け止めているアステリアはと言うと、少しばかり苦しそうな表情をして、数センチほど下がった程度だ。涼しい顔とまでは行かないが、やってることの規模が規模だけに、十分すぎるくらいすさまじい。


「自重の強化魔法……か? 人垣って、あんな風に割れるもんなんだな……」

「ほら、ボサっとしてないでついてきてッ」

「あ、ああ、そうだなっ」


 人の流れを一人で押さえ込んでいる彼女に喝を入れられ、あわててイグニースも彼女の後ろを歩く。

 目の前の、自分とそう年も身長も変わらぬ少女が人垣をぶち破って前へ前へと進む様は、圧巻だ。

 しかも自重がとてつもなく重くなっているため、ズシンズシンと一歩ごとに音が響いてくる。まるで怪獣の行進である。


「しっかし、滅茶苦茶するなあ。魔法使って突っ切るって……」

「そう? 私たち以外にも結構、使える人はそうしてるわよ? ほら、周り」


 『たち』って、地味に自分を巻き込むなよ――などと思いつつも、その後の彼女の言葉につられて、イグニースは周りを見た。

 人垣に埋もれて視界の下から半分以上はわからないが、それでも確かになるほど、帽子のつばを上げてよく周りを見れば彼にもわかる。

 軽く数メートルほど跳躍して雑踏を飛び越えている男がいた。

 魔法で起こしたのであろう竜巻に乗って、周囲の人間もろとも吹っ飛んでくるさらに無茶苦茶な魔法使いも。

 ほかにも人々の頭を踏んで高速で走っているものがいれば、一番近くでは、少なくとも三、四メートルくらいはありそうな、ぼろ布をかぶった人らしき物体に肩車させて、無理やり人垣を裂いてこちらに歩いてくる少女の姿なんていうのも見える。

 後半になるともう魔法なのかも疑わしいが、なるほど、無茶を慣行しているのは自分たちだけではないようである。

 というか、そんなことをしている輩がいるから、逃げ惑う人々が出てきて、雑踏にこの悪意的ですらある流れが生まれているのではないだろうか。


「むしろ、私たちのはまだ地味な方よ」

「ビジュアル的な意味では、確かにな」


 やってることは同レベルか、むしろその中でも上のほうだろうけど。

 とは、言わないイグニースであった。

 確かに彼女のおかげで手早く受験票の列の近くまで来れてはいるのだ、文句を言っては罰が当たるというものだろう。

 看板持ちが何らかの魔法を使っているのか、別の要因か、列のあたりまで来れば荒れ狂う雑踏の流れはほとんどない。最後にアステリアが勢いよく前方に盾を打ちつけ、数人ほどふっ飛ばしながら突破したことで、ついに強行軍も終わりである。


「お疲れ様。これでようやく一息、かな?」

「そうね、私のときもだったけど、列の周りだけは人が沈静化しているから」


 二人して、人の少ないエリアに踏み込む。

 アステリアが盾を背負いなおして魔法を止め、イグニースはひざに手をついて大きく息を吐いた。彼自身が何かをやったということは全くないが、あの雑踏の中を横切るだけでも精神的に疲れる。無茶はするものではないということだろう。


「でもあれだ。若干無理やりとはいえ、本当に今日は助かったよ。一度ならず二度までも」

「困っている人は見過ごさない。人を助けるときは迷わない。それが騎士道というものよ。……って、父上とじいやが言ってたわ」

「あ、受け売りなんだそこ。言わなきゃさっきと違ってキマってたのに」

「……いいのよ、別に」


 その割に、実はキマってたといわれて悔しそうな様子であったが。

 笑いながら彼女の様子を見て、そうしてようやく列の最後尾にイグニースが並ぼうとした。

 と、


「あのぉ~……!」

「ん?」


 ふいに、遠方から声がかかる。

 少女の声だ。周囲の音で打ち消されそうではあるが、それでも何とか聞こえる程度の音量。

 この混雑模様であるのだし、違う人物への呼びかけの可能性も高いが、少なくとも彼は声に反応して周りに視線をやる。


「今、こっちに声かからなかった?」

「……ううん、特に何も――」


 そんな会話をした直後、二人を巨大な影が覆った。


「すみませぇん、そこの人、どいてくれますかぁ~!」


 間延びした声だ。それが、イグニースの前方、高さにして数メートルほど上空から、聞こえてきた。


「――どわああああああああああああっ!?」

「ふへえっ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げた二人の目に映ったのは、ぼろ布に包まれた、三、四メートル……ともすれば五メートルほどもありそうな、幼女を背に乗せた巨人がこちらに向かってガンヘッドスライディングをかましてくる光景であった。

 少し前、周りを見たときに見つけたペアだ――赤いロングヘアの女の子と、襤褸布で全身をまとった巨人の二人組。

 気を抜いた直後だったのだろう、変な声を出して硬直したアステリアを抱え、ギリギリのタイミングでイグニースが飛び退く。

 巨人の肩幅のせいでその程度では足りなさそうではあったが、やはり列の周囲に何かの魔法が働いているのか、ぶつかる寸前に、巨人のスライディングの軌道が不自然に曲がった。

 飛びのいたつま彼の先を、巨人のぼろ布が掠める。

 全身を風と轟音がなぜ、大地を砕く轟音が響き渡った。

 倒れる二人。硬直したのちどよめく周囲の人々。

 頭から地面に突っ込んだ巨人は、派手に土煙を周囲に巻き上げたそのうつ伏せ姿勢からピクリとも動かない。それはそれで何だか危険な感じのする光景だが、彼としてはそれ以上に、こんなものがもしぶち当たっていたらと思うと気が気でなかった。

 というか、今日はこんなのばかりなのだろうか。最初にここに来たときアステリアに投げられたことといい。


「けほ、けほ……うぅ~、全速走行はあぶないですねぇ~、急に止まれませんでした……」

「こっ、こここここ、怖っ、あぶっ、あぶね……っ」


 地面のへたり込んだイグニースの声は震えていた。たぶん今日一番の濃密な死の気配に、心臓がバクバクいっている。隣のアステリアも青い顔だ。強化魔法を切っていなければともかく、素の状態で食らったらさすがにやばいのだろう。


「ああ、足元の人たち~、うまくよけられましたぁ? 固まってると危ないですよ~」

「危ないのはあんたらだっ!」


 巨人の背中から聞こえてきた、あらゆる意味で周囲を置き去りにした幼い声に、イグニースは反射的に叫んだ。


「え~、だって、しょうがないじゃないですかぁ。ゴッちん、細かい作業苦手なんですよぉ~。それに、押し合いは入学試験祭の華だっていいますよぉ?」

「知るかっ!? 仮に本当だとしても、ほどがあるだろっ!?」

「確かに、私もそう聞いていたから割と好きなようにやったけど……さすがに、これはびっくりしたわね」


 硬直から復活したアステリアも追従するが、イグニースの中では彼女も似たり寄ったりなのは言うまでもない。


「……何よ、その視線」

「いや、なんでもない」


 妙なことを考えていたイグニースに、彼女の視線が突き刺さる。

 彼はなんとなく居心地が悪くなり、帽子のつばを少し深めにかぶって視線をさえぎった。


「そうそう、そこのお姉さんの言うとおりですよ~。このくらいは祭りの華なんです。だから仕方がないですねぇ~」

「さらっと後半の発言を無視された気がするわ……」

「いや、問題、そこなのか?」


 これが当たり前なんだとしたら、王立リリエント魔法学院入学試験祭、恐るべし。

 そんな風に思っていたところで、ふと、巨人からの声と話していた二人は肩をたたかれた。振り向けば、看板を持っていた、教職員であろうお兄さんがこめかみを震わせている。


「ん、何?」

「何でしょう?」

「どうかしましたぁ?」

「何っていうか、ここ、列の最後尾。お前ら、邪魔。特にそのでかいの」


 同じように尋ねる三者に対する看板もちの顔は非常ににこやかであったが――地味にその体が魔法でか帯電したりと、明らかに怒りやら苛立ちやらがにじんでいた。


「……デスヨネー」


 イグニースは思わずつぶやいたという。



「は~い、それじゃゴッちんすたんだ~っぷ。あーんど、私をおろしてください~」

 看板もちのお兄さんに叱られた後も、その前と同じような態度のまま、少女の声が列の最後尾にゆるく響く。

 スライディングをして以降、叱られている間も離している間もずっと沈黙を保っていた巨人が、声に従って初めて動き出した。

 土煙を上げて、その巨体が立ち上がる――足元から見上げている二人としては、実に圧巻である。


「でっかい人だなあ……こんな人も世の中にはいるのか。ゴッちんっていうんだっけ? はじめまして……でいいのか?」

「巨人……かしらね? はじめて見たわ……」

「はい~、ゴッちんは私の大事な相棒なんですよ~。ゴッちん、そのままゆっくり、おてて下ろしてくださいね~」


 二人の言葉に耳を貸していないのか寡黙なのか、巨人はこれといって何も言わずに体を動かす。襤褸布の巨人ゴッちんの鎧に包まれた腕にしがみついていた問題発言だらけの少女も、その手が地面についたことでようやく降りてきた。

 ようやく二人の目にきちんと姿を表したこちらは、ゴッちんと対照的に――


「ちっさ。子供?」


 今まで声の印象でイグニースは彼女をある程度幼いと思っていたが、見ればまさしく幼女そのものだ。身長一メートル半にも満たない。いってせいぜい一二〇センチ半ばかそこら。

 伸ばし放題の赤い髪は腰どころか膝丈。ごわごわしたつなぎに頑丈そうな皮の籠手をはめ、腰に金具をつけている、とろんとしたたれ目の少女――二人やその他の周囲のどの人間とも違う、風変わりな格好である。

 思わずもらしたといった風な彼の一言に、少女はぷっくりと頬を膨らませ、腕をぶんぶか振り回して抗議した。


「なっ、し、しつれ~な! 私はこれでも大人なんですよ~!」

「えー、でも、口調とか見た目とか……なあ?」

「わ、私に振るの!? ……あ、ほら、もしかしたら丘小人とか、なのかも。腰の工具とかもそれっぽいし」

「大当たりですよぉ~、お姉さん。私は誇り高きドヴェルグの子でしてぇ……ちょおっと小さいかもしれないですけど、もう立派な一六歳なんですからねぇ! 子供じゃないんですよぉっ」


 むん、と胸を張る少女。身長だけでなく、張る胸もまた小さい。


「丘小人……ドヴェルグの子っていうと、確かそれぞれの部族ごとに製鉄や採掘なんかを得意としてる小人、だっけ?」

「そうですよ~。ちなみにぃ、丘小人っていう呼称はあんまり私たちは好きくないのでぇす、かわいくないから」


 理由まで、彼女が言うとなんだか幼女的だった。『たち』をつけて言うからには、種族全体としてそういう傾向があるのだろうが、何せ彼女の見た目が見た目である。

 特に胸。

 つなぎの下に何も着ていないという刺激的な格好だが、あまりにもぺたんこ過ぎて何も思うところがない。


「何ですか、その視線」

「いや、なんでも……」

「私の時もそうだったけど、貴方結構、女の子に対して無遠慮よね」

「なんと、お姉さんもあの人のえっちぃ視線の毒牙にぃ……」

「え、いやだからあれは別に」

「むっつりスケベなのよあいつ。貴女も、小さいからって油断しちゃだめよ?」

「そうします~。今の世の中、性の乱れが嘆かれていると聞きますから~」


 当然、言葉の端はしに伴われる白く冷たい視線。

 ――何だこの罰ゲーム。

 救いを求めてゴッちんを見るが、やはり彼(?)は沈黙を保ったままだった。

 まあこれも、女子に不躾な視線を送ってしまったイグニースの、自業自得である。

 やがて列が動き、彼らが受験票を手にするまで、その視線攻撃は続いたのであった――

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