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BBW旧六話・学院の一日、旅人のお買い物。

「マリー、イグニース、準備は?」

「こちら、ゴッちん二号ともどもいつでもいけますよ~」

「こっちも言われたとおりロープを引っ張り出してきたけど……何だこれ」


 朝食が終わると、三人は一度解散して外出の準備をした後、再び食堂の入り口付近に集合していた。

 しかし、この外出準備というのが、アステリアに言われたものを持ってくる作業であったのだが――どうにもこうにも、物々しい。

 マリネとゴッちん二号は、小型の木製台車(リヤカー)を一つ引いている。しかもこの台車というのが、ところどころを金属板で補強して頑丈にしてある代物だ。家一軒にある家具をまるまる全部持ち運べとでも言うのだろうか。

 それに際してまた、彼が持ってくるよう言われたのもこれにあわせたようなもので、十数メートルほどの、長いロープを数本。持っている自分も自分だが、たかが買い物でこんなものを引っ張り出すのもどうかと思うイグニースである。


「気合入れて改造しましたっ。積荷が崩れにくいように工夫が色々してあってですね~」

「始業準備期間の買い物は戦争だから。これくらいの備えはしておくべきなのよ」

「ですよなのよって言われても。どんな買い物なんだよ……。てか、これでもって学内うろつくのか?」


 周囲を見回してもこちらのような、明らかに気合の入れ方が購買でなく夜逃げの方向に向かっている生徒など一人もいない。どう見ても浮いていた。

 城の中を走る台車。何とも強烈な違和感である。

 しかし、アステリアは彼の言葉に一度首をかしげると、納得したように「ああ」と小さくつぶやいて、門ある方、即ち学院の外を指差した。


「何言ってるの? 今から行くのは――街よ」


 なるほど、門へと向かう生徒の列が、そこにできていた。



 時刻は未だ朝。準備に多少時間はかかったが、『早朝』が普通の『朝』になった程度の、依然早い時間だ。農村ならば日の出とともに一日が始まるものだが、これが都会となると、街灯や家庭用魔工灯(エンチャントランプ)など、発達した道具の普及に伴って、事情が変わってきている。夜は遅く、朝も遅く。

 が――なるほどそこには多くの人がいた。正確には、一部の店がやけににぎわっていた。

 本屋とか、服屋とか。ついでに、その活気に触発されてか街は既にある程度活発になっている。

 どこかで見た流れだなあコレ、とイグニースは心中でつぶやいた。


「――案の定だ。案の定すぎる」


 内心だけでなく、外にも出したつぶやき声が青空に吸い込まれてゆく。ともあれこうして彼らは、いつだったかのように学術都市リリエントの商店街を歩いている。以前との違いは、隣を歩くゴッちんのサイズと、その手に台車の取っ手を持っていることくらいか。

 ゴッちんとその肩に乗るマリネを中心に、右手側にイグニース、左手側にアステリア。鎧姿をはさんで三人プラスアルファの行軍だ。学院内では台車がいやに人の目を引いていたものだが、街に出ればそうでもなくなってくる。

 朝の商店街のざわめきの半分近くを占める若者たち――おそらく学院の生徒であろうものたちに、ちらほらとこちらと似たようなことをやっているものがいるのだ。

 台車とまでくるとさすがに希少であるが、なにやらタンスや本の山を抱えた高さ数メートルの機動岩石兵(ロックゴーレム)がいたり、筋骨隆々のケモミミ戦士が人ごみの流れに逆らって無理やり歩いていたり。

 気の早い生徒たちが、魔法すらも駆使して、思い思いに様々な品を買いあさっている光景が広がっていた。

 なるほど、これに混じって買い物をしようというなら、それは戦争とも形容したくなるかもしれない。


「でも、台車はやっぱ、ないんじゃないか?」


 それにしても、自分たちだけ想定している荷物の量が桁違いすぎやしないかと思う。


「そうでもないわよ。私たちは家具とかも買うつもりだし……」

「家具? 備え付けのやつがなかった?」

「簡素なベッドだけじゃない。クッションとかタンスとか、必要なのはたくさんあるわ」

「おっきな机がなければ、勉強もできないし作業も図面引きもできませんからね~」


 すっかり参った様子で、必要な家具を指折り数える女子二人。女の子には必要なものが多い――というのもあるだろうが、もう一つ、旅人であるイグニースが、あまりものを持とうとしないのも、その発想がなかった原因だろう。

 基本的な家具は、貧民街にある安宿の雑魚寝部屋でもなければついてくるものだし、根無し草にはあまり、意識的になじみが無いものである。

 師匠の下から旅に出て、二、三年。意外なほどに『定住』に関する意識が自分の中から薄れている。これからこの街に、卒業まで……おそらくこれも数年間ほど、一所に滞在を続けるというのに。


「でも、卒業後のことを考えるとなあ……必要、なのか?」


 正直な話、ベッドとテーブルがあれば、あとは何もいらない気もする。本は図書館で借りることはあっても自分で買うことはないし、着替えだって部屋の片隅にでもたたんでおいておけばいい。となれば、やはり家具はいらないのか。少なくともイグニースは、半ば本気でそんな風に思っていた。

 第一、卒業後、また根無し草に戻る可能性が大だというのに、そんなものを買うのは勿体ない。


「多分~、授業で色々道具類とか教材とか買わされると思いますからぁ、本棚とか箱とか、絶対いると思いますよぉ?」

「で、でもなあ。学校から出て行く段階になったら、家具なんて邪魔なだけだし」

「その場合は、後輩や友人なんかに譲るなり売るなりすればいいんじゃない? 他にも、部屋に置きっぱなしにするとかいう手もあるらしいわよ。私のところ、隣の子がそれで最初からタンスつきだったとかで随分喜んでたわね」


 といわれて、イグニースもピンときた。

 そういえば先ほど、アステリアは『部屋にはベッドしかない』と言っていたが、イグニースの部屋にはテーブルや椅子もある。あれはもしかして、そういうことなのだろうか。


「なるほどなあ。……でも、今日一気に買う意味あんのか?」

「ちまちま少しずつ買うのは時間がとられるし、何より面倒じゃない」


 だからいっぺんに買えと。……なんというか、とても、ある意味で漢らしい返答であった。


「……じゃあ、買うのがいいのか」

「ええ、心置きなく買いなさい。そのための台車よ」

「横着したらあとで苦労しちゃいますよ~?」


 そうするよ、とつぶやいて、旅人たちは列の一つに突っ込んだ。まずは一つ目の、一番近くの服飾店から――突っ込もうとして、人の壁に押し返される。そこにはすさまじい人だかりが形成されていて、無理やり再突入をしても分は悪いだろう。突破は難しそうだ。

 立ち往生する羽目になるが、ああ、前にもやっぱり似たようなことあったなあ、とデジャブめいたものを感じたイグニースの横で、やはり呪文を唱えているアステリアがいた。


 ――飛行魔法など夢物語と言われているこの世なれど、人が宙を舞うのは存外、簡単であるらしい。



「ていうか。ふと今思ったけど、何でこんなに店が混んでるんだ? 新入生って、精々数百人程度だろ?」


 服飾店で三人のローブを、予備の分も含めて買い、その後は家具店めぐり。持ってきた台車の上には、タンスに本棚テーブル、クッションや飾り物など、もろもろの家具・装飾類がロープでくくりつけて乗せてある。

 時間は既に、学院からの正午のチャイムが鳴り響いて数十分が経過したころ。今の三人は、いつかも利用した大衆食堂『朝陽塔』で食事を取っていた。

 今日のオススメメニューの珍しい食材を使ったパスタというのを頼んだら、それが影分身しながら数センチ反復横飛びする黄色いカエル肉であったため、絶賛後悔中のイグニースである。何度フォークを振り下ろしても、全然肉に刺さらない。


「そういえば、既にローブを着てる上級生も並んでた……いえ、並んでいる生徒のほとんどが上級生だったわね。教科書なら、新しい授業を受講すれば新しいものがいるだろうから、わかるけど……」


 カエル肉にチョン避け(グレイズ)され続けているイグニースの手元を見ながら、アステリアはミートソーススパゲティを悠々と口元に運んでいる。ちなみにこの国では、一番メジャーな食べ物は麺類だ。パンは固いのであまり好まれない。やわらかい白パンもあるにはあるが、高いので一般人は祝いの席くらいにしか食べなかったりする。


「ん~、さっきローブを見てみたんですけどねぇ。これ、生地の織り方や刺繍に魔法陣や記述系の特殊詠唱を仕込んで魔法をかけてるみたいですよぉ。どういうものかはわかりませんけど、多分一年もするとこれが磨耗しちゃうから、買い替えの必要が出てくるんじゃ~ないでしょうか」

「……よ、よくわかるね」

「マリー、それ、誰かから聞いたの……?」

「いいえぇ、買ったやつを見ただけですよぉ? ……普通、じーっと見てたら、大体わかりません?」


 ――いいえ、まったくわかりません……。


 きょとんと、マリネが小さく首をかしげる前で、二人はともに小さくつぶやいた。ちっちゃな体におっきな才能、その使い道を何かと変な方向に導いている少女である。


「ほらほら、ここのところとか。こういう、ものに魔法を仕込む工夫って、見ててわくわくしますよねぇ。これもしかして、解析できたら色々いじれるんじゃないでしょうか! 腕が鳴りますよぉ!」

「……改造制服(ローブ)を作りたがる生徒がたまにいるっていう話は聞いたことあるけど……」


 アステリアが、買ったばかりのローブを片手にらんらんと目を輝かせるのを見て、ぼそりとつぶやいた。

 マリネ、完全に意識がローブに向いて、せっかく頼んだクラムチャウダーが冷めている。


「ふむ、お嬢ちゃんや、君は実に賢いのう。新入生でそれをパッと見抜けるものがおるとは。学院指定といっても、ガッチガチに義務付けられてるわけでもないからの。たいていの新入生は、最初はローブ購入をせず、入学後しばらくしてからそのローブの仕込みに気づいて、買い争いになるというのに」


 と、ローブ談義をしていると、ふいに横合いから声がかかる。

 老人の口調の割りに、声は青年のものだ。

 三人が声のほうを向けば、金髪をオールバックにした妖精人(アールヴ)がいた。学院の、教職員のローブを着ている。

 アステリアが、その顔に見覚えがあったのか、思案しはじめ、マリネはほめられてエヘヘと頬を緩めたのと同じくして、イグニースは、空腹を紛らわすために口に含んだ水を、全部虚空に向かって噴出した。


「うひゃあぁっ!? つ、つめたいですよぉイグニースさぁん!?」

「うわきたなっ、何やってんのよッ」


 完全、安全とは行かず、噴霧された水の一部がマリネとそばで待機しているゴッちんにかかる。エヘヘ笑いも即座に雲散霧消だ。その行為に食って掛かる隣のアステリアであったが、当のイグニースにその余裕はなかった。


「おう、今日も元気じゃの、イグニース君や」

「げほっ、ぺっ、ぺっ、けほっ、……な、何やってんですか、何でいるんすか、学院長ッ」


 気管に水が入ったのか、今度はコップに向かって全力でむせる彼に、ノックスはしたり顔を浮かべていた。実に意地の悪そうな顔だ。

 そして、イグニースの半ば絶叫に近い言葉を聴いた二人が、次に反応してばっとノックスの顔を見る。


「た、確かに入学式のときに見た顔……え、え? がく、学院長? 本物? ど、どういうこと? 何でイグニース、学院長と知り合いっぽいの?」

「そ、それもありますけど、ほんと、な、なんでここに……。あ、あわわ、私たち、学院長に話しかけられちゃってますよぉ! ど、どうしましょう、どうしましょう!」


 大混乱――である。

 彼らの叫びを聞いて、周囲で食事を取っていた、同じく学院の生徒たちも騒然としだす。波紋はあっという間に食堂全域に広がり、視線が一気にイグニースたちの周囲に集中した。


「うむ、まあ食事ついでに話の一つもしたいところじゃが、これでは居心地悪いのう。では――」


 と、一度深く、ノックスが息を吸う。その後に訪れた呼気に、奇妙な音声が混じった。既存のどの母音とも違う、中途半端で、形容のしがたい、圧縮詠唱(プレスキャスト)独特の声だ。


「〝忘却の魔法〟続けて〝すりかえの魔法〟」


 魔法陣が虚空に描かれ、そこから色とりどりの光の粒子が噴出した。瞬く間に食堂中を光の粒が乱舞する。それを見た、三人以外の人々が全員、唐突に目から(ハイライト)を失って、口を閉ざした。


「ほれ、食事や仕事に戻ってはどうかね」


 ノックスの言葉に従って、その場にいた全員が一斉に、食事や注文、厨房の仕事に戻りだす。のろのろと、ぎこちない動きから入り、いつの間にか元のざわめきが戻っている。すっかり、周囲の様子は少し前までの光景と同じ風に巻き戻っていた。

 彼の存在が――というか、先ほどまでの彼らのやり取りで周囲に広がった、ノックスに関するやり取りが一切合切、忘れ去られたかのようだった。


「……ま、魔法?」

「精神操作系……でしょぉか……」

「もう、何でもありだな、この人……」


 宣言した魔法の名称からしておそらく、周囲の人間全員から『ここに学院長がいる』という情報のみを忘れさせ、意識を別のものに強制的にすりかえることで記憶の前後の違和感も消した、とかそんな感じなのだろうが――無論、これは誰にでもできることなんかではない。それらの魔法の使用自体もそうだし、イグニースら三人のみを効果範囲から除いた上で、さらに周囲の全員の精神的抵抗力をぶち抜いて問答無用で的確に精神誘導するなど、でたらめにもほどがある。

 というかこの人、下手をすると完全犯罪とかやりたい放題なのではなかろうか。瞬間移動の魔法といい、見る限りでは悪用すると際限の無いものばかりを使っている。


「そんなこたァせんよ。やるだけのうまみもないし、ワシはもっとちっぽけなイタズラのが好きでの」

「え、今俺口に出して……ッ。いや、読心……? 心読まれたっ?」

「かか。ま、気にしたら負けってやつじゃよ」


 頭をかかえるイグニースの横に座り込んで、ノックスはまたも老人くさく呵呵と笑った。見た目とまるで合っていないのに、やけにその笑いが似合うのは、彼の年齢や経験の深さが仕草や凄み、存在感から感じられるだろうか。


「ちょ、ちょっとイグニース、これどういうこと? なんで貴方、学院長と親しげなのよ」

「あー……それなんだけど、学院長と俺って、実はきょ――グムッ」

「うむ、彼の師とワシは古い知り合いでな。昨日、偶然彼を見つけて、交友を暖めておったのよ。その関係での」


 わき腹をつついて話しかけてきたアステリアに、兄弟弟子のことを告げようとするが、何故か口をふさがれた。

 頬を全力でグニグニ抑えられたその隙に、ノックスが勝手に真実とまではいえないが嘘でもないことを言う。


「そ、そうだったんですか……。ぐ、偶然ってあるものなんですね」


 表面上、朗らかに笑おうとしているのであろうアステリアだが、一体どういうことなんだと問い詰めたい、という内心がイグニースを睨む視線に如実に現れていた。

 というか、目だけでなく、わき腹をつつく力がどんどん強くなってきていることにも現れている。つんつん、というような生易しいものではない。ごす。とか、ずむ。とか、そういう地味に痛そうな擬音がよくあう威力だ。

 口はノックスに押さえられ、わき腹はアステリアに責められる。今日は厄日なのだろうか――

 マリネに救いを求めて視線を投げかけるも、さっきの魔法を見た衝撃もあってか、ぼうっとしている様子。救いの女神にはなりえないようである。

 やがて、白パンと魚介類のスープが乗ったトレイがウェイトレスから運ばれてくる。当然、注文者はノックスだ。生徒三人のあわてようなどまるで無視して、マイペースに食事を始める。

 片手では食いづらいからだろう、その段階に入って、ようやくイグニースの口が開放された。


「……何すんですか。あと、何言ってんですかあんた」


 口元を押さえてガードしながら、一応、口をふさがれたのには何か理由があるのかもしれないと、耳元に口を寄せてひそひそと話しかける。

 アステリアが怪訝そうにそれを見ているが、この際無視だ。


「かか、こういうのは、あんまりあけっぴろげに言っちまってもつまらんじゃろ。真実を告げるなら、もっと面白いタイミングがあるのではないかと、ワシの勘が囁いておる」

「何言ってんだアンタほんと」


 既に、ノックスに対して敬語が抜けているイグニースである。なんかもう、ボケた人を見るかのような目つきだった。


「うむ、そうであるからにゃ、昨日あったもう一人……イアシス君だったかの、彼のトコにも後で行って、言って聞かせねばのう」

「……先輩、南無い」


 旅人は静かに、帽子のつばを少し下げて、胸で十字を切った。この世界に十字架をシンボルとする宗教は存在しないが、師匠から教えてもらった、気の毒な人に対する祈りの動作であるということで、彼はこういう時それをやっている。無論、『南無』も師匠由来。


「うむ、やはりここのパンは美味いのう。こってり系の分身カエルスープとの食べ合わせも最高じゃな」

「よくそのカエル食えるなあ……」

「分身カエルは、食うのにコツがいるんじゃよ。それさえ掴んで動きを読めば、むしろ自分からパンに飛び込んできよる」


 そして食事をズルズル音を立ててひとしきり堪能すると、ノックスはイグニースの頭をぽんぽんとたたくように撫で、人ごみの中に消えた。

 三人がこれ以上質問をしたり話しかけたりする隙もない、あっという間の出来事である。

 ノックスの姿が完全に見えなくなってから、イグニースはぽつりとつぶやいた。


「……あの人もしかして、本当にたまたまここにメシ食いにきてただけ……?」


 本人がそのあたりの理由について何も言わないから、どういうつもりなのかはさっぱりわからないが――


「……で、イグニースさぁん?」

「説明……してくれるかしら。流石に、ね」


 嵐が去って、一緒の二人がペースを取り戻しつつあるようだった。二人の興味を多分に含んだ視線が、じーっとこちらを見ている。


「……そりゃ、こうなるよなー」

「学院長と旧知って、貴方の師匠何者よ。貴方自身も、本当」


 とはいえ、師匠が異世界『ゲーム』からの来訪者で、千年の時を生きる長命種でうんぬんだの、この大陸にない技術を持ち込んだりしてかんぬんなんだと、説明したところでイアシスと同じく理解してもらえない可能性が高いわけで。むしろ、言ったらかえって追求の手が厳しくなりそうである。

 何より、学院長から、理由が理由だけに破りたいが、兄弟弟子に関しても口止めされている以上、ここで言える事はノックスのした説明以外にほとんどない。

 まあ、そういうわけで――


「んー、随分と長生きの人で、昔はよく学院長ともつるんで色々やってたらしい、ご隠居魔法使い?」


 言っておきつつも随分と、差しさわりのないというか、いい加減な情報だなあ、とイグニースも思うのであった。


「……そもそも詳しいことは俺だってよく知らないんだよ。学院長と旧知の間柄だってのも、昨日初めてしったんだしさ」

「それにしても、妙~に仲のいい感じでしたねぇ。なんだか親戚のおじさんみたいな」


 かといってそれだけでもやはり、いくらなんでも学院長に親しげに話しかけられる理由には薄く曖昧で――

 いえる事は、後は師の下で暮らしていたときの情報くらい、だろうか。


「子供のころ助けてもらった縁で、親が死んでからは引き取ってもらって。それでまあ、五年くらいだったかな、師匠のもとで元服まで修行して……。酒に酔うと、よく昔したヤンチャや冒険の話をしてくれたけど、どこまで本当なのかもわからない、おとぎみたいな話ばっかりだったし。それにしても、話の細部や交友関係とかはあんまり言ってくれない人だったしなあ」

「え、親が、って――」

「あッ、ご、ごめんなさい……」


 頭をひねって搾り出した言葉に、触れてはならないものでも感じたらしい二人。ぎくりと体をこわばらせて、頭を下げる。

 親が死んだ。

 少なくとも、気持ちのいい話題ではないのは誰にとっても明白だ。


「え? あ、ああ、いや、俺は割と吹っ切ってるから、そんな謝らなくてもいいけど」

「……いえ、こちらが軽率だったわ。ごめんなさい」


 とりあえず、予定外ではあったが追求の手がやんだ。それ自体は都合のいいことだ。

 が、代わりに場の空気が冷めたというか、葬式状態というか。


「え、えーとさ! さ、さっさとメシ食って、俺らも残りの買い物しようぜ、な? 折角の昼メシすっかり冷めちゃってるし!」


 一旦冷えた空気というのは、そう簡単にもとの温度に戻ることではない。が、食堂から出た後の買い物の過程で、なんとか空気を元に戻せた三人であった。

 気苦労か、それとも空気を暖めるために体張ってドジしたからか、旅人は偉く疲れていたようであったが。



 そして、二時間おきの午後の鐘が、食事の後からさらに二度ほど街に鳴り響く。

 台車にさらに家具や道具を積み込んだ三人が学院の門をくぐって、校舎の周囲を回る、寮への道を歩みだすと、なにやら人だかりが見え、その中心から怒鳴り声が響いているのが聞こえた。

 何かトラブルでもあったのだろうかと、顔を見合わせる。そして興味のままに、三人は人だかりのほうへと寄っていき――

 そうして、二度目の騒乱が鎌首をもたげる。


 時を同じくして、学院の上空の一部から、キラキラと小さな光の粒が振っていたことと、似たような光が、旅人たちのマントの下で輝いていたことに、気づいていたものは一人もいなかった。


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