第1話
1人の少年が背中に少女を背負い、木々の隙間から月明かりが照らす中、疾走している。2人を探しているのか、多くの声が響くがその声は平和的なものではなく、捕えて殺せと言う声まで聞こえている。
「……しくじった。余計な事に足を突っ込んじまった」
少年『ルクス』は背中で気を失っている少女を抱えながら、背後に聞こえる声に自分のうかつな行動を後悔しているようだが、今となっては後の祭りである。
「……しかし、何があったんだ? お姫さまを殺そうって事は王都で反乱でも起きたか?」
ルクスが背負っている少女はこの国の第1王女の『システィナ=フォミル』であり、背後から追いかけてきているのは彼女の護衛であったはずの兵士や騎士である。
「……見捨てちまうか?」
背後からの声はかなり殺気立っている。その声に元々、システィナとは無関係な事もあるため、見捨てると言う選択肢が頭をよぎった。
しかし、自分が見捨てた事で1人の命が失われるのは良いものではなかったようであり、直ぐにその選択肢を頭から排除すると少女を背負い直す。
「……どうする?」
「いたぞ!! こっちだ」
「……ちっ、見つかったか」
この状況を打破するために何か考えようとするがこれと言った答えが出るわけもなく、眉間にしわを寄せた時、兵士の1人がルクスの姿を見つけて、周りの兵士達へ応援要請を出す。
その要請を聞きつけた兵士達はよく訓練されているようでルクスを囲い、剣を構え、ルクスの逃げ道は完全にふさがれてしまう。
「……不味いな」
「おい、貴様、その女をここに置いて行け」
「1つ、聞いて良いか? 仮にこの娘を置いて行ったら、俺の命は助けてくれるのか?」
兵士の1人がルクスに向かい、システィナを渡せと言う。
ルクスはその指示に最初から従うつもりはないが逃げるスキを確保しようとしているようで自分の命だけは助けて欲しいと命乞いをする。
「あぁ。ここであった事を黙っているなら、助けてやる」
「そうか? それなら……」
兵士はルクスの命を助けると約束をするがルクスに向けられる殺気は緩む事はなく、その約束が口約束である事は明らかである。
兵士の言葉にルクスはほっとしたように頷くも何もしなければ逃げ切る事は出来ないと判断しており、既に彼は次の行動に移っていた。
「悪いな。そんな殺気を放ちながら言った言葉を信じるほど、俺はバカじゃない」
「き、貴様!? 何をするつもりだ!?」
「王女もろとも殺せ!!」
ルクスは兵士達を挑発するように笑った。
その笑みに兵士達は何かあるかと思ったようで直ぐに攻撃命令が発せられ、兵士達は一気にルクスに襲いかかる。
「……悪いな。この戦力差でそれもお荷物を担いで勝てると思ってるほど、バカでもないんだ」
「な、何だ!?」
「ひるむな!! かかれ!!」
ルクスとシスティナに漆黒の闇がまとわりつく。闇の出現に兵士達は何が起きるのかわからずに戸惑いの声をあげるものの、システィナを逃がすわけにはいかないようで、闇に向かい斬り付けるがその剣がルクスとシスティナに届く事はない。
「ど、どう言う事だ?」
「き、消えた?」
「さ、探せ。王女の首がなければ、俺達も殺される!!」
闇に斬りかかるも無駄でしかない攻撃にルクスとシスティナを探すように松明を掲げる兵士達。
松明の灯りは闇を照らし、闇を打ち消して行くが、既に闇が晴れた場所に2人の姿はなく、システィナの命を奪う事が兵士達にとっては最重要事項のようでその場には兵士達のせっぱつまった声が響く。
「……取りあえず、ここまで来たら大丈夫か? ったく、遠回りしちまったな。無駄な魔力を使っちまった。一先ず、身を隠す必要もあるから、行くか?」
闇は兵士達の目を惑わせるものであり、闇が身体を覆った瞬間、ルクスは転移魔法を発動していた。
転移した場所はルクスの目的の場所の近くであり、ルクスはもう1度、システィナを担ぎ直すと視線の先にある洞窟を目指して歩き出す。
「……松明を点けると見つかるか? 声が聞こえないとは言え、同じ森の中だしな」
洞窟内は月明かりが届かず、ルクスは灯りを確保しようとするが、システィナを連れている事もあるため、兵士に見つかると厄介だと思い、頭をかく。
「一先ず、休憩だな。と言うか、そろそろ、目を覚まして貰わないと困るんだけど」
洞窟の外を警戒しつつも、システィナを背負っては長距離の移動もできないため、彼女を地面に下ろすとルクスはため息を吐いた。
「……マスター、周囲の様子を見てきましょうか?」
「……そうだな。見つかると厄介だしな。1度、戻るのも構わないんだけど、こんな騒ぎに巻き込まれると今度はいつ、この場所に来れるかわからないからな」
その時、ルクスの周りに小さな光の球が浮かび上がった。
光の球はルクスをマスターと呼ぶと兵士達が近づいてきていないか、確認しに行く事を提案し、ルクスはその提案に小さく頷く。
「マスター、それでは行ってきます」
「あぁ。任せる」
「ここは?」
光の球が洞窟を出て行こうとした時、気を失っていたシスティナが目を開け、今の状況は理解できないようでキョロキョロと周囲を見回す。
「目を覚ましたか?」
「だ、誰ですか? カムイ? カムイはどこですか?」
システィナは光の球に照らされたルクスの顔を見て、声をあげると彼女の護衛をしていた兵士の名前を呼ぶが、その兵士の姿はここにはない。
「あいつ、カムイって言ったのか?」
「カムイはどこですか? 答えなさい!!」
「何だよ。覚えてないのかよ。たぶん、そのカムイって奴は死んだぞ」
「死んだ? 何を言っているんですか? カムイは私の護衛でも1番の剣の腕を持っているんです」
システィナが呼ぶ名前にルクスは心あたりがあるようで、1度、その名を口の中でつぶやく。
システィナはルクスにつかみかかるが、ルクスは隠す事なく、事実のみを伝える。
だが、ルクスの言葉をシスティナは理解できないようでカムイと言う兵士を誇るように胸を張る。
「1番の剣の腕を持ってようが、背後から仲間だと思っていた奴らに斬りかかられれば死ぬだろうな」
「何を言っているんですか?」
「お姫さまは、本当に目の前で起きた事を覚えてないのか? それとも目の前で起きた近い人間の死を受け入れられないだけか?」
「カムイが死んだ? そんな事、あるわけがない」
システィナの様子にルクスは面倒だとは思いながらも、彼女に目を逸らすだけなら時間の無駄だと言いたげに事実のみを突きつけた。
突きつけられた真実にシスティナの顔から血の気が引いて行く。
「で、護衛だったはずの兵士に命を狙われたお姫さまは何をしたんだ?」
「何をするも何も私が命を狙われる事なんて、ありません」
巻き込まれた事もあるため、ルクスはシスティナに命を狙われる心当たりがあるかと聞くが、彼女は心あたりなどまったくないようで迷う事なく言い切った。
「そうか? それは、それは」
「……何が言いたいのですか?」
「別にただ……ずいぶんと何も考えずに生きてきてるんだと思ってな」
「あなたは私を愚弄するんですか!!」
システィナの答えがあまりに状況を理解なく、ルクスは彼女を小バカにすると王女であるシスティナのプライドを傷つけたようでルクスの胸倉をつかむ。
「バカにされるだけの答えだろ。少なくとも、今の王族は民に嫌われてるからな。それを知らない時点で、終わってる」
「民に嫌われている? そんな事、ありません!!」
「認めなかろうが事実。支配地を広げるために無駄な戦争を繰り返し、民から税金や兵役と称して全てを奪い去る。それに巻き込まれた人間がいるって事は恨み、辛みもいくらでもあるぞ」
ルクス自身も王族に対して良い印象はないようであり、システィナの手を振り払う。
「王族が恨まれていないと言うなら、ここから出て、お姫さまの命を奪うために血眼になっている兵士達のところに行けよ。ただ、そのカムイって奴が身体を投げ打って助けた命を粗末にする事になるけどな」
「どこに行く気ですか?」
「あ? 俺は元々、あんたらに巻き込まれた部外者なんだよ。戻りたいんだろ。それなら、勝手にやってくれ。俺は俺の目的のものを取りに行く」
「私をこんなところに置いて行くつもりですか? ま、待ちなさい」
システィナ態度にこれ以上、付き合う義理もないと思ったようでルクスは宙を漂っている光の球に指示を出し、洞窟の奥に向かって歩きだして行き、システィナは慌ててルクスの後を追いかけて行く。
「あの」
「……何だ?」
洞窟内部を歩く。灯りはルクスのそばを飛んでいる光の球だけであり、薄暗く、足元も整備されているわけではなくシスティナはバランスを崩しながらも、こんなところで1人でいるわけも行かないため、ルクスの後を歩くが彼の目的がわからないため、不安そうな声でルクスを呼ぶ。
その声にルクスは返事をするが、その反応は冷たい。
「ここはどこ何ですか? 私はこの森の中に王家に伝わる遺跡があると言われてこの森にきたんですが? ここがその洞窟なんでしょうか?」
「……お姫さま、あんた、バカだろ。この森に今の王家に伝わる遺跡があるわけがないだろ。この土地は戦争で奪い取った土地なんだ。この場所に連なる血族に関係する遺跡があったとしても少なくともあんたには関係ない遺跡だ」
「そんな事はありません。我が王家は最大時より、領土を縮小してしまいましたが、最大時はこの大陸一帯を支配していたんです。それなら、大陸中に王家の遺跡があっても何ら問題はありません」
システィナはこの森で大切なものを探していたようだが、ルクスはその話に呆れたようなため息を吐く。しかし、システィナは迷う事なく真っ直ぐな瞳で言う。
「考えても見ろ。仮にそんなものが本当にあったなら、どうして、お姫さま、あんたは命を狙われた? 誰が考えてもあんたを人目の付かないところに連れてくる罠に決まってるだろ」
「そんな事はありません。ここは王家に伝わる遺跡に決まっています」
「……違うって言ってるだろ。確かにここは王家の遺跡だけどな。少なくともフォミル家の遺跡じゃない」
「どうかしたんですか?」
現状を理解しようともしないシスティナ。ルクスは彼女の様子に眉間にしわを寄せるも、目的の場所に到着したようで手で、システィナに静止するように促す。
「仮にここがお姫さまに関係する遺跡だったら、この奥から何かを感じるはずだ」
「何を言っているんですか? ここに何かあるんですか?」
「おい。ちょっと待て!?」
ルクスはこの先から強力な魔力を感じ取っている。システィナにはこの洞窟の中に眠るものは関係ないと思いつつも、もしかしたらと言う事もあり、彼女に魔力を感知する事ができるかと聞く。だが、システィナはルクスの言葉の意味を理解する事なく、身を乗り出して洞窟の奥を覗きこんだ。
「な、何ですか!?」
「……少なくともこれだけ溢れ出てた魔力を感じ取れないようなら、ここの遺跡に眠るものはお姫さまには無関係だ」
システィナが境界線を越えたのか洞窟内部は灯りがともり始め、突然の事に彼女は驚きの声をあげてルクスの背後に隠れる。
何も考えずに動いたシスティナの様子にルクスは呆れてはいる物の、元々、ここから先が自分の目的でもあったため、腰から1対の短剣を抜き、洞窟の奥に向かって歩み出す。
「ま、待ってください。どこに行く気ですか?」
「どこに行くも何も元々、俺がこの洞窟を探していたのはこいつが目的だ」
「これが目的? ……む、無理です。こんなものにたった1人で敵うはずがありません」
1人では不安なようでシスティナはルクスの後を追いかけるが、ルクスは止まる事なく先を進んで行くと灯りの先には開けた場所があり、その中心には宝玉が祭られている。
そして、宝玉を守るように青色の巨大な虎のような獣が存在しており、ルクスとシスティナを宝玉を奪いにきたと判断したようで2人を睨みつけて唸り声をあげている。
「死にたくなかったら、自分で自分の身を守れよ。少なくとも、俺はこれから、お姫さまを守って戦う余裕はない」
「ま、守る余裕がないって、それなら、どうして、私をこんなところまで連れてきたんですか?」
「……連れてきたも何も勝手に付いてきたんだろ。それにずいぶんと立派な剣と鎧を持ってるんだ。お姫さまだし、それくらいの心得はあるんだろ」
「そ、そんな事を言われましても!? ひ、1人にしないでください!?」
ルクスは目の前に映る獣に怯む事なく、まるで、その獣との戦闘を楽しむかのように口元を緩ませるとシスティナを置いて、獣に向かって一直線に駆け出す。
置いてけぼりを食らったシスティナはどうしたら良いのかわからないようだが、震える手で剣を抜き、腰が引いているが何とか剣を構えた。