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 そこの喫茶店には、その時初めて入った。その建物は、巨大な丸太が幾重にも積み重ねられてできている(実際はそういった内装だったかもしれない)。また、ありとあらゆるものも木材でできており、ログハウスを連想させた。外から見るとその高さから二階建てだと思っていたが、一フロアしかなく(その分開放感は十分だった)、床と天井のちょうど中間部分には巨大なプロペラが絶えず建物の空気をかき混ぜていた。オレンジ色の照明でうす暗く、入った瞬間は目が慣れなかったが、モクの通った後をそのまま歩いて、何とか席に着くことができた。全部で八個のテーブルが並んでいたが、使われているのは他に二つである。どちらも同じくらいの年の男女が向かい合って楽しそうに話している。店員がやってくるとモクはアイスコーヒーを頼んだ。私も同じものを注文した。

 アイスコーヒーが届くまで私たちは一言も話さなかった。ようやくそれぞれの前にグラスが置かれ、何も入れずにお互い一口飲んだ後、モクが“この前の続きを聞きたくなった”とまたしても唐突に話始めた。私は一瞬にして状況を飲み込もうとした。やがて《この前の続き》とは、食堂での彼の質問に対する答えの理由を言え、ということだと理解する。念のため、モクに確認したところ、彼は首をわずかに縦に振った。その顔をよく見ると、目つきが先ほどまでとは変わっている。私はアイスコーヒーを再び飲んで、喉を湿らせた。特に暑いわけでも、また乾燥しているわけでもないのに、私の喉はひどく水分を欲していた(その原因は間違いなく緊張にあったが、それは彼の期待に対してだった。食堂で聞かれた時と同じである。目の前の男だけには失望されたくない、その期待に応えたいとなぜか思った)。私は意を決して語った。

 「人は自分達が最も優れていると思っている。この地球上で一番の頭脳を持ち、自分達が全ての動物達の中で一番だと捉えている。事実、食物連鎖のピラミッドの一番上にはヒトが君臨していると考えている。よく、ヒトも死んだ後は養分に変わって植物の役に立ち、循環していると言うが、直接的に命を奪えるそのてっぺんは人間だ。でも、そんなことは地球から見ればどうってことない。地球にとって人間は、ただ今という時間、その瞬間にたまたま誕生したに過ぎず、これから先も何十億年と生き続ける地球にとって、人間なんてどうでもいい。まして宇宙という全体集合にとっては尚更私たちの誕生など関係ない。私達が生きる理由はないという意味を込めて、この前は《絶滅するためだ》と答えた」

 言い終わると私はまた後悔した(自分の答えは多少ありきたりだと考えていたが、思っていることは言えた。ただ少々長すぎて、もう少しまとめた方が良かったと思った)。

 モクは私が話している最中もただひたすら私の顔を見ていた。グラスに手を伸ばすこともなく、また相槌を打つこともなく、ただ私の話すことに耳を傾けていた。私が話終わった後は、目線を少し下げ、何か思案している様子に変わり、そんな状態がしばらく続いた(今思えばほんの五分ぐらいだったと思うが、その時はとてつもなく長く感じた。それは受験番号が書かれた合格発表の紙が掲示されるときと同じ心境だった)。

 やがて彼は顔を上げて視線を私に戻すと“いい話が聞けて良かった”と言い、伝票を持ってレジに向かって行ってしまった。モクのグラスにはまだ半分ほどコーヒーが残っていたが、彼は全く気にしていない様子であった。私は彼のグラスに付いている水滴を見ながら、心の中で長い息を吐いた。

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