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 三日後、私は大学の敷地内にある図書館へ赴いた。それは三階建てで、蔵書数も市内にある図書館に比べて圧倒的に多い。小説から専門書まで幅広く置いてある。私はそこで一冊の本を借り、そして正面玄関を出た。辺りを見回すと、幸い近くに人はおらず、誰も私がここにいることに気付いていない。

 私は本を片手に玄関横の茂みに入り、建物に沿って歩き出した。何とか通れるが、周りに絶えず注意していないと尖った木の枝で怪我をしてしまいそうである。上は半袖だったので、それを着てきたことに若干後悔した。足元は夏の間でかなり成長した草たちが歩くのを妨害してくる。また枯れ葉や木の実もさらに追い打ちをかけてきた。

 やっとの思いでその場所を抜けると、モクの言っていた通り小道のようなものが見つかった。木は相変わらず一面に広がっており、無数の枝が好き勝手に伸びていたが、その道の上だけは空間がある。また足場も他と比べると幾分しっかりとしていそうである。だがこの道も、もう少しで消えてしまうだろう。これから落ち葉が増えれば間違いなく埋もれてしまいそうだった。私はその道を歩いた。紅葉のピークはまだほんの少し早いが、鮮やかさが足りないだけで、目に入る色はもうすでに多様だった。こんな所が大学のすぐ近くにあると知り驚きだった。

 やがて何とも形容しがたいあの独特の香りがしてくる。私は久しぶりにそれを嗅いだ。不必要なまでに鼻の神経をくすぐる強く甘い香り。私の小学校の校舎の近くには、その木がいくつも並んで植えられていて、秋になるとその匂いが嫌でも漂ってきた。九月や十月と言ってもまだ暑く、クーラーなどなかったから窓を開けなければならない。すると涼しさと共にあの香りもやってくる。匂いを我慢して窓を開けるか、暑さの方を取って香りを遮断するかで、あの時期はよくクラスで揉めていた。私は金木犀の香りが大嫌いだったから汗で服が濡れながらも断固として窓を開けさせなかった。だが今嗅いでみると、そんな思い出も懐かしく感じる。――こんな良い香りだったろうか。私は不意にそう思ってしまった。

 小道をどんどん進んで行くと、やがて道が無くなってしまった。しかし、その道が終わった所には肌色に近い黄色い花をつけた木があった。長く太い幹からいくつも枝が伸び、その全ての枝に緑の葉と花が惜しげもなく盛られている。私はさらに近づいて、それを見る。幹に走る一本一本の(しわ)を見て、よく可愛がってくれた祖母の手を思い出した。枝についている舌のような形をした葉を見て、子どもの時トラウマだったお化けを思いだした。さらに花びらを一つ(むし)ってそれを見る。プロペラのようなその形はモクと一緒に入った喫茶店を思い出させた。

 彼の言った通りその木は立派だった。今まで見たどの金木犀よりも大きくて、美しくて、そして上品な香りがした。


 私は幹に背を預けるようにして座った。地面には、散ってしまった花で黄色い絨毯が敷かれている。私はついさっき借りた本をめくる。『植物図鑑』――タイトルにはそう書かれている。図鑑と言っても持ち運びしやすい小さなものである。春から順に夏、秋、冬と各季節に咲く花が載っている。

 パラパラとめくっていき、真ん中を少し過ぎた所で手を止めた。そのページの上部には金木犀の写真がある。全体図と花だけが写っているものの二つあった。しかし、大きさは今寄りかかっているこれには到底及ばず、また花も私の頭の上にあるものの方がきれいだと思った。

 そんなことを考えながらぼんやりとそのページを眺めているとある部分に目が留まる。そこには『花言葉』という文字があり、またその横には何か二文字書かれてあるのが視界の端で見てとれた。

 私は少しだけ目を右にずらした。そこには《真実》という文字があった。――彼は一体どんな真実に悩まされたのであろう。

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