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 午後の講義が終わり、工学部の棟を出ようと私は友人達とぞろぞろ歩いて教室を後にする。その時も執筆中の原稿があったので、早く帰ってその続きに取り掛かりたいと思っていた。

 出入り口が見える所まで来ると、その近くのベンチに座っているある人物を見つけた。彼はジーンズとTシャツを着用していて、文庫本を読んでいる。今日はバックを持ってきていないのか、それを発見することはできなかったがまぎれもなくモクであった。休み時間で建物の中はたくさんの人が行き来している。騒々しさも尋常ではない。だが彼はどこか遠く、見えてはいるが同じ次元にはいないかのように、私達とは違う世界にいた(ように見えた)。そうでなければ今こんな場所で本を読むことはできないだろう。

 私は知り合いを待たせてあると友人に嘘をつき、彼の所に向かった。私が彼の目の前まで行き、声をかけようとした瞬間モクは頭を上げた。そして“君を待っていたんだ”と言うと(言われなくとも、彼がここに来る理由はそれしかないことは予想できた)“ついてきてほしい”とさらに続ける。私が了承すると、彼は立ち上がり、ジーンズの後ろのポケットに文庫本を無理矢理詰め込んだ(文庫本は悲鳴を上げているように見える)。そして人の流れに紛れ込んで歩き出す。私は離れないように彼のすぐ後ろをついて行った。

 工学部の棟を出ると、彼は西門がある方へと歩き出した。彼がどこへ向かおうとしているのかは分からなかったが、今自分が小説を書いているということをモクにふと伝えようと思った。だがいきなりそれでは何かつまらないので、とりあえず他のことを話すことにし、まず“よくあんな所で本が読めるね”と切り出してみた。彼は何とでもないように“本を読むという行為は自分との対話だから周りは関係ない”というようなことを言う。“理屈ではわかるが、人間普通はあんな所では集中できない、だから五月蠅(うるさ)いとか騒音という言葉があるんだよ”と言い返そうとしたが止めた(彼に常識が通用するとは思わなかった)。

 次にふとある疑問が生じた。私を待っていたのに本を読んでいたら私を見つけられないのではないかと。彼にその疑問をぶつけてみた。すると“僕があそこにいれば君の方が僕を見つけるだろう”と彼は澄まして答える。普通は会いに来たのだから自分で探すと思うがやはり彼は違った(常識に当てはめてはいけないと思い直した)。

 しばらく歩くと彼がどこに行こうとしているのかが分かった。アパートや一軒家はしだいに姿を消し、建物はすっかり見えなくなってしまった。足元を見ると、海の砂が目立ち始めている(あのさらさらとした輝くやつである)。やがて《遊泳禁止》という看板が立てられている砂の塊が目の前に立ちふさがった。視界はそれに遮られていて、その肌色と空の深い青色とが視界の大半を占めていた。獣道ならぬ人道とでも言うのであろうか、わずかに足場が固まっている箇所を歩き、その砂山を何とか乗り越える。するとようやく目の前に海が広がった。

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