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冬の寒さはすっかり遠のき、暖かさがまた舞い戻ってきた頃、大学の敷地内にある桜が咲き始めた。(数は多くないが、単調な大学生活において、季節という時間を知らせてくれる大切な目印である)。その年は例年よりも気温が高く、新学期とほぼ同時に咲いていた(いつもは二週間程経った後に咲くのだが)。
学業の方がさらに忙しくはなったが(特に製図という講義に深く悩まされた。その講義の説明をする気にもなれない)、私は小説を書き始めた(作家としての私の人生の始まりである)。実は半年くらい前から小説を書きたいと思っていて、本を読んでいるうちに自分でも何だか書けそうな気がしていたが、数行書いた所でそのあまりにも稚拙な文にショックを覚えたのを今でも忘れはしない(大して成長していないようにも思うが)。それでも必死に完成させようとしたが、書き切ることができなかった。
そんなことを十回程繰り返し、ついにある作品が完成した。私は嬉しくなり同じ学科の友人に見てもらおうと思ったが、その作品を書いたのが自分だと知られてしまうのが何かひどく恥ずかしかった。モクになら見せてもいいかもしれないと思って探そうかとも思ったが、果たしてこれはそれほどまでの作品なのかという疑問が生じたので結局止めた。そこでネットを使って自分の作品を見てもらうことにした(こういう時にネットの匿名性は便利である)。だが評価は芳しくなく、感想をまとめると好きな人には好きで一般受けしないだろうということだった(昔と作風が変わらない今の作品を見てもらえば分かると思うが)。今思うとこの評価が私を突き動かしたのだと思う。今まで書き切ることができなかったのが嘘みたいに、その後の私は作品を生み出し続けた(みんなに認められるような作品を書こうと粋がっていた)。
レポートを書きつつ、読書をして、はたまたバイトの合間に小説を書いていたので時間的には相当厳しかった。レポートは出さないと単位を落としてしまうし、読書は相変わらず面白い。バイトを辞めようかとも考えたが、いろいろな人が来る食堂は、人物観察にはうってつけだった(本当に多種多様な人物が来た。具体的に書いてもおそらく読者の方々は信じれないと思うので、ここでは割愛させていただく)。本当に忙しかったが、小説を書くことは私にとって日常に彩りを与えてくれた。
睡眠時間を削りながら日々を過ごしていたためなのであろうか、今までとは比べ物にならない怒涛のような時間が過ぎて行った。
そして一学期があっという間に終わろうとしていた矢先、モクが急に私に会いに来た。確か七月に入ってすぐのことである。