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      賊の棲家 其の三

もう少しで、この賊の棲家から出る事ができる。


出たら、大人を呼ばなければ。

町方たちを呼ばなければ。


助けて、助けて!


昇吾、助けて!!


お花は無意識に昇吾に助けを求めた。

無我夢中で走りながら壊れた塀の隙間に手を伸ばした。


そのときであった。


突然ぐいっと髪を掴まれてお花の体は後ろにのけぞった。

そしてそのまま、お花の体は後へ放り投げられた。


投げられる瞬間、隻腕の一等大きな大男が目に入り、続いて飛ばされる方向に瓦礫の山が見えた。


派手な音をたて、お花は顔から瓦礫の山に突っ込んだ。


「餓鬼ぃ。逃げられると思ったのかよ。まあ、惜しいところまではいったんだがな」

そういってゲッゲッと笑った。


ひどい痛みを額に感じながら、お花は振り返った。


隻腕の男は、その顔を見て少し眉間にしわを寄せた。

「おい、額が切れちまったようだぞ。女の値打ちは顔だぜ。気をつけて投げやがれ」


ギロリと睨まれた傍らの男が萎縮したように頭を下げた。


「け、売りもんとしての価値がちっと下がっちまったな。結構、顔はよかったのによ。餓鬼、これに懲りたらもう逃げねえことだな。傷が一個ついちまったら、二つも三つも一緒だ。容赦はしねえぞ」


お花はそのまま手下の男達に腕を掴まれた。


痛む額の傷からは、生温かい血が溢れだして、お花の頬を伝って滴り落ちた。

お花はその血の隙間から隻腕の男をぎらぎらと睨みつけた。


隻腕の男はお花を見下ろし、ニイッと笑った。

「随分いい根性してんじゃねえか。この俺を睨むなんてよお。いいことを教えてやろう。俺は江戸の大盗賊剣斬丸だ。餓鬼でも名前くらいは知ってるだろ?」


ゲッゲッと笑うその声が廃墟の庭に響き渡り、まだかすかに残るきな臭い匂いと入り混じってお花の心は不安と恐怖で押しつぶされそうであった。





そのころ、黒く焦げた木材を見ながら、一真、兵庫、安次郎は検分をしていた。

一真達はお花の長屋の付け火について調べを進めていたのである。


「それにしてもさ、こんなところに火をつけて、一体何しようってんだろう」

兵庫は首をかしげながら辺りを見渡した。


「火事を起こす人間に理由なんてあるもんか。火をつけたくてしょうがないときにたまたま材木が目に入ったんだろうよ」

見えない犯人を毒づくように安次郎がはき捨てた。


一真はあごに手をやって考え込んだ。

「愉快犯にしては少し手が込んでないか?油瓶に火打石をもって、うろうろと火付けの場所を探していたらいくら夜中とは言え、誰かに見咎められるだろう。場所だって、こんなに目立たないところだ。お花が見つけなければ本当に大火になってもおかしくなかった。火事で大わらわをする様子を楽しむにしては、場所が目立たなさ過ぎる」


「考えすぎなんだよ、一真は。ま、後は銀さん達の報告を待とうぜ」

そういって安次郎はうん、と伸びをした。


「それにしても、ここのところあちこちで小火が続いているし、不気味ではあるよな。春は付け火、冬は失火が多いけど、この暑くてたまらない季節に付け火するとは犯人もどうかしてるぜ」


安次郎の言葉に兵庫もうなずく。

「何か目的でもあったのかな。でも、こんな長屋を燃やしたところで何にもなんないよなあ」


「とにかく、夜の見回りを多くする事だな。自身番にも気をつけるように達しを出さないと」

一真が顔を上げて言った。


そのとき検分中の一真達の前に銀吉がやってきた。

しかし、その顔は曇っている。

「佐倉の旦那、まだ確証のえられねえ話なんだが、聞いてくれねえか?」

銀吉は言うのをためらうかのように話し始めた。


「どうかしたのか?付け火の犯人の手掛かりがわかったのか?」

一真が言った。


銀吉は青ざめながらうなずいた。

「直接犯人かどうかはわかんねえ。ただな、隻腕の大男が真夜中にこの辺をうろうろしていたのを見たって奴がいたんだよ」


「隻腕?」

兵庫と安次郎が同時に声を上げた。


銀吉はうなずいた。

「片腕だけじゃあ、簡単には火打ちは打てねえ。けど、男には只ならねえ雰囲気があったらしい。あれは堅気じゃねえってそいつはずっと繰り返してたよ」


不安そうに兵庫が一真を見上げる。

安次郎も青い顔をしながら、一真に呟いた。


「なあ、隻腕って・・・。あいつじゃないだろうな」


一真はうなずいた。


「剣斬丸。あいつかもしれないな。火付けはあいつが直接手を下したのではないとしても、おそらく手下にやらせたんだろう。しかし、何のために」


大盗賊剣斬丸は、寺に潜伏していた折に一真達と争ったことがある。

一真に腕を斬りおとされ、そのまま逃走したが、その消息を知る物は誰もなく、人の噂では江戸から離れた、とか、傷が悪化して死んだ、などという風に言われていた。


「物盗りかな?騒ぎを起こして合間を狙ったんじゃない?」

兵庫は首を捻り、言った。


しかし一真は首を振る。

「あいつはそんなせこい真似はしないさ。片腕でも刀をブンブン振り回して、押し込み強盗するだろうよ」


「じゃあ、何でこんなところに火をつけたのさ」

安次郎がさっぱりわからないといった風に、ため息をつきながら言った。


ふと一真の頭を何かが掠めた。

「そうか。物盗りや愉快犯で火をつけたんじゃないかもしれない。場所だ。ここを燃やしたかったんだ」


そういうと一真は歩き出した。

「ど、どこいくんだよ」


慌てて、安次郎と兵庫が後をつけていく。

ほどなく掘が見えてきた。


一真はその堀の前で立ち止まった。

そして少し考え込んだ後、一真はくるりと向きを変えた。


「今度はどこへ行くんだよ」

あきれたように兵庫が言った。


「番所だ、戻るぞ。この町の地図が必要だ」

そういって大股で歩きだした。





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