賊の棲家 其の二
気がつくと薄暗い天井がまず目に入った。
ぼやけていた焦点がだんだん合ってくるとそれが蔵のような場所で、梁や柱が黒く煤けているのが見えてくる。
「お花!気がついたのね」
その声に、横を顔を向けるとお穐が側によってくるのが見えた。
お穐は目を真っ赤に腫らして、頬には涙の後が残っている。
「ここは?」
お花が、まだぼうっとする頭でお穐に尋ねた。
お穐は尋ねられた途端、しくしくと泣き始めた。
「あんたのせいよう。あんたがこんなところに逃げ込むからよう。このお店は火事の後、ならず者達の根城になっていたんだわ。私達、どこか遠くの宿場に売られちゃうのよ。あの親分みたいな片腕の男がそういっていたもの」
お穐はお花が気を失っている間に随分泣いていたのであろう。
なじる声にも力がない。
お花は回りを見渡した。
「あたしたち、蔵に閉じ込められているの?」
お穐は泣きながらうなずいた。
廻船問屋の火事があった日は雨であった。
おかげで火勢が抑えられたこともあって延焼寸前で消し止めることはできた。
母屋は全焼したが、蔵や店の一部は生き残り、現在は燃え残った品を使って商売を続けているそうだ。
お花たちがいる蔵も半分焼けてしまってはいるが外壁と地下は焼け残ったらしい。
ただし、無事な家財は店の人間が全て持ち出したようで蔵の中には殆ど何も残ってない。
状況を飲み込むと、お花は我に返って跳ね起きた。
「逃げなくちゃ」
「どうやって?外にはならず者たちがうようよいるし、第一、蔵の扉には外から鍵がかけられてるわ」
お穐はお花を睨みながら言った。
「あたしが、何とかするよ」
そういいながら、お花は再び周りを見渡した。
がらんどうの蔵の中だが、ところどころ使えそうなものはある。
例えば残していった長持や木箱だ。
棚も空っぽだがそのまま残されている。
お花は、それらを引きずって天窓の下に寄せた。
そしてそれを足場にすると梁や柱も利用して木登りのように上に登っていった。
程なく天窓に手が届き、お花はそのまま天窓から顔を出した。
高さは二間半(約4.5mくらい)ほどであろうか。
子供には足がすくむような高さだ。
お花は更に下を覗いた。
下には人がいる気配はない。
そして少し離れたところに焼けずに残った庭木を見つけた。
「あれに飛び移れば、下に降りられないかな」
お花は再び蔵の中を向き、お穐に自分のところまで上がってくるように手招きをした。
普段から木登りなど遊びなれているお花にとってはなんでもないことなのだが、お穐はふらふら危なっかしく長持や棚を伝い、柱につかまり、何度も足を滑らせながら、やっとお花の側まで行く事ができた。
「お穐、下に木がある。それに飛び移って下に降りるんだ。あたしが先に行くから、お穐は見てて」
そういってお花は、天窓からぴょんと飛び降りた。
「ひっ」
お穐は小さな悲鳴をあげて、慌てて今しがたまでお花がいた天窓に近寄った。
ばさっ。
木の葉の揺れる音がした。
お穐が天窓から顔を出すと、お花は細い木の枝に何とか落ちずにしがみついていた。
お花は足と手を器用に伸ばしやがてしっかりとした幹にしがみついた。
「まるでお猿みたい」
ほうっ、とため息をつきながらお穐がその様子を呆然と見ていた。
「ほら、感心してないで。あんたもあたしみたいに飛んで、こっちに移るんだよ」
お花は小声でお穐に声をかけ、手招きをした。
お穐は一瞬息を呑んで、激しく首を横に振った。
「無理よっ、そんなに離れた木になんか飛び移れるもんですか、あんたと私は違うのよ」
「大丈夫だって。思ってるより離れていないから。それに、ずっとそこにへばりついてるわけにも行かないでしょ」
木の幹にしがみついたまま小声で励ましたが、お穐は顔をこわばらせてすくみあがっていた。
「ねえ、あんただけでも先に逃げてよ。誰か、大人の人を連れてきて。お願い」
「馬鹿、あんただけを置いてなんて逃げやしないよ。第一、一人だけ逃げたなんてことになったらあんたの身がどうなる事か」
大丈夫、とお花は安心させるように満面の笑みを浮かべた。
お穐は、少し安心したように微笑むと決心したように天窓から身を乗り出した。
と、その刹那。
「きゃあ!」
お穐の体は悲鳴とともに、天窓の内側に消えた。
替わりに太い体つきのひげ面の男が顔を出してお花を睨んだ。
「てめえら、中で何かごそごそしてると思ったら!おい、餓鬼が逃げたぞ!!」
「やべっ!」
お花は慌てて木を下りて駆け出した。
お花は焼け残った塀に沿うように走る。
塀の向こうは、見知った町だ。
塀伝いに走れば必ず逃げ口がある。
外に出る事ができる。
庭には焼け落ちた柱や瓦がところどころ積み上げられており、お花の行く手を阻む。
しかし、お花は必死に走り、追っ手をかわしていった。
やがて塀の途切れている部分が見えてきた。
途切れた向こうにはきれいに清掃された道も、ちらりと見える。
お花は足を速めた。
「もう少しだ、もう少しで外に出られる」