第一幕 岡っ引き銀吉の受難 其の一
番屋に立ち寄った佐倉一真は驚きのあまり目を見張った。
あまりのことに、一真は横目の前のそれを指さし、柱に寄りかかってる火消しの昇吾に確認した。
「この珍妙なのが、付け火の犯人というのか?」
昇吾は大きくうなずいた。
「そうだよ。みてくれよ旦那。この横柄な態度、乱暴そうな面、極めつけは真夜中に一人でふらふらしてんだぜ。用もないのによ」
昇吾はそういいながらその『珍妙な』犯人に近づく。
途端に、昇吾の男っぷりのいい顔に栗木で作られた硬い下駄が命中した。
「いってえ!この餓鬼が!!」
昇吾が拳を振り上げると、同時に甲高い声の悪態が飛び出てきた。
「なんでぇっ!乱暴な面だと?横柄な態度だと!?そんなの生まれつきだい、知るかってんだ。そもそもあたしがなんで付け火をしなくちゃいけねえんだよっ!あんたの目もだいぶ曇ってんな!そんな風に粋がるよっか、目ぇ付け直して出なおしてきな!!」
それは、子供の遊び着のように泥や汚れのついている絣を着た十二、三歳ほどの少女であった。
その小柄な体に似合わないほど大きな甲高い声で、小屋中に響き渡るように畳み掛ける。
お花の挑発で、昇吾にばあっと血の気が上った。
本気で殴りにかかろうとする拳を一真が制して、少女と向かい合った。
「名前は?家はどこだ?」
「お花、だ。家は下駄職人で、浅草寺の裏手の長屋に住んでる。いっとくけどな、あたしじゃあないぞ、付け火なんてするわけがないじゃないか。そんなことしたって腹の足しにもなりゃあしねえ」
お花は後ろ手にしばられながらも、でん、と胡坐をかいてふんぞりかえった。
「まあ確かに、お前に得はなかろうな」
一真はそういうと考え込むようにあごに手を当てた。
「旦那、得があろうとなかろうと付け火するやつはするんだよ。大体、こいつには動機があるんだ。昨日、下駄屋のお穐さんとやりあったそうじゃねえか」
ずいっと、省吾がお花に顔を寄せた。
「な、なんだよ。藪から棒に。確かにお穐とは喧嘩したよ。でも、それと付け火と何の関係があるんでえ」
急にお穐がでてきて面食らいながらお花が返すと、昇吾は凄みのある笑みを浮かべた。
「おまえさん、お穐さんの店を狙ったろ。それも直接お店じゃあ足がつく。だから下駄をおろしている職人の多い長屋を狙ったんだ。どうかしたらお前も被害者面できるしな。どうだ、図星だろ?」
お花は一瞬あんぐりと口を上げたが、すぐに首をブンブンと振った。
「そ、そんなことするわけねえだろっ!!どうかしてるよ、そんな考え巡らせるなんてよ!!」
びっくりしながら否定するお花を見ながら、昇吾はにんまり笑って一真を見た。
「旦那、付け火の咎はどんな罰なんだっけ?」
「つけたものは火炙りだ。どんなに同情できるような事情があっても死罪は免れないな。もっとも・・・」
通常は子供に火炙りはしない。
一真が続けようとした言葉を昇吾が目で、言うな、と制する。
昇吾の目論見どおり、お花にこの脅しは十分こたえたようである。
「ひ、火炙り!?」
お花の声は震えた。
「なあ、お花。正直に言えよ。火炙りは嫌だろ?正直に話したら、俺達がとりなしてお前の命だけは助けてもらうようにしてやるからよ」
意地悪そうな笑みで昇吾が優しく言った。
「・・・」
お花は青ざめながらもギッと昇吾を睨んで唇を結んだ。
そのとき、自身番の小屋がガラリ、と音をたてて開いた。