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終幕

お花の傷はやはり消えるものではなかった。

両親は、どうにか娘の傷を治そうといろいろな医者に相談したが、どの医者も首を振るばかりであった。


すっかり気落ちをして、表に遊びに行く事もなくなったお花は、日がな一日中ぼんやりと家で過ごしていた。


この時期は、盆を迎える準備や仕事も忙しい事もあって両親は留守勝ちでお花は家に一人でいる事が多かった。


「あの時、昇吾に聞こえてなくてよかった・・・」

一人で留守番をしていたお花はポツリと呟いた。


一度でいいから、一緒に町を歩いて欲しい。そう言うつもりだった。


昇吾が恥ずかしくないように女らしく装って、しおらしく振舞うから、と。

そのつもりだったのだ。


しかし額の大仰な傷は、どんなに女らしくなろうとも連れて歩くのに恥ずかしいものに違いない。

これでお花の恋は八方塞、行くところも進むところもなくなったのである。


「せめて火打ちくらいは打てるようになっておかないとな。ひょっとしたら、物好きがお嫁にもらってくれるかもしれないし」

暮れになってお花は億劫そうに台所に立った。


両親が忙しいのに、自分だけが働かない事にも気が引けたし、米くらいは焚けるようになっておこうと思っていたのである。

そのとき、訪いを入れるものがあった。


「入るぞ」


そういって入ってきたのは、昇吾である。


あの日以来昇吾とは会っていなかった。

それどころか、お花は金輪際会う事はあるまいと思っていたのである。


予想外の来訪者にお花は慌てた。

「な、なんだい!何しにきやがった!この額の傷でも笑いに来たのかい!?」


顔を真っ赤にして怒鳴って、お花はうつむいた。


昇吾は笑いも怒りもせずにまっすぐにお花を見つめている。


「ちょっと、顔貸せ」

そういうなりお花の腕を掴んで表に出た。


眩しい夕焼けが目に入り、お花は思わず目を細めた。


昇吾はお花の腕を掴んだまま、長屋を出て道を横切り、橋を渡る。


「ちょっと、どこ行くんだよ」


お花が叫んでも昇吾は振り返りもせずに歩み続ける。

太陽は既に沈み、足元もよく見えないほど暗くなっていく。


やがて、遮るものがない土手に着くと、昇吾はやっと歩くのをやめた。


同時に、ドン、という音が空気を振るわせた。


「間に合ったか」


昇吾の安堵の声とともに夜空いっぱいにきらびやかな色が広がった。


「花火だっ」


お花は思わず声を上げた。

それを合図に続けてドン、ドンと花火が上がる。


「うわあ、うわあっ」


お花は歓声を上げた。


無邪気に声を上げるお花の肩に昇吾が手を置いた。


「俺の一番好きな場所だ。ここは花火がよく見える」

昇吾はそういって花火を眺めた。


ふと、お穐の言葉を思い出した。

お穐は花火の日に祝言を挙げるといっていたのだ。


「あのさ、今日は祝言じゃなかったのかい?」


「あの話なら断ってきた。俺もお穐お嬢さんもまだ若いからな。もっとじっくり考えたいって話をしてきた」


お花は目を見張った。

「断るって・・・!だって、相手は火消しの援助をしてくれてる大店なんだよ。そんなところの縁談を断るなんて・・・」


お花の言葉を遮るように昇吾は言った。

「火消しのために結婚するんじゃねえ。俺は、俺のために結婚したくなったんだ。それで援助が打ち切られるんだったら、その分俺が火消しのために働けばいい話だ。」


「で、でもお穐は嫌がっただろう!?」


「お穐お嬢さんも納得してくれたよ。もっと自分を磨きたいってさ。そうして、もっと火消しの女房にふさわしい女になってから結婚したいって。きっとお穐お嬢さんの方も早すぎるって思ってたんだろうなあ」

そういって腕組みをしてうんうんとうなずいた。


ドン、とまた花火が上がる。


お花は花火に照らされる昇吾の横顔を盗み見た。

相変わらず男前の昇吾の顔はどこかはればれとしていた。


しかし、お花は解せない。

性悪だがお穐はただのお嬢様ではなく、家の事ならなんでもできるように躾けられていることはお花も知っている。


「でもさ、自分のためにって・・・。お穐はああ見えて料理もできるし、女としては一人前だよ。そんな女を振っといて、一体どんな女と結婚したいんだい?」


「絶対火事をださねえ女」


そういって昇吾はお花を見つめてニイッと笑った。


「火消しの女房が火事出しちゃ末代までの赤っ恥だ。それに火消しにゃ喧嘩も多いから、弱い女じゃ駄目だな。こう、ドンッ、と構えてて、バアッと燃え上がるような・・・、花火のような女がいい。自慢できるような話がある傷持ちなら、なおいい」


ドドン、と一等大きな花火があがった。


「た~まや~」


昇吾が大きな声で叫んだ。



花火のような女。


傷もちの女。


呆気にとられてお花が昇吾をぽかんと見つめていると、昇吾は頭を軽く掻いてつぶやいた。


「ま、俺たちはまだまだ子供だ。難しい話は無しにしてよ、今はこの花火を楽しもうぜ」


昇吾はお花の肩に手を回した。


お花も昇吾に寄りかかって花火を見る。


昇吾の刺し子半纏からは煙とお花の涙の匂いがした。





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