額の傷 其の三
一方、一真達は奉行所に戻って地図を囲んでいた。
「ここが、先日火事があったお花の長屋だろ」
一真が指を指す。
「それで、先月火事が合った廻船問屋がここだ。お花の長屋よりは南にあるが、一直線に結ぶと・・・見えてくるだろ」
一真はお花の長屋と廻船問屋を指でスッとなぞり、その先で指を止めた。
安次郎と兵庫はあっと声を上げた。
「・・・小伝馬。牢屋じゃないか」
「そうか、切り放しが目的か」
一真はうなずいた。
「剣斬丸の一味はほとんどが捕らえられて、今は牢の中だ。仲間を取り返すために、火事をおこそうとしたんじゃないだろうか。思えば最近の火事は小伝馬の周りが多い。もっとも火事があった場所はは見回りを増やして防火はしているがな。剣斬丸は風向きを考えながら、小伝馬まで火勢が届く日を狙い、付け火をしているんだ」
「なるほどな。牢まで火勢が届けば牢を開けるしかない。剣斬丸は仲間を取り戻そうとしてるんだな。あるいは火事を起こすことで俺達への報復も兼ねているのかもしれない」
安次郎があごに手をやりながら呟く。
一真は眉をひそめた。
「腕を切り落としたことか。怒りは俺一人に向けたらいいものを」
ぽん、と安次郎が一真の肩を叩く。
「俺達だ。お前がやらなきゃ俺が斬っていた」
「俺だって切り落としてたぞ。刀が使えたら、だけど」
兵庫もうなずいた。
その時、詰め所に中間が入ってきた。
「佐倉様、火消しが、急な知らせがあると言って面会に来ておりますが、いかがいたしましょう?」
三人は顔を見合わせた。
待ちきれなかったのか、その中間を押しのけるように昇吾が入ってきた。
「旦那、大変だ。お穐お嬢さんが拐された。お花もどうやら一緒らしい」
「なんだって!?」
半刻ほど前、お穐の店に投げ込まれた手紙には百両を用意するようにと書かれていた。
最初は悪戯かとも思ったが、二人が廻船問屋の方向に駆けていくのを幾人かが見ていた。
そして、それ以降誰に尋ねても二人を見た者がいないのだ。
「あの廻船問屋は廃墟となってからは誰もよりつかねえ。ならず者の住処になっているって噂だ」
昇吾から連絡を受けて、既に聞き込みにまわっていた銀吉も奉行所にやってきて情報をくれた。
安次郎もうなずく。
「番所の中でもあそこの噂は有名だ。ただ、いざ捕り物を行おうとすると、猫の子一匹みつからねえんだ」
「あそこの連中は勘がいいんだ。しかし剣斬丸がそこにいるとすれば合点がいくな。あいつのそういう勘は恐ろしいほど鋭いからな」
一真が言った。
銀吉が難しい顔をしながら腕を組む。
「町が違うお花たちはひょっとしたらその噂をしらねえかもな。でも万が一、お花たちがそこに行っていたとしたら無事に素通りできました、じゃ、すまねえだろうな」
「縁起でもないこというなよ、銀さん」
兵庫が眉をひそめる。
「けれど、それもあるだろう。こそこそ逃げ回ってる連中には身代金の取れそうな子供は、金を産み出す金座みたいなものだ。捕まえて、ある程度の金子が手に入ったら、子供は江戸の外の宿にでも売り飛ばせばいい。今は百両だが、あの下駄屋にはもっと金の用意ができるはずだ。おそらくこの先もっと吊り上げてくるだろうな」
「一真まで」
安次郎はため息をついた。
それまで黙って聞いていた昇吾が突然立ち上がった。
「おれ、ちょっとそこへいってきます」
そういうなり奉行所を飛び出していった。
「お、おい。まだ、そこにいるって決まったわけじゃないぞ。それに、お前一人でならず者達相手に勝てるわけないだろ」
慌てて安次郎が声をかけるが、すでに姿はない。
「仕方がない、俺達も行こう。銀さん、すまないがこのままお花達の情報を集めてくれ」
一真は一つため息をついて立ち上がる。
二人もそれに倣うように腰を上げ、三人は奉行所を出た。